ぎっちょの「ひとりたわむれ」

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2009,4,29 トイレ改築
2009,4,28 香苗潰しの地デジカ、キャプラー殺しの糞ズバ
2009,4,27 必殺論
2009,4,26 親方の適性も審議せよ!
2009,4,25 次なる目標

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ヴァカが止まらない 2006,8,31
ワタシが営業するにあたって扱っている物件の分類方法は二つあって、原則としては本部で納入メーカーを割振りする【割当物件】(「談合」とは違うので誤解のないようにm(__)m)となるのだが、製品の総重量が少なく一日で納入が完了するような少量で単発の物件は【小口物件】として本部の意向ナシに営業レベルでメーカーを選定して対応できるようになっている。ここまでおわかりいただけたら次へ…m(__)m

先日、かの有名なヴァカリーマンことS木は、この【割当物件】を誤って【小口物件】として処理してしまい問題になった。ヤツが同様のミスをするのはこれが初めてではない。いやそれどころか、ヤツが間違えた物件の担当が実はヤツ自身であったという驚愕の事実が発覚、計らずも日頃いかに仕事をしていないかを露呈する結果となったのであった。もうまさに『墓穴を掘る』とはこのことなのだが、本人はまったく恥じるところがないのが敵ながらスゴいw



物件ごとに本部でメーカーを選定するにあたっては、その物件のある地域が優先される。例えば、東京の客先が千葉の仕事の話をよこした場合は、金額の交渉は東京、物件の割当は千葉がイニシアチブをとる形になる。千葉の所長は、メーカー各社の受注状況や納入する業者との相性などを考慮しつつ、タイミングを見計らって本部に上程してメーカーを選定してもらうことになるのだ。ついてこれてまっか?


とここでワタシの得意先から「栃木の物件について単価教えれ」と電話が入った。それは、ここに出向して3年あまりになるが一度も扱ったことのない製品だったうえに今は造っているところも少ないと聞いていたもので、『爺』に聞いてももここ何年も扱っていないとのことだったが、一部特殊な製品が入っていたので、それを造っているメーカーの担当者に問い合わせたところ「全数製造OK」との返事。

さてここで、この物件は製品のサイズは小さいが総重量がそれなりにあるので【割当物件】の対象となる。ワタシは栃木の所長に連絡をとり、のちほど見積で明細お知らせするのでよろしくと電話を切ったところで『爺』が、
「ほれ」
と【小口物件】の見積書が綴られたファイルをワタシの前に置いた。
「たまたま見つけちゃったからよぉ」
そこには、同じ物件についてS木が一週間前に別業者へ出した見積書が綴じられていたのであった…。
「アイツ、栃木へ連絡してるんですかね?」
いや、していればさっき栃木の所長に電話した時「一週間前にそっちのS木さんからもおんなじ話もらってるよ」と言われたハズだ。例によって見積書出してほったらかし、それも他県の【割当物件】を【小口物件】のファイルに綴じるアフォさ。もう何年仕事やってんだって話。ちなみに今年50歳、ここへ来て2年8ヶ月になる。

そうこうしているうちに事務所に戻ったS木が、例によってM子ちゃんとニタニタヘラヘラ談笑タイムに入ったところで、イケずなワタシは栃木の所長に電話して、

「さっきの件、先週こっちの別の担当も話受けてたんですけど、連絡いってます?…あ、そうなんですかあ…申し訳ありません…連絡してれば、明日にもメーカー決められたのにねぇ!」

S木にも聞こえるように大声で話してやったら、ヤロー明らかにムッとしてやがったなあ…

(・∀・)

さらにさらにS木は、準特殊製品ともいえるこの仕事の話をウチの所長にも報告していなかったばかりか、見積単価も通常は定価の68%で計上するところを64%で見積書作ってやがって、所長にこってりシボられてやんの。まあ明日になったらケロッとしてるんだろうけどorz



ぎっちょ



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まだまだ止まない『子猫殺し』余波 2006,8,30
先週から世間を賑わせている、日経新聞に掲載された作家・坂東眞砂子のエッセー『子猫殺し』について、週刊誌や本稿以外のブログにおいても諸説飛び交っている。そのほとんどが坂東の論旨の浅はかさを指摘し、その行為に疑義を呈するものなのだが、ごくごく一部には坂東の行為を擁護するようなものもなきにしもあらずのようだ。例えば今週発売の『週刊ポスト』では、同じく作家でペットの殺処分に関する著書もある小林照幸氏が「年間40万匹もの殺処分される犬猫の存在」があることを引合いに出して、そういった無責任な飼い主が多い中「自ら手を下すことが飼い主の責任とする坂東氏を他人が安易に批判していいのか?」と発言している。百歩譲って、諸々の理由から飼うことができなくなった犬猫を始末するなら保健所に任せずに自分でケリをつけるべきとしよう。それでは、直木賞作家で著書も多く、海外で印税生活の坂東が犬猫を2〜3匹余分に飼育することは不可能なことだろうか?そうとは思えない。であれば、坂東が子猫を殺す理由は何なのか?子猫殺しが坂東の趣味であるとワタシが断じる根拠はそこにある。


本来は、自分で飼えない(飼えなくなった)なら里親を探すなりしてその犬猫の新たな住環境を世話してやるのが飼い主として、また同じ“命あるもの”としての人間の責任であり、安易に捨てたり保健所に預けたり、ましてや殺してしまうような無責任な飼い主が許されていいワケがない。小林氏が言うように、本当に殺処分される犬猫を哀れみ、そうした現状に一石を投じるつもりなら、坂東ほどの財力があれば

【殺処分されそうな犬猫を引き取って育てる】

くらいのことはしてもよさそうなもので、必要もないのに自分ちの飼い猫が産んだばかりの子猫を崖からポイと投げ捨てるなどというのは言うまでもなくオカシイ。オカシイとしか言い様がない。


もう一人、“土佐高知”というHNの方は、自身のブログで避妊手術そのものに否定的な意見を述べて、坂東の行為を擁護するような発言をしている。勘違いしないでいただきたいのだが、ワタシは避妊手術を全肯定するワケではない。無論、犬猫にも人間と同じく“新しい命を産み、育む喜び”を味わう権利があると思う。しかし、前にもお話しした伝染病の問題や飼い主の経済的事情、室内外兼用で飼う場合は近隣住民への配慮(マーキングや発情期の深夜の唸り声の問題など)も考えると、避妊は“必要悪”なのである。良くも悪くもペット産業が根付き、人間と犬猫の間に主従関係がある以上、繁殖に適わない環境ならば避妊は主が行うべき最低限の責任だと思う。

ウチにも、雄雌1匹ずつ計2匹の猫がいる。避妊手術は済んでいる。猫用の小窓から自由に家を出入りできるから、前出のような理由などからも避妊自体は当然の処置だと思っている。しかし、避妊させるにあたっては葛藤があったのも事実。動物が本来持つべき生殖能力を問答無用に奪うのだから。だからこそワタシは、その代わりに猫には自由気ままに生活させたいと思っている。好きな時に外に出て(オスはタマにケンカしてw)、好きな時に食事して、好きな時に寝る(基本的に猫はそういう生き物だがw)。外に出る以上、車にはねられたりといったアクシデントに巻き込まれるかもしれないリスクもあるが、そうしたこともすべて受け入れる覚悟で猫を飼っている。そして、猫がワタシのヒザの上で丸くなったり、タオルを敷いたイスの上で仰向けにひっくり返って寝ている姿を見ているとこっちも癒されるし、彼らが外敵も気にせず安心して過ごせる環境こそが、野生ではなく愛玩動物として生まれてきた彼らにとっての本当の意味での“生の充実”なのだと思う。本能の一部をこっちの都合で奪う以上、その分我々は彼らに“生の充実”を与えてやる義務があるのではないか?


何度でも言おう。今回非難されるべきなのは“避妊手術”でも“間引き行為”でもない。その対象は、財力はあるのに動物を飼う者としての責任を放棄し、生まれてきた子猫を殺すという己の趣味を言い訳にもならない詭弁でさも正論のように公の場で語ってしまう坂東眞砂子と、そうした社会通念上明らかにオカシイと思われる文章を平然と全国版に掲載してしまう日経新聞の無神経さに他ならない。



【参考文献】

I My Me Mine ブログ『「子猫殺し」の感想』

下のリンクから、文中紹介した土佐高知氏のブログも読めます。



ぎっちょ

スケバン刑事復活! 2006,8,29
1980年代終わり、アイドルの登竜門的存在だったドラマに『スケバン刑事』がある。主人公・麻宮サキが超合金製のヨーヨーを片手に敢然と悪に立ち向かう物語で、斎藤由貴、南野陽子、浅香唯とサキを演じた3人はそれぞれこのドラマへの出演をきっかけに人気アイドルへと飛躍して行った。この後、雨後のタケノコのごとく乱立した“美少女活劇”のはしりともいえるこの【スケバン刑事】がおよそ20年ぶりに復活、四代目・麻宮サキを演じるのは松浦亜弥ということで、ちょっとした話題になっている。

ワタシがかつてどのくらい【スケバン刑事】にハマってたかって、主題歌やサウンドトラックのCDやレコードを購入するのはもとより、自らイラストレイティングするほどの熱の入れようで、今思うとちょっと病的でもあるw

【スケバン刑事】の魅力というか、何が面白いかってそれは“配役の意外性”にほかならない。一見清楚なお嬢様然とした斎藤由貴や南野陽子が「てめぇら」だの「おまんら」だのと啖呵を切る意外性は、それだけで視聴者を引きつけるものがあった。また本編も、斎藤由貴の第一作では“いじめ”や“裏金”などの社会派ストーリーが数多く取り上げられたり、南野陽子の第二作ではサブキャラを充実させることで“友情”などを題材にした青春ものに近いストーリー構成となったりと、巨悪に立ち向かうサキがその過程で人間的に成長していくドラマが描かれていて、それが作品の魅力を増幅させたりもしていた。元々荒唐無稽なドラマだったが、浅香唯の三代目にもなるとその荒唐無稽さばかりが目立ってしまい、作品の質としてはイマイチだった。

さて、松浦亜弥の四代目はというと…スポットCMで何シーンか見ただけなのだが、旧作の魅力のひとつであった“意外性”に欠けている気がする。松浦ではいかにも“ズベ公”然としすぎているのだ。CMで見ることができるシーンでのセリフ、

「タイマンはりてぇんなら一人で来い!」

の“ら行”の見事な巻き舌ぶりには、かつて斎藤由貴や南野陽子のぎこちない啖呵で感じた“意外性”がまったくなくズベ公そのもので、個人的にはミスキャスト感は否めない。初代、二代目のイメージを踏襲するなら、石原さとみあたりが適役だったか?無論、松浦起用はある程度の話題性と観客動員を見込んでのものなのであろうが、そういった要素をまったく無視できるなら『ハチミツとクローバー』の蒼井優なんてのも面白いキャスティングだったような気がする。

まあもともとワタシの松浦亜弥への評価は低く、【スケバン刑事】の新作に対する興味もほとんどない。どうせリメイクするのなら、斎藤由貴は無理としても南野陽子あたりが日々の平穏を犠牲にして再びスケバン刑事として立ち上がる、みたいな話の方が旧作のファンにとってはそそられるものがあったのではないだろうか?


追伸:語感から絶対こういうのありそうだなと思って探してたら、やっぱりあった(火暴)


資料

資料

資料



ぎっちょ

週末酔いどれ日誌 2006,8,28
先週は木・金と飲み会が続いた。木曜は鴻巣まで遠征して、得意先M社のI所長馴染のスナックで終電までバカ騒ぎ、金曜は出向先の所長の「新規開拓したい」との要望から、所長がよく使う小料理屋のママさんから紹介してもらった『T』という店に行った。二軒ほど行きつけの店はあるのだが、『P』はどちらかというと『爺』贔屓、『S』は若い娘が多くワタシ向きの店で、日頃自分からあまり進んでは飲まない所長が主導権握って行く店というのがこれまでなかったということもあってか、以前から所長は飲み会のたび口癖のように「新規開拓、新規開拓」と言っていた。ようやく念願叶っての「新規開拓」である。

店はママとフロアレディ4名ほどで小ぢんまりとしていて、チャキチャキした聖子(と書いて“しょうこ”と読むそうな)さんと、見た目一番若そうなリエちゃんが我々のテーブルについた。およそ2時間ほど店にいただろうか、その間マイクは数曲おきに別テーブルに行く以外はほとんど我々3人で回し合うという形になったwそれにしても、所長があんな楽しそうに歌ってるのを見るのは久々な気がした。

ワタシはマイクを持たない間リエちゃんと話していたのだが、ワタシと同じく邦楽に詳しい娘で、FMラジオやらレンタルCDやらで流行曲のチェックは欠かさないと言っていた。彼女の好きな【久保田利伸】はワタシのレパートリーになかったんで歌えなかったのだが、『Missing』くらいは今度行く時までに練習しておくと約束しておいた。

他にも【ケツメイシ】なんてリクエストももらったのだが、生憎【ケツメイシ】の曲なんて知らんし…そういえばヒットチャートを気にしなくなって随分経ったような気がする。ホンの5〜6年前までは、2週に1回程度レンタルCDショップに通い、最新曲のチェックに余念がなかったもんだが、最近はネットでダウンロードできちゃうし聞きたい曲も少ないから、音楽に関しては“浦島太郎状態”だ。まあこういう場のために、今度CSのチャート番組にでも耳を傾けてみるかな。【V6】の『UTAO−UTAO』はマスターしたから、今度は【TOKIO】の『宙船(そらふね)』でも覚えてみるかw

そんなこんなで大盛り上がりの末、かつて我が勤務先の2次会のシメで必ず歌っていた『青い山脈』を何年かぶりに所長の替え歌つきで歌ってお開きに。え?「例のヤツはどうした」って?ああ、“ムヒヒのオヂサン”のこと?翌日ゴルフだからって帰っちゃった。いや、ヤツは酒飲まないし、ヤツの無尽蔵のスタミナと遊びに対する執着心があれば、遅くまで遊んで翌日早朝ゴルフなんて屁でもないハズなんだども…要はワタシと顔突き合わせたくないみたいwこっちから願い下げだけど。異動の話はまだ出てきておりませぬ…(´・ω・`)



ぎっちょ

前略・キチガイ作家様 2006,8,27
貴エッセーにお望み通り大きな反響が寄せられたことに関しての、あなたの談話を拝見いたしました。

http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20060824NTE2INK0224082006.html

「動物にとって生きるとはなにか、という姿勢から、私の考えを表明しました。」
(本文より引用)

生きるとはなにか、を語る前に、あなたによって殺された子猫にとって『生きる』っていうのは一体何だったんですかね?子猫は、あなたによって殺されるためだけに生まれてきたのでしょうか?避妊手術は確かに可哀相かもしれません。生きとし生けるものすべてに【生きる権利】があるように、命を宿し、子供を産み、育てる権利というのも当然あるハズです。だから、避妊に異を唱える考えを理解できないワケではありません。でもだからと言って生まれてきた子猫を殺していいかと問われれば、誰一人それに賛同する者などいないと思います。あなたは問題のエッセーの中で「自分の育ててきた猫の『生』の充実を選んだ」とおっしゃってますが、彼女は気の向くまま性交し、子供を産めばそれで満足しているとお思いですか?産ませるなら、新たな命も大切に育む。経済的理由などでそれが適わないのであれば、産ませないようにする。飼い主である人間がするべき務めとは、そういうことなのではないでしょうか?『生』の充実って、そういうことなんじゃありませんか?


「生きる意味が不明になりつつある現代社会にとって、大きな問題だと考えているからです。」

生きる意味より何より、あなたの考え方が不明です。あなたは飼い主の責任として子猫殺しを選択するにあたり、「それに伴う痛みや悲しみも引き受けてのこと」とおっしゃってますが、痛みや悲しみを本当に感じているのであれば、可愛らしい子猫を崖に投げ捨てるなんて行為ができるワケがありません。わかったような御託を並べずにハッキリおっしゃったらどうですか?


「私の趣味は、生まれたばかりの子猫を崖下に投げ捨てることです」と。


あなたのエッセーや談話を読めば読むほど、ワタシはその思いを強くします。そして、そうした本来は直隠しに隠し通そうとしてもおかしくない性癖を、さも問題提起するかのごとき論調で全国紙の新聞紙上に発表する神経は、とてもマトモなものとは思えません。嵐のような批判を承知の上でこのような文章を公開するとは、殺戮マニアであると同時に極度の被虐性変態性欲の持ち主なのではないかという変な勘繰りも入れたくなります。次回のエッセーでは、どのような詭弁を繰り出してこられるつもりなのでしょうか。楽しみに…はしておりませんが、興味を持って拝見したいと存じます。

草々



ぎっちょ

タイソンPRIDE参戦? 2006,8,26
10月にエンターテインメントの聖地・ラスベガスで初の海外興行に打って出るPRIDE。エメリヤーエンコ・ヒョードルvsマーク・コールマン、マウリシオ・ショーグンvsケビン・ランデルマンという2カードも正式発表され、現地のメディアでもPRIDEのことが取り上げられることが増えているという。そんな中そのカード発表会見の場に、あの元ボクシング世界王者のマイク・タイソンが姿を見せた。試合の発表こそなかったが、今後は何らかの形でPRIDEに関わっていくという。


タイソンキタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━!!!!


と手放しでは喜べない気分なのはワタシだけであろうか?全盛期はもとより、せめてホリフィールドの耳を噛みちぎった頃のタイソンならまだしも、実戦を離れて何年にもなるタイソンが仮にPRIDEのトップファイターとやったところで、果たしてどの程度試合になるのだろうか?甚だ疑問である。

それよりも、ここまでタイソンをダシにさんざん煽っていたのは、むしろライバルのK-1の方ではなかったか?そのK-1は、日本国内でのタイソン戦にこだわっていた。法律上入国が不可能なタイソンをあらゆる手段を使って入国させようとしていた。結局思ったように事が運ばずにタイソンは宙に浮いたまま。そうこうしているうちに、PRIDEがK-1の寝首をかき切った格好だ。

では、この時期にPRIDEがタイソンを招聘する意義とは?ひとつは、今後開拓していく米国市場にある。UFCという巨大な存在が根差している米国にPRIDEという名前を売り込むには、それなりのビッグネームが必要。ボクシングのスター選手だったタイソンは、それにうってつけの存在と言える。勝負にもならないだろうが、対ミルコや対吉田戦などは、実現すれば日米両国を巻き込むビッグカードになるのは間違いない。また仮に試合をしなくても、タイソンがいるというだけで米国でのプロモーション効果は絶大だ。どちらにしても、PRIDEはタイソンからオイシいところを吸い尽くすつもりなのだろう。

もうひとつ、K-1への当てつけ効果というのもあるのかもしれない。2ヶ月前、格闘技ファンを震撼させた、フジテレビのPRIDEからの撤退騒動。逆風に煽られたPRIDEはあわや消滅かという局面にまで追い込まれたのだが、その裏で糸を引いていたのがK-1だったのではないかというウワサがまことしやかに流れているからだ。確かに言われてみれば、PRIDEが問題にされた“不適切な事柄”はどんな格闘技の興行においても避けられないものだし、そこにさらにS学会との密接な関係すら取り沙汰されるK-1が同じ局で放送されてPRIDEがダメというのも説得力に欠けるとは思えないか?そうした、裏の“黒幕”K-1への当てつけという意味では、今回のタイソン招聘ほど痛快なことはない。

ワタシの見解としては、このタイソン招聘はあくまで米国でのプロモーション用の客寄せパンダで、ファイト契約とはいえボクシングのエキシビジョンマッチ程度、と見るのだが果たして…?



ぎっちょ

キチガイ作家と不感症全国紙 2006,8,25
先日からどうにも腹の虫が治まらないので、今日も引き続き坂東眞砂子の『子猫殺し』についてである。心ある者、思うことは同じだと思うので、他にこの件について語っておられる方と論旨が重複しているケースもあるかもしれないが、それは決して引用ではなくワタシの本心であるとしてご了承いただきたい。

生まれたばかりの子猫を崖から投げ落とすなどという行為が許されないことなのは言うまでもないが、そうした行為に至る坂東の理由づけも誠にオカシなものである。坂東は、自分の子猫殺しと避妊手術を同列にして語っているが、「生まれたのを殺す」のと「産ませない」のは明らかに違う。確かに「産ませない」のは人間のエゴでもあるが、その代わり外猫や野良猫が高い確率で感染しているとされる遺伝性の強い病気を持っていたり、飼育に行詰った飼い主の都合で捨てられて保健所で処分されたりするといった不幸な子猫を極力作らないようにする善後策でもある。対して「殺す」という行為は、どんなに言い訳したところで相手の“生きる権利”を無理やり奪う行為で、どちらが非道かは言うまでもない。坂東は、親猫がものを言えるなら「産みたい」と言うハズ、と文中で語っているが、同様なら坂東に殺された子猫は「生きたい」と言っていたハズだし、当の親猫だって本当に「産みたい」と言っているのなら「育てたい」とも言うハズである。「子供を殺さないで」と言っているに違いない。その声は聞かなくていいのか坂東。

猫の性行為などというものは、本来は本能に基づく繁殖活動の一環であるハズなのだが、坂東にかかるとそこに快楽の要素も加わってくる。性の快楽と新たな命を生み落とす喜び、それだけあればあとはどうでもいいというような論調である。それは、性の知識もないまま興味本意で性交し、ディスコのトイレにへその緒がついたままの新生児を生み落としたまま逃げる若者と似たような感覚と言える。とても48歳の大人の考えることとは思えない。さも猫の気持ちを理解しているような口振りでいながら、親猫の気持ちも子猫の気持ちも一切考えない、坂東眞砂子の一方的思い込みによる子猫殺しという行為は、人間として断じて許されるものではない。

要するに、いろいろわかったような口をきいているが、結論から言って坂東の本意は“殺す”という行為そのものにあると断言できる。そんな自分の“異常性癖”を少しでも正当化しようと考えたのかもしれないが、どんなに弁舌をふるってもこんな文章を出したところで“異常者”のレッテルは剥がれるものではなく、むしろ読んだ者すべてがその思いを強くするだけだ。坂東自身、冒頭で批判を受ける覚悟ありと述べているが、確信犯でやっているなら余計にタチが悪い。

ましてや、全国紙でもある日経新聞がこのような文章を一点の曇りもなく掲載できるという神経もわからない。その日経新聞に、本稿の読者の方がクレームの電話を入れたという。その回答は、

「結局読者センターみたいなところに通されて、『作家だから著作権で保護されてる』と言われました。『相当ひどい内容でない限り勝手に文章を変えたり、注意したりできない』とのこと。かなりひどい内容だと思うんですがって言ったんだけど、土地柄の違いとこちらでは判断しましたと言われました。

半年契約を結んでいるから今後もあいつのコラムは載るらしい。で、かなりの苦情は来てるらしいんだけど『真摯に受け止めます』との言葉だけ。反響の大きさから『謝罪広告の予定はないのか』と聞いたら、前向きに検討するとは言ってたけど、実際どうだか…」

同様の問い合わせが多いせいか非常に面倒臭そうな対応だったという。またインターネット上の書き込みにあった別の人への回答には…

「人間の子供じゃないんだからいいと思った」

というのもあったという。日経新聞というメディアの【命】に対する認識はこの程度なのか?これが仮にも全国紙のモラルなのか!これを目にして不愉快な気分になった者がいかに多いかに加えて、これに触発されて同様の殺戮行為をする不届き者が現れるかもしれない可能性(現に、猟奇殺人犯が犯行に及ぶきっかけはホラー映画などに触発されてというケースが多いと聞く)を少しでも考えれば、普通の神経があれば掲載を差し控えて然るべき文章であることは容易に理解できようというものだ。正常な検査機能も持ち合わせていない新聞社が、マトモな記事を書けるハズがないとワタシは思う。坂東が批判を承知で書いたように、ワタシも著作権の問題があるのは承知の上で、日経新聞並びに坂東眞砂子の謝罪ないし掲載の意義についての納得いく説明がない限り、本稿に掲載した坂東コラムは削除しないつもりだ。



ぎっちょ

さらば豪腕!マイク・ベルナルド名場面集 2006,8,24
K-1創世期のスター選手、マイク・ベルナルドが現役引退を表明した。ベルナルドといえば、ボクシングをベースにしたハードパンチャーで、持ち前の破壊力満点のパンチから“豪腕”との異名がつけられた。K-1では、もともとローキックへの対策ができているキックボクサーやムエタイ戦士、空手家と違ってボクサー出身者はそれになかなか順応できずに苦労するケースが多いのだが、ベルナルドは比較的早くローに対応できた。そんな順応性の高さが、彼を【K-1四天王】と呼ばれるところの一角にまで押し上げることに繋がったのであろう。

ベルナルドの風貌は、スキンヘッドにつり上がった細い目とどちらかと言えば“悪人顔”。しかし、テレビのバラエティ番組などのリングを離れたところでは、とても人懐っこい明るい好青年。そんなギャップの大きさこそベルナルド最大の魅力で、ファンから「ベルちゃん」とも呼ばれて親しまれた。2000年、夢だったボクシング世界王者を目指してK-1から一時離脱するも、親友でありライバルだったアンディ・フグが亡くなるや彼が出るハズだったGPの予選トーナメントに代理参戦。全試合をKOで勝ち抜き、コーナーポストに駆け上がって天のアンディに向けて拳を突き上げる姿に、ファンはベルナルドの漢気を感じ取って喝采を送った。

2001年、所属していたジムを離脱してから、ベルナルドの凋落が始まる。弟弟子のヤン・ザ・ジャイアント・ノルキヤや格下と思われた日本人選手にもKOされる不甲斐ないファイトが続き、彼の姿を見掛けなくなってから、いつの間にか2年が経っていた。

最近の試合では、比較的簡単にダウンする場面が目立ったベルナルド。激戦の繰り返しで蓄積されていたであろうダメージに加え、首の故障が癒えなかったことも引退を決意した要因であったようだが、K-1人気をあそこまで高めた功績は大きい。心から「お疲れ様、ベルちゃん」と声をかけてやりたい。K-1GP開幕戦で予定されている引退セレモニーじゃあ泣いちゃうかもなあ、ワタシw


最後に、ベルナルドの名勝負集をいくつか。

【vsアンディ・フグ】
記念すべきベルナルドK-1デビュー戦の相手がアンディだった。パンチのラッシュでTKO、半年後のリベンジ戦でもKO勝ちして、一躍スターダムにのし上がった。


【vsピーター・アーツ】
1996年当時、誰も勝てないのではとさえ思われたアーツをGP準々決勝でKO!あの時の代々木体育館に響き渡った大歓声は今でも忘れることができない。


【vsフランシスコ・フィリォ】
1998年GP準々決勝。フィリォに“空手最強幻想”を抱いていたワタシは、そのフィリォがベルナルドにボコボコに殴り倒されるのを見て思わず悔し泣きしたもんだw

【vsジェロム・レ・バンナ】
試合直前、左スネに負ったドクターストップがかかるほどの重傷を押して出場するバンナを気遣い、「今回はパンチで勝負しよう」と言ったベルナルドにバンナが「カッコつけてんじゃねぇ」と挑発したことで一気に遺恨マッチの様相に。ケガした足でバンナが蹴り、ケガした足をベルナルドが蹴るという“公開ケンカマッチ”は、1R終了間際ベルナルドが右フックでバンナをKOしたかに見えたが、ベルナルドのパンチがゴングが鳴った後だったためにダウンは無効に。会場(横浜アリーナ)の大歓声がゴングの音をかき消してしまったために起こったハプニングであった。結局バンナのダメージが大きいため試合続行不可能となって、一旦ベルナルドのTKO勝ちが宣告されたが、のちにノーコンテストに裁定が変更された。



ぎっちょ

アンディ・フグ七回忌 2006,8,23
早いもので、K-1のスター選手であったアンディ・フグが亡くなってから24日で丸6年、七回忌を迎える。ワタシは、正直言うとアンディはあまり好きな選手ではなかった。ヘビー級としては恵まれない体格ながら最後まで一線級であり続けた努力は認めつつも、それゆえ他の選手に比べてK-1ならではの醍醐味である豪快なKO劇が少なく、気力と根性でコツコツ有効打を与えて判定勝利ってな展開が多かったからだ。

アンディは“負け様が絵になる”という、格闘家としては異色の存在だった。どこかのボクサー一家が、明らかな身贔屓判定にも「負けたら次はないんだから、これでいいんだ」と開き直ったように、格闘家として負けることは“死”に等しいと言っても過言ではない。しかし、ことアンディ・フグの名勝負と言われて思い浮かぶのは、アンディが派手にKOされた試合ばかりなのだ。K-1参戦間もなく、アンディ自身優勝候補と目された初のGPで無名のキックボクサー、パトリック・スミスに秒殺KOされた試合。捲土重来を期した翌年のGPでも、やはり初参戦で無名のマイク・ベルナルドにボコ殴りされた試合。そのベルナルドにリベンジを挑むも、強烈な右フックをテンプルにもらって、真っ直ぐ立つことができずにリング上をユラユラよろめいていた試合。そして、極真王者フランシスコ・フィリォのK-1デビュー戦、フィリォがグローブに不慣れなだけにアンディ絶対有利と言われた試合で、フィリォの空手のカギ突きのようなパンチで失神KOさせられた試合。どれも格闘家としては屈辱的な内容での敗戦であった。しかしアンディは、屈辱をバネにその都度不死鳥のように立ち上がるドラマを見せてくれた。スミスには半年後のリマッチできっちり1RKOでお返し。初の王者になった96年GP決勝で、ベルナルドを“フグトルネード”と呼ばれる後ろ回し蹴りで悶絶させたシーンは、K-1史上に残る名シーンである。唯一、フィリォにはついにリベンジは叶わず、アンディも心残りに思っているに違いない…。そういった、負けてもそこから何かを学び、足りない部分を補うために鍛練し、死の間際まで病魔と戦い続けたように決してあきらめなかった不屈の精神こそアンディの真骨頂であり、最大の魅力であった。

もしアンディが存命であったなら…恐らく今も現役であり続けているだろう。もしかしたら闘いの場は変わっているかもしれないがwあれから6回目の夏…胸ときめくようなカードもなく、集客能力がめっきり落ち込んでしまって国内での興行がままならなくなってしまった今のK-1の惨状を、草葉の陰からアンディはどのような思いで見つめているのだろうか。



ぎっちょ

鬼女・坂東眞砂子 2006,8,22
今日は本文を読む前に、まずこちらに目を通していただきたい。


このコラムの存在を知ったのは、人気ブログ『きっこのブログ』でのことだったのだが、その本文を読んでなお現実にこのような文章を公に出す人間がいる、しかもそれを書いたのが恐れ多くも作家であるということがにわかには信じられず、ネットでこのコラムの真贋について調査したところ、前にご紹介した【ねこふたば】ではこの件についてすでに“祭り”と化していた。そこで入手したのが先の画像である。まったく弁護する余地のない、呆れるほど自分勝手な論理である。一体この坂東某という鬼女は、【命】というものを何と心得ているのだろうか?言いたいことは山ほどあるのだが、何を言ってもきっこ氏の後追いになってしまうからここでは割愛するし、ワタシがここで敢えて説明するまでもなく、誰が読んでもこの鬼女の論文が“コイツアタマオカシインジャネェノ?”としか思えないのは当然のことと信じたい。

【命】とはなんぞや?ワタシは、【命】とはこの世に生まれてきた者たちが持つ“生きる権利”であると考える。その権利を他の人間が奪うことは許されないのはもちろんのこと、ワタシにとっては自分からその権利を放棄することはそれ以上に許し難いことである。ワタシは、8年前に無二の親友を病気で亡くしている。生きたくても生きられなかった彼の心情を思うと、命を粗末に扱う者の存在がたまらなく許し難い。その命の対象は人間のみならず動物や草花に至るまで、この世に生きとし生けるものすべてにおいてである。この鬼女は猫が人間の言葉をしゃべれないのをいいことに、テメエの勝手な思い込みで無駄な猫殺しを繰り返していたばかりか、それを得意げに公の場でさも正論を言っているかのごとくひけらかしたのだ。この女の神経も信じられないが、こんな文章を載せた日経新聞の良識もワタシは疑ってしまう。

ネットでは、過激な論調でこの鬼女への報復論が語られたりもしている。中には殺された子猫に代わって天誅を下すなんて物騒な書き込みも見受けられたが、くれぐれも実行に移したりしないでいただきたい。こんなロクデナシでも持っている“生きる権利”というものに加えて、そんなとるにたらない命とってどーするの?ってことだ。そこでワタシなりに報復方法を考えてみた。坂東が子猫を投げ捨てた断崖でウンコする。そしてケツをヤツの著書で拭き取って崖下に投げ捨ててやる(笑)


…いや、もちろんここだけの冗談である。この鬼女のワケわからん理屈のために有無も言わさず“生きる権利”を奪われた子猫たちがワタシのウンコまみれになるのはしのびないし、この女なら例え自分の著書にそんなことをされても、このコラムを読んだ多くの人が感じたような、己の身を切り裂かれるような辛い思いをするとは到底思えないから。


坂東は、この前週のコラムでも“子犬殺し”をほのめかす発言をしているという。



ぎっちょ

名勝負製造機・早実の夏 2006,8,21
「88回待ちました!」

優勝監督インタビューでの和泉監督の第一声が、その感動の度合を増幅させた。二日がかりの死闘を演じた夏の甲子園の決勝は、第一回大会から出場する伝統校・早実悲願の初優勝という形で決着した。

昨日の引分け試合を見て、誰もが思ったハズだ。
「両校優勝でイイじゃん…」
と。しかし「負けたら終わり」、常に勝者の裏に敗者がいるという非情さ…それこそが高校野球の魅力のひとつではある。負けたとはいえ、最後まであきらめなかった駒大苫小牧ナインにも、心から拍手を贈りたい。三年続けて甲子園に来るのも大変なのに、その上三年とも決勝に勝ち残ったのだから、これは文句なしに特筆に値する。(※現行の高等学校制度になって以降、決勝に三年続けて進出したのは、他にはあの【桑田&清原】を擁したPL学園しかない)

決勝の再試合は日程の上でも物議を醸した。なぜ翌日なのか…選手の体力回復を考えたら、1日でも2日でも間を空けてやるべきなのではないか…と。もちろん、選手の身体が一番大事なのは言うまでもないが、逆に間を空けると選手の気力が萎えるから続けてやった方がいいんだという意見もあった。大会における選手の健康管理に疑義を呈する野球解説者に対して、同じく解説者のデーブ大久保が興味深い話をしていた。
「野球をやる者にとって、最大の目標はプロ野球でプレーすること。だけど、高校時代はそれよりも甲子園に行くこと、そこで勝つことが重要で、そのためには腕が壊れてもいいとさえ思えるんです!選手にとってすれば、投げずに負けたら絶対に悔いが残る。斎藤クンも田中クンも、再試合は絶対投げたいと思ってるし、投げさせるべきだとボクは思います」
選手の気持ちと体調管理…この問題については、今後も高校野球が続く限り禅問答のごとき議論が毎年のように繰り返されていくのだろう…。


大会全体では逆転に次ぐ逆転で手に汗握る接戦が多く、近年にない盛り上がりを見せた。各チーム打撃力がアップし、大会通算本塁打数は22年ぶりに記録更新した上に初めて60本の大台に乗った。もはや4点5点のリードは安全圏とはいえない時代?その象徴ともいえる試合が準々決勝の智弁和歌山―帝京戦であったが、あれは9回裏の守りを前に負けを覚悟した(?)のか投手を使いきってしまった帝京・前田監督の采配ミスでもあった。『弘法も筆の誤り』ならぬ『名将も采配の誤り』と言うべきか。

応援もプロ野球にならってか独自のチャンステーマを演奏するところが増え、それは上位に勝ち進む学校ほど顕著になった。早実の『紺碧の空』の大合唱もよかったが、個人的には熊本工の文字通り阿蘇の噴火の際の地鳴りを思わせるような一体感のある応援が印象に残った。駒大苫小牧は選手ごとに応援歌を変えていて、エース田中クンのそれが『太陽にほえろ!』の「ジーパン刑事のテーマ」だったのは、あるいは少し松田優作を思わせるその風貌のせいか、などと考えてみたりもした。

それにしても、今年は春夏の甲子園から地方大会に至るまで【早実のための大会】であったような印象が強い。西東京大会は準決勝から決勝と連続サヨナラ勝ち。中でも決勝の日大三戦は、延長戦で先行されながら追いつくという壮絶な試合だった。そういえば春のセンバツでも早実は、関西との引分け再試合を演じていた。春夏連続も、同一チーム二度の再試合というのも、もちろんいずれも史上初。今年の早実はエース斎藤の快投とともに、まさに未来永劫語り継がれる甲子園の伝説と呼ぶべき存在となった。


【早稲田実業学校校歌】

都のいぬゐ早稲田なる
常磐の森の気高さを
我が品性の姿とし
実る稲穂の帽章に
去華就実のこの校風を
高くぞ持する我が健児



ぎっちょ

駒大苫000000010000000=1
早  実000000010000000=1
2006,8,20
第88回夏の甲子園。今日はその総括をお送りする予定だったのが、決勝戦は白熱の投手戦の末37年ぶりの引き分け再試合となり、優勝決定は明日に持ち越しとなってしまった。

今年の甲子園の傾向は“打高投低”。金属バットの改良効果?や選手のパワーアップなどもあってか一番深いバックスクリーン近くに打ち込むホームランが目立ち、大会通算本数もこれまでの記録を塗り替えるハイペースで量産された。今日も、3連投となる早稲田実・斎藤のスタミナによっては打撃戦となることも予想されたのだが、それも取り越し苦労。駒大苫小牧・田中ともども本領発揮の投球内容で、今日はワタシもクギ付けになって初回から試合終了まで逃さず見ていたのだが、二人とも失投は一球たりともなかった。安打や本塁打を打たれた球でさえ、打者を誉めるべき絶妙の配球で、決勝にふさわしい歴史に残る名勝負であった。

再試合は、明日午後1時からと発表された。ともに今日200球近く投げ込んだのだから、もし明日もマウンドに上がれたとしても本調子ではないだろう。今日の試合と違って明日は打撃戦になるかもしれないが、できることなら十分な休養期間を与えて、完全な状態でもう一度両投手の投げ合いを見てみたいものだ。もっとも、そんなことしていては永久に決着がつかないかもしれないがwいや、冗談ではなく、本当にそうなるかもしれないとさえ思えた歴史に残る投げ合いであった。



ぎっちょ

背筋も凍る特撮ドラマパート2 2006,8,19
今夜ご紹介するのは、『恐怖劇場アンバランス』というドラマの「墓場から呪いの手」というお話。そもそもこの『アンバランス』というドラマ、あの円谷プロが手掛けた大人向けのホラードラマなのだが、あまりの怖さから当初予定されていたプライムタイムでの放送が直前で差し替えられたばかりかそのまま“お蔵入り”してしまったといういわくつきのドラマで、陽の目を見たのはその一年後の深夜枠での放送であったという超がつくほどマニアックなドラマ。その怖さたるや、オープニングのナレーションからタイトルバックをご覧いただければ一目瞭然(動画   PW:RFhypiVt)。中でもこの「墓場から〜」は小学生なんかが見たらオネショは必至というほどの怖さなのである。

主人公は桑田という一人の男。桑田には久美という愛人がいたのだが、その存在が疎ましくなったある夜、桑田は久美を殺害して遺体をバラバラにして棄てる。目撃者もなく、犯行は完璧に行われた…ハズだった。

だがそれからというもの、毎夜のように桑田の身の回りに奇怪な出来事が頻発するようになる。例えば、夜中に呼び鈴を押されて出てみると誰もいない…など。子供の悪戯にしては時間が遅すぎる。さらに、四方に棄てたハズの久美の遺体の一部が桑田の自宅の風呂場や冷蔵庫に入っていたりするに至って、桑田は事の次第を目撃していた何者かが自分を脅迫しようとしているのではと考え、久美の妹を疑うのであった。

そんなある夜…桑田が寝苦しさを感じて目を覚ますと、女の手首が桑田の首を絞めようとしていた!部屋中を逃げ回る桑田を執拗に追いかける手首の恐怖!
(動画   PW:1DE2Usqn)

すべては久美の妹が仕組んだ復讐劇と考えた桑田は、ついに妹まで殺害しようとする。廃屋の非常階段から妹を突き落とそうとする桑田。とそこへ、階段をよじ登ってくる女の手首!手首は桑田に襲いかかると、逆に桑田を階段から突き落とす。その手首の薬指には、久美がいつもはめていた指環が光っていた…
「姉さん…」
妹が見つめる中、復讐を遂げた手首は急激にミイラ化していくのだつた…
(動画   PW:uIffsddC)

放送話数では後半(全13話中12話)に位置する本作だが、制作話数では記念すべき第一話になる。作品全体の方向性を明確にする意図は確かに感じ取れるのだが、初回からこれではあまりに怖すぎて、次回以降の視聴意欲を減退させかねない。そういう意味では、放送を後半に持っていったのは正解と思われる。昨日お話した「青い血の女」も同様だが、画面の古さがかえってリアリティを醸し出しているような気がする。

さらに、この『アンバランス』では、ドラマの前後にストーリーテラーとして元東京都知事の青島幸男氏が登場していることも付け加えておこう。
(動画   PW:e9IlfXws)



ぎっちょ

背筋も凍る特撮ドラマパート1 2006,8,18
夏真っ盛り。暑い日には冷たいビールなんかキューッと!なんて飲めないワタシが言っても説得力ないがwまあそんなワタシのような人間にも同じように涼を与えてくれる夏の風物詩といえば…


【怪談】


古くは「四谷怪談」「番町皿屋敷」「牡丹燈籠」…最近でも「リング」に「呪怨」に稲川淳二の怖い話など世に名だたる日本の怪談の数々。その中から、今回はウンとマニアックに“昭和40年代の特撮モノ”における傑作怪談をご紹介したい。あ、トイレは先に済ませておいた方が…?

今日ご紹介するのは「青い血の女」(『怪奇大作戦』)というお話。

科学調査機関【SRI(エスアールアイ)】所員の三沢が友人宅で襲われたのをきっかけに、通行人が鋭利な刃物で刺殺される事件が発生。三沢たちは捜査に乗り出したが、通り魔の仕業かとも思われたこの事件、実は手先にナイフを仕込んだ不気味な人形による犯行であった!
(動画   PW:P9wvueNm)

(動画   PW:il9xS6Z0)

調査を進めるうちに事件発生時刻前後に現場付近の家でテレビ画面が一斉に乱れたことが判明、それは近所の家から発せられる謎の電波によるものだという。その家は三沢の友人の年老いた父が一人暮らし…のハズなのだが、どうも上の階に気配がする。老人が何か隠しているのは確かなのだが、確たる証拠もなくこれ以上踏み込めない。その時、突然響き渡る老人の悲鳴!そこで一同が目にしたのは、老人にナイフを突き付ける人形の姿であった!間一髪、警官の拳銃が人形を撃ち抜き事なきを得たが、粉々に破壊されたその頭部は機械仕掛であった。これを操っていたのが老人ではないとすると?捜査員たちは“疑惑”の二階へと駆け上がった。そこにいたのは…一体の少女人形。呆然とする捜査員たちに、人形は語り始めた…


「老人を捨てた、老人の子供を殺さなきゃ…私は大人よ。いつまでも子供扱いされちゃかなわないわ…私も老人を捨てて独立するの。だから…私も殺さなきゃ…」


そこまで言うと、人形は突然窓を突き破って家の屋根の上に上がり、そこから飛び下りて自らの命を絶ってしまう。人形の周りには、青い血のような液体が流れ出ていた…

(動画   PW:OH540WQp)

子供たちが家から巣立っていき、孤独な老人に溺愛されるうちに意思を持つようになった人形。やがて、自分を捨てて出て行った子供たちへの老人の憎しみを感じ取った人形は老人の意思を汲み、自分で作った殺人人形を操って老人の息子夫婦への復讐を企てたのだった。しかし、いつしか人形自身も自立心を持つようになり、老人を捨てようとした自分を許すことができずに自ら命を絶つという悲劇的結末。人形であって人形にあらず…一見荒唐無稽な物語ながら、日本に昔から不思議な逸話が数多く残る人形という存在にまつわる話を、効果的な特撮技術で屈指の恐怖作品に仕上げた名作である。


明日の第二弾は、夜な夜な蠢く女の手首のお話…ギャアアアアアアアアアアッ!!



ぎっちょ

ぎっちょの『カルトサマーソング』 2006,8,17
夏の歌…といえば、どんな歌が思い出されるでせうか。定番のサザンやチューブ、女性なら杏里なんかも爽やかでいいかもしれませんね。ちょっとマニアックなところでオメガトライブなんて意見もあるかもしれない?そんなワタシのセレクトする夏の歌を、今日はいくつかご紹介。あ、『TSUNAMI』とか『あー夏休み』とか、そういった当たり前の曲は出てくるハズないのであしからず\(≧▽≦)丿



『かもめの水兵さん』

波にチャプチャプ浮かんでる姿を想像するだけで、なんか「夏!」って感じしませぬか?ワタシはこの曲を聴くと、入道雲がそびえ立つ青い海にセーラー服着たかもめの水兵さんたちが悠然と航海する姿を思い浮かべて、たまらなく夏を感じてしまうのです。童謡では同様に(シャレではないのでw)『我は海の子』も夏を感じさせます。



『暑中お見舞い申し上げます』
『夏が来た!』
(キャンディーズ)

四季折々の季節感漂う歌が多い伝説のアイドルグループ・キャンディーズについては、3月15日〜17日付本稿を参照願います。



『JUNE浪漫』(倉田まり子)

JUNEは本来は6月ですが、曲調は夏。ホットパンツからスラリとのびたまり子ちゃんの長いキレイなおみ脚を思い浮かべるだけで、いまでもハアハア



「君よ八月に熱くなれ」(高岡健二)

ABC朝日放送の夏の高校野球中継のテーマソング。初登場した1981(昭和56)年以降、歌い手を代えながら現在もなお使用され続けている息の長い曲。大会歌『ああ栄冠は君に輝く』も夏の到来を告げる曲です。最新版は大会歌ともども「涙そうそう」でおなじみ夏川りみが歌唱しています。



『め組のひと』(ラッツ&スター)

高校の頃、まだカラオケボックスなんてない時代に、夏休み前のコンパで使った居酒屋の有線放送でこれが流れ、一同あの振付で踊りまくった思い出がありますwマーシー、今どうしてんのかな(火暴)



読者のみなさんにも、思い出の曲などございましたら是非お聞かせいただきたいものですm(__)m



ぎっちょ

ヒマツブシ 2006,8,16
つかの間の夏休みも今日で終わり。で、何したかってえと家でゴロゴロの日々wもともと小さい頃から外で野球よりも家で積み木遊びする方が好きだったから、苦もなくゴロゴロしていられるのであるwww

そんな超がつくほどのインドア主義のワタシがヒマツブシによくするのが、


【 検   索 】


そう、いろいろな検索サイトで『ぎっちょ』の名を検索かけてみるのだ。昔は『ぎっちょ』だけではワタシにはカスりもしなかったのだが、最近はいろんなとこにこの「たわむれ」のリンクを貼ってみたりしてるせいか、【Google】なんかでもけっこう上の方に本稿の名があったりする。今日はまず、最近はほとんど更新していない本サイトのスペースをお借りしている楽天の【infoseek】で検索してみた。すると、出るは出るは…上位500件のサイトのうち、9割が『やぎっちょ』と名乗る方のものばかり。純粋な『ぎっちょ』さんのサイトは数えるほどで、結局ワタシ関連のページには一切ヒットせずじまい…。

楽天とくれば次は【livedoor】である。こちらでもワタシに関するものは全然見当たらなかったのだが、唯一228番目でにゃおさんちの「有美子(;´Д`)ハァハァハァハァ」スレへの8月14日付カキコにヒット!w

さて、主にいつも使っている検索サイト【Google】ではどうだろうか…総数222,000件のうち、なんと97件目でその名もズバリ『ぎっちょのひとりたわむれ』にヒット!ただし、アクセスしてみるとなじぇか開始間もない2004年2月のそれになる…?バックナンバー読んでみたい方がもしいらっさったらじぇひwそれにしても、単に『ぎっちょ』だけでなく前出の『やぎっちょ』さんやら『ぶぎっちょ』さんやら『なぎっちょ』さんやら『ぎっちょん』さんやら『ぎっちょんちょん』さんやらいろいろよりどりみどり。ちなみに『ぎっちょ』さんの多くは自分が左利きによることからその名を使っているようだが、ワタシは生まれついての右利き。じゃあなじぇ『ぎっちょ』なの?その理由は…本稿のどこかに書いてあるから探してみてくれたまへ。ムヒヒヒヒヒヒヒヒ。

最後に【Yahoo!】でも検索かけてみた。驚いた。「ひとりたわむれ」は【Google】とほぼ同じくらいのところで見つかったのだが、半年に一度ハリコするかしないか、それも今や、ペリエさんとの“倉田まり子ちゃん関連資料交換の場”としてしか使っていない画像掲示板「おな○〜る〜む」の名がナント4番目にあった。総数231,000件の中の4番目、だ。なじぇ?これ、どういった仕組みになっているのか、知ってる方がいたらじぇひ教えてもらいたいもんだ(火暴



ぎっちょ

終戦の日に思う 2006,8,15
事前の予想通り終戦記念日の今日、小泉首相が靖国神社を参拝した。改めていろいろなテレビ番組などを通じて参拝の是非について考えさせられた。靖国が単なる戦没者の慰霊施設にとどまらず、戦争責任を問われたA級戦犯が合祀されているという問題点。宗教上の問題から分祀することも難しく、戦没者やその遺族の靖国への思い入れから新たな追悼施設の建設もままならない現状。一朝一夕に解決しない問題が、そこにはある。首相は参拝にあたって、あくまでも非戦の思いをこめた戦没者の慰霊であることを強調していたが、その気持ちは大事だとしても、実際やっていることは自衛隊のイラク派遣、それも陸自は撤退したが空自はそのまま残留して戦火の上空を物資輸送のために危険覚悟で飛んでいるという矛盾。イラク問題もさることながら、北朝鮮の拉致問題にしたって、政治的手段に利用するだけして半ばほったらかし。そんな行状を見るにつけ、首相が純粋に慰霊だけで参拝しているとは到底思えないし、近隣諸国の心情なども鑑みたら、やはりいたずらに反発を買うようなことは一国の首相としては慎むべきだったのではないかという思いが強い。それが公約だったからって、就任直後ロクに考えもしないうちに言っちゃったようなものなのだから、限りなく失言に近いものだったのではないだろうかとさえ思う。

『ウルトラマン』にでてくる怪獣に【ジャミラ】ってのがいる。子供の頃、誰しも一度はクラスメイトやなんかがセーターやシャツの襟首を頭に被ってジャミラのモノマネをするのを見掛けたのではないだろうか。とかくユーモラスに語られがちのジャミラだが、実際ジャミラが登場する本編のテーマは限りなく重い。世界各国の宇宙開発が活発になる中、某国の打ち上げたロケットが帰還不能状態になる。そのロケットに乗り合わせた宇宙飛行士・ジャミラは、異常な環境の中どうにか生き延びるうちに怪獣化してしまい、あのような姿になってしまったのだ。そんなジャミラを地球人は、国際宇宙会議を円滑に進めるために彼が人間であったことを隠蔽し、1匹の宇宙怪獣として抹殺しようとする。ジャミラはロケットを改造して地球に戻ってきた。自分を見捨てた地球に復讐するために。しかし、水のない環境に慣れてしまったジャミラは逆に水が弱点となり、そこを突かれて会議場目前で息絶える。会議場周辺に建ち並ぶ万国旗を、1本でも多く倒そうとしてもがき苦しむジャミラの姿には、何度見ても涙を誘われる。そのラストシーン、会議場の近くにジャミラの墓標が建てられる。そこには、

「人類の夢と科学の発展のために死んだ戦士の魂、ここに眠る」

と書いてある。ジャミラとの戦闘の最中から彼にシンパシーを感じていた科学特捜隊のイデ隊員は、その墓標を見下ろしながらこう吐き捨てる!



「犠牲者はいつもこうだ!文句ばかりは美しいけれど!!」



靖国の存在意義を、「靖国で会おう」を合言葉に飛び立った英霊になぞらえて話すのをよく耳にする。大事なことは、戦争を美化しないことだ。いくら美辞麗句で飾っても、誰かの命で大切な若い生命をなくすことほど、愚かなことはないのだから。



ぎっちょ

こうこうやきうすぺさる2006 2006,8,14
80(昭和55)年は早実の1年生投手“大ちゃん”こと荒木大輔フィーバーに明け暮れた年だったが、都立高校として初めて甲子園にやってきた国立を筆頭に印象に残るチームも多かった。優勝したのは、豪腕・愛甲を擁する横浜高校で、荒木のいる早実との決勝は“アイドル対決”として話題を呼んだが、それまでの疲れや決勝のプレッシャーも手伝ってか両投手とも乱調で早々に降板。決勝をシメたのは、横浜・川戸と早実・芳賀という二人の控え投手だった。特に川戸は最後まで投げ切って胴上げ投手に。顔をクシャクシャにして雄たけびを上げ、両手を突き上げる姿は、今も語り継がれる名シーンのひとつでもある。

81(昭和56)年、優勝した報徳学園のエース金村と息詰まる投手戦を見せた、準決勝の名古屋電気(現・愛工大名電)・工藤(現・巨人)や決勝の京都商(現・京都学園)の井口といった好投手もいたが、その優勝した報徳の控え選手に身長160センチそこそこの小柄な浜中という選手がいて、その浜中が3回戦の早実戦であの荒木大輔から9回裏奇跡的な同点タイムリーを打ち、2塁塁上ではしゃぐ仕草がリスなどの小動物的でなんとも愛嬌があったことを覚えている。

82(昭和57)年は、昨年お話しした完全試合達成を9回裏2死から死球で逃した佐賀商の新谷がいの一番に挙げられるが、準決勝の広島商戦で0―1で敗れた中京の、再三得点圏に走者を置いた場面で打席が回ってきたのに適時打を打てず戦犯扱いされた四番森田も思い出される。この年の決勝は、池田が広島商を12―2と圧倒したのだが、もし森田が打って中京が広島商に勝っていたらもう少し競り合った展開になっていただろう。翌年の準々決勝で実現した池田打線と豪腕・野中との息詰まる大接戦を見ても、それは明らかである。



ぎっちょ

こうこうやきうすぺさる2006 2006,8,13
毎年恒例、夏の甲子園特集。今年は、忘れじの名選手について。

ワタシが本格的に高校野球に熱をあげたのが1976(昭和51)年のこと。どのくらいの熱かってそれから毎年勝利校の校歌をテープに録音し続けるほどで、PLのKKコンビ最後の夏となった1985(昭和60)年までの10年間に渡ってそれは続いたワケである。

(ちなみに、HDDを購入した2004年から今度はDVD保存の形で再開している)

その76年、桜美林が優勝を決めた決勝の模様を録音したことが、その後の校歌収集のきっかけともなったのだが、延長11回サヨナラで決着したその決勝打を打ったのが桜美林の菊池太陽。その名をより一層印象深くさせたのが、地元ABC朝日放送の名物アナ・植草貞夫氏の名調子。

「菊池太陽!文字通りその名のごとき素晴らしい打球が、太陽に向かって飛んでいきました!」

この時の桜美林の優勝投手が、松本吉啓。現在は千葉経大付の監督として、一昨年長男をエースに初出場でベスト4、今年も次男三男を引き連れて甲子園出場を果たしている。


77年は何といっても、東邦の1年生エース坂本佳一に尽きる。中学を卒業したばかりのそのあどけない表情は人々に“バンビ”と呼ばれ、一躍甲子園の人気者となった。あれよあれよと決勝まで勝ち進んだ東邦だったが、最後はそのバンビ坂本が東洋大姫路の主砲・安井に決勝戦史上初のサヨナラホームランを打たれて準優勝に終わる。その後のバンビはすべて地区大会で敗退、二度と甲子園に姿を見せることはなかった。バンビ以外では、現在でも大会史上唯一となっている『サヨナラ満塁ホームラン』を打った大鉄(現・阪南大高)の川端や、のちにプロ入りする星稜の小松(のち中日)と智弁学園の山口(のち近鉄)の息詰まる投手戦も思い出深い。


78年、準決勝から決勝と続いたPL学園の神懸かり的な逆転劇にわいた年だが、その準決勝、PLの猛烈な追い上げに遭って、すっかり冷静さを失ってストライクが入らなくなった中京(現・中京大中京)のエース・武藤をクールダウンさせるために一塁の黒木とポジションチェンジ。ところがその黒木も舞い上がってストライクが入らないばかりか、これはいかんと監督が送った伝令を「(゚゚)イラネ」とばかりに突き飛ばしたりと、興奮して収集がつかない状態。結局9回4点差を追いつかれ、再びマウンドに上った武藤が12回に押し出しの四球を与えて悪夢のような逆転サヨナラ負け。負けた中京・黒木の“伝令突き飛ばし”事件が、ズングリした体格と合わせて今も瞼に残っている。

79(昭和54)年といえば、何と言っても箕島と星稜の延長18回に及ぶ死闘だろう。のちにプロ入りする箕島の石井(のち西武)―嶋田(のち阪神)のバッテリーというスター選手もさることながら、延長16回に“世紀の落球”をしてしまった星稜一塁手の加藤や、その直後に起死回生の同点ホームランを打った箕島の森川といった名前は、今でもスラスラ出てくる。最後に力尽きた星稜のエース・堅田は現在、甲子園大会で審判員を務めているという。



つづく



ぎっちょ

燃えドラ史 2006,8,12
もう大丈夫かな…

(^_^)v

セ・リーグ、首位独走の我らが中日ドラゴンズのことである。2年ぶり7度目のリーグ制覇が見えてきた。落合采配の冴えもさることながら、強力な投手陣と鉄壁の守備、落合監督が3年かけて作り上げた故障者が出てもそれを補える層の厚さは、もはや感服するしかない見事なチーム作りである。

話はガラッと変わるが、プロ野球では各球団それぞれに応援歌がある。タイガースの『六甲おろし』やジャイアンツの『闘魂こめて』といったところが代表的ナンバーかと思うが、我がドラゴンズにも『燃えよ!ドラゴンズ』というれっきとした応援歌が存在する。この『燃えドラ』が他球団のそれと明らかに違うのは、歌詞が年ごとに変わっていることである。

『燃えドラ』が初めて世に出たのは、1974(昭和49)年のこと。ジャイアンツのV9を阻止し、20年ぶり二度目のリーグ優勝を成し遂げた年である。OBの板東英二さんが歌うその歌は、
「1番高木が塁に出て 2番谷木が送りバント」
といった具合に、スタメンのオーダーから投手陣、控え選手に至るまで選手名を羅列したシンプルな歌詞で、そのパターンは最新の2006年版まで脈々と受け継がれている。当然年ごとに選手も入れ替わるから、そのたびにリニューアルされるというワケである。1988(昭和63)年までは優勝時限定の発売であったが、最近は毎年リニューアルされてCDで発売されている。もちろんワタシは毎年買って…と言いたいところだがw居住地が関東なうえ、やはり下位に低迷した年などは応援する気力も失せるというもので、残念ながらパーフェクトコレクションとはいっていないのが現状だ。

ワタシの所持している範囲で『燃えドラ』の歴史を振り返ってみると、74年と82年の優勝時に発売された板東版はレコードで。星野監督初Vの88年は地元局の中日戦実況アナ久野誠さん歌唱版をカセットテープで。同じく久野さんの歌う91年版は、前半首位を快走しながら後半息切れしてしまい、『燃えドラ』発売年で優勝を逃した初めての年となってしまった。99年星野V2版は、名古屋まで日本シリーズを見に行く両親が球場で歌いながら応援できるように、選手応援歌まで収録されたベスト盤を方々探し回って見つけてきた。そして2004年、落合監督就任後は毎年CDを購入しているのだが、その2005年版まで歌唱を担当していたのが“アニキ”こと水木一郎さん。独特のシャウトするような歌い方は、本当に勇ましくてカッコよかった。特にドラゴンズ主催ゲームの7回に流れるショートバージョンは、震えがくるほどカッコいい!契約が切れた?のか、今年からレースクイーン風のおねーちゃん4人組に変わってしまったのだが、それがもうやっつけミエミエの気合いの入っていない歌い方で、脱力すること甚だしい。即刻水木アニキバージョンに戻すことを提言したいm9(`・ω・´)



ぎっちょ

介護の心得 2006,8,11
東京・東大和市の特別養護老人施設で、30歳と21歳の男性介護員が入所している認知症の老人に対して性的暴言を言ったことが問題になっている。ニュースなどでは利用者の家族が隠しマイクで録音したとされる、排泄物を“サリン”と称したりといった暴言の一部始終が公開されたりもしている。

ワタシも2年前、ヘルパー2級の資格取得のために仕事の合間をぬって専門学校に通った身である。その当時一番感じたのは、理想と現実のギャップであった。心ある人なら誰しもが持っているであろう、老人や身障者を思いやり助けたいと思う気持ち。それと裏腹にある、介護職に付きまとう肉体的負担とそれに反比例する低賃金。特に身体で触れ合うヘルパーのような職業は、ただ単に困っている人を助けたいというボランティア精神だけでやり抜くのは、かなりの難事である。実地研修で一緒に利用者宅を回った若いヘルパーも、最初は大いなる希望を胸にこの職に就いたものの、肉体的にキツく自分の時間も思うようにとれないうえ、給料も驚くほど安い現状に辟易とし、近々転職するとのことだった。特に遊びたい盛りの若い人がこういう仕事をしていくには、相当な覚悟が必要だ。不満もたまるだろうし、やめたくなるのもある意味致し方ない面もある。かと言って、件の若い介護員の言動が許されるというものではないが。

ワタシの体験談は、2004年上半期の本稿に不定期ながら詳しく書いたのだが、最近本稿の読者になられた方々のために、もっとも印象に残っている特老施設での“ハナさん(仮名)”との思い出をここでもう一度お話ししたいと思う。特老とは、もはや自力で身体を動かすこともままならないような重度の障害を持った方たちが入所するところである。そんな中でも、誰彼なく始終話し続けていたり車椅子で動き回れる人はまだいい方で、ほとんどの人はボォ〜ッと虚空をただ見上げているだけという状態。そこには会話もなく、ただ漫然と時間だけが流れているだけのような空間であった。ハナさんは、きっとお元気な頃はお芝居などを好んで見る上品なおばあちゃんだったであろうことを想像させるたたずまいであったが、言葉を話すこともできず目も耳も不自由で、いつも部屋の片隅の車椅子にポツンと座り、時々思い出したようにパチパチパチと拍手をしているような人だった。ハナさんは放っとくと指をくわえるクセがあるので、唾液で指がふやけたりしないように手術なんかで使うような薄いゴム手袋をいつも両手にしていた。研修初日の昼食の時間、ワタシはハナさんの食事介助をすることになった。担当の所員いわく、ハナさんは食事の時もスプーンの動きに合わせて手を口に持ってっちゃうから、それを押さえながら介助するようにとのことで見本を見せてくれた。所員は、お椀を持った左腕でハナさんの両手を彼女のヒザの上に押さえ付けながら慣れた手つきで右手のスプーンにすくい上げた食事をハナさんの口に運んでいくのだが、実際やってみるとハナさんも思いのほか力が強くて、相当力を入れないととても押さえることはできない。時間が進むにつれ、ワタシの左腕はハナさんの口からこぼれた食事にまみれていた。だがこの時、不思議と「汚い」といった不快感は少しも感じなかった。むしろ、ワタシを動かしていたのは「熱い」とも「おいしい」とも話さないハナさんに、いかに気持ちよく食事をとらせるかというその気持ちだけだった。
「熱くありませんか?」
「おいしいですか?」
無論、話しかけてもハナさんの返事はない。しかしワタシは、わずかでもハナさんの表情が読み取れないかと彼女の顔を見て話しかけながらすべての食事を与え終えた、その時である。
「はい、全部食べ終わりましたよ。お疲れ様でした。」
と言ったワタシに、ハナさんが声にならない声ながらハッキリと
「ありがとう」
と言ってくれたのだ。身体は不自由になってしまっても、心の底では自分のために腕を飯粒だらけにしながら懸命に介助してくれている人への感謝の念を持っている。ハナさんがふりしぼって発した「ありがとう」という一言を聞いて涙が出そうになると同時に、あるいはこれが介護の仕事をする上での醍醐味のひとつなのかもしれないと思ったものだ。

今回起きた施設での出来事のニュースを聞いてワタシが思ったのは、所員の暴言に対する怒りなんかより先に、その暴言をただ聞いているしかなかった利用者の老人がどんな気持ちでそれを聞いていたのかというその一点だけであった。



ぎっちょ

ぎっちょの『スライドショー』 2006,8,10
今日は、師匠・みうらじゅん氏ばりに、街で見かけたおかしな写真をいくつか紹介しましょう。本家『スライドショー』ばりに、いとうせいこう氏的“ツッコミ役”がほしいところで、大学の後輩・ABS君を抜擢。

ABS「わ…わたしがですかあ〜?…ま、まあ足手纏いにならないようにガンバリますm(_ _)m」

ぎっちょ「というワケで、まず1枚目いってみよっ!」


A「…これ…」
ぎ「ね?よ〜っく見ると、おっかしいよね?」
A「ええ…この場合、【だい】はこれじゃなくて『第』が正しいかと…」
ぎ「でしょ?この【だい】は『東海大一』とか『日大三』とかで使う『大二』だよね?」
A「ってえか、そこで切るのもオカシイでしょ!『東海大』とか『日大』で切りなさいよ!」
ぎ「近くに『日東大学』があるのかも!今度探しに…」
A「行かなくていいです。仕事してください仕事をw」


A「きましたね〜」
ぎ「きたねえ、ユルキャラ♪」
A「たこやき屋ですか?」
ぎ「たこやきって書いてあるから、まだ元がタコだってわかるけど、なんにもなしにこれだけ出されても『何?』でしょ?」
A「確かに。」
ぎ「手にラッパなんか持ってるんだよね」
A「なんででしょうね?」
ぎ「たこやき買うついでに、お店の人に聞いてみた♪」
A「イヤ聞かなくていいですよ!」
ぎ「店員も何でか知らないってw」



A「これ…は?」
ぎ「よ〜く見てみ」
A「???????」
ぎ「こっち見てんだよ!」
A「…は…はあ?」
ぎ「見てんだよ土の中から!」
A「あんの〜…昔っから好きですよね?そういうこと言うの。合宿の余興で山登りしたら『山の間から怪獣が顔出す』とか、都心に行ったら『ビルの谷間からバルタン星人がヌッと出てくる』とか…」
ぎ「好きなんだよ、そういうの♪」
A「建築中のビル指差して『ビルガモ!』って叫んだこともありましたよね?もう40近いんだからヤメましょうよ、そういうの…」
ぎ「よく見たら、レンズじゃなくって網目になってんの。ガスでも噴出されたらとビクビクしながら撮ってたんだよ♪」
A「っていうか、撮ってるアナタがコワいですよw」


ぎ「で、ラストなんだけど、最近多いじゃない、物騒なこと」
A「気分が滅入るニュースが多いですよね…」
ぎ「テポドンが落ちてきたりさあ」
A「まだ落ちてませんけどね、本土には」
ぎ「でさあ、武装するのしないのでモメてたでしょ?でもね、もうすでにミサイル配備してたんだよ、日本は」
A「え?」
ぎ「それもさいたま市に!」
A「ホントですか?」
ぎ「これ見てみ」



ぎ「どう見てもミサイルだよw」
A「いい加減にしなさい!」



ぎっちょ

高校野球考 2006,8,9
3月30日付本稿でお話しした関西高校(岡山)の熊代君。失敗にめげることなく、見事この夏も甲子園にやってきた。そして本稿を読んでいたかのごとく、甲子園に素晴らしいアーチをかけてくれた!が…試合は残念ながら逆転サヨナラ負け…悔しいだろう。悔しいに違いない。だが、失敗にくじけず努力研鑽し、再び甲子園にやってきて打ったホームランは勝ち負け以上に価値があると思う。胸を張れ!熊代君。

その夏の甲子園、センバツ優勝校の横浜が一回戦で姿を消す波乱などあって熱戦が続いている。その横浜にセンバツ決勝で3―21と大敗した清峰(長崎)が、光南(福島)に22―3と逆に大勝して好スタートを切った。甲子園には点差によるコールドゲームはない。どんなに点差が開いても、9回の攻撃が完了するまではゲームが行われる。ただ昨今、選手の健康管理について議論され、準々決勝を2日に分割して行っているような現状、大差のついた試合はコールドゲームにする英断も必要ではないかと、この試合を見てふと思った。

もちろん、何が起こるかわからないのが甲子園最大の魅力であるというのは言うまでもないが、これまで実際に逆転劇を産んだ最大得点差は7点。93年に徳島商が久慈(岩手)に勝った試合だ。つまり、100年近い高校野球の歴史の中で、8点差以上を逆転して勝ったケースは皆無ということからしても、コールドゲームの存在意義はないとはいえない。

しかし、点差が開いたからこそできることもある。主戦を降板させて控え投手を投げさせることで、改めて力量を量ると同時に独特な甲子園の雰囲気に少しでも慣れさせることもできる。また85年、PL学園が東海大山形相手に毎回の29得点という記録的大勝を果たした試合の9回、現オリックスの清原がマウンドに最初で最後の登板を果たしているが、元々投手としてPLに入った清原にとっては「ええ思い出になった」ハズ。このように、普通なら甲子園のマウンドに上がれなかったかもしれない選手の登板機会ができたりもするワケで、選手の思い出作りのためという観点では最後まで試合を続ける意義もないとは言えない。もっとも、負けてる方にとっては思い出作りなんてとんでもないと言われるかもしれないが?

準々決勝を2日に分ける日程にも疑問がある。前後どちらかに中1日空くとはいえ、準々決勝2日目に試合をするチームは結果的に決勝まで3連戦になってしまう。本来は、準々決勝から決勝まではそれぞれ間1日ずつ空けるのがいいと思うが、極力選手に同じ条件で試合をさせたいのなら準々決勝を1日で済ませて中1日空けて準決勝、とするのが妥当なのではないだろうか?

最後に、前にもお話ししたブラスバンド。相変わらず『タッチ』と『紅』が多い。あと『サウスポー』も耳につく。何年前の曲演奏しとんねん!もっと他に新しい曲、いくらでもあるやろがぃ!!と亀オヤジ並みに毒づきたくもなるw あ、『ルパン三世のテーマ』と『イノキボンバイエ』はまだ許す。あんまり“古さ”を感じさせないから。なんてワガママかしらん?ワタシって(*^_^*)



ぎっちょ

亀オヤジとS木 2006,8,8
昨日のお話です。月曜日の定例ミーティング後に一同で食す昼食を何にするべと協議したところ、スタミナ促進にうな重でも食うべということになりまして、事務員のM子ちゃんを除く全員で大盛りを頼もうとしたところ、
「あ〜…俺、やっぱ並でいいや」
とS木。いつも昼飯となると人一倍ガッつく男が、どういう風の吹き回し…?
「どうしたん?大盛りにしないなんて、Sーさんにしちゃあ珍しいじゃん?」
と『爺』が尋ねたところ…


「いやあ〜、昨日暑かったでしょ?カキ氷3杯も食ったら胃の調子が悪くて…ムヒヒヒヒヒヒヒヒ」


50(正確には49)にもなってオノレの食欲もコントロールできないなんて、小学生かおまいは。公然とそういうことを言って恥ずかしくないのか?みんな嘲り笑ってんだ。恥を知れ恥をm9(`・ω・´)

というのは前フリで…

亀オヤジとやくみつるのバトル、見てしまいますた…え?もう亀関連の番組は見ないんじゃなかったのかって?だって…同僚の『爺』が見たいっていうから…某動画配信サイトで一部始終見ちゃったwまあネット配信された動画で番組じゃないってことでひとつm(__)m苦しい?昨日から謝ってばっか(火暴)

まあ感想は…亀合って…もとい、カミ合ってませんでしたね。やくみつるも、あれを亀オヤジに言うのは筋違いだと思います。だって、ああいうことやらせて野放しにしてるTぶーSこそ諸悪の根源なワケで、むしろああいうことを言いたいのなら『ブロードキャスター』とか『NEWS 23』あたりに出演してトメさんなり筑紫哲也になりを介してTぶーSに対してカミつくべきなのでは?と思うのですが。まあそんなこと肝心のTぶーSがさせないでしょうけどね(・∀・)ニヤニヤ

対戦相手へリスペクト一切なしの挑発行動など、世間的に見て「おかしい」と思うことも亀オヤジにとっては彼曰く「生きるか死ぬかの勝負をする」中では常識の範疇なワケで、彼の中の凝り固まった常識にこちら側の一般論をネジこもうとしたって、それはどだい無理な話。だって、単純にそれは亀オヤジにとっては常識じゃないから。いくらこちらの正論をぶったところでカミ合うハズがないのです。


正論が通じないといえば、ウチの勤務先にも一人…

そう、前出の“腹下しバカ”のことであります。

普通、営業マンたるもの「外に出てナンボ」という部分があるワケです。極端な話、朝一番で外出してしまえば、例え公園に車停めてサボってても、携帯に電話かけてきた人には「忙しいとこすみません(またはゴメン)ねぇ」と言われます。けど、毎日昼過ぎまで事務処理のために事務所にいたりすると、ちゃんと仕事してても「あいつは営業なのに…」と言われたりするのです。それが営業の一般論です。

要はこういうことです。一日の行動予定立てるのにS木がまず考えるのは「今日事務所で昼飯に何食おうかなムヒヒヒヒヒヒヒヒ」なのですから、こっちがいくら「ちゃんと得意先を回って顔売らないと」と言ったところで「ムヒヒヒヒヒヒヒヒ」しか返ってこないのです。

見積は常にFAX、書類は郵送で絶対に自分からは外出しようとしないS木が、今日も得意先へ書類を郵送しようとしていたところで『爺』が
「タマには送らないで持って行ったら?」
と言ったのですが、
「もうメーカーから送るように手配しちゃったから」
とS木も聞く耳持たないもんだから『爺』もカリカリしてたんですわ。ところがここで事態が急転。メーカーから「書類作るのに今日いっぱいかかるから、発送はムリ」との連絡が。急遽S木が明日早朝にメーカーまで書類を取りに行って得意先に届けるということに。これぞ因果応報ってもんです。ザマミヤガレ(・∀・)ニヤニヤニヤニヤ

本来あるべき昼までの“憩いの定番コース”をツブされたのを『爺』のせいと逆恨みしているのか、論点がカミ合わずにカリカリしてる『爺』とS木はいつになく険悪な雰囲気。だって、いつもはこっちの神経を逆撫でするくらいノーテンキな声で
「お先しまぁ〜す♪」
と言って帰るS木が挨拶もそこそこに出て行き、『爺』も「お疲れさん」等の言葉もなし。さあ、ウチの事務所もますます緊迫してまいりました(・∀・)ニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤ



ぎっちょ

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お口直しに画像を1枚。事務所のベランダから見る夕焼けがキレイだったので。

“泣きの今宮”につられて泣いた夜 2006,8,7
99年にCS(スカパー)に加入して以来、プロ野球や格闘技、F1といったスポーツ中継はもっぱらそっちで観戦することが多い。クライマックスなのに「時間がきた」からと途中で打ち切られることもないし、「間もなくゴング!」とか言いながら生い立ち映像で一時間半も引っ張られたりすることもないからだ。あっ、言っちゃった。もうここでは話さないつもりだったのにwまあ一般論ってことでひとつm(__)m

そんな中でもCSのF1中継は地上波と連動しない独自のスタイルで、解説もスタジオと現地それぞれに配置。スタジオは森脇基泰、熊倉重春、小倉茂徳のローテーションだが、現地解説は今宮純&川井一仁という往年のF1中継の黄金コンビ。古くからのファンにはタマらない顔ぶれである。

CSのF1中継について熱く語りすぎて前置きが長くなってしまったが、今年のF1はタイトル争いこそ白熱してきているが、肝心のレースの方はアロンソかシュー兄が突っ走る展開になることが多く、途中でウトウトしちゃって気がついたらシャンパンファイトやってた…なんてこともしばしば。その上、昨日レースが行われたハンガリーのハンガロリンクといえばモナコ並に抜きどころのない難コースで、どっちかっていうと退屈なレースになることが多いからあんまり期待してなかったのだが、予選からペナルティでアロンソとシュー兄が中段グリッドに沈んだばかりか、ハンガロリンク初のウエットコンディションとなったとあっては面白いレースになる可能性が高く、放ってはおけない。

ここで、F1をよく知らない人にもわかりやすく「なじぇウエットレースになると面白いか」について簡単に説明すると、天候の変化に合わせてのタイヤチョイスが難しいことがある。雨用のタイヤは“ちょい濡れ”状態で使うやや浅い溝の【スタンダード(インターミディエイト)】と、“ズブ濡れ”状態で使う深い溝の【エクストリーム】があるのだが、使い方を間違うと車を上手く走らせられない。だから晴れのレース以上に天候や路面状態の変化に合わせて適切なタイミングでのタイヤ交換が要求されるのだが、得てしてそれが裏目に出るケースが多いうえにただでさえコースが走りにくいのだから、往々にしてレースが荒れる。96年モナコのパニス(リジェ)とか98年ベルギーのヒル(ジョーダン)とかといった意外なウィナーを産むことも多いのだ。逆にそのウェットでのタイヤチョイスとマシンコントロールが絶妙に上手かったのが、亡くなったアイルトン・セナであった。セナ…(T_T)

また話がそれたw中日戦を見たい母とのチャンネル争いを「スタートの一周だけ」という妥協案で籠絡し、いよいよ注目のハンガリーGPがスタート!中段に沈んでいた新旧王者が好スタート。中でも、一周目からアロンソが次々オーバーテイクをキメていく姿に、93年ドニントンパークのオープニングラップで4台をゴボウ抜きしたセナの姿をオーバーラップさせたのはワタシだけだろうか?
幸い中日戦も9時過ぎには終わり(岩瀬ありがとー(^^)/~~~)、腰をすえて観戦できる状態になった。

レースは案の定荒れ模様。それでもやっぱりアロンソがトップに立ち、フィジケラと接触して後退したシュー兄を周回遅れにしたあたりではまたアロンソ独走のお決まりの展開?と落ち込みかけたが、2位を走っていたライコネンの大クラッシュでセーフティカーが入って接近戦再開!デ・ラ・ロサを違反ギリギリでブロックしていたシュー兄が力尽き、トップのアロンソがホイールナットが外れるという信じられないトラブルで脱落すると、堅実に2位を走っていたホンダのジェンソン・バトンがついにトップに!これまで散々ホンダを悩ませてきたトラブルも出ず無事にトップでチェッカーを受けたバトンは、自身114戦目の初優勝とともに、ホンダにとってエンジンメーカーとして14年ぶり、車体一式のコンストラクターとしては実に39年ぶりの優勝をもたらしたのだ!

フジが中継を開始して、今年は20年目という節目。その年に初めて耳にする、F1の表彰台に流れる『君が代』の旋律。せっかくだからと一緒に口ずさんでみたりしたのだが、
「き〜み〜が〜…」
のあたりで感極まって声が震えて歌えなくなったワタシwそのワタシ以上に、公共の電波に乗せて嗚咽をもらしていたのが、解説の今宮さんだった。解説者たるもの、感情は抑えて冷静に…なんて野暮なことは言いっこなし。F1の感動、すなわち今宮さんの涙の図式w昔っから、ホントもう発するコメントの一語一句から「F1大好き」オーラを発散している“今宮節”は、明らかに劣勢のボクサーをヨイショしまくる糞解説なんかとは比べ物にならない。っつうか比べちゃいけない。あ、また言っちゃった(火暴)これも一般論ってことでひとつm(__)mもう今宮さんの涙声で、ワタシの涙腺も完全決壊。ここ数日、特にスポーツでイヤな思いをすることが多かっただけに、ハンガリーGPはまさに溜飲を下げたような気がする、ここ数年でも屈指のベストレースであった。



ぎっちょ

ささやかな反抗 2006,8,6
亀田好奇の疑惑のタイトルマッチの余韻もさめやらぬ中、昨日亀田戦と同じTBSで放送された格闘技イベント『HERO’S』でもおかしなジャッジがあった。メインで登場の桜庭和志、無名の外国人選手にボコ殴りされて失神。それでレフェリーが何をしたかってえと、ホントならそこでストップして桜庭TKO負けってのがスジのところを、何を思ったかブレイクして中央に戻して再開しちゃった。桜庭は意識朦朧どころか完全に失神状態だったから、ヘタをすると打ち所が悪くて命を落としかねない状態だった。もっとも、桜庭は三顧の礼でライバルの『PRIDE』から引っこ抜いてきた目玉選手。それが一回戦で無名の選手にあえなくKOってえんじゃカッコつかないという意識も働いたのだろうが、冗談じゃない。昨日のは全部見てないのだが、他にも疑惑を持たれるようなジャッジがいくつもあったという。視聴率さえ上れば良くて、目の肥えたファンの興味や選手の安全は二の次、ってんじゃあ格闘技興行を開催する資格なんてない。唯一、大会終了後に桜庭戦のジャッジについて関係者に詰め寄った、スーパーバイザーの前田日明の存在は救いと言えるかもしれない。

今日もゴロ寝三昧のワタシは、興味本位でTBSのバラエティ『サンデージャポン』と『アッコにおまかせ!』を見ていた。亀田好奇がこれらに生出演、特に『アッコ』は前日に自身のラジオ番組で和田アキコが“直接対決”を宣言したということだったので、ご意見番がどの程度“疑惑”に切り込めるのかちょっと見てみたかったのだが、どちらもまあ聞くに堪えないヨイショばっかりで、見ていて不快感が増すばかりだった。『おまかせ』なんか、開始数分で和田が亀田のことを「すんごい好青年!」って評したところでタオル投入。参りました。もうガマンできましぇ〜ん、って感じだったw

『サンジャポ』では、まるで腫れ物にさわるかのようにアシスタントの局アナが「試合後はこんな報道もありますが…」と、ガッツ石松や漫画家・やくみつるのコメントについてもう“恐る恐る”って感じで紹介したのだが、やくみつるが「安い三文芝居を見せられたよう」と話した件について好奇が放った一言ってぇのが、



「そんな言うんやったら見ぃひんかったらええやん」



違うだろ。良識ある人はキミの試合が見たいんじゃないんだ。ボクシングが見たいんだ。キミの周囲の人間が、そのボクシングを汚すような興行をしたから、みんな怒ってるんじゃないか。好奇はさらに、



「僅差やったからな。いろいろ意見があるのは当然や」



キミは“僅差”という言葉の意味をわかって話しているのか?少なくとも、ネットの調査で93%もの人々がキミは負けていたと言っているのだが。“僅差”と呼べるのは、せいぜい4:6くらいが限界だ。キミのそういう発言は、集団でボコボコにされたあと「よ〜し今日はこれくらいにしといたらあ」と言ってスッと立ち上がる往年の池乃めだかの吉本新喜劇でのギャグとおんなじだ。ギャグでもなくそういうことが臆面もなく言えるから、ワタシはキミのことを【恥知らず】だと言うのだ。

こうしたインチキ興行を、視聴率が取れるというその1点だけで局ぐるみで正当化しようとするTBSの姿勢は誠に許しがたいものがある。ワタシは今後、TBSの放送する「亀田絡みのボクシング戦&バラエティ番組」「K−1 WORLD MAX」「HERO’S」「Dynamite!」は金輪際視聴せず、本稿で取り上げることも一切しないことをここに宣言する。



ぎっちょ

空気読めコロン 2006,8,5
今日は昼から車検のために近くのディーラーまで車を持って行ったのですが、いつもは日中外へ出たっきりのぬこたちが家を出ようとしません。さすがに35℃を超える猛暑にはグロッキー状態のようで、フローリングの床に腹ばいになって伸びてました。


コロンも伸びたままビクとも動かないので、

帰ったら「カサカサパンパン」して遊ぼうと、ビニール袋を置いて出ました。


車検の手続きを終えて、健康のためにと猛暑の中40分ほどかけて歩いて帰宅しました。
「コロン!カサカサパンパンして遊ぼ♪」
当然、コロンはこっちの思惑通りビニール袋の上にスフィンクス状態…

と思いきや…




階段で寝てんじゃねえよw




ぎっちょ


キシュヘンしますた 2006,8,4




Tu-Kaからauへの変更なんで、メルアドや番号は変わりません。どうっすか?カックイイっしょ?黒って昔っからちゅき♪なんですよ。『太陽にほえろ!』のボンが着ていた定番の上下黒ずくめのサファリスーツをよくマネしてたりしたしw好きなロボットといえば『鉄人28号』のブラックオックスだったりするしぃwww
何を隠そう、見合い相手に
「いまどきケータイも持ってないなんて」
と言われて、初めて購入した携帯も黒でした。今から7年前のことです。いわば“原点回帰”といった感じですかね?

携帯はふたつ所持しています。これは個人で使用する私物。もうひとつは、会社からの支給品です。


ちなみにVodafoneです。
そしてこれが、ウワサの【待受くーまん】でふw





ぎっちょ

親の心子知らず 亀の心恥知らず 2006,8,3
ボクシングライトフライ級タイトルマッチ。亀田好奇が勝ってしまった。念のため言っておくが表記は誤植ではなく確信犯である。読んで字の通り、誰もが彼を好奇の目で見ているハズだ。ハッキリ言って、何か“見えない力”が働いたとしか思えない、どう転んでも好奇の勝ちはない試合であった。こんな露骨な八百長判定は、一昨年のK1MAXの魔裟斗にまつわるもの以来だ。そのMAXにしたって、中継局は同じTぶーS。何をか言わんや。

そもそも八百長というのは、碁が抜群に強かった八百屋の長兵衛さんが、相撲の伊勢ノ海親方と碁を打つ際には勝負が一方的にならないように手心を加えていたという逸話から生まれた言葉である。町の余興での個人的な対局で手心を加えても「粋だねぇ」で済むが、仮にもボクシングの世界タイトルを懸けた試合でこの判定…開いた口が塞がらないとはこのことだ。

いかにこの判定がおかしいか。好奇は初の世界戦の緊張もあってか動きが固く、1Rからプロ初のダウンを喫したが、中盤からは落ち着きを取り戻して互角の戦いを見せる。だが好奇の攻撃は単発で、一見派手なラッシュもほとんどが空振り。相手のランダエタの方が明らかに手数も多く好奇のガードの間隙をぬってジャブやアッパーが幾度となくヒットしていた。その蓄積されたダメージもあったのだろう。最後2Rの好奇はクリンチに逃げるのが精一杯の状態まで追い込まれ、スタンディングダウンはとらないというこの試合のルールに救われたようなものだった。実況や解説も終盤は明らかにトーンダウン。「もはや立っていることがスゴイ」とでも言いたげな論調で、好奇の世界初挑戦は失敗…というニオイがプンプン漂っていた。

ところが…フタをあけてみればア〜ラビックリ、である。2―1のスプリットデシジョンではあったが、誰の目にもランダエタ優勢だった最終Rを、韓国人ジャッジが亀田にポイントを与えたことによるこの判定。この韓国人ジャッジには、最終Rの亀田のどこがよかったのか是非公式にコメントが欲しいところだ。

実は今回の試合、ある筋から「判定までいけば好奇の勝ち」という筋書きがあるなんてウワサも事前に耳にしていた。思えば、この試合の結果もわからないうちからTぶーSは、大晦日伝統のレコード大賞を一日前倒ししてまで好奇の試合を中継することを発表していた。昨日負けてたらどうしたんだろう?いや、『リベンジマッチ』と銘打って煽るテも確かにあるが、やはり事前に載冠は決定事項だったのか…という穿った見方をされても仕方がないのではないだろうか。

試合前のパフォーマンスも、本当にランダエタの意思で行われていたのか疑わしい。誰かがくだらない台本を書いて三文芝居を仕掛け、状況がよく理解できないままのランダエタにオムツとおしゃぶりを好奇に渡すように仕向けた存在がいるのではないだろうか?ランダエタは、本来なら即日連盟提訴してもおかしくない今回の判定に関して「見ていた人はよくわかっているハズ」として提訴しないとしている。それは、ランダエタ自身の持つ紳士的本質なのか?それとも、最初から負けブックだったことを暗にニオわせているのだろうか?

今後、好奇一家やマッチメイクの舞台裏についての追及記事が出始めるとの噂もあり、それもフジの【PRIDE】撤退騒動の非ではない激震が走るようなネタとの噂もある。そしてその記事を掲載する雑誌は、衝撃余波をより大きくするために敢えて試合前ではなく、好奇の勝敗にかかわらず試合後結果が出たところで記事を発信するのだとか。歓喜のタイトル獲得が、地獄への入口になるのか…くわばらくわばら。



ぎっちょ

猫も杓子も 2006,8,2
雨に悩まされた今年の夏の高校野球も全代表校が出揃った。注目の組み合わせ抽選会は明日、6日が開幕である。

ワタシも好きで、CSで地方大会などもチェックするほどなのだが、見ていて気になることがある。

1.なぜ猫も杓子も優勝するとマウンドに集まってみんなで人差し指を天高く突き上げるのか?


これを最初にやったのは、一昨年北海道勢として甲子園初制覇を果たした駒大苫小牧であったと記憶している。済美との決勝は壮絶な打撃戦となり、最後の最後までどうなるかわからない展開で手に汗握りっぱなしであった。そういった試合内容に加えて、越境野球留学全盛のご時世に純道産子で全国制覇を成し遂げた快挙もあって、マウンドに選手が集まって各々人差し指を天高く突き上げる姿にいたく感動したものである。

ところが、これを境に甲子園に限らず地方大会の決勝でもこうした光景が見受けられることが多くなった。いや、もちろん嬉しいのはよくわかるしそうするのはかまわないのだが、所詮これは駒苫の“二番煎じ”にすぎない。「なんか他にないのかよ」とひねくれ者のワタシは思ってしまうのだ。特に、最初に見た駒苫の優勝シーンがあまりに感動的だったこともあったし、この『天高く人差し指を突き上げる』パフォーマンスは駒苫の専売特許とするべきで、他チームがやるのは邪道だとすら個人的には思うのだ。


2.なぜ猫も杓子も『タッチ』と『紅』ばかり演奏するのか?

応援団の奏でるブラスバンドも高校野球の名物だが、やたら耳につくのが『タッチ』と『紅』である。この2曲は、やたらと使用するところが多く、流れてくるたびにやはり「他にねぇのかよ」と思ってしまう。両曲とも応援歌としては適しているとは思う。特に『タッチ』なんかはもろ野球モノだし。いや、別にプロ野球みたいに選手別にオリジナルの応援歌を作れなんて言わないが、それにしても『タッチ』と『紅』の使用頻度は高い。高すぎる。他にめぼしい曲がないのなら致し方ないが、探せば曲なんていくらだってあるではないか。探そうともしていないのであろうか。そんな中でも、今年は出場ならなかったがPL学園(大阪)や智弁学園(奈良)といったところは、得点圏に走者が進むと流れるオリジナルのチャンステーマがあって、PLのそれなんか一時期ドラゴンズの立浪がチャンスで打席が回ってきた時にいつものテーマ曲に代えて流れていた(立浪はPL出身だもんに)りしたほどだ。


オリジナリティの欠如、と言ってしまえばそれまでであるが、他チームや先人の真似ごとばかりではつまらないではないか。ワタシが高校野球連盟会長なら、駒苫以外のチームの“人差し指突き上げ”パフォーマンスと、甲子園のアルプススタンドでの『タッチ』と『紅』の演奏は全面禁止にするm9(`・ω・´)


ぎっちょ

武井高 2006,8,1
ワタシにとっての“心の師”と言えば、コアな読者の方ならすぐに【みうらじゅん師匠】と【三谷幸喜師匠】の名前があがるのではないかと思うのだが、2氏に負けず劣らず“師的存在”なのが、コラムニストの【泉麻人師匠】である。これまであまり取り上げる機会がなかったのだが、実は泉師匠に傾倒したのは前2氏よりも歴史的に古く、大学に入学したのと同時期にはすでに気になる存在であった。きっかけは、昔の懐かしいテレビ番組について取り上げる『テレビ探偵団』という番組。ここで解説員・朝井泉として出演していたのが泉師匠であった。当時の師匠は、勤めていた出版社を退職してコラムニストとして歩み始めたばかりの頃だったと記憶しているが、業界人としての知識もさることながら自らもたいへんなテレビっ子で、特に毎回のように持ち寄られる番組のゲストや取り上げた番組にまつわる、ご自身のコレクションによるアイテムの数々には感服させられたものだ。

その泉師匠の最新刊『東京検定』という本が面白い。とかくこのご時世、映画をはじめとするちょっとした“検定ブーム”なのだが、師匠の書では東京のあらゆる場所や歴史について、設問形式で解説している。その内容も、
「よくそんなこと知ってたなあ」
とか
「よく調べたなあ」
というネタばかり。東京に縁のある方でも知らなかったことが多いのではないかと思われる、オススメの1冊である。

実はワタシ、みうら師匠と三谷師匠にはまだ実物にお目にかかったことはないのだが、泉師匠とは一度だけ道ですれ違ったことがある。社会人になって間もない頃だから、もう15〜6年くらい前のことになるだろうか。当時よく行っていた高田馬場の古書店街をブラブラしていると、前からよろめくようにして自転車をこぐ殿方が。危なっかしいなあとそのエメラルドグリーンの縁のメガネをかけたお顔をよく見ると、それはまぎれもなく泉師匠であった。そういえばお住まいが近くだったっけと思ったのも束の間、アッという間に師匠は過ぎ去って行ってしまったのだが、その時ワタシのカバンには師匠の著書『ナウのしくみ』が入っていたのだから、今思い返すと追いかけてでもサインもらうべきだったと悔やんでいる。

ワタシがどれほど泉師匠に傾倒していたかというのを証明するエピソードをひとつ。『テレ探』時代の“朝井泉”という名前、実は泉師匠の本名で、そこからもじったペンネームが【泉麻人】なのだが、学生時代放送部にいたワタシがドラマやディスクジョッキーの台本、原稿をしたためる際の“作家時限定”で使用していたペンネームが【武井高(たけいたかし)】だった。無論【泉麻人】になぞらえて、ワタシの本名をもじってつけたものである。



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-----------------------------7d92213720144 Content-Disposition: form-data; name="1"; filename="H:\homepage\tawamure.htm\0609.htm" Content-Type: text/html ぎっちょの「ひとりたわむれ」PART2


ぎっちょの「ひとりたわむれ」PART2

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2009,4,30 ありがとうみなさん、さようなら【cgiboy】!
2009,4,29 トイレ改築
2009,4,28 香苗潰しの地デジカ、キャプラー殺しの糞ズバ
2009,4,27 必殺論
2009,4,26 親方の適性も審議せよ!
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鈴鹿20周年、そして… 2006,9,30
F−1GPもいよいよ大詰め。中国〜日本と続くアジアラウンドに、最終戦となるブラジルの計3戦を残すのみとなった。白熱するタイトル争いに加えて、先のモンツァで、ミハエル・シューマッハが電撃的に今季限りでの引退を表明したばかりだが、もうひとつ今年でお別れしなくてはならないものがある。

今年、F−1開催20年の節目を迎えた鈴鹿サーキットだ。

ご存じの方も多いと思うが、来年からF−1の【日本GP】は富士スピードウェイでの開催となる。詳しい経緯はよくわからないが、報道を読む限りでは富士がちょっとした盲点をついて鈴鹿から開催権を奪い取ったような後味の悪さを感じるというのが率直な感想だ。かつて、岡山のTIサーキットで【パシフィックGP】の名称を使って日本で同じ年に2つのGPを開催した実績もあることから、別名称でのF−1開催の道も模索した鈴鹿だったが、来年から基本的に“一国一GP”が徹底されることになり、イタリアはモンツァ、ドイツはニュルブルクリンクでの開催となって、サンマリノGPのイモラと旧ドイツGPのホッケンハイムという同国の別GPがカレンダーから外れることがすでに発表となっているとあっては“日本だけ特別”というワケにはいかなかったようだ。

富士を完全否定するワケではないが、やはり日本GPといえば鈴鹿のイメージが強烈なのは否めない。シーズン終盤での開催ということもあってタイトル決定の舞台となることも多く、数々の伝説の名シーンがあることも大きい。また大概のサーキットは、曲がりくねったテクニカルコースかイケイケドンドンなハイスピードコースかというような特徴をどちらかひとつだけ持っているケースが多いのだが、鈴鹿の場合はスタートから前半部分はテクニカル、ヘアピンを境に後半は一気に加速しての高速コースと化す二面性を持っている。そのコース特性はドライバーにも受けがよく、鈴鹿が好きと公言する者も少なくない。昔よくやった家庭用ゲーム機のF−1ゲームでも、特別な思い入れもあって鈴鹿は特に走り込んだもので、ゲームレベルを最高に難しくしてリジェ無限の鈴木亜久里を使って4番グリッドに飛び込んだりした日にゃあもうガッツポーズ繰り返して喜んだものだ。

もっとも、鈴鹿以前に日本GPを開催していたのは富士なワケで、そういう意味では“里帰り”と言えなくもない。77年の富士でのF−1日本GP、観客席にクラッシュしたマシンが飛び込んで死傷者が出る惨事となり、以後10年間日本に“モータースポーツ冬の時代”をもたらした。富士の関係者の中には、その雪辱の意を持って開催に臨む人もいるのかもしれない。何はともあれ決まったことは仕方ない。さらば鈴鹿!ありがとう鈴鹿!ミハエルの日本ラストランと合わせて、今年の日本GPは例年以上に万感の思いを持って見ることにしよう(T_T)



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ハゲヅラ秘話 2006,9,29
モト冬樹主演のカルト映画『ヅラ刑事』が話題を呼んでいる。モトの役どころは、警視庁花曲署捜査一課の凄腕刑事。そこは『太陽にほえろ!』の七曲署よろしく同僚をあだ名で呼び合い、リーダーの【ボス】(中野英雄)以下、興奮すると長さ1m硬度がダイヤモンドの11倍になる“ナニ”が武器の【ヅラ】の相棒【デカチン】(イジリー岡田)やら【デブ】(ウガンダ・トラ)やら【チビ】(なべやかん)やらといった錚々たる(?)個性的メンバーが顔を揃える。【ヅラ】は犯人を追い詰めた時、拳銃の代わりに普段は頭に装着しているカツラをブーメランよろしく投げつける通称“モトヅラッガー”で敵を撃退して逮捕する。ギャグ満載、往年の刑事ドラマへのオマージュ、『銭形平次』的勧善懲悪に、テロリストによる核爆弾爆破テロを阻止しようとする壮大なストーリーと様々なテイストを詰め込んだ、『いかレスラー』『コアラ課長』に続く抱腹絶倒荒唐無稽映画シリーズの第3弾である。

ところで、今のワタシの頭はほぼスキンヘッドである。スキンなのは剃っているのではなく毛がないせいで、全体的に刈っているからそれほど目立たないものの、ちょっと伸ばすと【青芝ノック】時代の横山ノックのような状態になる。実は、何を隠そうワタシもかつてはヅラの愛用者で、今の職場に配転されるのを機にカミングアウトしたのである。何しろ“たかがヅラ”とバカにすることなかれ。維持費まで含めたら、これまでワタシがヅラのために投資した金があれば外車が新車で買えるほどなのだ。あ〜あ、ぶっちゃけちゃった。この話はなかなか面白いので、いずれ機を見てゆっくりお話しすることにしたい。


ところで、動物にも【ハゲワシ】というカワイソウな名前のヤツがいる。とは言っても、本当にハゲているのだから仕方ないw本来ハゲワシという動物は、ライオンなどが食べ残した獲物の内臓を食べるためにその体内に頭を突っ込む。普通の鳥のように頭部に毛が生えているとそれに血や骨片が付着し、そこから寄生虫が発生する恐れがある。頭部の毛が少なくなったのは、それを防ぐための進化だといわれているという。これぞ生命の神秘ってヤツか?


映画の主題歌、モト冬樹本人が歌う『悲しみはヅラで飛ばせ』も好評発売中。ちなみにこの『ヅラ刑事』、映画館の入口でヅラを外すと入場料がタダになる「ヅラ割引」があるらしい。希望者があれば、我が家に残っているヅラ貸し出しますよ。5枚あるので、先着5名様限定で(・∀・)



ぎっちょ


『ヅラ刑事』オフィシャルサイト

同級生・角川君(仮名) 2006,9,28
自分で言うのもナンだが、ワタシは至極温厚な性格で幼い頃でもケンカなどほとんどしたことがない。あんまり怒らないもんだから、以前勤めた会社の先輩からつけられたあだ名が【平和くん】だったりするくらいなのだ。そんなワタシが口をきくどころか顔を見るのもイヤだってんだから、S木ってヤローは相当なタマであるということは理解していただけるのではないかと思う。

実はS木からさかのぼることおよそ20年前にも一人、表面上は仲良しを装っていたが実は大っ嫌いなヤツがいた。高校の同級生で、角川(仮名)という男だ。角川とはクラスは別だったのだが、ある共通の友人を通じて仲良くなった。スラリとした長身にルックスも当時女性に大人気だった三田村邦彦に似てたせいもあってか、ちょっと自分に酔っているところがあるように見えた。何かってぇとすぐ鏡見て髪の毛整えるようなヤツだったが、髪質はどちらかというとカチカチの剛毛系で、むしろ当時まだフッサーラだったワタシの方が髪形だけはよっぽど三田村邦彦っぽかったと自負しているw

最初はそんなヤツの“ナル”ぶりをからかいつつもそれなりに仲良くしていたのだが、大学受験が近付くにつれてヤツの本性が露になってきた。ある日、某予備校主催の模擬試験を一緒に受けた時のこと。申込用紙に志望校を記入する欄があったのだが、ワタシは特に「ここ!」という希望もなく、文系志望なのに社会科がまったくできなかったので、受験科目に社会科がないか、代わりに数学を選択可能な大学をいくつかピックアップして記入した。その中には、のちに実際に入学することになるA大学も入っていたのだが、ランク的にはどれも中堅前後のクラスであった。
「志望校、どこにした?」
と角川が聞いてきたので書いた通りに話すと
「理想低いね」
ときた。まあ確かに普通ならどれも滑り止めで受けるような大学だし、英語の得意な角川の志望校は偏差値がワタシのそれより10以上高く英語教育に定評のあるD大学だったから、まあ言われてもしゃーねーわなとその場では(・∀・)ニヤニヤしていた。
果たして結果発表。ワタシは、滑り止め同然の大学への合格確率が【30%以下】という衝撃的判定に愕然としていたところ、それをぬっとのぞきこんだ角川が言うことに、
「えっ!?ぎっちょ、A大学合格確率30%以下?やべーじゃん(笑)」
と大声でのたまったうえに、
「俺、D合格確率70%以上だったよ(また笑)」
さすがに「ムヒヒヒヒヒヒヒヒ」とまでは言わなかったが、あまり周りに知られたくない結果を口外されたばかりか、自身の結果に酔い痴れるかのような物言い、人を見下したような態度に、温厚なワタシも少しばかり堪忍袋の緒を緩めた。

「あんまり下ばっか見すぎて落っこちんなよな」

それからというもの、集団の輪の中で接する機会はあっても、1対1で角川に会う機会は極力避けるようになった。



その後どうなったかと言えば、お互い一年浪人して同じ予備校に通いながら、ほとんど接する機会のないまま2度目の受験でワタシはA大学に合格。一方角川はと言えば、模擬試験で合格確率70%以上と出たD大学に2年連続不合格となり、結局ワタシと同じA大学に入学と相成ったのであった。その入学式で久しぶりにバッタリ角川と会い、
「よっ」
と挨拶されたので、
「あれ?D大学じゃなかったの?」
と言ってやったらムッとしてやがったなあ…
v(`∀´v)アヒャアヒャ
ささやかながら、留飲を下げるってこういうことか…ってふと思った。

学部が違ったこともあって、入学式以降卒業まで角川と顔を合わせることはほとんどなかった。風の噂では、在学中に役者を目指して劇団に入ったなんて話も耳にしたが、今頃どこでどうしているのか…なんて別にどーでもいいんだけどぉ〜(・∀・)



ぎっちょ

腐ってもK−1? 2006,9,27
K−1GP開幕戦の日が近付いてきた。腐っても鯛、破れても小袖、ちぎっても錦というが、一時ほどの盛り上がりはないとはいえ打撃系格闘技の最高峰で年に一度のGPとなれば、とりあえず

  ∧_∧  +
 (0゜・∀・)   ワクワクテカテカ
 (0゜∪ ∪ +
 と__)__) +

してしまうのは“格ヲタ”の悲しき性であるw


面子としては、今年はそこそこの顔触れが出揃った。まずはアーネスト・ホースト。昨年、GPシリーズからの撤退を発表し、今年は引退へのカウントダウンマッチを各地で行い、東京ドームで引退試合となるハズだったのが、急転直下GP本戦へ参戦が決まった。ボブ・サップのドタキャンで試合が流れるなどして溜まったフラストレーションをGPで一気に晴らし、有終の美を飾ることができるか?一回戦はアジアGP王者の藤本祐介と対戦。格からいけば秒殺してもおかしくない相手ではあるが、実戦のブランクがあるのが少々気にかかるところだ。

一回戦から元王者同士がツブし合う、ピーター・アーツvsレミー・ボンヤスキー戦も要注目だ。元は同じジムに籍を置き、同じオランダ人で、GPを連覇した経験があるのも同じ二人。ましてやアーツは、93年の第一回大会からすべてベスト8に残っている唯一の選手。しかしアーツの記録が継続すれば、レミーの東京ドーム行きが絶たれることになるという非情なマッチメイクだ。

先のPRIDE無差別級GPではついにミルコが頂点に立ったが、K−1で無冠の帝王といえばジェロム・レ・バンナ。02年のGPでホーストに自慢の左腕を破壊されて以降、今一つ精彩を欠いた感があったが、今年は近年になく絶好調のようだ。バンナの魅力のひとつであった“番長ぶり”も復活。チェ・ホンマンくらいは軽く撃破するだろう。ミルコに続いて“無冠”の汚名返上なるか?荒ぶるバンナを是非見たい。

レイ・セフォーとステファン・レコの一戦も楽しみだ。この二人、98年のGP開幕戦で一度拳を交え、アッパーでダウンを奪ったセフォーが判定で勝利している。一発の破壊力はセフォーに分があるものの、スピードで翻弄すればレコにも勝機ありか?

昨年の王者セーム・シュルトはビヨン・ブレギーと。ブレギーは今年に入って戦い方がアグレッシブになったうえに、元々空手をベースにした戦い方をするので、コツコツローを蹴ってポイントを重ねて気がついたら判定勝ち、なんて展開も有り得るかも。ちなみに、前年度王者が開幕戦で負けて消えたケースはこれまで皆無である。

ファン投票で選ばれた“新星”バダ・ハリにも注目してほしい。昨年の東京ドームでのワンマッチで、ステファン・レコを後ろ回し蹴りで失神KOに葬った男。“ロシアの速射砲”ことルスラン・カラエフとの新世代対決は楽しみではあるが、本当はこういった選手には古いカベをブチ壊して勝ち上がって欲しいという気がする。ホーストやアーツといった“旧世代”との試合が見たかったなあ…特に、カラエフとホーストの試合は去年一度流れてるし。

その他、グラウベ・フェイトーザは、自身が空手代表たるべき存在であることを証明する試合になるだろう。武蔵はいいでしょ。藤本相手じゃ武蔵勝たせたいのミエミエだし…チェ・ホンマンじゃ間違って負けちゃうかもしれないし…ディ・ファウストという相手を持ってきて、とにかく判定まで持ち込めば少々分が悪くても武蔵の勝ちにしちゃうつもりなんだろう。それこそ、「クリンチ多用で減点1!」とかテキトーな理由つけて。クリンチしてんの、武蔵なのにねぇ…ってな展開が水晶玉を通して見えるようだ(火暴)それこそ、亀田の世界戦並の身贔屓判定が待っている悪寒…(∋_∈)



ぎっちょ

丹波哲郎さん死去 2006,9,26



俳優の丹波哲郎さんが亡くなった。『007』シリーズでショーン・コネリーと共演するなど国際俳優としても活躍し、数多くのテレビドラマやバラエティ、晩年は“霊界の使者”としてもおなじみだった丹波さん。個人的にはやはり『Gメン’75』が一番なじみが深いので、今日は『Gメン』に因んで丹波さんを偲びたいと思う。

丹波さんの演じた【黒木警視】(のちに警視正に昇格)はGメンのリーダーで、唯一番組終了まで残った第一話からのオリジナルメンバーでもある。『太陽にほえろ!』がどちらかというと家族的な雰囲気で、石原裕次郎のボスが“兄貴”とか“親父”然としたたたずまいだったのに比べて、黒木警視正は“司令塔”的存在だった。第2話『散歩する囚人護送車』は、顔見せ興行的な第1話を受けてGメンが正式に発足する話で、服役中の銀行強盗をGメンがワザと脱獄させて背後にいる組織の連中を一網打尽にしようとするお話。劇中、脱獄囚を逃がすまいといきり立つ草野(倉田保昭)や津坂(岡本富士太)といった若手刑事をなだめすかしながら指示を送る黒木の姿は、司令塔と呼ぶにふさわしい采配ぶりであった。

オリジナルメンバーでありながら黒木がメインで活躍する話は数えるほどしかなく、先に紹介した第2話もどちらかというとメインは関屋(原田大二郎)であり、明確に黒木メインの話といえるのは、番組も幕切れに差し掛かった頃の作品で、数年前に発売されたDVDボックスにも収録された第331話『新Gメンvsニセ白バイ軍団』くらいではないかと記憶している。『Gメン』における最後の新メンバー登場の回でありながら、本来主役であるべき新メンバーの古田(谷村昌彦)と風間(藤川清彦)両刑事を差し置いて、黒木は自分を逆恨みして殺そうとするニセ白バイ警官たちの銃口の前に敢然と立ち塞がり、大立ち回りを演じている。

自身で車を運転中に一方通行逆走で捕まった際、
「オレは警視庁Gメンの黒木だっ!」
と言い張った(Gメン出演前は「インターポールの…」だったらしいw)など、丹波さんの“伝説的逸話”は枚挙に暇がない。DVDボックスの第1巻には、映像特典として初期オリジナルメンバーによる座談会(草野刑事役の倉田保昭のみ欠席)が収録されているのだが、現場でも“丹波ワールド”は全開だったようだ。あの、滑走路を横一列に並んで歩く伝説のタイトルバックはメンバーの足並がなかなか揃わず撮り直しの連続で、短気な丹波さんのご機嫌をうかがいながらの撮影だったそうだ。またパリロケの際、共演の夏木陽介とルーヴル美術館へ行ったのだが、
「おい何だここは?絵しか置いてないじゃないか!」
と怒って帰ろうとしたというのも丹波さんらしい裏話である。

丹波さんは台詞や段取りを覚えてこないことが多かったそうで、収録にパジャマのまま現れてその格好で監督から段取りの指示を受けたりといったこともあったという。しかし、丹波さん本人は台詞を忘れて黙っているだけなのに、かえってその“間”が妙にいい雰囲気を出していたりと、天性ともいえる役者としてのセンスを随所に感じていたと、座談会の中で共演の岡本富士太は語っている。

これで『Gメン』OBで鬼籍に入られた方は、藤木悠さん(山田刑事)、谷村昌彦さん(古田刑事)、范文雀さん(賀川陽子刑事)に続いて4人目となった。放送開始から31年、終了からもすでに24年あまり経過している。年月の流れを感じずにはいられない。


最後に、先に紹介した『Gメン』第2話のラストシーン、任務を遂行して戻ってくる一同を刑事部屋の窓越しに優しく見つめる黒木のモノローグで本文をシメたいと思う。


「よくやった…今日からここが俺たちの本部だ。
どこにも属さず縛られず、
思う存分腐ったやつらのハラワタを引きずり出してやる、
命知らずどもの本拠だ。」


謹んで丹波哲郎さんのご冥福をお祈りいたします。


合掌



ぎっちょ

憂慮すべき力士のマナー意識低下 2006,9,25
大相撲秋場所は横綱朝青龍の2場所連続18回目の優勝で幕を閉じた。25歳の若さにしてすでに円熟味さえ感じさせるようになってきた朝青龍だが、時折見せる張り差しや、優勝決定直後の千代大海戦で見せた大振りの張り手は控えるべきだ。ああいうのが“闘志のあらわれ”などと思っているなら勘違いもいいところだ。あんな街中のチンピラの殴り合いのようなもの、横綱としての品位をただ下げているだけだ。優勝回数だけは順調に重ねてはいるが、あの程度でムキになるとは品格の点でまだ大横綱の域には程遠い。勝てばいいというものではない。いい加減大人になれと言いたい。

先場所に引き続き焦点となっていた白鵬の横綱、雅山の大関昇進はともに幻となってしまった。白鵬に関して、今場所の成績だけ見て
「やはり横綱にしなくてよかった」
なんて声もあるがとんでもない。白鵬は今年に入り、名古屋場所までの4場所すべてに13勝以上の星をあげていた。これは横綱ですら容易にできることではなく、それでも横綱に上がれないというところからも白鵬の求められている数字がいかにハイレベルなものかは一目瞭然である。もちろん白鵬はそれだけの逸材だし、放っておいてもいずれ横綱にはなるだろう。だが、大相撲の理想形はやはり東西に強豪横綱が並び立ち、毎場所のように熾烈な優勝争いを展開するような形だと思う。大相撲の人気回復といった観点からしても、しつこいようだがやはり先場所の成績によって横綱にするのが妥当だったのではという思いが、今だにどうしても拭いきれない。大関とりから初優勝、二度の綱とりと半年以上も余りある重圧の下に白鵬を置くのはあまりに酷だとは思わないか?逆にスッキリ横綱にしていれば、ここまで大崩れはしなかったと思うのだが。

雅山の大関復帰が成らなかったのは、個人的にはよかったと思う。この力士の気に入らないところは、夏場所のように突き押しだけで14勝できるほどの実力を持ちながら、安易にはたいて勝とうとする相撲が多過ぎるからだ。今場所も9勝したが半数以上が引き技。勝ち名乗りを受ける所作に品がないことも、以前からさんざん指摘されているのに直そうとするところがない。“器じゃない”と自分で言っているようなものだ。一応「大勝ちすれば」という条件つきで来場所に望みは繋がったが、若手の台頭もあるし、次を逃したらもう雅山に大関昇進のチャンスは二度と訪れないだろう。

名古屋場所で、千代大海とのイザコザから露鵬が暴力沙汰を起こして出場停止処分を受けたことは記憶にも新しいが、土俵内外でのマナーの乱れは今場所も相変わらずであった。まずは大関・琴欧州。黒海戦で相手の手つきが早かったとして、「なぜ物言いをつけない!」と声を荒げ支度部屋で大暴れしたという。もちろん微妙な相撲にはどんどん物言いをつけるべきとは思うが、あの相撲に関して言えば黒海が掬い投げを打った時点で大関の体は宙を飛んで裏返っており、黒海の手つき以前にそこで“死に体”である。出世が早すぎて相撲文化の理解が浅いのは致し方ないとしても、大関という地位にある以上“死に体”の知識くらいは常識としてあるべき。この発言は、大関自ら「私は無知です」とカミングアウトしているのにも等しいうえに、ことさら上下関係の厳しい角界において審判部長を公然と批判するような発言をするとは言語道断。本人の不勉強はもとより、師匠もこれまで何を指導してきたのかと咎められて然るべきだろう。
朝青龍を破って殊勲賞を受賞した稀勢の里も、安馬戦で立ち合いに変化されて負けた後、すれ違いざまに安馬を憮然とした表情で睨みつけていたが、本質は正攻法とはいえ安馬は小兵力士。立ち合いの変化は“想定内”であり、負けたのはその戦法にまんまとハマった稀勢の里の不注意に他ならず、睨みつけるなんてお門違いで責任転嫁も甚だしい。せっかくの賞が泣いているぞ。
幕下でも、張り手の応酬の末敗れた40歳の琴冠佑が、腹癒せに支度部屋で20歳の対戦相手・勢(いきおい)に殴りかかるという事件が発生。相撲界といえば“ムリへんにゲンコツ”と書いて【兄弟子】と読ませる、と言われるほど上下関係に厳しい世界だが、年齢差はあっても同じ幕下ならそんなこと関係ない…ではなく、年長の力士に対してはそれなりの配慮も必要なのではないか?闘志満々大いにけっこう。ただそれは土俵の上のみでのことであってほしい。こと礼節を重んじる大相撲において、毎場所のようにこんなことが繰り返されるのは悲しい。協会の指導もあって、仕切り中の無用な睨み合いがなくなったことは救いではあったが。
そんな今場所を救ったのが、安馬と安美錦の安治川部屋コンビ。恵まれない体格のハンデを、スピードと技の切れ味で補う気っ風のいい相撲。特に安馬には亡くなった二子山親方(元大関貴ノ花)の現役時代を彷彿とさせるものがあるのがファンとしてうれしい。

最後に恒例、九州場所の私製番付を。


  朝青龍  横綱
  千大海  大関 琴欧州
  白  鵬  大関 栃  東
       大関  魁  皇
  雅  山  関脇 琴光喜
  稀勢里  小結 黒  海
○露  鵬  小結 安美錦◎
  安  馬  前頭 岩木山
  琴奨菊  同2  時天空
  普天王  同3  垣  添
  豪  風  同4  出  島
  北勝力  同5  栃乃洋
  把瑠都  同6  旭天鵬
〇豊  桜  同7  玉乃島
  春日王  同8  鶴  竜◎
  高見盛  同9  朝赤龍
○潮  丸  同10 旭鷲山
  豊ノ島  同11 豊真将
○北  桜  同12 土佐海
  白露山  同13 栃乃花
◎安壮富  同14 玉春日
〇皇  司  同15 隆乃若○


今場所は三役の入替えがなく、また前頭中位で勝ち越した力士が少ないために番付昇降のバランスが難しいと思われる。帳尻を合わせるために、小結昇進相当の成績を挙げている露鵬や安美錦が筆頭に留め置かれるような不条理な番付にならないことを切に祈る。



ぎっちょ

宙船 2006,9,24
【お前が消えて喜ぶ者にお前のオールをまかせるな】

ジャニタレの歌う歌にしては妙にメッセージ色が強い曲だな…と思っていたら、あの中島みゆきの作詞・作曲なのだとか。アイドルグループ【TOKIO】の歌う『宙船』(そらふね)という曲だ。中島みゆきが他のアーティストに楽曲を提供するのは珍しく、薬師丸ひろ子が歌った『時代』のようにかつて自分で歌っていた曲をカバーさせたのはいくつかあれど、新曲を自分以外の歌手に提供して歌わせるのは約30年前、研ナオコの歌った『あばよ』以来のことだという。

中島みゆきの歌を歌いこなすのはなかなか難しいものがある。サビが歌いやすくてもその前後の歌い回しが難しかったり、その逆も然り。また、歌詞に情念みたいなものがこもっている曲も多いから、じっくり歌いこむうちに詞に感情移入しちゃって感きわまり、涙声になっちゃうなんてこともしばしばある。『見返り美人』とか『空と君との間に』なんてのは何度聞いてもダメで、人前では決して恥ずかしくて歌えない曲だw

ワタシの中島みゆきとの出会いは、小学校高学年の時大ヒットした『わかれうた』が最初だった。キャンディーズやピンクレディといったアイドル歌謡の間隙をぬってチャート上位に長く食い込んでいたこの物哀しい曲は、ほっといても耳から入ってきて脳裏に焼き付いて離れなかった。

ワタシと同世代の者で、中島みゆきの曲といって必ず話題にのぼるのが『世情』という曲だ。タイトルでピンとこなくても、「金八先生」で沖田浩之の“松浦”と直江喜一の“加藤”が暴力沙汰を起こして警察に連行されるという衝撃的シーンで流れた曲といえば「ああ!」と頷く方も多いだろう。若かりし頃、仲間とカラオケに行った際全員で「シュプレヒコ〜ルのぉ〜なみぃ〜♪」とこれを熱唱しながら「松浦〜!」「加藤〜!」「このばかちんがぁ〜!!」と部屋中に声が飛び交ったのもいい思い出だw

何年か前の母の誕生日に、中島みゆきのシングルベストを買ってやった。ワタシがよく聞いていた影響もあってか母は家族でカラオケへ行くとよく中島みゆきの歌を歌う。かつての十八番は『あの娘』という曲で、

♪ゆうこ あいこ りょうこ けいこ さちこ かずみ ひろこ まゆみ

と女性にありがちな名前を連呼するやや難しい部分を「年の割には外さずにうまく歌える」のが自慢であった。最近は『地上の星』と『ヘッドライト テールライト』がお気に入りで、中でも『ヘッド〜』は身振り手振り入れながら、プロ歌手の趣で熱唱している。


ワタシ、飲み屋のおねーちゃんに「ずいぶん若い歌知ってるねぇ〜♪」と言われたい一心でw『宙船』をマスターするべく営業車で繰り返しCDをかけながら練習している。願わくば完璧に歌いこなせるようになるのはもちろんのこと、いつか中島みゆき自身が歌うオリジナルの『宙船』を聞いてみたいものだ。



ぎっちょ

格闘技相乗効果? 2006,9,23
タレント・金子賢の、総合格闘技イベント『HERO’s』への参戦が発表された。

金子といえば、昨年大晦日の【PRIDE男祭り2005】に電撃参戦して物議を醸した。そもそも金子参戦は、大晦日の視聴率競争で先んじたいフジテレビが自局のスポーツバラエティ番組の出演者であった金子を話題性優先で引っ張り出した感が大きく、意にかなって金子の試合はその日放送されたどの試合よりも高視聴率をマークしたのだが、曙やボビー・オロゴンといった“イロモノ色”の濃いあちら側と違い、よりコアなファンの多い『PRIDE』では金子参戦は否定的に取る向きが多く、ましてや『PRIDE』の地上波での放送が打ち切られた今となっては“視聴率だけのための”金子という存在も宙に浮いた格好となっていた。金子の使い道に困っていた『PRIDE』としては、話題性だけでK−1が金子に食いついてきたのは“渡りに船”といったところかもしれない。

かつては友好関係にあった両者が大晦日興行の主導権争いから袂を分かって以来、選手の引抜き合戦が後を絶たない。すべてのはじまりは、03年のミルコ・クロコップの『PRIDE』電撃参戦だった。それでも、当初『PRIDE』のリング上でアントニオ猪木が「今年の大晦日は日本一高いところ(フジ?)から」とブチあげた頃はまだ接点もあったのだが、その後『K−1』をTBSが強奪、フジも『PRIDE』で自主興行を催すことになり、猪木が独自に日テレで『イノキボンバイエ』を開催するに至って亀裂は明白となった。猪木はミルコとノゲイラの『PRIDE』からの強奪に失敗。ヒョードル担ぎ出しには成功したが、興行的にもテレビ視聴率も惨敗に終わり、これをきっかけに表舞台から失脚した。また、この『ボンバイエ』へのヒョードル参戦にまつわる一連の動きが、のちの『PRIDE』地上波撤退への源流となっているのだから、今思い返すと感慨深いものがある。

その後もミルコをはじめマーク・ハントやステファン・レコといった主力が離脱していく『K−1』に対して、『PRIDE』から流出する選手は、トップ戦線から脱落した感が強かったヒース・ヒーリングや引退したハズのゲーリー・グッドリッジ、ロートルのドン・フライといった顔触れで「K−1はPRIDEの姥捨山か」と揶揄されたものだった。それでもここ最近は、双方示し合わせたかのようなニーズに応えた移籍となっているのが興味深い。前出の金子も然り。先に『PRIDE』から移籍した桜庭和志も、4点(四つん這い)状態での頭部への打撃が有効というルールの問題から苦戦を強いられていたのを、より自分に適合したルールのもとでもうひと花咲かせようとしたものだし(その割に前回の試合はその特性を生かそうとしていなかったのが解せないがw)、逆に『HERO’s』のルールに物足りなさを感じていた中尾芳広はより過激にして日本人ヘビー級選手の層が薄い『PRIDE』へ。また、今後米国市場に食い込もうとする『PRIDE』にとって必要な米国人の人気選手として、マイク・タイソンやバタービーンといったところが『K−1』から移籍してきた。総合では使い物にならなかったレコも『K−1』に戻ってGP本戦に復帰して活躍しているし、『HERO’s』では今一つ力を持て余していた感のあるヒーリングはPRIDEへ戻る話が出ている。

お互い相容れないまでも、適材適所を見極めつつ選手が行来できるという現状。良くも悪くも『HERO’s』はその存在価値を得たということだ。何より金子や曙、ボビーといったイロモノ連中を面倒見る場所が確立され、視聴率を気にする必要のなくなった『PRIDE』が夢カードを連発できるようになったのだから、これはこれでよかったのではないだろうか。


ところでダニ川さんさあ…


金子あげたんだからさあ…


メルビン・マヌーフちょうだい♪



ぎっちょ

『子猫殺し』完結編 2006,9,22
あの稀代の愚稿『子猫殺し』なるエッセーを書いた直木賞作家・坂東眞砂子が、世のバッシングに対する反論を雑誌『新潮45』に寄稿している。8ページに渡って持論を繰り広げているのだが、ワタシは3ページ目に坂東の顔写真が出てきたところで読むのをやめた。相変わらず反論が反論になっていないし、最初の2ページ…いや、次に紹介する本文の一行目だけ読みさえすれば坂東理論のオカシサが容易に説明できるからだ。

【この人たちは肉を食べないのだろうか。(略)菜食主義者を貫かない限り、人が生き物を殺してその肉を食べずに、生きていくことはできない。生きるために、他の生き物を殺すことは、必然でもある。生きる、という行為の中に、「殺し」は内包されているのだ。】

人間が生活する上で必要な“食文化”と、自身の子猫殺しを同列に語っている時点で、もう論点がズレてしまっている。生きるために生き物を殺すのが必然、だから私も生まれてきた子猫を殺すのも必然、という暴論。子猫を殺すことは坂東が生きるためには必要なことだとでも言うつもりか。

ワタシも当然、肉を食べる。生きるためにだ。自分ではさばけないから、食肉加工に携わる人々、何より食材になってくれる動物たちには感謝しながら食べている。ワタシなりの感謝の意というのは、祖父の教えで一切ムダにせず残さず食べるということ。いや、国の法律で“食肉禁止令”でも出るならば、菜食主義者になっても一向に構わない。だが考えようによっては、草木だってこの地球の大地に根差して生きているのだから、生き物を食らう行為には変わりない。つまり、生きるために肉を食べるということを否定してしまったら、人間は何も食べることができなくなる。ましてや、食肉を引合いに出して己の子猫殺しを正当化しようというのは、あまりにも論点がズレすぎていて話にならないではないか。

また、坂東は文中で他にもこんなことも書いている。

【他の獣を殺して喰らうこと。これが、人が生き物として生きるということの実態だ。必然性からくる「殺し」は、生の中に含まれている。生きて生きて生きて、殺して、生きて、殺して、生きて。それが、この世の生きとし生けるものたちの「生」、それを全うすることが、「生」なのだ。】

まったくもって何が言いたいのか理解不能な文章だが、さらにこれに続く一文となるとワタシの頭の周りを無数の「?」マークが舞い踊る事態になる。

【避妊とは、この前提である「生きて、生きて、生きて」の根源を止めることだ。そう考えると、私にはできない】

さらにその後の文章によると、坂東の文に世間が拒絶反応を起こしたのは、猫が人間と密接な間柄にあり、引いては身内を殺されるかのごとき錯覚でも起こしてヒステリックになっているのではないかとでも言いたげな論調である。

ア フ ォ か (`ω´♯)

生きる根源を止めるだ?オノレこそ生まれた子猫の生きる根源を止めとるんじゃねぇか。世の正常な神経の持ち主ならば、生まれたばかりの小さな命を多少の葛藤はあるにせよ崖から投げ捨てられるものだろうか?そんな行為をさも正論をぶっているかのごとく公の場に公表する神経がどうかしてるってぇんだ。キモいって言われるんだ。どうして素直に「私の趣味は子猫殺しです。てへっ♪」って言えないかなあ…

避妊が可哀相と思うなら生ませりゃいいさ。ただし、生ませるなら育てろよ。なぜ殺す?殺す必要がある?育てられるだけの経済力がないから?印税生活者にして、税金対策のためにタヒチくんだりにまで移住している女流作家様が、子猫の5〜6匹余分に飼えないワケなかろうが。むしろ動物王国でも造れるくらいの財力はあるんでないかい。え?

まあ坂東という女は以前からこうした過激な論文をもって世間に論争を巻き起こすのが趣味みたいなところもあるようだし、ワタシのようなしがないブロガーがここで何を喚いても犬の遠吠えにしかならないだろう。何しろお互い論点の落としどころがなく平行線をたどるばかりだから、もうこの話題について語るのは最後にしようと思う。坂東はこの騒動以降、過剰なマスコミ報道や卑劣なインターネットの書き込みに苦慮しているそうだ。身から出たサビとはいえ、そういった点においては同情できないワケではない。別にワタシは坂東に「お前が死ね」だの「猫に代わって殺す」だのと下品な物言いをするつもりはないから安心しろ。ただ、ワタシはBSEなどはこれまで食肉にされていた牛たちの怨念の結晶なのではないかと思ったりもしているので、坂東も自宅の崖でてめぇが殺した子猫の怨念に背中を押されたりしないよう注意しな、とだけは言っておくことにする。



ぎっちょ


【追記】
地元警察がいよいよ本格的に動き出しているのを受け、坂東が毎日新聞に寄稿した、これまたイイワケにもならないイイワケ

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060922-00000058-mai-soci

ペリエさん、昔ハムにデイエットって外人いましたよねw 2006,9,21
えー…ということでダイエット中なのであります(*^_^*)

特に深い意味はなく、ただ単に太りすぎだっただけだからなのですがwワケあって5ヶ月ほど実家に戻り、毎夜毎夜きっちりと母の手料理をいただくうちに、身長163cmのワタシの体重は74kgまでに膨れ上がってしまったのでした!こりゃいかん\(◎o◎)/!ってことで、一人暮らしに戻ったのを機にダイエット開始!


ワタシのダイエット法とは…単純に「食べない」!いや、「食べない」ったって“まったく”ということではありませぬ。朝は気分次第、昼はきっちり、むしろ多めに食べて、夜は軽めに早く済ませて7時以降は一切食べない!という食生活。もう不健康とかそういうの一切お構いな〜し!m9(`・ω・´)最初のうちはなんか禁断症状みたいに9時頃になると何か口に入れたくなったりしてたのですが、味噌汁を多めに作ってすすったりノリをパリパリかじったりして“食い気”をしのぐうちに、今や7時以降は「食べない!」のが習慣化(飲み会や週末実家に帰った時は別)。どのくらいの効果があるって、自宅での一人暮らしに戻ってからおよそひと月で70kgの“大台”を割り込み60kg台後半に!約5kgの減量に成功しました!ええい言うな言うな!急な減量は身体に良くないのは百も承知の上であ〜る!!


みるみる減っていく体重計の数字。それにともなって、「痩せた!」と実感できることもしばしば。朝、靴下を履くのに前屈みになるのも少し窮屈だったのが楽に履けるようになったり、スーツの上着に余裕ができてボタンがとめやすくなったり。ズボンも然り。着るものによってはケツが破れるのではないかと思うくらいピチピチだったのがそうでなくなり、ベルトも腹に食い込んでいたのが指の三本くらい入るようになりました。目標は年内いっぱいかけて60kg前半、欲を言えば学生時代の57〜8kgくらいまで落とせたらな、と。


え?やっぱり減量する本当の意味を知りたい?じゃあ次のうちからひとつ選んでください。

1.大晦日、【亀田祭り】で亀田好奇と対戦するから

2.大晦日、【PRIDE男祭り】でS木と完全決着戦が内定したから

3.大晦日、【Dynamite!】で曙とハンデキャップマッチをやるから


いや…だから太りすぎが気になっただけなんだってばあ(・∀・)ムヒヒヒヒヒヒヒヒヒ



ぎっちょ

ああ鉢合わせ 2006,9,20
交流断絶中のS木とは、相変わらず朝の挨拶から何から一切シカトするほどの徹底ぶりである。最近ようやくS木のワタシに対する態度もつれなくなり、会議など必要な時以外は双方が同じ場にいることすら少なくなったのだが、それでも時たまS木の方からワタシに話しかけてくることがある。

「〇〇市の現場、ぎっちょさんとこで製品入れるんだけど、在庫用意できてます?」

とか

「新聞に出てたんだけど、〇〇市役所の下水工事はなんかあるんですかね?」

もっぱらその話題は仕事に関するものばかり。そこには、

「ね〜ね〜オレ仕事ちゃんとやってるんだよぉ〜かまっておくれよぉ〜」

ってな意図が見え隠れしないでもない。勘違いしないでいただきたいのだが、ワタシがヤツを嫌うのは別に仕事をしないからではない。仕事はしないなりに、飲み会やレクリエーションを仕切らせたら抜群にウマいとかいうような取り柄がひとつでもあればいいのだが、ヤツは自分さえよければいいという究極の“ジコチュー”で、取り柄の“と”の字もあったもんじゃない。そんな自分を棚に上げて、決してそんなことはないのに自分の“できなさ加減”が周囲から憎めない愛されるキャラと思われているかのごとく振る舞う、その態度〜が〜気に入らないの〜よ〜♪だ。

かつてS木がやってくる前の当事務所は和気あいあいとしていて、週に2〜3度はみんな揃って昼食をとっていたりしたものだが、今やそれも週に一度、月曜の定例ミーティングの後くらいのものになった。ほぼ毎日事務所で昼食をとるS木を避けて、『爺』とワタシが昼前に出かけてしまうことが多いせいだ。今日もご多分に漏れず『爺』は11時前に外出、ワタシも11時半には出かけてしまおうとしていたところ、思いがけず自社の東京時代の後輩・A君から特殊製品の設計価格についての問い合わせが入り、あれやこれやと対応するうちに昼近くなってしまった。幸か不幸か、S木お得意の
「メシどうします?メシ」
はまだ出ていなかったし、出前を頼むには時間的にちと遅い。こりゃ弁当買いに行くつもりだな、と直感したワタシは「弁当どうする?買ってこようか?ムヒヒヒヒヒヒヒヒ」と言われる前にそそくさと事務所を後にした。

さて、この時間になると店で食うには混雑しているし、コンビニのレジも長蛇の列だな…と考えて、ワタシも近場で弁当を買うことにした。S木とのバッティングは是が非でも避けたいところで、事務所を出て右にホカ弁、左にデパート地下食品売場があるのだが、食い意地張ったヤローの考えそうなことといえば、一刻も早く昼飯にありつきたい…となると、時間がかかるホカ弁よりもデパ地下だなと推理してワタシはホカ弁の方向へ。唐揚げ弁当を買って駐車場へ向かおうとしたその時!前方からホカ弁に向かって歩を進める頭デッカチの中年オヤヂ…


えっ…えっ…S木だあああああああああっ\(◎o◎)/!


とっさに踵を返したワタシは、めちゃめちゃ遠回りして駐車場までたどり着いたのであった(火暴)



ぎっちょ

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人格者・昌さん 2006,9,19
去る16日、中日の山本昌投手が無安打無得点試合をやってのけた。出した走者は失策による一人のみ、しかも無四球というほとんど完全試合に近い完璧な内容であった。さらに41歳1ヶ月での達成は、元阪急−オリックスの佐藤義則投手(現解説者)の持つ従来記録(40歳9ヶ月)を破る史上最年長記録。マサに恐れ入ったとはこのことだ。

昌さん…とワタシも気安く呼んでいるが、もちろん面識はないし、数多いドラゴンズ戦観戦歴においても昌さんの登板日に当たったことは一度もない。それでも感じるその親近感は、ひとえに昌さんの温厚な人柄によるところが大きい。確かに、調子が今一つで憮然としていることはあっても、昌さんがグラブをたたき付けたりモノに当たったりといった感情的になっているシーンはついぞ見たことがない。大きな図体していつもニコニコ…親しみやすいイメージが昌さんにはある。その温厚さを証明するエピソードが、無安打無得点試合終了後の出来事。ウイニングボールを取った、昌さんの高校(日大藤沢)の後輩でもある渡邊がそれを隠し、記念ボールを探す昌さんはオロオロ。やっと見つけたと思ったら、デニー友利がそれを奪い取って観客席に投げ入れようとしたという。もちろんそれは嫌がらせなんかではなく、昌さんへの“愛情表現”。昌さんも、やんちゃな後輩を咎めるでもなくニコニコ笑っている。そして偉業を成し遂げてベンチに戻ってくる昌さんを、普段は何事があっても表情ひとつ変えない落合監督が満面に笑みをたたえて脱帽、最敬礼で出迎える。そん
なアットホームな雰囲気が、ドラゴンズの快進撃を支える原動力のひとつとなっている。

見るからに温厚な昌さんが唯一感情をムキ出しにした試合として印象深いのが、89年8月の虚人戦。当時の昌さんは、前年の8月に米国野球留学から急遽帰国、即先発ローテ入りして無傷の6勝をあげて星野ドラゴンズの初Vに貢献したのだが、さらなる飛躍を期待されたこのシーズンは伸び悩み、思ったように勝ち星を伸ばせずにいた。この虚人戦はローテ残留をかけた一戦で、それを1−0で僅差の完封勝利で飾るやマウンドで昌さんは鬼の形相でガッツポーズを繰り返し、試合後のインタビューでは人目をはばからず涙を流した。こんな熱い昌さんを目にしたのは、後にも先にもこの時一度きりである。

チームの柱となる人間のタイプもいくつかある。得てしてそういう存在は、往年の星野仙一のように自分が先頭に立って「黙ってオレについてこい!」という“親分肌”が多いが、昌さんの場合は己がひたすら努力する背中に人がついてくるタイプ。今シーズン開幕前、奇しくも昌さんが前出の佐藤義則氏のもとへ“長持ちの秘訣”を質問に訪れたという。佐藤氏の答えは「短距離をみっちり走り込め」。地道にそれを実践する昌さん。その背中を見て刺激を受ける後輩たち。ドラゴンズの強さの一端が、そこにもある。

もうひとつの偉業となる200勝達成のため、42歳となる来季も昌さんはマウンドに上がり続ける。



ぎっちょ

バカ親の教育 2006,9,18
先日、猫のエサとカミソリの刃を買いに近所のドラッグストアに行った時のこと。ワタシの前に子連れの若いご婦人が並んでいたのだが、レジでカゴの中の商品が露になるにつれて愕然とした。上に乗っていたトイレットペーパーやティッシュが取り除かれると、出るは出るはインスタント食品とスナック菓子の山!1.5Lペットボトルの炭酸飲料数本!!その傍らで、母親のシャツの裾をしっかりと握って寄り添う4〜5歳くらいの女の子が、何だか不憫に思えてならなかった。

近年、凶悪化の一途をたどる少年犯罪。それも、肉親に対する凶行が目立つようになっている。同様に、学校内での犯行も増え、今や小学生が同級生を刺し殺したりする時代。そんな事があるたびによく言われるのが、
「いじめはあったのか?」
「学校はそれに気付かなかったのか?」

もちろん学校の責任はゼロではないが、いじめに関しては気付かなくても致し方ない面はあると思う。だって、バレないようにやるのがいじめだから。日本の法精神が『疑わしきは罰せず』であるように、確たる証拠をつかまなければ叱責することもできないし、公にいじめをしているとバレるようにいじめるバカもいないワケで、その手口の巧妙化もあってなかなかいじめの証拠はつかみにくい。だからってほっといていいワケはないが、鬼の首でもとったように学校ばかりを責めるのもどうかと思うのだ。だって、本来学校以上に子供と永く、深く接しているのは親のハズ。勉強さえできていれば何も言わないで褒めるばかりだから子供が増長する。SOSを発していても気付かないから、子供が余計に追い込まれて自殺する。その責任が問われるのは、いつも学校。なぜだ?教育は学校がすべてか?親は子供の教育は学校にすべて任せておいて、食事はインスタントにスナック菓子、よくてファミレスか。大したお気楽ぶりじゃないか。もちろん、すべてがすべてそうではないのはわかっているが。

コラムニストの勝谷誠彦氏が、出演するラジオ番組でこんな出来事を紹介していた。ある学校のあるクラスで大掃除をした際、あまりにキレイな仕上がりに一人の生徒が「これなら床もナメられる」と発言した。先生が「じゃあナメてみろ」と言ったところ、生徒は本当に床をナメてしまったという。この出来事を、帰宅した生徒が母親に話したところ母親が激怒。学校に怒鳴りこんで先生が謝罪する事態にまで発展してしまったという。

生徒が床をナメた後の顛末については詳細が不明なのだが、これはそこまで大事にするほどの出来事だろうか?生徒は床を強制的にナメさせられたのではなく、自主的にナメたのだから。こんな時、子供にはどう接すればいいのか?親、先生、どちらの立場でもワタシなら、まずは掃除をやり遂げたことと、その「人間が床をナメられる」くらい仕上がりが素晴らしいことを褒めまくる。その上で、日頃靴で歩いている床の上は、どんなに掃除してキレイに見えても雑菌なども多いから、これからはナメろと言われてもナメてはいけないと説く。そうすることで生徒には「共にやり遂げた充足感や一体感」を味あわせ、むやみに床をナメたりしてはいけないという道徳も教えることができる。それが“教育”というものではないか?我が子かわいさに、状況もよく確認しないまま闇雲に学校に怒鳴り込んだ親は、その行動を恥ずべきだ。


昔は当たり前であった『おふくろの味』も今や死語と化しつつあるのか…冒頭で紹介した親子。インスタント食品とスナック菓子を袋いっぱい詰め込んだ母親に連れられて店を出る少女の行く末を考えると、ちょっと暗澹たる思いにさせられた。



ぎっちょ

豪球の魅力 2006,9,17
憲伸8回零封、山本昌無安打無得点、ときて、我がドラゴンズのVが俄然現実味を帯びてきた。今日は小休止?というか、ライバルチームに今季ナゴヤドーム初勝利をプレゼント?といった趣。最後に立ちふさがったのはやはり、あの男…

豪球一本道・藤川球児。

今年のプロ野球オールスター戦、阪神・藤川の直球一本勝負にシビれた野球ファンの方も多いかと思うが、その姿に野球マンガ『侍ジャイアンツ』の主人公・番場蛮をダブらせたのは恐らくワタシだけだろうw『侍ジャイアンツ』といえば、巨人軍を舞台とした野球マンガでは『巨人の星』と並び有名な作品で、ワタシは双方ともよく見ていたが、齢を重ねた今、ワタシが圧倒的に支持するのは『侍』の方である。クヨクヨ悩んですぐ自暴自棄になる星飛雄馬よりも、豪放磊落で常に前向きな番場蛮に共感をおぼえるからだ。

どちらにも共通しているのが、主人公が左腕の豪球投手にして【魔球】を駆使するという点であるが、その【魔球】の質は大きく異なる。『巨人の星』の星飛雄馬は球速に反比例する球質の軽さが弱点となり、プロ入りして間もなく自慢の速球をいとも簡単に打ち返され、豪球投手としてのプライドをくじかれて挫折を味わう。そこで生み出されたのが【大リーグボール】と称される魔球の数々。打者のバットに投球をわざと命中させて凡打に打ち取る1号。父・一徹から教わった“魔送球”の変化を応用し、一瞬だけ球が視界から消える2号。極限まで球速を殺し、スイングの風圧で反発力を受けたボールがバットを避けて通るという3号。これらを見ればわかるように飛雄馬の魔球はすべて変化球で、ともすれば“姑息”で“セコい”印象を受ける。

対する番場の投げる魔球は、あくまでも球威・球速で抑えこもうとするものだ。物体の落下速度は下降するにつれ加速することにヒントを得た【ハイジャンプ魔球】。それに釣竿の“しなり”の原理を組み込んで威力を増した【えび投げハイジャンプ】。軸足を中心に自らの身体を高速回転させて投げる【大回転魔球】と、魔球を開発するごとにその球速は加速していった。特に【大回転魔球】の時代は球速アップに伴うスタミナの消耗も激しく、魔球を多投した番場が力尽きてマウンドに倒れ込むといった壮絶な話もあった。第33話、無理を承知で【大回転魔球】を投げ続け、渾身の投球で最後の打者を三振に打ち取ると同時にマウンドに倒れ込む番場に向けて、満場からのスタンディングオベーションが鳴りやまないという話には、連投の酷使に耐えて豪球を投げ続ける藤川の姿がダブって見える。


ドラゴンズ以外の他球団の選手はめったに褒めないワタシだが、男と男、力と力の勝負を見せるというのは、余程自分の腕に自信がないとできないことだ。それを見せてくれる数少ない存在・藤川球児という選手は、正真正銘の“ゼニのとれる野球選手”だとワタシは思う。


※文中の魔球に関する表記はすべてテレビアニメ版によるデータで、原作では若干相違があることをご了承いただきたい



ぎっちょ

「ですね」多用 2006,9,16
ライブドア前社長、【ホリエモン】こと堀江貴文被告の公判が始まっている。肉声こそ聞かれないが、無数のカメラのフラッシュの中を法廷に向かう彼の顔は、久々にスポットライトを浴びて恍惚としているようにも見えた。

そういえば、彼の記者会見などを聞いていていつも思っていたのは、言葉の端々に「ですね」がやたら多いということ。
「えーこのたびですね、ニッポン放送さんのですね、株をですね…」
といった具合。物を言う際に同じ語句を多用すると、くどい印象を受けて決して良くは思われない。また、言葉を選んで丁寧に話しているように見せかけて実は支離滅裂な文脈になっていることも多い。ナルシストなホリエモンは、聡明なる自分の難しい理論を我々愚民にもわかりやすく丁寧に話してやろうとしているつもりなのだろう。その反動が「ですね」の多用なのだ。

「ですね」を多用するといえば、サッカー解説の福田正博もヒドい。先のW杯、たまたま見ていた『報道ステーション』でのこと。
「右サイドにですね、大黒がですね、走り込んでいるのにですね、小野がですね、左サイドのですね、柳沢にですね、パスをですね、出したんですね」
いや、冗談でなくこんな感じだったのだ。はっきり言って聞き苦しいことこのうえない。こういうのって、番組終わってからダメ出しされたりしないのだろうか?もともとしゃべりが専門の人じゃないからとあきらめてしまっているのか?直そうにも、もはや口癖となってしまっていて直しようがないのかもしれないが、それならなおさら勉強不足の謗りは免れないだろう。

もう一人、ワイドショーなどでコメンテーターとして活躍する“元警視庁刑事”北芝健も「ですね」が耳につく。北芝については以前、人気ブログ『きっこの日記』でも取り上げられたことがあるから詳細は省くが、『きっこ』を読んでから改めて北芝のコメントを聞くと、確かに「ですね」がやたら多い。ホリエモンはともかく、いくらしゃべりのプロではないかと言っても、公共の電波に乗せて言葉を発するのだから、福田も北芝ももうちょっと注意してしゃべれ、と言いたい。

追伸:「ですね」が多いといえば大相撲中継の解説でも、井筒親方(元・逆鉾)はかなり多い。現在は勝負審判を務めているため、解説業からは遠ざかっているが。



ぎっちょ

ぎっちょコミッショナー強権発動?(火暴) 2006,9,15
プロ野球セ・リーグ。阪神が中日を射程圏に、と大騒ぎだ。だがちょっと待て。確かにゲーム差は詰まったが、負け数は阪神が8も多く、残り試合数も中日が7多い(14日現在)。勝率で優劣が決まるのだから負け数は少ない方がよく、残り試合が多い方が相手の動向を様子見しながら戦えるから優位なのは言うまでもない。それでいくと、単純に阪神が残りの中日戦を全勝したと考えてもまだ負け数で2つ及ばず、ここですでに1ゲーム差がついている。さらに、中日が残り試合の阪神より多い分を5割強(4勝3敗)で乗り切れば、これでさらに2ゲーム差がつく。つまり、仮に対阪神戦に限り最悪の展開になったとしても、まだ中日には3連戦で3連敗しても追い抜けない、実質3ゲームの余裕があることになる。ましてや阪神がこのままのハイペースで最後まで走れるワケもなく、中日も8月後半から9月前半にかけてのようなどん底状態は抜けつつあり、阪神戦を含めた残り試合で5割以上の勝率をあげる可能性は極めて高い。だから、ドラファンはドンと構えていればいい。まったく心配する必要はない。

ただひとつ気になるのは、やや阪神に傾向した感のある報道。さっき話したように状況はかなり不利なのに、ことゲーム差だけ取り上げて「首の皮一枚」と騒ぎ立てる。これは、かつての虚人に対するゴミ売の報道に似たところがある。もちろん、勝負は最後まであきらめるべきではないし、阪神が今や虚人以上に全国区の人気球団となりつつあるのを考えたらそれも致し方ないのかもしれないが、本来公平であるべきマスコミが“経済効果”などにかこつけて偏向した報道をするのは、やはり快いものとは言えないのではないか。



来季から、いよいよセ・リーグもプレーオフ制度を導入することになった。すでにパ・リーグが行っているのと同じ形式で、リーグ1位はそのまま表彰されるのがこれまでのパとの違いだ。ただこれも今年のパぐらい競り合っていたならまだ納得もできるのだが、ごくタマに3位といっても首位から十数ゲーム離され、かつ勝率5割にも満たないという場合がある。制度とはいえ、やはりこういうチームが仮に勝ち抜いて「日本一!」って言われたって、なんとなくドッチラケである。どうせリーグ戦の結果をチャラにするなら、同じ勝ち抜きシステムで最下位も含めた全球団で行う方がより公平感が出るかもしれないが、そこまでやっちゃうとなんか“余興”みたいになっちゃって【日本一】の重みが薄れるような気もする。

単純に考えたら、4球団増やして16球団にし、4チームずつのリーグ戦(+交流戦)で優勝した4チームでプレーオフすれば公平感も増すというものだ。エクスパンション(球団拡張)が無理なら、セ&パを解体して4球団の3リーグ制にする。そんでもって、リーグ1位3球団+2位3球団のうちの最高勝率(ワイルドカード)の4球団でプレーオフすればよい。リーグは毎年抽選で振り分けるようにすれば、交流戦の試合数を少なくしてもカードのマンネリ化は防げる。シードとか関係なく抽選するから、【中日】【阪神】【西武】【ソフトバンク】といった強豪同士のツブし合いリーグや【楽天】【オリックス】【横浜】【広島】なんて普通にやったら優勝なんてできそうにないチームが集結することもありうる。うわあ〜これ、めちゃオモロそう!今ワタシが学生なら、有志募ってファミスタとかで絶対やってそうだな\(≧▽≦)丿



ぎっちょ

アイウエオ 2006,9,14
営業所の“マル秘”資料で、得意先業者の信用度を調査した書類が綴ってあるファイルがある。後で見るのに探しやすいように、みんなで【アイウエオ】順に綴じるようにしているのだが、S木のヤローだけが順番を無視して上からボンボン綴じているので、以前一度注意したことがあった。

しかし…

今朝、ワタシが【田山建設】(仮名)のデータをファイルに綴じようとしたところ、「た」行の一番上に【丹後興業】(これまた仮名)のデータが綴じてあった。担当は…いわずもがなである。

ワタシは自分のデータを然るべき位置に綴じ込み、【丹後興業】の調査表を外してファイルとともにヤローの目の前にドン!と置いてやった。
「…なんですか?」
「なんですかじゃねぇよ。ちゃんと『アイウエオ』順に綴じてくれよ」
「え?順番になってませんでした?」
ヤロー、【丹後興業】の調査表とファイルをチラチラ見ていたかと思ったら、
「ちゃんと「た」行に綴じたじゃないですか」
ときた。
「あのよ、『アイウエオ』順ってどういう意味かわかってる?」
と言ってやると、明らかにムッとした顔つきで
「わかってますよ。だから「た」行に綴じたんじゃないですか」
「わかってねぇだろ!『アイウエオ』順で、なんで【タンゴ】が一番上にくるんだよ!」
口で『アイウエオ』順と言いながら、【大東建材】(仮)も【高島組】(仮)も差し置いて【丹後興業】を一番上に綴じちゃうオメェの神経ってどうなのよ?

「…あ…」

ヤロー、ようやく言われている意味を理解したらしい。

「ずいぶん細かいですね。ムヒヒヒヒヒヒヒヒ」

おめえがガサツすぎるんだよ!思わず「ヴァカ」とひとこと言い残して事務所を飛び出したワタシなのであった( ̄^ ̄#)



ぎっちょ

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飲酒運転 2006,9,13
飲酒運転による痛ましい事故が後を絶たない。ドライバーの自覚のなさといってしまえばそれまでだが、これだけ社会問題となってなお同様の事故が頻発するのはなぜだろう?それは「自分だけは飲んでも大丈夫」というドライバーの思い上がりによるところが大きいのではないだろうか。

昔から『飲んだら乗るな 乗るなら飲むな』という交通標語がある。余程の人間でない限り…いや、余程の人間であっても、それなりに酒を飲めば酔う。酔えば正常な判断力や集中力を失う。そんな状態で車を運転したりすれば、平常時より事故を起こす可能性が高くなるのは自明の理で、誰しもがわかっていること。わかっていてなぜ運転するのか?その場のノリのようなものもあるのかもしれないが、やはり「自分に限って」というドライバーの過信が、酔いと相俟って事故につながっているのだろう。

少年法と同様、飲酒運転についても罰則を強化したからといって抑止力にはならないと思う。いや「飲酒運転したら死刑」くらいのことになったりしたら話は別だがwそれでも昔に比べたら随分罰則も厳しくなっていて、死者を出した場合は殺人と同等くらいの判例が出たりもしている。それでも一向に飲酒運転は減らない。これだけ連日のように飲酒運転による痛ましい事件が報道されているのに。

実は先日、ワタシも一瞬飲酒運転の誘惑にかられたことがあった。ワタシは金曜に職場の飲み会があることが事前にわかっている時、タマにマイカーで通勤する。事務所で一泊して、翌朝帰るのに混雑する電車に乗るのを嫌ってのことである(土曜とはいえ、自宅へ向かう上り電車は結構混雑する)。『爺』が出先から自宅に寄って車を置いて来る場合は『爺』の駐車スペースにマイカーを停めさせてもらうのだが、その日は生憎『爺』が家に帰る時間がなく営業車で所に戻ってきたので、仕方なく近くのコインパーキングに車を置いた。得てして遅くまで飲んで歌って帰れなくなり、事務所に一泊することに。代行で帰る『爺』を見送ってふと、コインパーキングに停めてあるマイカーをこっちに移動させようかという誘惑がわき起こった。一日停めても千円ちょっとという良心的なパーキングも増えたが、ワタシが停めたところはそうではない。朝まで停めたら、早起きしても4千円近くはかかる計算になる。コインパーキングから営業所の駐車場までは表通りをぐるっと回って数分でたどり着く。警察に捕まる確率は限り無く低いが、逆に運悪く見つかってしまって免停…なんてことにでもなったら、仕事にも影響する。悩んだ結果、罰金・免停のリスクを避けて一晩コインパーキングに停めておくことを選択した。駐車料金が安く済むかもしれないギャンブルよりも、数千円で安全を買ったと考えている。

飲酒運転は、見つからなければOKという類いのものではない。誰かの身の回りの愛する者が、ある日突然失われる悲しみをこれ以上生み出さないためには、危険予備軍も含めた厳重な取締まりが必要だ。警察も、ネズミとり仕掛けてのんびりひなたぼっこしてるヒマがあるのなら、夜間の飲酒運転の取締まりでも強化してみたらどうか。



ぎっちょ

グッバイ皇帝 2006,9,12
F−1のスーパースター、ミハエル・シューマッハが今季限りでの引退を表明した。通算90勝、ポールポジション68回(イタリアGPまで)、年間王者7度はいずれも史上1位。91年のデビュー以来、常にF−1界のトップドライバーとして君臨してきた男だ。

ミハエルが“皇帝”と呼ばれる所以は、単にレースに勝つだけではなく、勝利に固執するあまり“唯我独尊”で“自己中心”、勝つためにはなんでもやる的な振舞いが多かったレース人生そのものによるところが大きい。90年F−3マカオGP、トップ争いをしていたミカ・ハッキネンに幅寄せして接触、クラッシュしてリタイヤしたハッキネンを差し置いて表彰台に上った。94年、一瞬のミスをついてインに飛び込んできたタイトル争いのライバル、デイモン・ヒルにこれまた幅寄せして接触、相討ちの末に初の年間王者に。97年、最終戦でタイトルを争っていたジャック・ヴィルヌーブとまたまた接触。今度は自分だけがリタイヤとなったうえに“危険行為”と見なされ年間獲得ポイント剥奪という憂き目にあった。レースのみならず、チームでの待遇はすべて自分中心に回るように画策した。ミハエルのチームメイトとなった者はNO.2として常に冷や飯を食わされ続け、ルーベンス・バリチェロのようにゴール目前で優勝を譲らされるなんてこともあった。

そんな“鉄面皮”のイメージのあるミハエルだが、その印象が劇的に変わったのが00年イタリアGP終了後の公式会見での“号泣事件”。記者から勝利数が亡くなったセナと並んだことについての感想を求められるや、人目も気にせず声をあげて泣きじゃくるミハエルの姿に誰もが驚いた。何かと啀み合うことの多かった二人だったが、セナはミハエルの憧れの的であり、セナもミハエルを次代のエースと認めたからこそ苦言を呈していたのではなかったか。記録ではすべてセナを上回ったミハエルだが、コース上で打ち負かすことなくセナに先立たれたのが、レーサー人生唯一の心残りかもしれない。

レースを離れると、ミハエルもまた人の子だった。優勝した日本GPでは、観客席の目の前まで近付きスタンディングオベーションに応えた。ドライバー全員での集合写真撮影の時、遅れてやってきた鈴木亜久里が座ろうとしたイスを後ろに引いて、亜久里をコケさせるという茶目っけもあった。酒にまつわる逸話もあって、95年日本GP後に行われた自身のドライバーズタイトル獲得記念のパーティで泥酔し、人の群れを離れて店の庭にあった大木と向き合って、しきりに木に向かって何か話しかけていたなんて話も聞いたことがある。

ミハエルの去就が注目された、先のイタリアGP。トップでチェッカーを受けて戻ってきたミハエルは、いつにも増して丁寧にスタッフと触れ合っているように見えた。その姿に、ミハエルの“決意”を感じ取った者は少なくないだろう。心血を注いだチームへの愛情、苦楽を共にしたスタッフへの感謝の意…


人間ミハエル・シューマッハの姿が、そこにはあった。



ぎっちょ

PRIDE無差別級GP総括 2006,9,11
実は準決勝の組合わせが発表されて間もなく、イヤな噂がネット上に流れていた。

【ミルコ、PRIDE離脱。無差別級GPも辞退か?】

ミルコは他の選手と比べてもお金にシビアで、以前からギャラ交渉にまつわるいろいろな噂はあった。今回も、他団体への移籍をチラつかせながらギャラのアップを主催者に迫ったというのだが、フジテレビのPRIDE撤退の際にミルコは「金じゃない」的な漢気あふれるコメントを発していただけに、そのギャップに少なからず戸惑いを感じたものだった。

ただミルコにも、果たして自分は本当にPRIDEに必要とされているのだろうか、という不安があったのかもしれない。ミルコのキャッチコピーは【無冠の超人】。これまでのミルコはタイトルと一切無縁だった。04年のヘビー級GPはよもやの初戦敗退、ヒョードルやノゲイラとのタイトル戦(ノゲイラ戦は暫定王者決定戦)に敗れ、K−1GPにしても本戦で準優勝が一度(99年)あるだけで、00年〜01年に行われた地区予選トーナメントですらミルコは優勝できなかった。今度も負けて無冠に終わったら…【無冠】はすなわちここ一番での“勝負弱さ”をも意味する。大一番に弱いミルコ…常に【最強】を目指してきたミルコにとって、こんな屈辱的な言葉はないだろう。不条理なギャラアップ交渉のカゲには、そういったミルコの焦りのようなものもあったのかもしれない。

なにせ今大会のミルコの“殺気”は凄まじかった。もともと表情をあまり変えることなく冷徹なイメージのあるミルコだが、今回は本当に相手を殺してしまうのではないかというくらいの迫力があった。あのヴァンダレイ・シウバが顔を腫らし、左ハイキックを食らい右側頭部をパックリ割られて血まみれになってマットに崩れ落ちる姿を誰が想像できただろうか?まさに“凄惨”の一語。決勝でも、課題であったスタミナ切れもなくジョシュにパンチを打ち続けるミルコが、鬼に見えた。

そう、これまでのミルコはスタンドにこだわりすぎてあまりに攻勢一本槍で、いい意味で手を抜けずにスタミナをロスしているところがあった。それが、昨日の2試合や7月の吉田秀彦戦など、寝技得意の相手に自分から敢えてガードポジションに飛び込んでいき、呼吸を整えたりする余裕ができた。またパウンドにおけるバランスの良さも特筆もので、攻撃に幅ができた。気迫、技術ともに兼ね備えた昨日のミルコは誰も、恐らくヒョードルでさえも勝てなかったのではないかと思わせるほどの凄味があった。


準優勝のジョシュは、これで完全にPRIDEのスターダムにのし上がった。中でも準決勝、ノゲイラ戦の目まぐるしい攻防はPRIDE史上に残る名勝負となった。正真正銘の僅差の判定。敢えて優劣をつけるなら【興行論】だっただろうか?目新しさや新鮮味、入場曲『愛をとりもどせ!』(アニメ『北斗の拳』の主題歌)での会場のヒートアップ度。ノゲイラに足りなかったのはそのあたりかもしれない。

シウバはやっぱりサイコーだった。完全にミルコ戦一点集中の身体づくり。体重増にも成功し、ミルコを2kgも凌駕するほどだった。恐らく、仮にあのあと逆転で勝ったとしても、ダメージから決勝は戦えなかったかもしれない。それでも「ミルコだけはツブす」というその気迫が、史上最高の打撃戦を生み出した。負けてなおシウバの価値は、何ら変わるものではない。

前回大会で散々だった煽りVの出来は、選曲や構成などかなり修正されてよくなった。旧来のものにとらわれない、新しいタイプの煽りVの形というものができつつある感じがした。

GP関連の3試合があまりに素晴らしすぎたために、他の試合は完全に霞んでしまった感があったが、中でも中村vs中尾の試合はサイテーだった。二人とも何をしに出て来たのだろうか。直前の記者会見などで二人の遺恨をさんざん煽っておきながら、実際の試合でここまで何も起こらないのも珍しい。満場のブーイングを肝に銘じ、二人には猛省を促したい。


まさに“ミルコのための大会”だった無差別級GP。UFCとの対抗戦や大晦日に予定されるヒョードルvsミルコ二度目の対決など今後も興味は尽きないが、唯一不安なのはスカパーホームページ格闘技コーナーのインデックスからPRIDEの名が消えていること。UFCとの絡みなどから、ホスト局がWOWOWに代わる…程度のことなら良いのだが…?



ぎっちょ

PRIDE無差別級GP決勝戦
リアルタイム速報!!
2006,9,10
決戦の時まで、あと1時間。昨日から胸の高まりを抑えきれずに1st、2ndラウンドのDVDを改めて見返してたらますますコーフンしちゃって、3時まで眠れなかった。で、朝も7時半起床。って、ほとんど遠足当日の小学生状態(火暴

実家に向かう車中、4強の入場曲を収録した特製CDをガンガンにかけながら来たwランダム再生にして『最後にかかった曲を使用する選手が優勝』と念じたら、【ジョシュ】【ミルコ】【ノゲイラ】【シウバ】の順になった。ってことでシウバ優勝!?正解はあと数時間後に出る…。

(13:00)

スカパー格闘技コーナーのラインアップからPRIDEの名が消えとる…ノゲ−ジョシュとシウバ−ミルコの試合順が変更…放送直前、嵐の予感?

(13:45)

放送開始。格闘技ウンチのグラドル起用は相変わらずか…吉岡美穂は消えたが、前回“ミルコップ”とやって顰蹙買った南明奈に加えて【ますきあこ】って誰なんだだおまえはw

(14:05)

中日戦、予定通り行われるようだ…しかし母はナイターだと思っているフシがある。気付くまでこのまま隠し通してやれw

(14:15)

開会式。オープニングVは、ここまでの道のりをほどよい長さで振り返り。電飾や花火の演出も、スケールダウンした印象のあった前回からは元に戻った感じ。シウバ!ミルコ!ジョシュ!ノゲイラ!相次いで登場するうちに目がウルウルしてきたw

(14:35)

【西島洋介vsエヴァンゲリスタ・サイボーグ】

ようやく身の丈に合った相手をあてがわれたかと思われた西島だったが…ちょっと寝技対策ができてなさすぎだな…

(15:45)

【ミルコ・クロコップvsヴァンダレイ・シウバ】

すいません…あんまりスゴすぎて言葉が出てきません…

(15:05)

ようやく落ち着きを取り戻せた…w試合前の計量、シウバ102キロに対しミルコ100キロと体重ではシウバが上回る。注目の煽りVは、やはり前回対戦の因縁を題材に作ってきた。それにしても、ミルコの殺気はこれまでの試合の比ではなかった。開始早々、ミルコの左ストレートでシウバの右目が腫れ上がる。ストップでもおかしくなかったが、シウバのセコンドが「責任はオレたちがもつ!」と続行を直訴。これ以上悪化したら止めることを条件に再開したが、ミルコも腫れた右目に容赦なくパンチを打ち込むエゲつなさ!壮絶な試合も、伝家の宝刀左ハイ一閃で決着。PRIDE史上に残る壮絶な一戦となった!!!

(15:30)

【アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラvsジョシュ・バーネット】

もうここまででお腹いっぱい!w攻守が目まぐるしく入れ替わる究極のグラウンド戦。2Rでは短すぎた。ドローがあればドローがふさわしく、勝敗が逆に出ても文句ナシ。この試合、亀田好奇に是非見せてやりたい。

“僅差の試合”というのは、まさにこの試合のことを言うのだよ、亀田クン(・∀・)ニヤニヤ

(15:40)

【セルゲイ・ハリトーノフvsエメリヤーエンコ・アレキサンダー】

ハリトーノフも故障のブランクを感じさせない動きをしていたが、成長著しいアレキサンダーの右ストレートがハリトーノフの顔面を打ち抜いた。

(15:55)

【イ・テヒョンvsヒカルド・モラエス】

準備期間が短かったとはいえ、上になっても攻め手ナシ、打たれ弱く、コーナーに顔うずめて弱弱しくうつむくイの姿。あんまり魅力的な選手とは思えまへんなw

(16:15)

【中村和裕vs中尾“Kiss”芳広】

ああ〜眠かったwすんごいブーイングですた。

ミルコ、ジョシュとも問題ナシで、決勝の組み合わせ確定しましたよ♪

(16:55)

【マウリシオ・ショーグンvsザ・スネーク】

立ち上がりこそスネークの長い手足にやや戸惑ったショーグンだが、徐々にペースをつかみ、最後は得意の踏みつけがクリーンヒット!ショーグン、華麗なる復活!!!

(17:45)

【ヒカルド・アローナvsアリスター・オーフレイム】

アローナといえばグラップラーのイメージだったのが、ここのところ打撃のイメージが強い。フォームはややブサイクだが、破壊力は満点。今日も打撃系のアリスターを打撃で圧倒。強い!

(18:00)

【ミルコ・クロコップvsジョシュ・バーネット】

感極まった!言葉もない!

ミルコ、おめでとう!!

長かったね…でも、よくがんばったね…

今日のキミはまた特別に強かった!!

最強の称号と同時に、サイコーのバースデーになったね

どんな誉め言葉も、今日のキミには陳腐に聞こえてしまうかもしれない

でも、これだけは言わせてほしい

本当におめでとう!!!!!

(18:35)



ぎっちょ

干支 2006,9,9
ワタシんちのトイレには、昔の特撮モノのメカフィギュアや期間限定で発売された缶コーヒーなどの空き缶&空きペットボトルなどが林立している。その中に、今年の正月に限定発売された『おーいお茶』のマスコットキャラ【お茶犬】がプリントされた“干支バージョン”ってのがある。昨日トイレに立った際にこれが目に飛び込んできて、
「あ、そういえば今年は犬年だっけぇ…」
と思い出した次第で。


「今年の干支って何だっけ?」
と聞かれてパッと
「犬!」
と即答できるだろうかとふと考えた。誰しも常日頃から
「今年は犬年…今年は犬年…」
なんて念じてるワケじゃないから、「干支!」と言われて「犬!」と即答できる人は「山!」と言われて「川!」と答えられる人より絶対少ないと思う。かく言うワタシもトイレの飾り物見て思い出したくらいだから、多分「干支!」と言われたら
「えっ?えっ?えと?…えーっと…」
ってな感じになるのは間違いない。

失礼m(__)m

「そういえば、去年はなに年だっけか?ワタシは今年〇歳で、〇年前に年男だったから…ねー、うし、とら、うー、たつ、みー…ん?待てよ。今年の年賀状…そうだ!グルミットだ!『ウォレスとグルミット』の本を買って、その付録にメモリアルカード用のデザインがいろいろ入ったCDが付いてたんだ!グルミットだから…犬だ、犬!今年は犬年だあ!」
ワタシに限らず、世間の干支への認識なんてそんなもんじゃなかろうか?


そういえば『まんが日本昔ばなし』で、干支が決定するまでの顛末に関するお話があったっけ。確か、神様が動物たちのマラソンかなにかのレースを開催して、上位12名が1年おきにその年の王になれるみたいな話になって、一番になりたい牛がスタートよりかなり早い時間からゴール目指して歩き始めて、思い通りトップでゴールする寸前、牛の頭に潜んでいたネズミがひょいと飛び下りて1着でゴール!以降の着順によって干支が制定された、みたいな話だった。ちなみに、猫は寝坊したか何かで13位に終わり干支になり損ねてしまうんじゃなかったかな。


来年は猪かあ…そういえば猪って、干支の他の動物たちと比べても、マンガなどのキャラクターになることが少ない。パッとすぐ思い出せるのは、相原コージの『かってにシロクマ』に出てくるウリ坊くらいのもんだしw

デザインどうすっかな?来年の年賀状…ってちと気が早いか(火暴)



ぎっちょ

一文字違い 2006,9,8
【中田商事】という会社から、製品価格について問い合わせの電話が入った。頻繁に取引があるところではなく、地域的にはS木の担当区域の業者だったのだが、生憎ヤツが出払っていたためワタシが代わりに対応した。

今日は『爺』は直帰で戻らず、定時過ぎに所長とS木が相次いで戻ってきたので所長に【中田商事】の件を報告すると、
「誰からでした?」
となぜかS木が聞いてきた。実はワタシ、うっかり相手の名前を聞き忘れてしまっていて、ああ…絶対S木に「オメェもオレとおんなじことしてるじゃねぇか」って(・∀・)ニヤニヤされてる!…と思いきや、S木にはそういった感情はまったくないようで、
「ああ、根岸さんだな。根岸さん。きっと根岸さんですよ」
と、ミョーに“ネギシさん”に固執している。
「根岸…【中田商事】に根岸なんていたっけ?」
といぶかしがる所長が聞く。
「最近入った人?」
「何言ってんですか所長。昔からいる人ですよ。根岸さん。根岸さん。」
S木があまりにエラそうに言うもんだから所長も一旦引き下がったのだが、しばらく経って何か思い出したらしく
「根岸さんって【村田建工】の人じゃねぇの?」
と所長。
「えっ…ああ、根岸さんは【村田建工】だ。【村田建工】。ムヒヒヒヒヒヒヒヒ」


【中田商事】と【村田建工】…


【田】しか合ってない…


普通なら「天然ボケ」と笑ってすむようなことなのだが…


オメェがやると妙にムカつく。S木…(-_-;)



ぎっちょ


注)文中の業者名、及び人名はすべて仮名で、実在のものとは一切関係ありませんが、本文の内容はすべて事実に基づくものですw

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指名手配 2006,9,7
山口県の高専学校内で発生した女子生徒殺害事件。懸念されていた通り、指名手配されていた同校の男子生徒と見られる遺体が発見されるという最悪の展開となってしまった。ここのところ地に墜ちた感のある日本警察の不手際、初動捜査ミスの噂もあり、それが事実なら確保できたかもしれない犯人をみすみす死なせてしまった警察の責任は重い。もっとも遺体は腐敗が激しく、逃走して間もなく命を絶った可能性が強いようで、言い逃れする材料はなきにしもあらず、ではあるが。


ここで立ち塞がったのが、おなじみの“少年法のカベ”である。犯人は19歳。法律上は少年で、その人権は法により守られている。だが今回のような凶悪事件においても杓子定規にこれを当てはめて情報を遮断してしまうのはやはりオカシイ。百歩譲って氏名と顔写真は公開されないにしても、犯人が逃走に使用したバイクについても秘匿されるというのは異常で、警察は犯人を捕まえる気があるのかとの批判は免れないだろう。


今日発売の『週刊新潮』では、こうした情報規制に異を唱えるかのように犯人の氏名と顔写真を敢えて掲載している。新潮といえばかつて同社発行の写真誌『フォーカス』で神戸の児童殺傷事件の犯人【酒鬼薔薇聖斗】の写真を掲載して騒然とさせた“前科”もある。犯人の遺体が発見されるや、夕方のテレビのニュース番組も新潮に追随して氏名と顔写真を公開していた。死んで出てきたんだから、ま、いっか…みたいな後味の悪さを感じてしまう。


更生更生と言うが、食う物にも困って八百屋の店先から野菜を盗むなんてのはまだ謝って済む問題だが、人の命を奪う行為は年齢に関係なく厳罰をもって裁かれるべきで、少なくとも謝って済む問題でないのは明白である。ましてや今回の事件は殺した被害者を強姦した形跡があるってくらいだから、少なくとも辛うじて更生の余地があるかもしれない「殺しちゃった」というレベルではなく、意思を持って犯行に及んでいると言ってよい。ワタシもたびたび本稿でお話ししているが、いくら少年法を厳罰化しても抑止効果はないと思う。だが、犯した罪の重さは厳罰をもって償うしかない。本当に守られるべきものは犯人の少年の人権なんかじゃない。その処罰は帰らぬ被害者の遺族の意向に沿うものであるべきだ。計らずも今回の事件は、少年犯罪における情報操作について改めて一石を投じる結果となった。ただ、この事件における警察のとった対応は、少年が逃走直後に自殺していたからといって「結果オーライ」と笑って済ませられるものではないのではないだろうかm9(`・ω・´)



ぎっちょ

健康診断2006 2006,9,6
年に一度の健康診断を受けてきた。毎度ムカつくばかりの“バリウム地獄”など、もう6回目ともなるとおなじみの検査項目の数々。一緒に健診を受けたK副部長がゲップが出てしまいバリウムを2杯飲まされた話も毎度おなじみのことでw特に語ることも…と思っていたら、最後の問診でちと笑える出来事に遭遇した。

「ぎっちょさ〜ん」
と呼ばれて入った待合室は、3人座れる椅子が雑然と並んでいる殺風景なところであった。見ず知らずのオッさん3名の気まずい雰囲気の中、診察室から聞こえてくるのは…


明らかにヨボヨボのじいさんの声!(火暴)


とっさに頭に浮かんだのは、かつて『ドリフ大爆笑』の定番コントのひとつであった、志村けんの「もしもこんな医者がいたら…」ってヤツ。手の震えが止まらなくて注射が打てないとか、耳が遠くて何を答えても「あんだって?」と聞き返してばっかりとか、そういうヤツ。ワタシの順番がきて、対面した先生がモロそんな志村みたいな姿形をしていたら笑いが止まんなくなっちまうんじゃないかと妙な妄想をふくらませながら、いよいよワタシの番がやってきた。
「はい〜…じゃあそこ座ってぇ…」
と手招きする先生は、残念ながら志村の扮装というよりは民主党国対委員長の渡部恒三って感じだったが、いずれにしても強力なキャラであることは間違いない。その渡部先生が開口一番にワタシに聞いたのは、
「あ〜…〇〇(ワタシの苗字)さんは、生まれはどこだぇ。あ?」
生まれ…ここ、診療所、だよね…?「だるくねぇか?」でも「体調はどうよ?」でもなく、いきなり生まれ故郷を聞いてくるか?
「きょ…京都ですが…」
「ほえ〜京都かえ?いや、〇〇ってのは高崎にも多いんだよ。だからてっきり高崎の人かと思ってなあ」
「は…はあ」
「親戚とか高崎にいないかえ?あん?」
「いえ…ウチの本家は九州の方ですけど…」
「おお、九州九州!九州にも〇〇ってのは多いんだ、ああ」


診療所らしからぬ雰囲気のまま
「血圧計るべ」
と渡部先生。シュポシュポシュポ…血圧計の数値は140を指した。やべっ、ちょい高めじゃん。年々体重も増加の一途だし…こりゃ何か言われる?
「ああ、心配ねぇ心配ねぇ。正常だぁ」
(・・)…あ…あの…140って正常な数値ですか?
「心配ねぇ。この血圧計、数値が20くらい多めに出るんだぁ。だから心配ねぇ」
ガクッ!計測機器くらい整備しといてくれよ渡部先生!最後、聴診器をあてながらやたらと
「おおっ!大丈夫!大丈夫!異常なし!」
を連発する渡部先生に、逆に不安を感じてしまったワタシなのであった(-_-;)



ぎっちょ

PRIDE無差別級GP直前展望 2006,9,5
いよいよ【PRIDE無差別級GP決勝戦】の開催日が近付いてきた。もう胸の高鳴りを抑えきれないくらいの好カード連発で、これは地上波で無料視聴しようなんて虫のいい話かもしれないw

※ちなみに、今回も見られない方のために試合速報は行う予定ですが、動画配信は希望者のみとします。配信ご希望の方は、メールか掲示板に「動画くれ」と書いてよこしてくださいませませ(・∀・)


さて、このGPでもっとも思い入れを持って見つめるのがミルコ・クロコップである。K−1時代から、届きそうで届かなかった初タイトルまであと2勝。その果てはエメリヤーエンコ・ヒョードルとの二度目のタイトルマッチへと繋がる一本道。前回(昨年10月)惜しくも判定でタイトルを逃した雪辱のためにも、ここでは負けられない。

そのミルコ、初戦の相手はヴァンダレイ・シウバ。この両者はかつて02年4月に一度対戦したことがあるが、当時はまだミルコが特別ルール(1R3分最大5R、ドントムーブはスタンドから再開、など)での参戦だったし、総合の経験も浅かったからあまり参考にはならないだろう。今のミルコをテイクダウンするのは至難の技、打撃戦に持ち込んでもミルコに一日の長があると予想され、シウバは苦戦を免れないのではないか。ただ、ミルコ最大の弱点なのはスタミナ。フルラウンドまで持ち込めばシウバにもチャンスありと見る。


アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラジョシュ・バーネットにも因縁がある。02年8月、今や伝説となった国立競技場での10万人イベント『Dynamite!』で、ノゲイラが破ったボブ・サップのセコンドについていたジョシュがノゲイラに挑戦状をたたきつけたのを覚えている方も多いのではないか。ともに打撃、グラウンドとも高い能力を有するだけにハイレベルな攻防が期待できる。勢いがあり、体格的にも勝るジョシュ優位と見るが…?


GPのリザーブマッチにはエメリヤーエンコ・アレキサンダーセルゲイ・ハリトーノフのロシア勢同士が激突。かつての同門が袂を分かった因縁もあって楽しみなカードではあるが、ケガでGP本戦に出ていないハリトーノフのリザーバーというのはちょっと疑問が残る。確かにこの場にいて然るべき選手ではあるが、ケガのアクシデントがあったとはいえ査定試合に敗れたのは事実。見たい選手の一人だし、ファンのニーズに応えた人選なのだろうが、公平性からいけばハリトーノフよりも、準々決勝でノゲイラに善戦したファブリシオ・ヴェウドゥムが適任だったのではないだろうか?


GP以外にも、マウリシオ・ショーグンの復帰戦や、ミドル級実力者対決ヒカルド・アローナアリスター・オーフレイムの一戦も楽しみ。日本人では、西島洋介が初めての“身の丈に合った相手”に本領発揮できるか?単なるイロモノキャラと見られがちな中尾“kiss”芳広だが、前戦で見せたパウンドの破壊力は見るべきものがあった。実力者・中村和裕との一戦でその真価が問われる。


最近、PRIDEがK−1の後追いをするような行動が目立つ。先のマイク・タイソン参戦もそうだが、今大会にも“韓国相撲無敵の横綱”ことイ・テヒョンが参戦するという。前にも本稿で少しお話ししたように、K−1に対する当てつけの部分が多少あるにしても、地上波がなくなって視聴率を気にする必要はないのだから、米国大会に向けたプロモーションに必要なタイソンはともかく、我々格闘技ファンの期待を裏切るような人選、マッチメイクはしないようにしていただきたい。もちろん、イが「チェ・ホンマン以上にインパクトを残す試合をした」というような裏切りは大歓迎であるがw


最後に、試合順を予想してみる。


【第一試合】イ・テヒョンvsヒカルド・モラエス
【第二試合】アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラvsジョシュ・バーネット
【第三試合】ヴァンダレイ・シウバvsミルコ・クロコップ
【第四試合】セルゲイ・ハリトーノフvsエメリヤーエンコ・アレキサンダー
【第五試合】西島洋介vsエヴァンゲリスタ・サイボーグ
【第六試合】中村和裕vs中尾“kiss”芳広

(休憩)

【第七試合】マウリシオ・ショーグンvsザ・スネーク
【第八試合】ヒカルド・アローナvsアリスター・オーフレイム
【第九試合】ジョシュ・バーネットvsミルコ・クロコップ

優勝はミルコ!…と言いたいところだが、最近の好調ぶりからいけば、今度対戦したらジョシュが一本とりそうな予感が…?(・∀・)



ぎっちょ

必要悪 2006,9,4
先日、坂東眞砂子のエッセー『子猫殺し』についていろいろ述べた際、避妊手術について【必要悪】であると書いた。

【必要悪】

その言葉の意味を調べてみると、「正しくないことだが、世の中の状態から必要とされるもの」ということのようだ。

もう今年も9月に突入。9月といえば、少し前に本部長から約束された『S木追放』のリミットでもある。S木が、好感度抜群だった前任者と交替でここにやってくる辞令が正式に出たのは、確か異動する日の2〜3週間前、かなり直前のことだったと記憶している。それからいくと、そろそろそんな噂が表面化してもおかしくなさそうなものだが、今のところトンとそんな話は入ってこない。受け入れ先や交替要員の選定が思うようにいっていないのだろうか…そういえば、以前はワタシ宛に電話をかけてくるたび
「最近どお?もうちょっと辛抱してね♪」
と言っていた本部長が、その話題に触れなくなってきた…
もしや…追放説はおじゃんに…?(T_T)

S木の仕事ぶりは一同腹に据え兼ねているのだが、ここんとこワタシ並かそれ以上にS木突き上げの急先鋒となっているのが『爺』である。もう小言の雨あられという感じでことあるごとにダメ出ししているのだが、S木は「何でそんなこと言われなきゃならねぇんだ」とでも言わんばかりの不遜な態度で全然反省する素振りも見せないもんだから『爺』もイライラしちゃって、ワタシと帰りが一緒になるとS木に対する愚痴ばっか話している。
「早くあのヴァカ異動しちゃいませんかね?」
あまりの動きのなさに業を煮やしたワタシが『爺』に愚痴ると、
「いや、でもそれも考えようだと思うぞ。」
と『爺』。
「確かにヤツは鬱陶しいが、逆にヤツがダメだから俺たちが光るって部分もあると思うんだよな。それに、ヤツがいるからこそ仕事に緊張感を持って取り組める部分もある。ヤツがいなくなったら、緊張感が緩んでなあなあになっちまうかもしれねぇもんなぁ。そういう意味じゃあ、ヤツは【必要悪】なのかもしんねぇぞ?」
なるほど、そういう考えもあるか…確かにワタシもヤツに物言う以上、それなりに仕事を懸命にやっているという後盾がないといけないから、少しでも営業所のお役に立てるよう常に心掛けている部分があるので、ヤツがいなくなったらタガが緩んでそのあたりが疎かになってしまうかもしれない、というのはある。だが反面、そうした周囲からの逆風をものともせず始終ニタニタヘラヘラしているヤツを見ていて、気分がよかろうハズがない。いなくなった方が、気分よく伸び伸びと仕事がはかどるような気もするのだが…?なんせワタシは、口をきくどころか顔を見るのも虫酸が走るくらいヤツのことがキライなのだから。

結論。
【必要悪】はある。
だが、本当に悪なものは必要ない。
よって、S木も必要ない。



ぎっちょ


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追伸:
ヤツは定時の5時半を過ぎると、駅前のスロットに向かうまでの時間をテレビを見てつぶす。不思議なことに、テレビの音声を消して見ている。そんなんで何が面白いんだ?することねぇならとっとと帰れヴァカが(`へ´)

ようつべ 2006,9,3
インターネットで、写真などを投稿するサイトは以前からあった。しかし、ここ最近は一般から動画を投稿できるなんてサイトが増えてきて、その中でも代表格と言えるのが【YouTube】(ユーチューブ)、俗称“ようつべ”である。

この“ようつべ”、一般人のプライベート映像からテレビ番組に至るまで種々様々な動画が配信されている。無論、著作権や肖像権に抵触するものも多いのだが、基本的にはクレームが入らないうちは放置されているようだ。画面右上にある検索バーにキーワードを入力すると、その語句に関連する動画がズラズラと出て来る。それはもう、ここで見られない動画はないのではと思えるほどの量で、何を隠そうワタシは極楽とんぼの加藤が相方の不祥事にテレビ番組で号泣しながら謝罪したのも、亀親父とやくみつるのバトルもすべてこの“ようつべ”で拝見した次第である。

ワタシもここで随分多くの“お宝動画”にお目にかかることができた。例えば、生まれてこの方一度も見たことがなかった『ウルトラセブン』第12話「遊星より愛をこめて」。被ばく者団体からのクレームを受けて、約40年前に本放送で一度放映されただけで放送禁止となってしまったこの作品を、この度初めて目にすることができた。その印象は、『セブン』の他の作品と比べても“オカルト色”が濃いということ。地球人の血を求めてやってきたスペル星人が、当初集めていた女性の血より子供の血の方が新鮮であることに気付き、巨大化して子供たちを追い回すシーンなどは、当時見たらトラウマになっていたかもしれないと思わせた。また、ゲストが前作『ウルトラマン』でヒロインのフジ・アキコを演じた桜井浩子さんで、『セブン』のヒロイン、アンヌ隊員こと菱見百合子さんとの共演は『ウルトラ』シリーズの古くからのファンにとっては垂涎モノである。いずれ、クリアな映像で世に出る日が来るのを待ちたい。

“幻の12話”はこちらから
http://www.youtube.com/watch?v=J_oTyFVkD-Q
※本編は3部構成になってます

大盛況のうちに幕を閉じた夏の甲子園関連の動画も多い。過去の名勝負や名選手の勇姿から、放送中に一瞬だけ映ったチアガールのカワイコチャンまでw 時間がある時にいろいろ探していたら、爆笑モノのこんな動画をハケーン!

http://www.youtube.com/watch?v=ccEoyPgMo1Y

その名も『校長』。早稲田実と駒大苫小牧の、あの球史に残る死闘の中で、スタンドで実際に起こっていた驚愕のドラマ!甲子園に棲む魔物とは一体何か。まるで台本があったかのようなナイスなタイミングで飛び出す一発は必見である。


ところでこの“ようつべ”動画。保存できるものならしたいモノが多いのだが、どなたか保存方法ご存じの方いらっさったらぜひm(__)m



ぎっちょ

ガンバレ牛島 2006,9,2
横浜ベイスターズ・牛島監督の辞任騒動。今年は最下位に沈んでいるとはいえ昨年はベイを久々にAクラスに導き、投打ともに若手の成長が目覚ましいチームだけに、監督も辞意は本意ではないだろう。補強ポイントなど球団フロントとの見解の相違も理由のひとつではあるようだが、潜在能力は高いチームだけに采配の振るい甲斐があるハズ。なんとか折り合いつけて翻意してもらいたいものだ。

敵軍の将ながらワタシが牛島監督に肩入れするのは、野球ファンの方ならご存じの通り氏がドラゴンズOBだからである。チームの動向もさることながら、牛島監督や球団設立にあたり一部選手を供出した楽天イーグルスなど、かつてドラゴンズに籍を置いた選手たちや監督ってのもそれとなく気になる存在なのである。そんな中でも牛島和彦といえば、かつてはドラの絶対的守護神として君臨していた男。他球団の強打者をキリキリ舞いさせる伝家の宝刀フォークボールの切れ味には酔い痴れたものだった。

その牛島が突然トレードに出されたのは1986(昭和61)年暮れのこと。交換要員は奇しくも現在ドラゴンズの監督を務める、当時ロッテの落合博満。落合一人に牛島、上川ら四人の交換要員という大型トレードであった。寝耳に水の通告に加え、落合一人に対する四人のうちの一人という扱いに不満を抱いたのか、当初は移籍に難色を示した牛島だったが、当時の監督・星野仙一に説得されて翻意。その際、将来指導者としてのドラゴンズ復帰の手形も切られたなんてウワサもあったが、引退後もついぞコーチなどの声もかからなかったところに、ちょっとした溝というか、牛島の意地みたいなものを感じるのはワタシだけであろうか?


牛島といえばまた、甲子園のアイドルでもあった。今、早実の『佑ちゃん』こと斎藤佑樹投手が大変な人気となっているが、牛島のいた浪商(現・大体大浪商)も当時の人気はトップクラス。“ドカベン”こと香川伸行とバッテリーを組み、春準優勝、夏ベスト4の記録を残した。夏の初戦、上尾のエース仁村(のち中日)に抑えこまれて0-2と劣勢だった浪商を救ったのが、9回に飛び出した牛島の起死回生の同点2ランホームランであった。単に投げるだけでなく、牛島にはそうした勝負強いバッティングにも非凡なものがあった。


ベイの全試合を見ているワケではないので、牛島監督の采配についてはあまり詳しくは語れないのだが、シーズン序盤は負けが混んだものの若手が台頭した交流戦以降は勝ち星も上がってきて、一時的にではあるが最下位も脱出するまでになった。『石の上にも三年』とも言うではないか。若手にさらなる伸びしろが期待できる来期が牛島体制の三年目。その真価を問う意味でも、もう一年牛島監督に指揮をとらせてみてはどうJARO?



ぎっちょ

みさちゃん 2006,9,1
個人用の携帯を機種変して1ヶ月になる。通話にはほとんど使用せず、通勤の行き帰りに本稿の下書きをするのに使う程度が関の山なのだが、入力できる文字数が飛躍的に増えた(1000文字から10000文字)せいもあってか、自分でも最近の本稿はやや長文になる傾向が多いように思う。こっちは好きで書いているのだからいいのだが、読む方は大変だ。「なっげぇ〜よぉ〜」とか言いつつも、グリグリスクロールしながら読んでくださっている読者のみなさんに、月の初めにあたって改めて感謝の意を表したいと思う。本当にありがとござますm(__)m


さて、先月は何やかやと書くことが多かったこともあって書きそびれてしまったのだが、ちょうど機種変の手続をしたその日のこと…

暑い最中、事務所に戻るべく歩みを進めるワタシ。と、どこからともなく
「ぎっちょさあ〜ん♪」
と呼び掛ける若い女性の声がする。はて?と周囲を見回すと、車道を挟んだ反対側の歩道にいたのは、いつも二次会で使っている『S』のフロアレディ・みさちゃんだった。
「お〜い♪」
戻っても特別用事はなかったし、ムヒムヒヴァカの顔も見たくなかったから、車の波をかき分けてみさちゃんのもとへ。
「どしたの?こんなとこで」
「うん、そこでぼ〜っと外見てたらぎっちょさんが見えたから」
彼女は、ワタシの勤務先近くの病院に来ていたという。
「よくわかったね」
「そりゃわかるよぉ〜」
確かに、スーツにスキンヘッドってのはそうそうお見掛けできる出立ちじゃないw
「どしたの?今日は」
「うん、オジさんを病院に連れてくる日でね」
みさちゃんが指差した方を見ると、車椅子に座ってうつむいたままの初老の殿方がいた。
「ああ、この方が…どうもはじめまして」
うつむいたまま返事もしない殿方にご挨拶。

この方があの…。

みさちゃんに初めて会ったのは昨年の7月。駅前ホテル内にあった『D』というお店のママがその店を閉めて新たに今の『S』を開店して間もない頃だった。ささやかな開店祝いを携え、生まれて初めて一人で飲み屋に入ったあの日(昨年7月13日付本稿参照)、カウンターで向き合ってお話ししたのが入店間もないみさちゃんだった。この店は昼間は普通のOLやってるような娘が多く、あまり水っぽくないのが魅力のひとつで、みさちゃんもそういう娘だった。他愛もない話をしながら、昼間はどんな仕事をしているのか聞いてみた。
「何してると思います?」
見た目色白でおっとりした雰囲気から、
「看護婦とか保母さん」
と答えると、
「う〜ん…違うけど近いこともしてるかな〜…」
と、前出のおじさんの話をしてくれた。数年前に脳梗塞で倒れて以来車椅子生活のみさちゃんのオジさん。普段はじっと動かないことが多いのだが、何かの拍子に見せるちょっとした反応が面白かったりすると無邪気に話すみさちゃん。かく言うワタシも、恐れ多くも介護の勉強をした身。おじさんにまつわる話と、介護学校での経験談…『介護』という共通キーワードで、随分と話は盛り上がったものだった。


「おじさんの薬が出てくるまで付き合ってもらえる?」
時計の針は夕方4時をまわったくらいだったから、待っても30分くらいかと薬局内でみさちゃんとしばし歓談。前日はお店が貸切りで、ちょうど亀田好奇のタイトル戦の日だったのでみんなで観戦していたのだが、例の判定には当然のごとく店内大ブーイングだったというような話から亀田論議などに花を咲かせているうちにふと時計を見ると、すでに5時を回っていた。ま、いっか♪携帯も鳴ってないし…w

「〇〇さあ〜ん」

5時半近くになって、ようやくみさちゃんが呼ばれた。
「フルネーム、バレちゃったねw」
そう、計らずもみさちゃんの苗字がわかってしまった。まあそんなに珍しい苗字じゃないし、別に住所調べようとも思わないし。主治医の先生の話を聞き、薬を受け取って無事に任務完了。
「長いことゴメンねぇ〜。でも助かったよ〜♪」
「いやいや(・∀・)」
介護タクシーに乗り込み、家路につくみさちゃんとおじさんをお見送りして、ワタシの任務も無事完了。


事務所に戻ると、幸運なことに所長と『爺』がいてヴァカは戻ってこないとのことだった。みさちゃんのことを話すと、
「誘ったん?」
と『爺』。
「さんざん付き合わせたんだからデートしろって言えばいいがね!」


いや、昼も夜も仕事して、空いてる時間はおじさんの介護…さぞみさちゃんもお疲れでしょうから…第一、そんなことできるくらいならとっくに(・∀・)ニヤニヤ



ぎっちょ


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