|
更新履歴 |
| 2009,4,30 |
 |
ありがとうみなさん、さようなら【cgiboy】! |
| 2009,4,29 |
 |
トイレ改築 |
| 2009,4,28 |
 |
香苗潰しの地デジカ、キャプラー殺しの糞ズバ |
| 2009,4,27 |
 |
必殺論 |
| 2009,4,26 |
 |
親方の適性も審議せよ! |
| 2009,4,25 |
 |
次なる目標 |
|
|
|
| ヴァカが止まらない | 2006,8,31 |
|
ワタシが営業するにあたって扱っている物件の分類方法は二つあって、原則としては本部で納入メーカーを割振りする【割当物件】(「談合」とは違うので誤解のないようにm(__)m)となるのだが、製品の総重量が少なく一日で納入が完了するような少量で単発の物件は【小口物件】として本部の意向ナシに営業レベルでメーカーを選定して対応できるようになっている。ここまでおわかりいただけたら次へ…m(__)m 先日、かの有名なヴァカリーマンことS木は、この【割当物件】を誤って【小口物件】として処理してしまい問題になった。ヤツが同様のミスをするのはこれが初めてではない。いやそれどころか、ヤツが間違えた物件の担当が実はヤツ自身であったという驚愕の事実が発覚、計らずも日頃いかに仕事をしていないかを露呈する結果となったのであった。もうまさに『墓穴を掘る』とはこのことなのだが、本人はまったく恥じるところがないのが敵ながらスゴいw 物件ごとに本部でメーカーを選定するにあたっては、その物件のある地域が優先される。例えば、東京の客先が千葉の仕事の話をよこした場合は、金額の交渉は東京、物件の割当は千葉がイニシアチブをとる形になる。千葉の所長は、メーカー各社の受注状況や納入する業者との相性などを考慮しつつ、タイミングを見計らって本部に上程してメーカーを選定してもらうことになるのだ。ついてこれてまっか? とここでワタシの得意先から「栃木の物件について単価教えれ」と電話が入った。それは、ここに出向して3年あまりになるが一度も扱ったことのない製品だったうえに今は造っているところも少ないと聞いていたもので、『爺』に聞いてももここ何年も扱っていないとのことだったが、一部特殊な製品が入っていたので、それを造っているメーカーの担当者に問い合わせたところ「全数製造OK」との返事。 さてここで、この物件は製品のサイズは小さいが総重量がそれなりにあるので【割当物件】の対象となる。ワタシは栃木の所長に連絡をとり、のちほど見積で明細お知らせするのでよろしくと電話を切ったところで『爺』が、 「ほれ」 と【小口物件】の見積書が綴られたファイルをワタシの前に置いた。 「たまたま見つけちゃったからよぉ」 そこには、同じ物件についてS木が一週間前に別業者へ出した見積書が綴じられていたのであった…。 「アイツ、栃木へ連絡してるんですかね?」 いや、していればさっき栃木の所長に電話した時「一週間前にそっちのS木さんからもおんなじ話もらってるよ」と言われたハズだ。例によって見積書出してほったらかし、それも他県の【割当物件】を【小口物件】のファイルに綴じるアフォさ。もう何年仕事やってんだって話。ちなみに今年50歳、ここへ来て2年8ヶ月になる。 そうこうしているうちに事務所に戻ったS木が、例によってM子ちゃんとニタニタヘラヘラ談笑タイムに入ったところで、イケずなワタシは栃木の所長に電話して、 「さっきの件、先週こっちの別の担当も話受けてたんですけど、連絡いってます?…あ、そうなんですかあ…申し訳ありません…連絡してれば、明日にもメーカー決められたのにねぇ!」 S木にも聞こえるように大声で話してやったら、ヤロー明らかにムッとしてやがったなあ… (・∀・) さらにさらにS木は、準特殊製品ともいえるこの仕事の話をウチの所長にも報告していなかったばかりか、見積単価も通常は定価の68%で計上するところを64%で見積書作ってやがって、所長にこってりシボられてやんの。まあ明日になったらケロッとしてるんだろうけどorz ぎっちょ 『実録!G・S戦記』に戻る |
| |
|
| まだまだ止まない『子猫殺し』余波 | 2006,8,30 |
|
先週から世間を賑わせている、日経新聞に掲載された作家・坂東眞砂子のエッセー『子猫殺し』について、週刊誌や本稿以外のブログにおいても諸説飛び交っている。そのほとんどが坂東の論旨の浅はかさを指摘し、その行為に疑義を呈するものなのだが、ごくごく一部には坂東の行為を擁護するようなものもなきにしもあらずのようだ。例えば今週発売の『週刊ポスト』では、同じく作家でペットの殺処分に関する著書もある小林照幸氏が「年間40万匹もの殺処分される犬猫の存在」があることを引合いに出して、そういった無責任な飼い主が多い中「自ら手を下すことが飼い主の責任とする坂東氏を他人が安易に批判していいのか?」と発言している。百歩譲って、諸々の理由から飼うことができなくなった犬猫を始末するなら保健所に任せずに自分でケリをつけるべきとしよう。それでは、直木賞作家で著書も多く、海外で印税生活の坂東が犬猫を2〜3匹余分に飼育することは不可能なことだろうか?そうとは思えない。であれば、坂東が子猫を殺す理由は何なのか?子猫殺しが坂東の趣味であるとワタシが断じる根拠はそこにある。 本来は、自分で飼えない(飼えなくなった)なら里親を探すなりしてその犬猫の新たな住環境を世話してやるのが飼い主として、また同じ“命あるもの”としての人間の責任であり、安易に捨てたり保健所に預けたり、ましてや殺してしまうような無責任な飼い主が許されていいワケがない。小林氏が言うように、本当に殺処分される犬猫を哀れみ、そうした現状に一石を投じるつもりなら、坂東ほどの財力があれば 【殺処分されそうな犬猫を引き取って育てる】 くらいのことはしてもよさそうなもので、必要もないのに自分ちの飼い猫が産んだばかりの子猫を崖からポイと投げ捨てるなどというのは言うまでもなくオカシイ。オカシイとしか言い様がない。 もう一人、“土佐高知”というHNの方は、自身のブログで避妊手術そのものに否定的な意見を述べて、坂東の行為を擁護するような発言をしている。勘違いしないでいただきたいのだが、ワタシは避妊手術を全肯定するワケではない。無論、犬猫にも人間と同じく“新しい命を産み、育む喜び”を味わう権利があると思う。しかし、前にもお話しした伝染病の問題や飼い主の経済的事情、室内外兼用で飼う場合は近隣住民への配慮(マーキングや発情期の深夜の唸り声の問題など)も考えると、避妊は“必要悪”なのである。良くも悪くもペット産業が根付き、人間と犬猫の間に主従関係がある以上、繁殖に適わない環境ならば避妊は主が行うべき最低限の責任だと思う。 ウチにも、雄雌1匹ずつ計2匹の猫がいる。避妊手術は済んでいる。猫用の小窓から自由に家を出入りできるから、前出のような理由などからも避妊自体は当然の処置だと思っている。しかし、避妊させるにあたっては葛藤があったのも事実。動物が本来持つべき生殖能力を問答無用に奪うのだから。だからこそワタシは、その代わりに猫には自由気ままに生活させたいと思っている。好きな時に外に出て(オスはタマにケンカしてw)、好きな時に食事して、好きな時に寝る(基本的に猫はそういう生き物だがw)。外に出る以上、車にはねられたりといったアクシデントに巻き込まれるかもしれないリスクもあるが、そうしたこともすべて受け入れる覚悟で猫を飼っている。そして、猫がワタシのヒザの上で丸くなったり、タオルを敷いたイスの上で仰向けにひっくり返って寝ている姿を見ているとこっちも癒されるし、彼らが外敵も気にせず安心して過ごせる環境こそが、野生ではなく愛玩動物として生まれてきた彼らにとっての本当の意味での“生の充実”なのだと思う。本能の一部をこっちの都合で奪う以上、その分我々は彼らに“生の充実”を与えてやる義務があるのではないか? 何度でも言おう。今回非難されるべきなのは“避妊手術”でも“間引き行為”でもない。その対象は、財力はあるのに動物を飼う者としての責任を放棄し、生まれてきた子猫を殺すという己の趣味を言い訳にもならない詭弁でさも正論のように公の場で語ってしまう坂東眞砂子と、そうした社会通念上明らかにオカシイと思われる文章を平然と全国版に掲載してしまう日経新聞の無神経さに他ならない。 【参考文献】 I My Me Mine ブログ『「子猫殺し」の感想』下のリンクから、文中紹介した土佐高知氏のブログも読めます。 ぎっちょ |
| |
|
| スケバン刑事復活! | 2006,8,29 |
|
1980年代終わり、アイドルの登竜門的存在だったドラマに『スケバン刑事』がある。主人公・麻宮サキが超合金製のヨーヨーを片手に敢然と悪に立ち向かう物語で、斎藤由貴、南野陽子、浅香唯とサキを演じた3人はそれぞれこのドラマへの出演をきっかけに人気アイドルへと飛躍して行った。この後、雨後のタケノコのごとく乱立した“美少女活劇”のはしりともいえるこの【スケバン刑事】がおよそ20年ぶりに復活、四代目・麻宮サキを演じるのは松浦亜弥ということで、ちょっとした話題になっている。 ワタシがかつてどのくらい【スケバン刑事】にハマってたかって、主題歌やサウンドトラックのCDやレコードを購入するのはもとより、自らイラストレイティングするほどの熱の入れようで、今思うとちょっと病的でもあるw 【スケバン刑事】の魅力というか、何が面白いかってそれは“配役の意外性”にほかならない。一見清楚なお嬢様然とした斎藤由貴や南野陽子が「てめぇら」だの「おまんら」だのと啖呵を切る意外性は、それだけで視聴者を引きつけるものがあった。また本編も、斎藤由貴の第一作では“いじめ”や“裏金”などの社会派ストーリーが数多く取り上げられたり、南野陽子の第二作ではサブキャラを充実させることで“友情”などを題材にした青春ものに近いストーリー構成となったりと、巨悪に立ち向かうサキがその過程で人間的に成長していくドラマが描かれていて、それが作品の魅力を増幅させたりもしていた。元々荒唐無稽なドラマだったが、浅香唯の三代目にもなるとその荒唐無稽さばかりが目立ってしまい、作品の質としてはイマイチだった。 さて、松浦亜弥の四代目はというと…スポットCMで何シーンか見ただけなのだが、旧作の魅力のひとつであった“意外性”に欠けている気がする。松浦ではいかにも“ズベ公”然としすぎているのだ。CMで見ることができるシーンでのセリフ、 「タイマンはりてぇんなら一人で来い!」 の“ら行”の見事な巻き舌ぶりには、かつて斎藤由貴や南野陽子のぎこちない啖呵で感じた“意外性”がまったくなくズベ公そのもので、個人的にはミスキャスト感は否めない。初代、二代目のイメージを踏襲するなら、石原さとみあたりが適役だったか?無論、松浦起用はある程度の話題性と観客動員を見込んでのものなのであろうが、そういった要素をまったく無視できるなら『ハチミツとクローバー』の蒼井優なんてのも面白いキャスティングだったような気がする。 まあもともとワタシの松浦亜弥への評価は低く、【スケバン刑事】の新作に対する興味もほとんどない。どうせリメイクするのなら、斎藤由貴は無理としても南野陽子あたりが日々の平穏を犠牲にして再びスケバン刑事として立ち上がる、みたいな話の方が旧作のファンにとってはそそられるものがあったのではないだろうか? 追伸:語感から絶対こういうのありそうだなと思って探してたら、やっぱりあった(火暴) 資料資料資料ぎっちょ |
| |
|
| 週末酔いどれ日誌 | 2006,8,28 |
|
先週は木・金と飲み会が続いた。木曜は鴻巣まで遠征して、得意先M社のI所長馴染のスナックで終電までバカ騒ぎ、金曜は出向先の所長の「新規開拓したい」との要望から、所長がよく使う小料理屋のママさんから紹介してもらった『T』という店に行った。二軒ほど行きつけの店はあるのだが、『P』はどちらかというと『爺』贔屓、『S』は若い娘が多くワタシ向きの店で、日頃自分からあまり進んでは飲まない所長が主導権握って行く店というのがこれまでなかったということもあってか、以前から所長は飲み会のたび口癖のように「新規開拓、新規開拓」と言っていた。ようやく念願叶っての「新規開拓」である。
店はママとフロアレディ4名ほどで小ぢんまりとしていて、チャキチャキした聖子(と書いて“しょうこ”と読むそうな)さんと、見た目一番若そうなリエちゃんが我々のテーブルについた。およそ2時間ほど店にいただろうか、その間マイクは数曲おきに別テーブルに行く以外はほとんど我々3人で回し合うという形になったwそれにしても、所長があんな楽しそうに歌ってるのを見るのは久々な気がした。
ワタシはマイクを持たない間リエちゃんと話していたのだが、ワタシと同じく邦楽に詳しい娘で、FMラジオやらレンタルCDやらで流行曲のチェックは欠かさないと言っていた。彼女の好きな【久保田利伸】はワタシのレパートリーになかったんで歌えなかったのだが、『Missing』くらいは今度行く時までに練習しておくと約束しておいた。
他にも【ケツメイシ】なんてリクエストももらったのだが、生憎【ケツメイシ】の曲なんて知らんし…そういえばヒットチャートを気にしなくなって随分経ったような気がする。ホンの5〜6年前までは、2週に1回程度レンタルCDショップに通い、最新曲のチェックに余念がなかったもんだが、最近はネットでダウンロードできちゃうし聞きたい曲も少ないから、音楽に関しては“浦島太郎状態”だ。まあこういう場のために、今度CSのチャート番組にでも耳を傾けてみるかな。【V6】の『UTAO−UTAO』はマスターしたから、今度は【TOKIO】の『宙船(そらふね)』でも覚えてみるかw
そんなこんなで大盛り上がりの末、かつて我が勤務先の2次会のシメで必ず歌っていた『青い山脈』を何年かぶりに所長の替え歌つきで歌ってお開きに。え?「例のヤツはどうした」って?ああ、“ムヒヒのオヂサン”のこと?翌日ゴルフだからって帰っちゃった。いや、ヤツは酒飲まないし、ヤツの無尽蔵のスタミナと遊びに対する執着心があれば、遅くまで遊んで翌日早朝ゴルフなんて屁でもないハズなんだども…要はワタシと顔突き合わせたくないみたいwこっちから願い下げだけど。異動の話はまだ出てきておりませぬ…(´・ω・`)
ぎっちょ |
| |
|
| 前略・キチガイ作家様 | 2006,8,27 |
|
貴エッセーにお望み通り大きな反響が寄せられたことに関しての、あなたの談話を拝見いたしました。 http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20060824NTE2INK0224082006.html「動物にとって生きるとはなにか、という姿勢から、私の考えを表明しました。」 (本文より引用)
生きるとはなにか、を語る前に、あなたによって殺された子猫にとって『生きる』っていうのは一体何だったんですかね?子猫は、あなたによって殺されるためだけに生まれてきたのでしょうか?避妊手術は確かに可哀相かもしれません。生きとし生けるものすべてに【生きる権利】があるように、命を宿し、子供を産み、育てる権利というのも当然あるハズです。だから、避妊に異を唱える考えを理解できないワケではありません。でもだからと言って生まれてきた子猫を殺していいかと問われれば、誰一人それに賛同する者などいないと思います。あなたは問題のエッセーの中で「自分の育ててきた猫の『生』の充実を選んだ」とおっしゃってますが、彼女は気の向くまま性交し、子供を産めばそれで満足しているとお思いですか?産ませるなら、新たな命も大切に育む。経済的理由などでそれが適わないのであれば、産ませないようにする。飼い主である人間がするべき務めとは、そういうことなのではないでしょうか?『生』の充実って、そういうことなんじゃありませんか?
「生きる意味が不明になりつつある現代社会にとって、大きな問題だと考えているからです。」
生きる意味より何より、あなたの考え方が不明です。あなたは飼い主の責任として子猫殺しを選択するにあたり、「それに伴う痛みや悲しみも引き受けてのこと」とおっしゃってますが、痛みや悲しみを本当に感じているのであれば、可愛らしい子猫を崖に投げ捨てるなんて行為ができるワケがありません。わかったような御託を並べずにハッキリおっしゃったらどうですか?
「私の趣味は、生まれたばかりの子猫を崖下に投げ捨てることです」と。
あなたのエッセーや談話を読めば読むほど、ワタシはその思いを強くします。そして、そうした本来は直隠しに隠し通そうとしてもおかしくない性癖を、さも問題提起するかのごとき論調で全国紙の新聞紙上に発表する神経は、とてもマトモなものとは思えません。嵐のような批判を承知の上でこのような文章を公開するとは、殺戮マニアであると同時に極度の被虐性変態性欲の持ち主なのではないかという変な勘繰りも入れたくなります。次回のエッセーでは、どのような詭弁を繰り出してこられるつもりなのでしょうか。楽しみに…はしておりませんが、興味を持って拝見したいと存じます。
草々
ぎっちょ |
| |
|
| タイソンPRIDE参戦? | 2006,8,26 |
|
10月にエンターテインメントの聖地・ラスベガスで初の海外興行に打って出るPRIDE。エメリヤーエンコ・ヒョードルvsマーク・コールマン、マウリシオ・ショーグンvsケビン・ランデルマンという2カードも正式発表され、現地のメディアでもPRIDEのことが取り上げられることが増えているという。そんな中そのカード発表会見の場に、あの元ボクシング世界王者のマイク・タイソンが姿を見せた。試合の発表こそなかったが、今後は何らかの形でPRIDEに関わっていくという。
タイソンキタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━!!!!
と手放しでは喜べない気分なのはワタシだけであろうか?全盛期はもとより、せめてホリフィールドの耳を噛みちぎった頃のタイソンならまだしも、実戦を離れて何年にもなるタイソンが仮にPRIDEのトップファイターとやったところで、果たしてどの程度試合になるのだろうか?甚だ疑問である。
それよりも、ここまでタイソンをダシにさんざん煽っていたのは、むしろライバルのK-1の方ではなかったか?そのK-1は、日本国内でのタイソン戦にこだわっていた。法律上入国が不可能なタイソンをあらゆる手段を使って入国させようとしていた。結局思ったように事が運ばずにタイソンは宙に浮いたまま。そうこうしているうちに、PRIDEがK-1の寝首をかき切った格好だ。
では、この時期にPRIDEがタイソンを招聘する意義とは?ひとつは、今後開拓していく米国市場にある。UFCという巨大な存在が根差している米国にPRIDEという名前を売り込むには、それなりのビッグネームが必要。ボクシングのスター選手だったタイソンは、それにうってつけの存在と言える。勝負にもならないだろうが、対ミルコや対吉田戦などは、実現すれば日米両国を巻き込むビッグカードになるのは間違いない。また仮に試合をしなくても、タイソンがいるというだけで米国でのプロモーション効果は絶大だ。どちらにしても、PRIDEはタイソンからオイシいところを吸い尽くすつもりなのだろう。
もうひとつ、K-1への当てつけ効果というのもあるのかもしれない。2ヶ月前、格闘技ファンを震撼させた、フジテレビのPRIDEからの撤退騒動。逆風に煽られたPRIDEはあわや消滅かという局面にまで追い込まれたのだが、その裏で糸を引いていたのがK-1だったのではないかというウワサがまことしやかに流れているからだ。確かに言われてみれば、PRIDEが問題にされた“不適切な事柄”はどんな格闘技の興行においても避けられないものだし、そこにさらにS学会との密接な関係すら取り沙汰されるK-1が同じ局で放送されてPRIDEがダメというのも説得力に欠けるとは思えないか?そうした、裏の“黒幕”K-1への当てつけという意味では、今回のタイソン招聘ほど痛快なことはない。
ワタシの見解としては、このタイソン招聘はあくまで米国でのプロモーション用の客寄せパンダで、ファイト契約とはいえボクシングのエキシビジョンマッチ程度、と見るのだが果たして…?
ぎっちょ |
| |
|
| キチガイ作家と不感症全国紙 | 2006,8,25 |
|
先日からどうにも腹の虫が治まらないので、今日も引き続き坂東眞砂子の『子猫殺し』についてである。心ある者、思うことは同じだと思うので、他にこの件について語っておられる方と論旨が重複しているケースもあるかもしれないが、それは決して引用ではなくワタシの本心であるとしてご了承いただきたい。
生まれたばかりの子猫を崖から投げ落とすなどという行為が許されないことなのは言うまでもないが、そうした行為に至る坂東の理由づけも誠にオカシなものである。坂東は、自分の子猫殺しと避妊手術を同列にして語っているが、「生まれたのを殺す」のと「産ませない」のは明らかに違う。確かに「産ませない」のは人間のエゴでもあるが、その代わり外猫や野良猫が高い確率で感染しているとされる遺伝性の強い病気を持っていたり、飼育に行詰った飼い主の都合で捨てられて保健所で処分されたりするといった不幸な子猫を極力作らないようにする善後策でもある。対して「殺す」という行為は、どんなに言い訳したところで相手の“生きる権利”を無理やり奪う行為で、どちらが非道かは言うまでもない。坂東は、親猫がものを言えるなら「産みたい」と言うハズ、と文中で語っているが、同様なら坂東に殺された子猫は「生きたい」と言っていたハズだし、当の親猫だって本当に「産みたい」と言っているのなら「育てたい」とも言うハズである。「子供を殺さないで」と言っているに違いない。その声は聞かなくていいのか坂東。
猫の性行為などというものは、本来は本能に基づく繁殖活動の一環であるハズなのだが、坂東にかかるとそこに快楽の要素も加わってくる。性の快楽と新たな命を生み落とす喜び、それだけあればあとはどうでもいいというような論調である。それは、性の知識もないまま興味本意で性交し、ディスコのトイレにへその緒がついたままの新生児を生み落としたまま逃げる若者と似たような感覚と言える。とても48歳の大人の考えることとは思えない。さも猫の気持ちを理解しているような口振りでいながら、親猫の気持ちも子猫の気持ちも一切考えない、坂東眞砂子の一方的思い込みによる子猫殺しという行為は、人間として断じて許されるものではない。
要するに、いろいろわかったような口をきいているが、結論から言って坂東の本意は“殺す”という行為そのものにあると断言できる。そんな自分の“異常性癖”を少しでも正当化しようと考えたのかもしれないが、どんなに弁舌をふるってもこんな文章を出したところで“異常者”のレッテルは剥がれるものではなく、むしろ読んだ者すべてがその思いを強くするだけだ。坂東自身、冒頭で批判を受ける覚悟ありと述べているが、確信犯でやっているなら余計にタチが悪い。
ましてや、全国紙でもある日経新聞がこのような文章を一点の曇りもなく掲載できるという神経もわからない。その日経新聞に、本稿の読者の方がクレームの電話を入れたという。その回答は、
「結局読者センターみたいなところに通されて、『作家だから著作権で保護されてる』と言われました。『相当ひどい内容でない限り勝手に文章を変えたり、注意したりできない』とのこと。かなりひどい内容だと思うんですがって言ったんだけど、土地柄の違いとこちらでは判断しましたと言われました。 半年契約を結んでいるから今後もあいつのコラムは載るらしい。で、かなりの苦情は来てるらしいんだけど『真摯に受け止めます』との言葉だけ。反響の大きさから『謝罪広告の予定はないのか』と聞いたら、前向きに検討するとは言ってたけど、実際どうだか…」
同様の問い合わせが多いせいか非常に面倒臭そうな対応だったという。またインターネット上の書き込みにあった別の人への回答には…
「人間の子供じゃないんだからいいと思った」
というのもあったという。日経新聞というメディアの【命】に対する認識はこの程度なのか?これが仮にも全国紙のモラルなのか!これを目にして不愉快な気分になった者がいかに多いかに加えて、これに触発されて同様の殺戮行為をする不届き者が現れるかもしれない可能性(現に、猟奇殺人犯が犯行に及ぶきっかけはホラー映画などに触発されてというケースが多いと聞く)を少しでも考えれば、普通の神経があれば掲載を差し控えて然るべき文章であることは容易に理解できようというものだ。正常な検査機能も持ち合わせていない新聞社が、マトモな記事を書けるハズがないとワタシは思う。坂東が批判を承知で書いたように、ワタシも著作権の問題があるのは承知の上で、日経新聞並びに坂東眞砂子の謝罪ないし掲載の意義についての納得いく説明がない限り、本稿に掲載した坂東コラムは削除しないつもりだ。
ぎっちょ |
| |
|
| さらば豪腕!マイク・ベルナルド名場面集 | 2006,8,24 |
|
K-1創世期のスター選手、マイク・ベルナルドが現役引退を表明した。ベルナルドといえば、ボクシングをベースにしたハードパンチャーで、持ち前の破壊力満点のパンチから“豪腕”との異名がつけられた。K-1では、もともとローキックへの対策ができているキックボクサーやムエタイ戦士、空手家と違ってボクサー出身者はそれになかなか順応できずに苦労するケースが多いのだが、ベルナルドは比較的早くローに対応できた。そんな順応性の高さが、彼を【K-1四天王】と呼ばれるところの一角にまで押し上げることに繋がったのであろう。
ベルナルドの風貌は、スキンヘッドにつり上がった細い目とどちらかと言えば“悪人顔”。しかし、テレビのバラエティ番組などのリングを離れたところでは、とても人懐っこい明るい好青年。そんなギャップの大きさこそベルナルド最大の魅力で、ファンから「ベルちゃん」とも呼ばれて親しまれた。2000年、夢だったボクシング世界王者を目指してK-1から一時離脱するも、親友でありライバルだったアンディ・フグが亡くなるや彼が出るハズだったGPの予選トーナメントに代理参戦。全試合をKOで勝ち抜き、コーナーポストに駆け上がって天のアンディに向けて拳を突き上げる姿に、ファンはベルナルドの漢気を感じ取って喝采を送った。
2001年、所属していたジムを離脱してから、ベルナルドの凋落が始まる。弟弟子のヤン・ザ・ジャイアント・ノルキヤや格下と思われた日本人選手にもKOされる不甲斐ないファイトが続き、彼の姿を見掛けなくなってから、いつの間にか2年が経っていた。
最近の試合では、比較的簡単にダウンする場面が目立ったベルナルド。激戦の繰り返しで蓄積されていたであろうダメージに加え、首の故障が癒えなかったことも引退を決意した要因であったようだが、K-1人気をあそこまで高めた功績は大きい。心から「お疲れ様、ベルちゃん」と声をかけてやりたい。K-1GP開幕戦で予定されている引退セレモニーじゃあ泣いちゃうかもなあ、ワタシw
最後に、ベルナルドの名勝負集をいくつか。
【vsアンディ・フグ】 記念すべきベルナルドK-1デビュー戦の相手がアンディだった。パンチのラッシュでTKO、半年後のリベンジ戦でもKO勝ちして、一躍スターダムにのし上がった。
【vsピーター・アーツ】 1996年当時、誰も勝てないのではとさえ思われたアーツをGP準々決勝でKO!あの時の代々木体育館に響き渡った大歓声は今でも忘れることができない。
【vsフランシスコ・フィリォ】 1998年GP準々決勝。フィリォに“空手最強幻想”を抱いていたワタシは、そのフィリォがベルナルドにボコボコに殴り倒されるのを見て思わず悔し泣きしたもんだw
【vsジェロム・レ・バンナ】 試合直前、左スネに負ったドクターストップがかかるほどの重傷を押して出場するバンナを気遣い、「今回はパンチで勝負しよう」と言ったベルナルドにバンナが「カッコつけてんじゃねぇ」と挑発したことで一気に遺恨マッチの様相に。ケガした足でバンナが蹴り、ケガした足をベルナルドが蹴るという“公開ケンカマッチ”は、1R終了間際ベルナルドが右フックでバンナをKOしたかに見えたが、ベルナルドのパンチがゴングが鳴った後だったためにダウンは無効に。会場(横浜アリーナ)の大歓声がゴングの音をかき消してしまったために起こったハプニングであった。結局バンナのダメージが大きいため試合続行不可能となって、一旦ベルナルドのTKO勝ちが宣告されたが、のちにノーコンテストに裁定が変更された。
ぎっちょ |
| |
|
| アンディ・フグ七回忌 | 2006,8,23 |
|
早いもので、K-1のスター選手であったアンディ・フグが亡くなってから24日で丸6年、七回忌を迎える。ワタシは、正直言うとアンディはあまり好きな選手ではなかった。ヘビー級としては恵まれない体格ながら最後まで一線級であり続けた努力は認めつつも、それゆえ他の選手に比べてK-1ならではの醍醐味である豪快なKO劇が少なく、気力と根性でコツコツ有効打を与えて判定勝利ってな展開が多かったからだ。
アンディは“負け様が絵になる”という、格闘家としては異色の存在だった。どこかのボクサー一家が、明らかな身贔屓判定にも「負けたら次はないんだから、これでいいんだ」と開き直ったように、格闘家として負けることは“死”に等しいと言っても過言ではない。しかし、ことアンディ・フグの名勝負と言われて思い浮かぶのは、アンディが派手にKOされた試合ばかりなのだ。K-1参戦間もなく、アンディ自身優勝候補と目された初のGPで無名のキックボクサー、パトリック・スミスに秒殺KOされた試合。捲土重来を期した翌年のGPでも、やはり初参戦で無名のマイク・ベルナルドにボコ殴りされた試合。そのベルナルドにリベンジを挑むも、強烈な右フックをテンプルにもらって、真っ直ぐ立つことができずにリング上をユラユラよろめいていた試合。そして、極真王者フランシスコ・フィリォのK-1デビュー戦、フィリォがグローブに不慣れなだけにアンディ絶対有利と言われた試合で、フィリォの空手のカギ突きのようなパンチで失神KOさせられた試合。どれも格闘家としては屈辱的な内容での敗戦であった。しかしアンディは、屈辱をバネにその都度不死鳥のように立ち上がるドラマを見せてくれた。スミスには半年後のリマッチできっちり1RKOでお返し。初の王者になった96年GP決勝で、ベルナルドを“フグトルネード”と呼ばれる後ろ回し蹴りで悶絶させたシーンは、K-1史上に残る名シーンである。唯一、フィリォにはついにリベンジは叶わず、アンディも心残りに思っているに違いない…。そういった、負けてもそこから何かを学び、足りない部分を補うために鍛練し、死の間際まで病魔と戦い続けたように決してあきらめなかった不屈の精神こそアンディの真骨頂であり、最大の魅力であった。
もしアンディが存命であったなら…恐らく今も現役であり続けているだろう。もしかしたら闘いの場は変わっているかもしれないがwあれから6回目の夏…胸ときめくようなカードもなく、集客能力がめっきり落ち込んでしまって国内での興行がままならなくなってしまった今のK-1の惨状を、草葉の陰からアンディはどのような思いで見つめているのだろうか。
ぎっちょ |
| |
|
| 鬼女・坂東眞砂子 | 2006,8,22 |
|
今日は本文を読む前に、まずこちらに目を通していただきたい。 
このコラムの存在を知ったのは、人気ブログ『きっこのブログ』でのことだったのだが、その本文を読んでなお現実にこのような文章を公に出す人間がいる、しかもそれを書いたのが恐れ多くも作家であるということがにわかには信じられず、ネットでこのコラムの真贋について調査したところ、前にご紹介した【ねこふたば】ではこの件についてすでに“祭り”と化していた。そこで入手したのが先の画像である。まったく弁護する余地のない、呆れるほど自分勝手な論理である。一体この坂東某という鬼女は、【命】というものを何と心得ているのだろうか?言いたいことは山ほどあるのだが、何を言ってもきっこ氏の後追いになってしまうからここでは割愛するし、ワタシがここで敢えて説明するまでもなく、誰が読んでもこの鬼女の論文が“コイツアタマオカシインジャネェノ?”としか思えないのは当然のことと信じたい。 【命】とはなんぞや?ワタシは、【命】とはこの世に生まれてきた者たちが持つ“生きる権利”であると考える。その権利を他の人間が奪うことは許されないのはもちろんのこと、ワタシにとっては自分からその権利を放棄することはそれ以上に許し難いことである。ワタシは、8年前に無二の親友を病気で亡くしている。生きたくても生きられなかった彼の心情を思うと、命を粗末に扱う者の存在がたまらなく許し難い。その命の対象は人間のみならず動物や草花に至るまで、この世に生きとし生けるものすべてにおいてである。この鬼女は猫が人間の言葉をしゃべれないのをいいことに、テメエの勝手な思い込みで無駄な猫殺しを繰り返していたばかりか、それを得意げに公の場でさも正論を言っているかのごとくひけらかしたのだ。この女の神経も信じられないが、こんな文章を載せた日経新聞の良識もワタシは疑ってしまう。 ネットでは、過激な論調でこの鬼女への報復論が語られたりもしている。中には殺された子猫に代わって天誅を下すなんて物騒な書き込みも見受けられたが、くれぐれも実行に移したりしないでいただきたい。こんなロクデナシでも持っている“生きる権利”というものに加えて、そんなとるにたらない命とってどーするの?ってことだ。そこでワタシなりに報復方法を考えてみた。坂東が子猫を投げ捨てた断崖でウンコする。そしてケツをヤツの著書で拭き取って崖下に投げ捨ててやる(笑) …いや、もちろんここだけの冗談である。この鬼女のワケわからん理屈のために有無も言わさず“生きる権利”を奪われた子猫たちがワタシのウンコまみれになるのはしのびないし、この女なら例え自分の著書にそんなことをされても、このコラムを読んだ多くの人が感じたような、己の身を切り裂かれるような辛い思いをするとは到底思えないから。 坂東は、この前週のコラムでも“子犬殺し”をほのめかす発言をしているという。 ぎっちょ |
| |
|
| 名勝負製造機・早実の夏 | 2006,8,21 |
|
「88回待ちました!」
優勝監督インタビューでの和泉監督の第一声が、その感動の度合を増幅させた。二日がかりの死闘を演じた夏の甲子園の決勝は、第一回大会から出場する伝統校・早実悲願の初優勝という形で決着した。
昨日の引分け試合を見て、誰もが思ったハズだ。 「両校優勝でイイじゃん…」 と。しかし「負けたら終わり」、常に勝者の裏に敗者がいるという非情さ…それこそが高校野球の魅力のひとつではある。負けたとはいえ、最後まであきらめなかった駒大苫小牧ナインにも、心から拍手を贈りたい。三年続けて甲子園に来るのも大変なのに、その上三年とも決勝に勝ち残ったのだから、これは文句なしに特筆に値する。(※現行の高等学校制度になって以降、決勝に三年続けて進出したのは、他にはあの【桑田&清原】を擁したPL学園しかない)
決勝の再試合は日程の上でも物議を醸した。なぜ翌日なのか…選手の体力回復を考えたら、1日でも2日でも間を空けてやるべきなのではないか…と。もちろん、選手の身体が一番大事なのは言うまでもないが、逆に間を空けると選手の気力が萎えるから続けてやった方がいいんだという意見もあった。大会における選手の健康管理に疑義を呈する野球解説者に対して、同じく解説者のデーブ大久保が興味深い話をしていた。 「野球をやる者にとって、最大の目標はプロ野球でプレーすること。だけど、高校時代はそれよりも甲子園に行くこと、そこで勝つことが重要で、そのためには腕が壊れてもいいとさえ思えるんです!選手にとってすれば、投げずに負けたら絶対に悔いが残る。斎藤クンも田中クンも、再試合は絶対投げたいと思ってるし、投げさせるべきだとボクは思います」 選手の気持ちと体調管理…この問題については、今後も高校野球が続く限り禅問答のごとき議論が毎年のように繰り返されていくのだろう…。
大会全体では逆転に次ぐ逆転で手に汗握る接戦が多く、近年にない盛り上がりを見せた。各チーム打撃力がアップし、大会通算本塁打数は22年ぶりに記録更新した上に初めて60本の大台に乗った。もはや4点5点のリードは安全圏とはいえない時代?その象徴ともいえる試合が準々決勝の智弁和歌山―帝京戦であったが、あれは9回裏の守りを前に負けを覚悟した(?)のか投手を使いきってしまった帝京・前田監督の采配ミスでもあった。『弘法も筆の誤り』ならぬ『名将も采配の誤り』と言うべきか。
応援もプロ野球にならってか独自のチャンステーマを演奏するところが増え、それは上位に勝ち進む学校ほど顕著になった。早実の『紺碧の空』の大合唱もよかったが、個人的には熊本工の文字通り阿蘇の噴火の際の地鳴りを思わせるような一体感のある応援が印象に残った。駒大苫小牧は選手ごとに応援歌を変えていて、エース田中クンのそれが『太陽にほえろ!』の「ジーパン刑事のテーマ」だったのは、あるいは少し松田優作を思わせるその風貌のせいか、などと考えてみたりもした。
それにしても、今年は春夏の甲子園から地方大会に至るまで【早実のための大会】であったような印象が強い。西東京大会は準決勝から決勝と連続サヨナラ勝ち。中でも決勝の日大三戦は、延長戦で先行されながら追いつくという壮絶な試合だった。そういえば春のセンバツでも早実は、関西との引分け再試合を演じていた。春夏連続も、同一チーム二度の再試合というのも、もちろんいずれも史上初。今年の早実はエース斎藤の快投とともに、まさに未来永劫語り継がれる甲子園の伝説と呼ぶべき存在となった。
【早稲田実業学校校歌】
都のいぬゐ早稲田なる 常磐の森の気高さを 我が品性の姿とし 実る稲穂の帽章に 去華就実のこの校風を 高くぞ持する我が健児
ぎっちょ |
| |
|
| 駒大苫000000010000000=1 早 実000000010000000=1 | 2006,8,20 |
|
第88回夏の甲子園。今日はその総括をお送りする予定だったのが、決勝戦は白熱の投手戦の末37年ぶりの引き分け再試合となり、優勝決定は明日に持ち越しとなってしまった。
今年の甲子園の傾向は“打高投低”。金属バットの改良効果?や選手のパワーアップなどもあってか一番深いバックスクリーン近くに打ち込むホームランが目立ち、大会通算本数もこれまでの記録を塗り替えるハイペースで量産された。今日も、3連投となる早稲田実・斎藤のスタミナによっては打撃戦となることも予想されたのだが、それも取り越し苦労。駒大苫小牧・田中ともども本領発揮の投球内容で、今日はワタシもクギ付けになって初回から試合終了まで逃さず見ていたのだが、二人とも失投は一球たりともなかった。安打や本塁打を打たれた球でさえ、打者を誉めるべき絶妙の配球で、決勝にふさわしい歴史に残る名勝負であった。
再試合は、明日午後1時からと発表された。ともに今日200球近く投げ込んだのだから、もし明日もマウンドに上がれたとしても本調子ではないだろう。今日の試合と違って明日は打撃戦になるかもしれないが、できることなら十分な休養期間を与えて、完全な状態でもう一度両投手の投げ合いを見てみたいものだ。もっとも、そんなことしていては永久に決着がつかないかもしれないがwいや、冗談ではなく、本当にそうなるかもしれないとさえ思えた歴史に残る投げ合いであった。
ぎっちょ |
| |
|
| 背筋も凍る特撮ドラマパート2 | 2006,8,19 |
|
今夜ご紹介するのは、『恐怖劇場アンバランス』というドラマの「墓場から呪いの手」というお話。そもそもこの『アンバランス』というドラマ、あの円谷プロが手掛けた大人向けのホラードラマなのだが、あまりの怖さから当初予定されていたプライムタイムでの放送が直前で差し替えられたばかりかそのまま“お蔵入り”してしまったといういわくつきのドラマで、陽の目を見たのはその一年後の深夜枠での放送であったという超がつくほどマニアックなドラマ。その怖さたるや、オープニングのナレーションからタイトルバックをご覧いただければ一目瞭然( 動画 PW:RFhypiVt)。中でもこの「墓場から〜」は小学生なんかが見たらオネショは必至というほどの怖さなのである。 主人公は桑田という一人の男。桑田には久美という愛人がいたのだが、その存在が疎ましくなったある夜、桑田は久美を殺害して遺体をバラバラにして棄てる。目撃者もなく、犯行は完璧に行われた…ハズだった。 だがそれからというもの、毎夜のように桑田の身の回りに奇怪な出来事が頻発するようになる。例えば、夜中に呼び鈴を押されて出てみると誰もいない…など。子供の悪戯にしては時間が遅すぎる。さらに、四方に棄てたハズの久美の遺体の一部が桑田の自宅の風呂場や冷蔵庫に入っていたりするに至って、桑田は事の次第を目撃していた何者かが自分を脅迫しようとしているのではと考え、久美の妹を疑うのであった。 そんなある夜…桑田が寝苦しさを感じて目を覚ますと、女の手首が桑田の首を絞めようとしていた!部屋中を逃げ回る桑田を執拗に追いかける手首の恐怖! ( 動画 PW:1DE2Usqn) すべては久美の妹が仕組んだ復讐劇と考えた桑田は、ついに妹まで殺害しようとする。廃屋の非常階段から妹を突き落とそうとする桑田。とそこへ、階段をよじ登ってくる女の手首!手首は桑田に襲いかかると、逆に桑田を階段から突き落とす。その手首の薬指には、久美がいつもはめていた指環が光っていた… 「姉さん…」 妹が見つめる中、復讐を遂げた手首は急激にミイラ化していくのだつた… ( 動画 PW:uIffsddC) 放送話数では後半(全13話中12話)に位置する本作だが、制作話数では記念すべき第一話になる。作品全体の方向性を明確にする意図は確かに感じ取れるのだが、初回からこれではあまりに怖すぎて、次回以降の視聴意欲を減退させかねない。そういう意味では、放送を後半に持っていったのは正解と思われる。昨日お話した「青い血の女」も同様だが、画面の古さがかえってリアリティを醸し出しているような気がする。 さらに、この『アンバランス』では、ドラマの前後にストーリーテラーとして元東京都知事の青島幸男氏が登場していることも付け加えておこう。 ( 動画 PW:e9IlfXws) ぎっちょ |
| |
|
| 背筋も凍る特撮ドラマパート1 | 2006,8,18 |
|
夏真っ盛り。暑い日には冷たいビールなんかキューッと!なんて飲めないワタシが言っても説得力ないがwまあそんなワタシのような人間にも同じように涼を与えてくれる夏の風物詩といえば… 【怪談】 古くは「四谷怪談」「番町皿屋敷」「牡丹燈籠」…最近でも「リング」に「呪怨」に稲川淳二の怖い話など世に名だたる日本の怪談の数々。その中から、今回はウンとマニアックに“昭和40年代の特撮モノ”における傑作怪談をご紹介したい。あ、トイレは先に済ませておいた方が…? 今日ご紹介するのは「青い血の女」(『怪奇大作戦』)というお話。 科学調査機関【SRI(エスアールアイ)】所員の三沢が友人宅で襲われたのをきっかけに、通行人が鋭利な刃物で刺殺される事件が発生。三沢たちは捜査に乗り出したが、通り魔の仕業かとも思われたこの事件、実は手先にナイフを仕込んだ不気味な人形による犯行であった! ( 動画 PW:P9wvueNm) ( 動画 PW:il9xS6Z0) 調査を進めるうちに事件発生時刻前後に現場付近の家でテレビ画面が一斉に乱れたことが判明、それは近所の家から発せられる謎の電波によるものだという。その家は三沢の友人の年老いた父が一人暮らし…のハズなのだが、どうも上の階に気配がする。老人が何か隠しているのは確かなのだが、確たる証拠もなくこれ以上踏み込めない。その時、突然響き渡る老人の悲鳴!そこで一同が目にしたのは、老人にナイフを突き付ける人形の姿であった!間一髪、警官の拳銃が人形を撃ち抜き事なきを得たが、粉々に破壊されたその頭部は機械仕掛であった。これを操っていたのが老人ではないとすると?捜査員たちは“疑惑”の二階へと駆け上がった。そこにいたのは…一体の少女人形。呆然とする捜査員たちに、人形は語り始めた… 「老人を捨てた、老人の子供を殺さなきゃ…私は大人よ。いつまでも子供扱いされちゃかなわないわ…私も老人を捨てて独立するの。だから…私も殺さなきゃ…」 そこまで言うと、人形は突然窓を突き破って家の屋根の上に上がり、そこから飛び下りて自らの命を絶ってしまう。人形の周りには、青い血のような液体が流れ出ていた… ( 動画 PW:OH540WQp) 子供たちが家から巣立っていき、孤独な老人に溺愛されるうちに意思を持つようになった人形。やがて、自分を捨てて出て行った子供たちへの老人の憎しみを感じ取った人形は老人の意思を汲み、自分で作った殺人人形を操って老人の息子夫婦への復讐を企てたのだった。しかし、いつしか人形自身も自立心を持つようになり、老人を捨てようとした自分を許すことができずに自ら命を絶つという悲劇的結末。人形であって人形にあらず…一見荒唐無稽な物語ながら、日本に昔から不思議な逸話が数多く残る人形という存在にまつわる話を、効果的な特撮技術で屈指の恐怖作品に仕上げた名作である。 明日の第二弾は、夜な夜な蠢く女の手首のお話…ギャアアアアアアアアアアッ!! ぎっちょ |
| |
|
| ぎっちょの『カルトサマーソング』 | 2006,8,17 |
|
夏の歌…といえば、どんな歌が思い出されるでせうか。定番のサザンやチューブ、女性なら杏里なんかも爽やかでいいかもしれませんね。ちょっとマニアックなところでオメガトライブなんて意見もあるかもしれない?そんなワタシのセレクトする夏の歌を、今日はいくつかご紹介。あ、『TSUNAMI』とか『あー夏休み』とか、そういった当たり前の曲は出てくるハズないのであしからず\(≧▽≦)丿 『かもめの水兵さん』 波にチャプチャプ浮かんでる姿を想像するだけで、なんか「夏!」って感じしませぬか?ワタシはこの曲を聴くと、入道雲がそびえ立つ青い海にセーラー服着たかもめの水兵さんたちが悠然と航海する姿を思い浮かべて、たまらなく夏を感じてしまうのです。童謡では同様に(シャレではないのでw)『我は海の子』も夏を感じさせます。 『暑中お見舞い申し上げます』 『夏が来た!』 (キャンディーズ) 四季折々の季節感漂う歌が多い伝説のアイドルグループ・キャンディーズについては、 3月15日〜17日付本稿を参照願います。 『JUNE浪漫』(倉田まり子) JUNEは本来は6月ですが、曲調は夏。ホットパンツからスラリとのびたまり子ちゃんの長いキレイなおみ脚を思い浮かべるだけで、いまでもハアハア 「君よ八月に熱くなれ」(高岡健二) ABC朝日放送の夏の高校野球中継のテーマソング。初登場した1981(昭和56)年以降、歌い手を代えながら現在もなお使用され続けている息の長い曲。大会歌『ああ栄冠は君に輝く』も夏の到来を告げる曲です。最新版は大会歌ともども「涙そうそう」でおなじみ夏川りみが歌唱しています。 『め組のひと』(ラッツ&スター) 高校の頃、まだカラオケボックスなんてない時代に、夏休み前のコンパで使った居酒屋の有線放送でこれが流れ、一同あの振付で踊りまくった思い出がありますwマーシー、今どうしてんのかな(火暴) 読者のみなさんにも、思い出の曲などございましたら是非お聞かせいただきたいものですm(__)m ぎっちょ |
| |
|
| ヒマツブシ | 2006,8,16 |
|
つかの間の夏休みも今日で終わり。で、何したかってえと家でゴロゴロの日々wもともと小さい頃から外で野球よりも家で積み木遊びする方が好きだったから、苦もなくゴロゴロしていられるのであるwww
そんな超がつくほどのインドア主義のワタシがヒマツブシによくするのが、
【 検 索 】
そう、いろいろな検索サイトで『ぎっちょ』の名を検索かけてみるのだ。昔は『ぎっちょ』だけではワタシにはカスりもしなかったのだが、最近はいろんなとこにこの「たわむれ」のリンクを貼ってみたりしてるせいか、【Google】なんかでもけっこう上の方に本稿の名があったりする。今日はまず、最近はほとんど更新していない本サイトのスペースをお借りしている楽天の【infoseek】で検索してみた。すると、出るは出るは…上位500件のサイトのうち、9割が『やぎっちょ』と名乗る方のものばかり。純粋な『ぎっちょ』さんのサイトは数えるほどで、結局ワタシ関連のページには一切ヒットせずじまい…。
楽天とくれば次は【livedoor】である。こちらでもワタシに関するものは全然見当たらなかったのだが、唯一228番目でにゃおさんちの「有美子(;´Д`)ハァハァハァハァ」スレへの8月14日付カキコにヒット!w
さて、主にいつも使っている検索サイト【Google】ではどうだろうか…総数222,000件のうち、なんと97件目でその名もズバリ『ぎっちょのひとりたわむれ』にヒット!ただし、アクセスしてみるとなじぇか開始間もない2004年2月のそれになる…?バックナンバー読んでみたい方がもしいらっさったらじぇひwそれにしても、単に『ぎっちょ』だけでなく前出の『やぎっちょ』さんやら『ぶぎっちょ』さんやら『なぎっちょ』さんやら『ぎっちょん』さんやら『ぎっちょんちょん』さんやらいろいろよりどりみどり。ちなみに『ぎっちょ』さんの多くは自分が左利きによることからその名を使っているようだが、ワタシは生まれついての右利き。じゃあなじぇ『ぎっちょ』なの?その理由は…本稿のどこかに書いてあるから探してみてくれたまへ。ムヒヒヒヒヒヒヒヒ。
最後に【Yahoo!】でも検索かけてみた。驚いた。「ひとりたわむれ」は【Google】とほぼ同じくらいのところで見つかったのだが、半年に一度ハリコするかしないか、それも今や、ペリエさんとの“倉田まり子ちゃん関連資料交換の場”としてしか使っていない画像掲示板「おな○〜る〜む」の名がナント4番目にあった。総数231,000件の中の4番目、だ。なじぇ?これ、どういった仕組みになっているのか、知ってる方がいたらじぇひ教えてもらいたいもんだ(火暴
ぎっちょ |
| |
|
| 終戦の日に思う | 2006,8,15 |
|
事前の予想通り終戦記念日の今日、小泉首相が靖国神社を参拝した。改めていろいろなテレビ番組などを通じて参拝の是非について考えさせられた。靖国が単なる戦没者の慰霊施設にとどまらず、戦争責任を問われたA級戦犯が合祀されているという問題点。宗教上の問題から分祀することも難しく、戦没者やその遺族の靖国への思い入れから新たな追悼施設の建設もままならない現状。一朝一夕に解決しない問題が、そこにはある。首相は参拝にあたって、あくまでも非戦の思いをこめた戦没者の慰霊であることを強調していたが、その気持ちは大事だとしても、実際やっていることは自衛隊のイラク派遣、それも陸自は撤退したが空自はそのまま残留して戦火の上空を物資輸送のために危険覚悟で飛んでいるという矛盾。イラク問題もさることながら、北朝鮮の拉致問題にしたって、政治的手段に利用するだけして半ばほったらかし。そんな行状を見るにつけ、首相が純粋に慰霊だけで参拝しているとは到底思えないし、近隣諸国の心情なども鑑みたら、やはりいたずらに反発を買うようなことは一国の首相としては慎むべきだったのではないかという思いが強い。それが公約だったからって、就任直後ロクに考えもしないうちに言っちゃったようなものなのだから、限りなく失言に近いものだったのではないだろうかとさえ思う。
『ウルトラマン』にでてくる怪獣に【ジャミラ】ってのがいる。子供の頃、誰しも一度はクラスメイトやなんかがセーターやシャツの襟首を頭に被ってジャミラのモノマネをするのを見掛けたのではないだろうか。とかくユーモラスに語られがちのジャミラだが、実際ジャミラが登場する本編のテーマは限りなく重い。世界各国の宇宙開発が活発になる中、某国の打ち上げたロケットが帰還不能状態になる。そのロケットに乗り合わせた宇宙飛行士・ジャミラは、異常な環境の中どうにか生き延びるうちに怪獣化してしまい、あのような姿になってしまったのだ。そんなジャミラを地球人は、国際宇宙会議を円滑に進めるために彼が人間であったことを隠蔽し、1匹の宇宙怪獣として抹殺しようとする。ジャミラはロケットを改造して地球に戻ってきた。自分を見捨てた地球に復讐するために。しかし、水のない環境に慣れてしまったジャミラは逆に水が弱点となり、そこを突かれて会議場目前で息絶える。会議場周辺に建ち並ぶ万国旗を、1本でも多く倒そうとしてもがき苦しむジャミラの姿には、何度見ても涙を誘われる。そのラストシーン、会議場の近くにジャミラの墓標が建てられる。そこには、
「人類の夢と科学の発展のために死んだ戦士の魂、ここに眠る」
と書いてある。ジャミラとの戦闘の最中から彼にシンパシーを感じていた科学特捜隊のイデ隊員は、その墓標を見下ろしながらこう吐き捨てる!
「犠牲者はいつもこうだ!文句ばかりは美しいけれど!!」
靖国の存在意義を、「靖国で会おう」を合言葉に飛び立った英霊になぞらえて話すのをよく耳にする。大事なことは、戦争を美化しないことだ。いくら美辞麗句で飾っても、誰かの命で大切な若い生命をなくすことほど、愚かなことはないのだから。
ぎっちょ |
| |
|
| こうこうやきうすぺさる2006 | 2006,8,14 |
|
80(昭和55)年は早実の1年生投手“大ちゃん”こと荒木大輔フィーバーに明け暮れた年だったが、都立高校として初めて甲子園にやってきた国立を筆頭に印象に残るチームも多かった。優勝したのは、豪腕・愛甲を擁する横浜高校で、荒木のいる早実との決勝は“アイドル対決”として話題を呼んだが、それまでの疲れや決勝のプレッシャーも手伝ってか両投手とも乱調で早々に降板。決勝をシメたのは、横浜・川戸と早実・芳賀という二人の控え投手だった。特に川戸は最後まで投げ切って胴上げ投手に。顔をクシャクシャにして雄たけびを上げ、両手を突き上げる姿は、今も語り継がれる名シーンのひとつでもある。
81(昭和56)年、優勝した報徳学園のエース金村と息詰まる投手戦を見せた、準決勝の名古屋電気(現・愛工大名電)・工藤(現・巨人)や決勝の京都商(現・京都学園)の井口といった好投手もいたが、その優勝した報徳の控え選手に身長160センチそこそこの小柄な浜中という選手がいて、その浜中が3回戦の早実戦であの荒木大輔から9回裏奇跡的な同点タイムリーを打ち、2塁塁上ではしゃぐ仕草がリスなどの小動物的でなんとも愛嬌があったことを覚えている。
82(昭和57)年は、昨年お話しした完全試合達成を9回裏2死から死球で逃した佐賀商の新谷がいの一番に挙げられるが、準決勝の広島商戦で0―1で敗れた中京の、再三得点圏に走者を置いた場面で打席が回ってきたのに適時打を打てず戦犯扱いされた四番森田も思い出される。この年の決勝は、池田が広島商を12―2と圧倒したのだが、もし森田が打って中京が広島商に勝っていたらもう少し競り合った展開になっていただろう。翌年の準々決勝で実現した池田打線と豪腕・野中との息詰まる大接戦を見ても、それは明らかである。
ぎっちょ |
| |
|
| こうこうやきうすぺさる2006 | 2006,8,13 |
|
毎年恒例、夏の甲子園特集。今年は、忘れじの名選手について。
ワタシが本格的に高校野球に熱をあげたのが1976(昭和51)年のこと。どのくらいの熱かってそれから毎年勝利校の校歌をテープに録音し続けるほどで、PLのKKコンビ最後の夏となった1985(昭和60)年までの10年間に渡ってそれは続いたワケである。
(ちなみに、HDDを購入した2004年から今度はDVD保存の形で再開している)
その76年、桜美林が優勝を決めた決勝の模様を録音したことが、その後の校歌収集のきっかけともなったのだが、延長11回サヨナラで決着したその決勝打を打ったのが桜美林の菊池太陽。その名をより一層印象深くさせたのが、地元ABC朝日放送の名物アナ・植草貞夫氏の名調子。
「菊池太陽!文字通りその名のごとき素晴らしい打球が、太陽に向かって飛んでいきました!」
この時の桜美林の優勝投手が、松本吉啓。現在は千葉経大付の監督として、一昨年長男をエースに初出場でベスト4、今年も次男三男を引き連れて甲子園出場を果たしている。
77年は何といっても、東邦の1年生エース坂本佳一に尽きる。中学を卒業したばかりのそのあどけない表情は人々に“バンビ”と呼ばれ、一躍甲子園の人気者となった。あれよあれよと決勝まで勝ち進んだ東邦だったが、最後はそのバンビ坂本が東洋大姫路の主砲・安井に決勝戦史上初のサヨナラホームランを打たれて準優勝に終わる。その後のバンビはすべて地区大会で敗退、二度と甲子園に姿を見せることはなかった。バンビ以外では、現在でも大会史上唯一となっている『サヨナラ満塁ホームラン』を打った大鉄(現・阪南大高)の川端や、のちにプロ入りする星稜の小松(のち中日)と智弁学園の山口(のち近鉄)の息詰まる投手戦も思い出深い。
78年、準決勝から決勝と続いたPL学園の神懸かり的な逆転劇にわいた年だが、その準決勝、PLの猛烈な追い上げに遭って、すっかり冷静さを失ってストライクが入らなくなった中京(現・中京大中京)のエース・武藤をクールダウンさせるために一塁の黒木とポジションチェンジ。ところがその黒木も舞い上がってストライクが入らないばかりか、これはいかんと監督が送った伝令を「(゚゚)イラネ」とばかりに突き飛ばしたりと、興奮して収集がつかない状態。結局9回4点差を追いつかれ、再びマウンドに上った武藤が12回に押し出しの四球を与えて悪夢のような逆転サヨナラ負け。負けた中京・黒木の“伝令突き飛ばし”事件が、ズングリした体格と合わせて今も瞼に残っている。
79(昭和54)年といえば、何と言っても箕島と星稜の延長18回に及ぶ死闘だろう。のちにプロ入りする箕島の石井(のち西武)―嶋田(のち阪神)のバッテリーというスター選手もさることながら、延長16回に“世紀の落球”をしてしまった星稜一塁手の加藤や、その直後に起死回生の同点ホームランを打った箕島の森川といった名前は、今でもスラスラ出てくる。最後に力尽きた星稜のエース・堅田は現在、甲子園大会で審判員を務めているという。
つづく
ぎっちょ |
| |
|
| 燃えドラ史 | 2006,8,12 |
|
もう大丈夫かな…
(^_^)v
セ・リーグ、首位独走の我らが中日ドラゴンズのことである。2年ぶり7度目のリーグ制覇が見えてきた。落合采配の冴えもさることながら、強力な投手陣と鉄壁の守備、落合監督が3年かけて作り上げた故障者が出てもそれを補える層の厚さは、もはや感服するしかない見事なチーム作りである。
話はガラッと変わるが、プロ野球では各球団それぞれに応援歌がある。タイガースの『六甲おろし』やジャイアンツの『闘魂こめて』といったところが代表的ナンバーかと思うが、我がドラゴンズにも『燃えよ!ドラゴンズ』というれっきとした応援歌が存在する。この『燃えドラ』が他球団のそれと明らかに違うのは、歌詞が年ごとに変わっていることである。
『燃えドラ』が初めて世に出たのは、1974(昭和49)年のこと。ジャイアンツのV9を阻止し、20年ぶり二度目のリーグ優勝を成し遂げた年である。OBの板東英二さんが歌うその歌は、 「1番高木が塁に出て 2番谷木が送りバント」 といった具合に、スタメンのオーダーから投手陣、控え選手に至るまで選手名を羅列したシンプルな歌詞で、そのパターンは最新の2006年版まで脈々と受け継がれている。当然年ごとに選手も入れ替わるから、そのたびにリニューアルされるというワケである。1988(昭和63)年までは優勝時限定の発売であったが、最近は毎年リニューアルされてCDで発売されている。もちろんワタシは毎年買って…と言いたいところだがw居住地が関東なうえ、やはり下位に低迷した年などは応援する気力も失せるというもので、残念ながらパーフェクトコレクションとはいっていないのが現状だ。
ワタシの所持している範囲で『燃えドラ』の歴史を振り返ってみると、74年と82年の優勝時に発売された板東版はレコードで。星野監督初Vの88年は地元局の中日戦実況アナ久野誠さん歌唱版をカセットテープで。同じく久野さんの歌う91年版は、前半首位を快走しながら後半息切れしてしまい、『燃えドラ』発売年で優勝を逃した初めての年となってしまった。99年星野V2版は、名古屋まで日本シリーズを見に行く両親が球場で歌いながら応援できるように、選手応援歌まで収録されたベスト盤を方々探し回って見つけてきた。そして2004年、落合監督就任後は毎年CDを購入しているのだが、その2005年版まで歌唱を担当していたのが“アニキ”こと水木一郎さん。独特のシャウトするような歌い方は、本当に勇ましくてカッコよかった。特にドラゴンズ主催ゲームの7回に流れるショートバージョンは、震えがくるほどカッコいい!契約が切れた?のか、今年からレースクイーン風のおねーちゃん4人組に変わってしまったのだが、それがもうやっつけミエミエの気合いの入っていない歌い方で、脱力すること甚だしい。即刻水木アニキバージョンに戻すことを提言したいm9(`・ω・´)
ぎっちょ |
| |
|
| 介護の心得 | 2006,8,11 |
|
東京・東大和市の特別養護老人施設で、30歳と21歳の男性介護員が入所している認知症の老人に対して性的暴言を言ったことが問題になっている。ニュースなどでは利用者の家族が隠しマイクで録音したとされる、排泄物を“サリン”と称したりといった暴言の一部始終が公開されたりもしている。
ワタシも2年前、ヘルパー2級の資格取得のために仕事の合間をぬって専門学校に通った身である。その当時一番感じたのは、理想と現実のギャップであった。心ある人なら誰しもが持っているであろう、老人や身障者を思いやり助けたいと思う気持ち。それと裏腹にある、介護職に付きまとう肉体的負担とそれに反比例する低賃金。特に身体で触れ合うヘルパーのような職業は、ただ単に困っている人を助けたいというボランティア精神だけでやり抜くのは、かなりの難事である。実地研修で一緒に利用者宅を回った若いヘルパーも、最初は大いなる希望を胸にこの職に就いたものの、肉体的にキツく自分の時間も思うようにとれないうえ、給料も驚くほど安い現状に辟易とし、近々転職するとのことだった。特に遊びたい盛りの若い人がこういう仕事をしていくには、相当な覚悟が必要だ。不満もたまるだろうし、やめたくなるのもある意味致し方ない面もある。かと言って、件の若い介護員の言動が許されるというものではないが。
ワタシの体験談は、2004年上半期の本稿に不定期ながら詳しく書いたのだが、最近本稿の読者になられた方々のために、もっとも印象に残っている特老施設での“ハナさん(仮名)”との思い出をここでもう一度お話ししたいと思う。特老とは、もはや自力で身体を動かすこともままならないような重度の障害を持った方たちが入所するところである。そんな中でも、誰彼なく始終話し続けていたり車椅子で動き回れる人はまだいい方で、ほとんどの人はボォ〜ッと虚空をただ見上げているだけという状態。そこには会話もなく、ただ漫然と時間だけが流れているだけのような空間であった。ハナさんは、きっとお元気な頃はお芝居などを好んで見る上品なおばあちゃんだったであろうことを想像させるたたずまいであったが、言葉を話すこともできず目も耳も不自由で、いつも部屋の片隅の車椅子にポツンと座り、時々思い出したようにパチパチパチと拍手をしているような人だった。ハナさんは放っとくと指をくわえるクセがあるので、唾液で指がふやけたりしないように手術なんかで使うような薄いゴム手袋をいつも両手にしていた。研修初日の昼食の時間、ワタシはハナさんの食事介助をすることになった。担当の所員いわく、ハナさんは食事の時もスプーンの動きに合わせて手を口に持ってっちゃうから、それを押さえながら介助するようにとのことで見本を見せてくれた。所員は、お椀を持った左腕でハナさんの両手を彼女のヒザの上に押さえ付けながら慣れた手つきで右手のスプーンにすくい上げた食事をハナさんの口に運んでいくのだが、実際やってみるとハナさんも思いのほか力が強くて、相当力を入れないととても押さえることはできない。時間が進むにつれ、ワタシの左腕はハナさんの口からこぼれた食事にまみれていた。だがこの時、不思議と「汚い」といった不快感は少しも感じなかった。むしろ、ワタシを動かしていたのは「熱い」とも「おいしい」とも話さないハナさんに、いかに気持ちよく食事をとらせるかというその気持ちだけだった。 「熱くありませんか?」 「おいしいですか?」 無論、話しかけてもハナさんの返事はない。しかしワタシは、わずかでもハナさんの表情が読み取れないかと彼女の顔を見て話しかけながらすべての食事を与え終えた、その時である。 「はい、全部食べ終わりましたよ。お疲れ様でした。」 と言ったワタシに、ハナさんが声にならない声ながらハッキリと 「ありがとう」 と言ってくれたのだ。身体は不自由になってしまっても、心の底では自分のために腕を飯粒だらけにしながら懸命に介助してくれている人への感謝の念を持っている。ハナさんがふりしぼって発した「ありがとう」という一言を聞いて涙が出そうになると同時に、あるいはこれが介護の仕事をする上での醍醐味のひとつなのかもしれないと思ったものだ。
今回起きた施設での出来事のニュースを聞いてワタシが思ったのは、所員の暴言に対する怒りなんかより先に、その暴言をただ聞いているしかなかった利用者の老人がどんな気持ちでそれを聞いていたのかというその一点だけであった。
ぎっちょ |
| |
|
| ぎっちょの『スライドショー』 | 2006,8,10 |
|
今日は、師匠・みうらじゅん氏ばりに、街で見かけたおかしな写真をいくつか紹介しましょう。本家『スライドショー』ばりに、いとうせいこう氏的“ツッコミ役”がほしいところで、大学の後輩・ABS君を抜擢。 ABS「わ…わたしがですかあ〜?…ま、まあ足手纏いにならないようにガンバリますm(_ _)m」 ぎっちょ「というワケで、まず1枚目いってみよっ!」 
A「…これ…」 ぎ「ね?よ〜っく見ると、おっかしいよね?」 A「ええ…この場合、【だい】はこれじゃなくて『第』が正しいかと…」 ぎ「でしょ?この【だい】は『東海大一』とか『日大三』とかで使う『大二』だよね?」 A「ってえか、そこで切るのもオカシイでしょ!『東海大』とか『日大』で切りなさいよ!」 ぎ「近くに『日東大学』があるのかも!今度探しに…」 A「行かなくていいです。仕事してください仕事をw」 
A「きましたね〜」 ぎ「きたねえ、ユルキャラ♪」 A「たこやき屋ですか?」 ぎ「たこやきって書いてあるから、まだ元がタコだってわかるけど、なんにもなしにこれだけ出されても『何?』でしょ?」 A「確かに。」 ぎ「手にラッパなんか持ってるんだよね」 A「なんででしょうね?」 ぎ「たこやき買うついでに、お店の人に聞いてみた♪」 A「イヤ聞かなくていいですよ!」 ぎ「店員も何でか知らないってw」 
A「これ…は?」 ぎ「よ〜く見てみ」 A「???????」 ぎ「こっち見てんだよ!」 A「…は…はあ?」 ぎ「見てんだよ土の中から!」 A「あんの〜…昔っから好きですよね?そういうこと言うの。合宿の余興で山登りしたら『山の間から怪獣が顔出す』とか、都心に行ったら『ビルの谷間からバルタン星人がヌッと出てくる』とか…」 ぎ「好きなんだよ、そういうの♪」 A「建築中のビル指差して『ビルガモ!』って叫んだこともありましたよね?もう40近いんだからヤメましょうよ、そういうの…」 ぎ「よく見たら、レンズじゃなくって網目になってんの。ガスでも噴出されたらとビクビクしながら撮ってたんだよ♪」 A「っていうか、撮ってるアナタがコワいですよw」 ぎ「で、ラストなんだけど、最近多いじゃない、物騒なこと」 A「気分が滅入るニュースが多いですよね…」 ぎ「テポドンが落ちてきたりさあ」 A「まだ落ちてませんけどね、本土には」 ぎ「でさあ、武装するのしないのでモメてたでしょ?でもね、もうすでにミサイル配備してたんだよ、日本は」 A「え?」 ぎ「それもさいたま市に!」 A「ホントですか?」 ぎ「これ見てみ」 
ぎ「どう見てもミサイルだよw」 A「いい加減にしなさい!」 ぎっちょ |
| |
|
| 高校野球考 | 2006,8,9 |
|
3月30日付本稿でお話しした関西高校(岡山)の熊代君。失敗にめげることなく、見事この夏も甲子園にやってきた。そして本稿を読んでいたかのごとく、甲子園に素晴らしいアーチをかけてくれた!が…試合は残念ながら逆転サヨナラ負け…悔しいだろう。悔しいに違いない。だが、失敗にくじけず努力研鑽し、再び甲子園にやってきて打ったホームランは勝ち負け以上に価値があると思う。胸を張れ!熊代君。 その夏の甲子園、センバツ優勝校の横浜が一回戦で姿を消す波乱などあって熱戦が続いている。その横浜にセンバツ決勝で3―21と大敗した清峰(長崎)が、光南(福島)に22―3と逆に大勝して好スタートを切った。甲子園には点差によるコールドゲームはない。どんなに点差が開いても、9回の攻撃が完了するまではゲームが行われる。ただ昨今、選手の健康管理について議論され、準々決勝を2日に分割して行っているような現状、大差のついた試合はコールドゲームにする英断も必要ではないかと、この試合を見てふと思った。 もちろん、何が起こるかわからないのが甲子園最大の魅力であるというのは言うまでもないが、これまで実際に逆転劇を産んだ最大得点差は7点。93年に徳島商が久慈(岩手)に勝った試合だ。つまり、100年近い高校野球の歴史の中で、8点差以上を逆転して勝ったケースは皆無ということからしても、コールドゲームの存在意義はないとはいえない。 しかし、点差が開いたからこそできることもある。主戦を降板させて控え投手を投げさせることで、改めて力量を量ると同時に独特な甲子園の雰囲気に少しでも慣れさせることもできる。また85年、PL学園が東海大山形相手に毎回の29得点という記録的大勝を果たした試合の9回、現オリックスの清原がマウンドに最初で最後の登板を果たしているが、元々投手としてPLに入った清原にとっては「ええ思い出になった」ハズ。このように、普通なら甲子園のマウンドに上がれなかったかもしれない選手の登板機会ができたりもするワケで、選手の思い出作りのためという観点では最後まで試合を続ける意義もないとは言えない。もっとも、負けてる方にとっては思い出作りなんてとんでもないと言われるかもしれないが? 準々決勝を2日に分ける日程にも疑問がある。前後どちらかに中1日空くとはいえ、準々決勝2日目に試合をするチームは結果的に決勝まで3連戦になってしまう。本来は、準々決勝から決勝まではそれぞれ間1日ずつ空けるのがいいと思うが、極力選手に同じ条件で試合をさせたいのなら準々決勝を1日で済ませて中1日空けて準決勝、とするのが妥当なのではないだろうか? 最後に、前にもお話ししたブラスバンド。相変わらず『タッチ』と『紅』が多い。あと『サウスポー』も耳につく。何年前の曲演奏しとんねん!もっと他に新しい曲、いくらでもあるやろがぃ!!と亀オヤジ並みに毒づきたくもなるw あ、『ルパン三世のテーマ』と『イノキボンバイエ』はまだ許す。あんまり“古さ”を感じさせないから。なんてワガママかしらん?ワタシって(*^_^*) ぎっちょ |
| |
|
| 亀オヤジとS木 | 2006,8,8 |
|
昨日のお話です。月曜日の定例ミーティング後に一同で食す昼食を何にするべと協議したところ、スタミナ促進にうな重でも食うべということになりまして、事務員のM子ちゃんを除く全員で大盛りを頼もうとしたところ、 「あ〜…俺、やっぱ並でいいや」 とS木。いつも昼飯となると人一倍ガッつく男が、どういう風の吹き回し…? 「どうしたん?大盛りにしないなんて、Sーさんにしちゃあ珍しいじゃん?」 と『爺』が尋ねたところ… 「いやあ〜、昨日暑かったでしょ?カキ氷3杯も食ったら胃の調子が悪くて…ムヒヒヒヒヒヒヒヒ」
50(正確には49)にもなってオノレの食欲もコントロールできないなんて、小学生かおまいは。公然とそういうことを言って恥ずかしくないのか?みんな嘲り笑ってんだ。恥を知れ恥をm9(`・ω・´)
というのは前フリで…
亀オヤジとやくみつるのバトル、見てしまいますた…え?もう亀関連の番組は見ないんじゃなかったのかって?だって…同僚の『爺』が見たいっていうから…某動画配信サイトで一部始終見ちゃったwまあネット配信された動画で番組じゃないってことでひとつm(__)m苦しい?昨日から謝ってばっか(火暴)
まあ感想は…亀合って…もとい、カミ合ってませんでしたね。やくみつるも、あれを亀オヤジに言うのは筋違いだと思います。だって、ああいうことやらせて野放しにしてるTぶーSこそ諸悪の根源なワケで、むしろああいうことを言いたいのなら『ブロードキャスター』とか『NEWS 23』あたりに出演してトメさんなり筑紫哲也になりを介してTぶーSに対してカミつくべきなのでは?と思うのですが。まあそんなこと肝心のTぶーSがさせないでしょうけどね(・∀・)ニヤニヤ
対戦相手へリスペクト一切なしの挑発行動など、世間的に見て「おかしい」と思うことも亀オヤジにとっては彼曰く「生きるか死ぬかの勝負をする」中では常識の範疇なワケで、彼の中の凝り固まった常識にこちら側の一般論をネジこもうとしたって、それはどだい無理な話。だって、単純にそれは亀オヤジにとっては常識じゃないから。いくらこちらの正論をぶったところでカミ合うハズがないのです。
正論が通じないといえば、ウチの勤務先にも一人…
そう、前出の“腹下しバカ”のことであります。
普通、営業マンたるもの「外に出てナンボ」という部分があるワケです。極端な話、朝一番で外出してしまえば、例え公園に車停めてサボってても、携帯に電話かけてきた人には「忙しいとこすみません(またはゴメン)ねぇ」と言われます。けど、毎日昼過ぎまで事務処理のために事務所にいたりすると、ちゃんと仕事してても「あいつは営業なのに…」と言われたりするのです。それが営業の一般論です。
要はこういうことです。一日の行動予定立てるのにS木がまず考えるのは「今日事務所で昼飯に何食おうかなムヒヒヒヒヒヒヒヒ」なのですから、こっちがいくら「ちゃんと得意先を回って顔売らないと」と言ったところで「ムヒヒヒヒヒヒヒヒ」しか返ってこないのです。
見積は常にFAX、書類は郵送で絶対に自分からは外出しようとしないS木が、今日も得意先へ書類を郵送しようとしていたところで『爺』が 「タマには送らないで持って行ったら?」 と言ったのですが、 「もうメーカーから送るように手配しちゃったから」 とS木も聞く耳持たないもんだから『爺』もカリカリしてたんですわ。ところがここで事態が急転。メーカーから「書類作るのに今日いっぱいかかるから、発送はムリ」との連絡が。急遽S木が明日早朝にメーカーまで書類を取りに行って得意先に届けるということに。これぞ因果応報ってもんです。ザマミヤガレ(・∀・)ニヤニヤニヤニヤ
本来あるべき昼までの“憩いの定番コース”をツブされたのを『爺』のせいと逆恨みしているのか、論点がカミ合わずにカリカリしてる『爺』とS木はいつになく険悪な雰囲気。だって、いつもはこっちの神経を逆撫でするくらいノーテンキな声で 「お先しまぁ〜す♪」 と言って帰るS木が挨拶もそこそこに出て行き、『爺』も「お疲れさん」等の言葉もなし。さあ、ウチの事務所もますます緊迫してまいりました(・∀・)ニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤ
ぎっちょ
『実録!G・S戦記』に戻る
お口直しに画像を1枚。事務所のベランダから見る夕焼けがキレイだったので。 |
|  |
|
| “泣きの今宮”につられて泣いた夜 | 2006,8,7 |
|
99年にCS(スカパー)に加入して以来、プロ野球や格闘技、F1といったスポーツ中継はもっぱらそっちで観戦することが多い。クライマックスなのに「時間がきた」からと途中で打ち切られることもないし、「間もなくゴング!」とか言いながら生い立ち映像で一時間半も引っ張られたりすることもないからだ。あっ、言っちゃった。もうここでは話さないつもりだったのにwまあ一般論ってことでひとつm(__)m
そんな中でもCSのF1中継は地上波と連動しない独自のスタイルで、解説もスタジオと現地それぞれに配置。スタジオは森脇基泰、熊倉重春、小倉茂徳のローテーションだが、現地解説は今宮純&川井一仁という往年のF1中継の黄金コンビ。古くからのファンにはタマらない顔ぶれである。
CSのF1中継について熱く語りすぎて前置きが長くなってしまったが、今年のF1はタイトル争いこそ白熱してきているが、肝心のレースの方はアロンソかシュー兄が突っ走る展開になることが多く、途中でウトウトしちゃって気がついたらシャンパンファイトやってた…なんてこともしばしば。その上、昨日レースが行われたハンガリーのハンガロリンクといえばモナコ並に抜きどころのない難コースで、どっちかっていうと退屈なレースになることが多いからあんまり期待してなかったのだが、予選からペナルティでアロンソとシュー兄が中段グリッドに沈んだばかりか、ハンガロリンク初のウエットコンディションとなったとあっては面白いレースになる可能性が高く、放ってはおけない。
ここで、F1をよく知らない人にもわかりやすく「なじぇウエットレースになると面白いか」について簡単に説明すると、天候の変化に合わせてのタイヤチョイスが難しいことがある。雨用のタイヤは“ちょい濡れ”状態で使うやや浅い溝の【スタンダード(インターミディエイト)】と、“ズブ濡れ”状態で使う深い溝の【エクストリーム】があるのだが、使い方を間違うと車を上手く走らせられない。だから晴れのレース以上に天候や路面状態の変化に合わせて適切なタイミングでのタイヤ交換が要求されるのだが、得てしてそれが裏目に出るケースが多いうえにただでさえコースが走りにくいのだから、往々にしてレースが荒れる。96年モナコのパニス(リジェ)とか98年ベルギーのヒル(ジョーダン)とかといった意外なウィナーを産むことも多いのだ。逆にそのウェットでのタイヤチョイスとマシンコントロールが絶妙に上手かったのが、亡くなったアイルトン・セナであった。セナ…(T_T)
また話がそれたw中日戦を見たい母とのチャンネル争いを「スタートの一周だけ」という妥協案で籠絡し、いよいよ注目のハンガリーGPがスタート!中段に沈んでいた新旧王者が好スタート。中でも、一周目からアロンソが次々オーバーテイクをキメていく姿に、93年ドニントンパークのオープニングラップで4台をゴボウ抜きしたセナの姿をオーバーラップさせたのはワタシだけだろうか? 幸い中日戦も9時過ぎには終わり(岩瀬ありがとー(^^)/~~~)、腰をすえて観戦できる状態になった。
レースは案の定荒れ模様。それでもやっぱりアロンソがトップに立ち、フィジケラと接触して後退したシュー兄を周回遅れにしたあたりではまたアロンソ独走のお決まりの展開?と落ち込みかけたが、2位を走っていたライコネンの大クラッシュでセーフティカーが入って接近戦再開!デ・ラ・ロサを違反ギリギリでブロックしていたシュー兄が力尽き、トップのアロンソがホイールナットが外れるという信じられないトラブルで脱落すると、堅実に2位を走っていたホンダのジェンソン・バトンがついにトップに!これまで散々ホンダを悩ませてきたトラブルも出ず無事にトップでチェッカーを受けたバトンは、自身114戦目の初優勝とともに、ホンダにとってエンジンメーカーとして14年ぶり、車体一式のコンストラクターとしては実に39年ぶりの優勝をもたらしたのだ!
フジが中継を開始して、今年は20年目という節目。その年に初めて耳にする、F1の表彰台に流れる『君が代』の旋律。せっかくだからと一緒に口ずさんでみたりしたのだが、 「き〜み〜が〜…」 のあたりで感極まって声が震えて歌えなくなったワタシwそのワタシ以上に、公共の電波に乗せて嗚咽をもらしていたのが、解説の今宮さんだった。解説者たるもの、感情は抑えて冷静に…なんて野暮なことは言いっこなし。F1の感動、すなわち今宮さんの涙の図式w昔っから、ホントもう発するコメントの一語一句から「F1大好き」オーラを発散している“今宮節”は、明らかに劣勢のボクサーをヨイショしまくる糞解説なんかとは比べ物にならない。っつうか比べちゃいけない。あ、また言っちゃった(火暴)これも一般論ってことでひとつm(__)mもう今宮さんの涙声で、ワタシの涙腺も完全決壊。ここ数日、特にスポーツでイヤな思いをすることが多かっただけに、ハンガリーGPはまさに溜飲を下げたような気がする、ここ数年でも屈指のベストレースであった。
ぎっちょ
|
| |
|
| ささやかな反抗 | 2006,8,6 |
|
亀田好奇の疑惑のタイトルマッチの余韻もさめやらぬ中、昨日亀田戦と同じTBSで放送された格闘技イベント『HERO’S』でもおかしなジャッジがあった。メインで登場の桜庭和志、無名の外国人選手にボコ殴りされて失神。それでレフェリーが何をしたかってえと、ホントならそこでストップして桜庭TKO負けってのがスジのところを、何を思ったかブレイクして中央に戻して再開しちゃった。桜庭は意識朦朧どころか完全に失神状態だったから、ヘタをすると打ち所が悪くて命を落としかねない状態だった。もっとも、桜庭は三顧の礼でライバルの『PRIDE』から引っこ抜いてきた目玉選手。それが一回戦で無名の選手にあえなくKOってえんじゃカッコつかないという意識も働いたのだろうが、冗談じゃない。昨日のは全部見てないのだが、他にも疑惑を持たれるようなジャッジがいくつもあったという。視聴率さえ上れば良くて、目の肥えたファンの興味や選手の安全は二の次、ってんじゃあ格闘技興行を開催する資格なんてない。唯一、大会終了後に桜庭戦のジャッジについて関係者に詰め寄った、スーパーバイザーの前田日明の存在は救いと言えるかもしれない。
今日もゴロ寝三昧のワタシは、興味本位でTBSのバラエティ『サンデージャポン』と『アッコにおまかせ!』を見ていた。亀田好奇がこれらに生出演、特に『アッコ』は前日に自身のラジオ番組で和田アキコが“直接対決”を宣言したということだったので、ご意見番がどの程度“疑惑”に切り込めるのかちょっと見てみたかったのだが、どちらもまあ聞くに堪えないヨイショばっかりで、見ていて不快感が増すばかりだった。『おまかせ』なんか、開始数分で和田が亀田のことを「すんごい好青年!」って評したところでタオル投入。参りました。もうガマンできましぇ〜ん、って感じだったw
『サンジャポ』では、まるで腫れ物にさわるかのようにアシスタントの局アナが「試合後はこんな報道もありますが…」と、ガッツ石松や漫画家・やくみつるのコメントについてもう“恐る恐る”って感じで紹介したのだが、やくみつるが「安い三文芝居を見せられたよう」と話した件について好奇が放った一言ってぇのが、
「そんな言うんやったら見ぃひんかったらええやん」
違うだろ。良識ある人はキミの試合が見たいんじゃないんだ。ボクシングが見たいんだ。キミの周囲の人間が、そのボクシングを汚すような興行をしたから、みんな怒ってるんじゃないか。好奇はさらに、
「僅差やったからな。いろいろ意見があるのは当然や」
キミは“僅差”という言葉の意味をわかって話しているのか?少なくとも、ネットの調査で93%もの人々がキミは負けていたと言っているのだが。“僅差”と呼べるのは、せいぜい4:6くらいが限界だ。キミのそういう発言は、集団でボコボコにされたあと「よ〜し今日はこれくらいにしといたらあ」と言ってスッと立ち上がる往年の池乃めだかの吉本新喜劇でのギャグとおんなじだ。ギャグでもなくそういうことが臆面もなく言えるから、ワタシはキミのことを【恥知らず】だと言うのだ。
こうしたインチキ興行を、視聴率が取れるというその1点だけで局ぐるみで正当化しようとするTBSの姿勢は誠に許しがたいものがある。ワタシは今後、TBSの放送する「亀田絡みのボクシング戦&バラエティ番組」「K−1 WORLD MAX」「HERO’S」「Dynamite!」は金輪際視聴せず、本稿で取り上げることも一切しないことをここに宣言する。
ぎっちょ |
| |
|
| 空気読めコロン | 2006,8,5 |
|
今日は昼から車検のために近くのディーラーまで車を持って行ったのですが、いつもは日中外へ出たっきりのぬこたちが家を出ようとしません。さすがに35℃を超える猛暑にはグロッキー状態のようで、フローリングの床に腹ばいになって伸びてました。  コロンも伸びたままビクとも動かないので、
 帰ったら「カサカサパンパン」して遊ぼうと、ビニール袋を置いて出ました。

車検の手続きを終えて、健康のためにと猛暑の中40分ほどかけて歩いて帰宅しました。 「コロン!カサカサパンパンして遊ぼ♪」 当然、コロンはこっちの思惑通りビニール袋の上にスフィンクス状態… と思いきや…  階段で寝てんじゃねえよw
ぎっちょ
|
| |
|
| キシュヘンしますた | 2006,8,4 |
|


Tu-Kaからauへの変更なんで、メルアドや番号は変わりません。どうっすか?カックイイっしょ?黒って昔っからちゅき♪なんですよ。『太陽にほえろ!』のボンが着ていた定番の上下黒ずくめのサファリスーツをよくマネしてたりしたしw好きなロボットといえば『鉄人28号』のブラックオックスだったりするしぃwww 何を隠そう、見合い相手に 「いまどきケータイも持ってないなんて」 と言われて、初めて購入した携帯も黒でした。今から7年前のことです。いわば“原点回帰”といった感じですかね? 携帯はふたつ所持しています。これは個人で使用する私物。もうひとつは、会社からの支給品です。 
ちなみにVodafoneです。 そしてこれが、ウワサの【待受くーまん】でふw 
ぎっちょ |
| |
|
| 親の心子知らず 亀の心恥知らず | 2006,8,3 |
|
ボクシングライトフライ級タイトルマッチ。亀田好奇が勝ってしまった。念のため言っておくが表記は誤植ではなく確信犯である。読んで字の通り、誰もが彼を好奇の目で見ているハズだ。ハッキリ言って、何か“見えない力”が働いたとしか思えない、どう転んでも好奇の勝ちはない試合であった。こんな露骨な八百長判定は、一昨年のK1MAXの魔裟斗にまつわるもの以来だ。そのMAXにしたって、中継局は同じTぶーS。何をか言わんや。
そもそも八百長というのは、碁が抜群に強かった八百屋の長兵衛さんが、相撲の伊勢ノ海親方と碁を打つ際には勝負が一方的にならないように手心を加えていたという逸話から生まれた言葉である。町の余興での個人的な対局で手心を加えても「粋だねぇ」で済むが、仮にもボクシングの世界タイトルを懸けた試合でこの判定…開いた口が塞がらないとはこのことだ。
いかにこの判定がおかしいか。好奇は初の世界戦の緊張もあってか動きが固く、1Rからプロ初のダウンを喫したが、中盤からは落ち着きを取り戻して互角の戦いを見せる。だが好奇の攻撃は単発で、一見派手なラッシュもほとんどが空振り。相手のランダエタの方が明らかに手数も多く好奇のガードの間隙をぬってジャブやアッパーが幾度となくヒットしていた。その蓄積されたダメージもあったのだろう。最後2Rの好奇はクリンチに逃げるのが精一杯の状態まで追い込まれ、スタンディングダウンはとらないというこの試合のルールに救われたようなものだった。実況や解説も終盤は明らかにトーンダウン。「もはや立っていることがスゴイ」とでも言いたげな論調で、好奇の世界初挑戦は失敗…というニオイがプンプン漂っていた。
ところが…フタをあけてみればア〜ラビックリ、である。2―1のスプリットデシジョンではあったが、誰の目にもランダエタ優勢だった最終Rを、韓国人ジャッジが亀田にポイントを与えたことによるこの判定。この韓国人ジャッジには、最終Rの亀田のどこがよかったのか是非公式にコメントが欲しいところだ。
実は今回の試合、ある筋から「判定までいけば好奇の勝ち」という筋書きがあるなんてウワサも事前に耳にしていた。思えば、この試合の結果もわからないうちからTぶーSは、大晦日伝統のレコード大賞を一日前倒ししてまで好奇の試合を中継することを発表していた。昨日負けてたらどうしたんだろう?いや、『リベンジマッチ』と銘打って煽るテも確かにあるが、やはり事前に載冠は決定事項だったのか…という穿った見方をされても仕方がないのではないだろうか。
試合前のパフォーマンスも、本当にランダエタの意思で行われていたのか疑わしい。誰かがくだらない台本を書いて三文芝居を仕掛け、状況がよく理解できないままのランダエタにオムツとおしゃぶりを好奇に渡すように仕向けた存在がいるのではないだろうか?ランダエタは、本来なら即日連盟提訴してもおかしくない今回の判定に関して「見ていた人はよくわかっているハズ」として提訴しないとしている。それは、ランダエタ自身の持つ紳士的本質なのか?それとも、最初から負けブックだったことを暗にニオわせているのだろうか?
今後、好奇一家やマッチメイクの舞台裏についての追及記事が出始めるとの噂もあり、それもフジの【PRIDE】撤退騒動の非ではない激震が走るようなネタとの噂もある。そしてその記事を掲載する雑誌は、衝撃余波をより大きくするために敢えて試合前ではなく、好奇の勝敗にかかわらず試合後結果が出たところで記事を発信するのだとか。歓喜のタイトル獲得が、地獄への入口になるのか…くわばらくわばら。
ぎっちょ |
| |
|
| 猫も杓子も | 2006,8,2 |
|
雨に悩まされた今年の夏の高校野球も全代表校が出揃った。注目の組み合わせ抽選会は明日、6日が開幕である。
ワタシも好きで、CSで地方大会などもチェックするほどなのだが、見ていて気になることがある。
1.なぜ猫も杓子も優勝するとマウンドに集まってみんなで人差し指を天高く突き上げるのか?
これを最初にやったのは、一昨年北海道勢として甲子園初制覇を果たした駒大苫小牧であったと記憶している。済美との決勝は壮絶な打撃戦となり、最後の最後までどうなるかわからない展開で手に汗握りっぱなしであった。そういった試合内容に加えて、越境野球留学全盛のご時世に純道産子で全国制覇を成し遂げた快挙もあって、マウンドに選手が集まって各々人差し指を天高く突き上げる姿にいたく感動したものである。
ところが、これを境に甲子園に限らず地方大会の決勝でもこうした光景が見受けられることが多くなった。いや、もちろん嬉しいのはよくわかるしそうするのはかまわないのだが、所詮これは駒苫の“二番煎じ”にすぎない。「なんか他にないのかよ」とひねくれ者のワタシは思ってしまうのだ。特に、最初に見た駒苫の優勝シーンがあまりに感動的だったこともあったし、この『天高く人差し指を突き上げる』パフォーマンスは駒苫の専売特許とするべきで、他チームがやるのは邪道だとすら個人的には思うのだ。
2.なぜ猫も杓子も『タッチ』と『紅』ばかり演奏するのか?
応援団の奏でるブラスバンドも高校野球の名物だが、やたら耳につくのが『タッチ』と『紅』である。この2曲は、やたらと使用するところが多く、流れてくるたびにやはり「他にねぇのかよ」と思ってしまう。両曲とも応援歌としては適しているとは思う。特に『タッチ』なんかはもろ野球モノだし。いや、別にプロ野球みたいに選手別にオリジナルの応援歌を作れなんて言わないが、それにしても『タッチ』と『紅』の使用頻度は高い。高すぎる。他にめぼしい曲がないのなら致し方ないが、探せば曲なんていくらだってあるではないか。探そうともしていないのであろうか。そんな中でも、今年は出場ならなかったがPL学園(大阪)や智弁学園(奈良)といったところは、得点圏に走者が進むと流れるオリジナルのチャンステーマがあって、PLのそれなんか一時期ドラゴンズの立浪がチャンスで打席が回ってきた時にいつものテーマ曲に代えて流れていた(立浪はPL出身だもんに)りしたほどだ。
オリジナリティの欠如、と言ってしまえばそれまでであるが、他チームや先人の真似ごとばかりではつまらないではないか。ワタシが高校野球連盟会長なら、駒苫以外のチームの“人差し指突き上げ”パフォーマンスと、甲子園のアルプススタンドでの『タッチ』と『紅』の演奏は全面禁止にするm9(`・ω・´)
ぎっちょ |
| |
|
| 武井高 | 2006,8,1 |
|
ワタシにとっての“心の師”と言えば、コアな読者の方ならすぐに【みうらじゅん師匠】と【三谷幸喜師匠】の名前があがるのではないかと思うのだが、2氏に負けず劣らず“師的存在”なのが、コラムニストの【泉麻人師匠】である。これまであまり取り上げる機会がなかったのだが、実は泉師匠に傾倒したのは前2氏よりも歴史的に古く、大学に入学したのと同時期にはすでに気になる存在であった。きっかけは、昔の懐かしいテレビ番組について取り上げる『テレビ探偵団』という番組。ここで解説員・朝井泉として出演していたのが泉師匠であった。当時の師匠は、勤めていた出版社を退職してコラムニストとして歩み始めたばかりの頃だったと記憶しているが、業界人としての知識もさることながら自らもたいへんなテレビっ子で、特に毎回のように持ち寄られる番組のゲストや取り上げた番組にまつわる、ご自身のコレクションによるアイテムの数々には感服させられたものだ。
その泉師匠の最新刊『東京検定』という本が面白い。とかくこのご時世、映画をはじめとするちょっとした“検定ブーム”なのだが、師匠の書では東京のあらゆる場所や歴史について、設問形式で解説している。その内容も、 「よくそんなこと知ってたなあ」 とか 「よく調べたなあ」 というネタばかり。東京に縁のある方でも知らなかったことが多いのではないかと思われる、オススメの1冊である。
実はワタシ、みうら師匠と三谷師匠にはまだ実物にお目にかかったことはないのだが、泉師匠とは一度だけ道ですれ違ったことがある。社会人になって間もない頃だから、もう15〜6年くらい前のことになるだろうか。当時よく行っていた高田馬場の古書店街をブラブラしていると、前からよろめくようにして自転車をこぐ殿方が。危なっかしいなあとそのエメラルドグリーンの縁のメガネをかけたお顔をよく見ると、それはまぎれもなく泉師匠であった。そういえばお住まいが近くだったっけと思ったのも束の間、アッという間に師匠は過ぎ去って行ってしまったのだが、その時ワタシのカバンには師匠の著書『ナウのしくみ』が入っていたのだから、今思い返すと追いかけてでもサインもらうべきだったと悔やんでいる。
ワタシがどれほど泉師匠に傾倒していたかというのを証明するエピソードをひとつ。『テレ探』時代の“朝井泉”という名前、実は泉師匠の本名で、そこからもじったペンネームが【泉麻人】なのだが、学生時代放送部にいたワタシがドラマやディスクジョッキーの台本、原稿をしたためる際の“作家時限定”で使用していたペンネームが【武井高(たけいたかし)】だった。無論【泉麻人】になぞらえて、ワタシの本名をもじってつけたものである。
ぎっちょ |
| |
|
|