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更新履歴 |
| 2009,4,30 |
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ありがとうみなさん、さようなら【cgiboy】! |
| 2009,4,29 |
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トイレ改築 |
| 2009,4,28 |
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香苗潰しの地デジカ、キャプラー殺しの糞ズバ |
| 2009,4,27 |
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必殺論 |
| 2009,4,26 |
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親方の適性も審議せよ! |
| 2009,4,25 |
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次なる目標 |
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| どうした?PRIDE | 2006,4,29 |
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今日から始まった黄金週間。格闘技ファンにとっても、30日(現地時間29日)が『K−1ラスベガス』、3日が『HERO’S』、5日は亀田兄弟に『PRIDE無差別GP開幕戦』とビッグイベントが目白押しなのだが、開催前1週間を切ったこの時期になっても全カードが出揃わない『PRIDE』の状況がいささか気になるところだ。
もともと『PRIDE』はカードの出の悪さには定評のあるところなのだが、それにしても今回は遅すぎる感がある。そもそも今回の『無差別GP』開催にあたっては、主にヘビーとミドルの階級の壁を取り払って対戦カードの幅をもたせられることもあって、一線級の選手が総動員されるという見込みがあった。ヒョードル、ノゲイラ、ミルコといったヘビー級のトップ選手に、ミドル級のシウバや吉田が挑むと言う図式に高鳴る胸を抑えることが出来ずにいた格闘技ファンも多かったのではないだろうか?しかし…発表時期の遅さに加えて、対戦カードもやや「?」がつくものばかり。スカパーの視聴料金も値上げとなっているのだが、正直通常のナンバーシリーズならまだしも、このカード(本稿タイトル下参照)では【夢】を見るにはほど遠いのではないだろうか?
誤算のひとつに、2月大会でこのGP参戦の有力メンバーだったセルゲイ・ハリトーノフ、マウリシオ・ショーグンが大ケガをしたことが挙げられるだろう。ハリトーノフはヘビー級3強に肉薄する実力の持ち主だし、ショーグンは昨年のミドル級GP覇者。さらに、現ヘビー級チャンピオン・ヒョ−ドルも手のケガの回復が思わしくなく出場回避。夢のオールスター戦はまさに掛け声だけの“夢物語”になりつつある。
一昨年の大晦日『男祭り』では、開幕わずか3日前に【ヴァンダレイ・シウバvsマーク・ハント】という、まさに“代打逆転満塁サヨナラホームラン”のような夢カードが出てきてファンを狂喜させたが、今回は果たしてそのようなサプライズカードが出てくるかというとやはり「?」がつく。他の興行の出方を見ているのではと言う声もあるが、質はどうあれ他がほぼすべてのカードを発表している現状、PRIDEがカードを出し惜しみしているのだとしたらその意味がわからない。何らかの理由で交渉が難航しているか、のっぴきならない“緊急事態”が発生しているのか…とりあえず残るはアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラの対戦相手のみとなっているが、万が一ヒョードル、シウバに加えてノゲイラまで欠場となったら、大阪ドームで暴動が起こるじょ…?
ぎっちょ |
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| S木絶ち | 2006,4,28 |
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タマにはS木の話でもしましょうか?(笑) 最近ではもうすっかりワタシとS木の間に深〜い溝ができあがりまして、雑談程度の会話はおろか日常の挨拶すら満足に交わさない状態なのです。それでも以前は、S木の方からワタシに何か会話を試みるというようなことがしばしばありましたが、ワタシが「あん?」と生返事でもするくらいならまだしも、華麗にスルーされちゃったりすることが多いもんだからwさすがのS木も業を煮やしたかついにコンタクトを断絶。今月に入ってからは、電話の取次とワタシの休暇中にワタシの得意先の現場を代理で担当したS木がやらかしたチョンボについて要領を得ない説明を受けた以外は、一切言葉を交わしていないのであります。 しか〜しm9(`・ω・´) あれだけ毛嫌いしておきながら、念願適って交流断絶となると、ちょっと話しかけてもらいたくなったり… ということはまったくございません!(火暴) でね、でね、ちょっと試したんですよぉ。先週、週いちの定例ミーティングの時、所長に電話が入り『爺』がトイレに立ってしまって、会議場にはワタシとS木の二人きり…と、いつもならここは立ち上がってパソコンいじりに行ったり、自分の机に行って関係ない書類を意味なくめくってみたりしながら誰かが会議場に戻ってくるのを待つのですが、この日は敢えてS木と二人きりを選択してみたのです。ここで例によって例のごとく、 「昨日競馬(麻雀)で勝っちゃってさあ〜ムヒヒヒヒヒヒ」 な〜んて話しかけてきやがったりした日にゃあ、 「うっせーばーか(`ε´)」 とでもやって、PRIDEルール10分1Rくらいはしてもよかったのですが、30秒…1分経過してもS木からは何も話しかけてこないではありませんかっ!やたっ!苦節1年半…ここにようやくワタシの【S木絶ち】が完遂したのであります! その後も、S木が大好きな休憩場でワタシがひと休みしていると、S木は自分のデスクでM子ちゃんに話しかけたり、所在なさげに携帯を眺めたりと、まったく休憩場に寄り付かないほどになりました。これはスゴい!スゴいっしょ?ね?ね? っていうか、そんなワタシの行動が実はS木以上に大人気なかったりして…_| ̄|○ ぎっちょ 『実録!G・S戦記』に戻る |
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| 長い長い1ヶ月 | 2006,4,21 |
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父が突然姿を消してから1ヶ月が経った。これほどまでに時間が経つのがゆっくりに感じるのは久方振りのことだ。父から書留が届いたのも、その中に入っていたカードの預金をおろしにいったのも、自分の給料日に自宅マンションのローンを支払ったのも、それからもうひと月以上はゆうに経っているかのような感覚だ。
ワタシは昼間仕事のために外に出てるし、もともと趣味も“内向的インドアおたく系”なのでw父からの動きを待つしかない今となっては、何やかやしながらある程度割り切って、家でじっとしながらも普通の精神状態でいられるのだが、一日家で父からの連絡を待つしかない母や妹は、「生きている!」という希望と「もう死んでいるのではないか?」という不安が交互に襲ってくるようだ。
先日、父の会社のT社長が直々に実家に見えて、今後の父の扱いについて説明された。T社長は、父が(建て前上)格下げとなること、給料は下がるが通常通り支払うこと、もともと6月で退職する予定になっていたのだが、仮にそれまでに出てこなくてもその後も顧問として残す意向があることなどを説明してくれた。そのT社長にしたって、本来は父とともに6月で退職して悠々自適の生活を送るつもりでいたのが、今度の騒動のおかげでもう1年留任となってしまったという。まあはっきり言ってウチのとーちゃん、方々【大迷惑】かけまくりなのである。
何度も言うようだが、何がなんだかわからないまま一家の大黒柱に姿を消され、日々の生活にも不安を抱きながら普通に過ごすなんてどだい無理な話で、精神をおかしくして当然だ。だからこそ、家庭を捨てて姿を消した父に対する“怒り”にも似た感情は沸点に到達する思いで、もし出てきたらワタシは一言どころか二言三言、手足まで繰り出してしまいそうなのである。失踪者が無事帰ってきた時には、赤ん坊をあやすがごとく優しく迎えるのが鉄則なのだそうだが、そんなもん関係ないくらいに父をブチのめしてしまうかも…親不孝と言われようと、そういった“怒りのパワー”がワタシの気力の源になっているのもまた事実なのである。
ぎっちょ |
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| 風説の流布 | 2006,4,18 |
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一連の“ライブドア事件”で有名になった言葉のひとつに、【風説の流布】がある。大まかに言えば、事実でないことをさも事実であるかのように世に流すというような意味だ。
今朝のスポーツ紙に、今季好調の巨人軍において「加藤哲郎注意報」が出ているとの記事があった。加藤哲郎…89(平成元)年の日本シリーズで、開幕から3連勝した近鉄がその後4連敗するきっかけとなった、第三戦後の勝利投手インタビュー。
「巨人は(当時パ・リーグ最下位常連の)ロッテより弱い」
という発言で有名になった選手である。「口は災いのもと」とも言う。調子にのって他球団を挑発するような発言は慎しむように、ということのようだ。
上記の一件以降、加藤は“シリーズの流れを変えた男”として球史に名を連ねたワケだが、厳密に言えば彼が「巨人はロッテより弱い」とはっきり口にしたワケではない。盟主・巨人軍の第三戦までのあまりに不甲斐ない戦いぶりに、その手応えのなさを嘆いたあと、 「ここまできて負けたら、パ・リーグの他球団に申し訳ない」 というような趣旨のことを言ったのだ。その年のパ・リーグは、近鉄・西武・オリックスが終盤まで僅差で競り合う激戦となり、近鉄が西武との直接対決で主砲・ブライアントの神懸かり的な4連続ホームランなどで連勝して振り切った。そんな歴史に残るような激闘を制しただけに、ストレートで王手をかけるところまでいって負けるわけにはいかない、という意味で加藤は言ったのだろうが、確かにとりようによっては“挑発”と受けとられても仕方がないような見方もできる発言だ。現に、翌朝のスポーツ紙はこぞってこれを取り上げ、いつの間にか加藤が「巨人はロッテより弱い」と言い放ったことになってしまったのであった。
他意がない発言を曲解され、間違った解釈をされることはままある。今や“世紀の失言”として後世に名を残す「ロッテより弱い」発言の真意がホントは違うところにあったのだということを、及ばずながらここに書き記しておきたいと思う。とかなんとかいっても別に、ワタシは加藤哲郎氏の血縁者でもなんでもないのだがw
ぎっちょ |
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| 継続は力? | 2006,4,14 |
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なんやかんやあったせいで、昨年10月以降から続いていた本稿の連続アップ記録が途絶えてしまった。まあ連続とはいっても青息吐息で数行しか言葉が浮かばなかったこともあったし、 2月28日付け本稿みたいに“おもしろAA”をコピペして貼り付けて急場をしのぐなどのテもないワケではなかったのだが、もうとにかく字を書くどころか読むこともツラい状況で、父失踪後に親戚とコンタクトをとるために生まれ故郷の京都へ日帰りした時も、新幹線道中で読もうと売店で購入した『週刊文春』をほとんど読むことができなかったほどだ。ワタシ自身、拙文とはいえ公にてめぇでしたためた文章を公開する以上、納得できないものは載せたくないし、それが一日平均60人前後(前より増えとるm(_ _)m)訪れてくださる読者のみなさまに対する最低限の礼儀でもあると思うのだ。 連続アップといえば、以前ご紹介した“闘うコラムニスト”こと 勝谷誠彦氏のブログはもう6年も不休でアップし続けているという。回数にして2千回超!毎日何かに怒っていらっしゃる?勝谷氏のパワーには恐れ入るばかりだ。その勝谷氏の 4月11日付け記事で、阪神・金本選手の連続フルイニング出場世界記録達成に絡めて、朝日新聞名物『天声人語』コラムニストの愚行を嘲笑しておられる。というのもそのコラムニスト、体調不良で医者から“業務停止命令”が出たのだが、名物コラムに穴をあけないために自分の部下に代筆させ、それをチェックした上であたかも自分の書いた文であるようにして掲載したことをさも得意げに語っているのだ。チェックするのは当然としても、部下が書いたものは部下の名前で発表してあげなさいよ。いや、自分の連載に責任感をもって臨むのは悪いことではないが、それなら徹頭徹尾自分で書いたことにして通しなさいって。人の手柄横取りしといて、それをさも自慢げに公表する神経は、大新聞の名物コラムニストにしちゃあちとお粗末なんじゃないの?と、しがない物書きであるワタシでもそう思ってしまう。 話変わって、比較対象として題材にされた金本選手の大記録。フルイニングではない単なる連続出場の記録は、広島・衣笠選手の2215試合というのがある。しかしこの記録、衣笠選手の晩年に達成されたもので、特に最後の1年くらいなどは打率も2割ちょぼちょぼ、試合成立の5回が終わると御役御免とばかりにベンチに下がるというもので、ワタシ的には“惰性で続けた”記録という印象しか残っていない。その点、金本選手の記録には異論の余地はない。 2004年8月2日付け本稿では骨折をおして出場する金本選手の姿勢に疑問を呈したこともあったが、ケガも大事に至らない強靱な肉体・精神力を持ち、連続出場の間常にチームの主力・4番打者として出続けたということが、その記録の価値を高めている。そして、(気が早い話と言われるかもしれないが)だからこそ引き際も潔いものとしてほしいと思う。満身創痍でヘロヘロになって、チームのお荷物となりながら続ける記録など記録であって記録でないと考えるからだ。金本選手は、一体どのような形で“休む勇気”を見出だすのであろうか? ぎっちょ |
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| 親父がいなくなった日【外伝】 | 2006,4,13 |
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父の失踪については、父の会社内では“長期出張”という形で扱われ、一部の事情通以外は詳細を知らないためあまり大事にはなっていないようです。ワタシの職場(自社、出向先)は父の会社とほぼ同業ともいえるのですが、ほとんど取引がありませんので、当然ワタシ以外は知り得ない事実。それでも直属の上司である、自社のEさんとM所長、出向先のS木以外(所長&『爺』)には事の次第をお話しさせていただきました。昨日までにお話しした通り、もはや家で動向を待つばかりという状態でしたので、家から連絡あったらすぐ動ける態勢だけ整えて通常業務に就く旨を伝えるとEさん、 「バカヤロウ。おめーのかわりなんて誰にでもできんだよ」 言葉尻だけとらえると単なる口の悪い上司(Eさん失礼m(_ _)m)ととられるかもしれませんが、Eさんの本心はまた別のところにありまして…
「いいか、俺たちは所詮会社の歯車なんだ。俺だって休めば誰かが代わりに仕事をしてくれる。でも、今お母さんのそばにいて励ましてやるということは、おめぇにしかできない仕事なんだからな」
Eさんの言葉に、ワタシは溢れ出る涙を抑えることはできませんでした。Eさんと日常仕事上の付き合いもある『爺』とで連携し、双方の所長に話を通して『自宅待機』という形をとらせていただけることになったのであります。
当初は錯乱していたのでしょう。間断なくしゃべり続け、一時間毎に同じ話を繰り返すような状態だった母も、表面上は落ち着いたように見えます。しかし、何しろ安否にまつわる確たる情報が一切ないため、時々言い様のない不安に陥ることがあるようです。もういい加減生きてるのか死んでいるのかはっきりしやがれ、死んでいるなら死体でもいいから出てきやがれ、と壁をひと殴りして床についたある夜、父が夢に出てきました。
ワタシが目を覚ますと、ベッドに腰掛けた白髪ヒゲボーボーの父。どこ行ってたんだ!と怒鳴ると再びワタシはフトンの中。居間から父の声がするので行ってみると、 「○○が悪い」 と事情説明。気がつくと、またまたワタシはフトンの中。ふと枕元を見ると、山のような土産ものの数々。散々心配させといて土産なんか買ってくるな!と怒っているうちにまたまたまたフトンの中…そんな夢とも現実ともつかない場面を繰り返し繰り返し見てしまったのです。
昨日の本稿を受け、お見舞いメールもいくつかいただいております。ご心配かけて申し訳ありません。始終父の安否ばかり考えていると気もおかしくなるので、母ともども普通の生活をするように心掛けております。今後も何か動きがあれば、都度ここでご報告させていただきますのでm(_ _)m
ぎっちょ |
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| 大トラブルについてご説明いたします | 2006,4,12 |
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“日々更新”をモットーにしてきた本稿。ここ数週間、めっきり更新頻度が減って「どしたの?」の声もありやなしや。あまり思わせぶりに「重大なトラブル」で通すのも気が引けるので、ここらで真相をぶっちゃけちゃおうかと思うのです。
実は…実はですねぇ…
親父が失踪…蒸発しちゃったのであります。はい。
3月20日、午後2時半頃のことでした。母からワタシの携帯に電話があり、 「お父さんが社長さんにおかしな電話をかけてきた」 のですぐ帰ってくるようにとのこと。とるものもとりあえず実家に行くと、母は地元警察署に捜索願を出しに行っていて、妹が一人留守番をしていました。その後帰宅した母に事情を聞くと、午後2時過ぎに父から父の会社の社長さんに電話がかかってきて 「迷惑かけてすまん」 というようなことを言って一方的に電話を切ってしまったのだといいます。ただならぬ雰囲気に社長さんから母に連絡が入り、あとは前途の通り。いなくなる数週間前からちょっと仕事面で悩んでた節はあったものの、その日の朝も普通に出掛けたこともあって、あまりに突然のことに母も混乱状態でありました。
失踪する前日、ワタシは実家で父に会っているのですが、ひどく疲れた様子だったのもさることながら、思い返せばいつもと様子が違っていたような気がします。普段よりも饒舌だったし、夕食もいつもはちょこっと残すくせに、ステーキ肉を1枚ペロッとすべてキレイにたいらげた上に「まだ食える」と強がったり、「うまい」とも「まずい」とも言わないから料理作るのに張り合いがないと母にいつも怒られていた人が、たかが大根おろしひとつに「おいしい、おいしい」と感動してみせたり。帰り際にワタシに 「いろいろありがとうな」 なんて話しかけてきたのも、今にして思えばその時すでに翌日の行動を決意していたのではないかとさえ思わせるのです。
父の携帯は何度かけてもメッセージセンターに接続されるので、恐らく電源は切っているのでしょう。すでに結婚している妹は母に付き添っているのは無理なので、しばらくワタシが実家に泊まり込むことになりました。その日は居間で母と遅くまで語り合い、寝たか寝ないかもよくわからないまま夜明けを迎えたのであります。
翌日(21日・祝日)は父の会社の社長さんはじめ、仕事関係で付き合いのある方々からひっきりなしに状況確認の電話が入る中、午後になって父が差出人の現金書留が届いたのです。父は毎月、給料の半分を現金で母に手渡ししていたのですが、封筒の中には毎月渡しているのとピッタリ同額の現金とカード類、それと、読みようによっては【遺書】ともとれる手紙が入っておりました。その場に泣き崩れる母に言葉をかけることもできず、ワタシもただただ呆然とするばかりでした。それでも気を取り直し、本当に自殺してしまって遺体が出てきたら口座が凍結されるから、送られてきたキャッシュカードの現金を引き出しておこうということになり、ワタシが車で近所のコンビニのATMを回ることになりました。父ほどの立場になれば、口座には少なくとも数百万は入っている…となると、上限20万のATMだと最低でも10軒は回らなきゃならんな…などと考えつつ、最初のコンビニで現金を引き出そうとすると…
『残高不足です』の文字…
(・・)…は…ハア?
口座には10数万入っていただけ。拍子抜けとはこのことです。家に戻ってこのことを告げると、母も冷静になっていたのか送られてきたカードの口座番号が普段給料の振り込みに使用していたものと違うことに気がついたのです。後日、自宅に置いてあったメイン口座の通帳を確認すると、やはり数百万の預金が。そっちのカードは同封されていませんでしたし、それを持っているということは「生きよう」としている証拠なのではないかと考えられます。第一本当に死ぬ気なら預金全額おろして送ってきても不思議ではありません。それが、月決め金額きっちり送ってくるということは…ワタシたちは、これでなんとか“父、生存”のかすかな希望を抱くことができたのです。
書留の消印がN市の郵便局になっていたので、義弟がすぐそこに飛んで手続きした時間を調べると、父は朝出社した直後に出掛けて、まっすぐN市にやってきたらしいことがわかりました。N市からは、ゴルフや旅行で馴染みの土地が近く、恐らく船でそちらに向かったのではないかと考えられます。しかし、これ以降父の消息はプッツリ途絶えたまま。船で向かったというのも推測にすぎず、我々は父の所在を探そうにもその手掛かりすらつかめない状態に陥ったのであります。
父の消息を探るにあたり真っ先に思い付くのは、携帯の電波発信地域がわからないかということ。しかし、電源を切っていると意味がないし、仮にGPS機能がついていたとしても警察が特権を発動して電話会社にデータの提出を求められるのは『殺人』や『誘拐』などの重大犯罪のケースのみで、家出人の捜索ではそれはできないとのことでした。探偵を雇うなんて案もありましたが、何しろ居場所を特定する手掛かりがなさすぎるので却下。心当たりもほとんど出尽くした今となっては、警察からの連絡かカードを使っての現金引き出しといった形での父自身のアクションを待つしかないというのが現状なのであります。
父よ。あんたもすべてを逃れて今は楽になっているのかもしれないけど、残された家族がどれほどまでに苦しんでるかわかるか?あんたが生きているか死んだかすらもわからないまま何日もひたすら待ち続ける家族、特に祈る気持ちで毎日神棚に手を合わせる母の心情は、はっきり言って“無間地獄”にも等しい。もはやワタシは、すでに死んでいるならまだしも何ヶ月か経って「まいど♪」なんて出てこられても、涙流しながら「よかったねぇ〜(ToT)」なんて抱き合って喜ぶ心境にはとてもなれそうにないとすら思えるほどなのであります。
ある日のニュース番組で北朝鮮拉致被害者の話題になった時、母がしみじみ 「横田さん一家に比べたら、ウチなんてまだまだやなぁ…」 とつぶやきました。横田めぐみさんが北朝鮮に拉致されてからおよそ30年。期間の長さもさることながら、最愛の娘を突然奪われた横田さん夫妻の苦悩は筆舌に尽くし難いものがあります。ただ、めぐみさんは居場所の見当もついていて、北朝鮮という明確な怒りの対象が存在しています。いなくなった確たる理由もわからず居場所の見当もつかないという我々は、どこにこの思いをぶつければいいのでしょうか。となれば、怒りの対象がいなくなった父本人に向かうのは、ある意味では当然の理といえるのかもしれません。
父よ。ワタシはあんたに一言物申さなければ気が済まない。だから…だからこそ…
生きて出てこい。必ず…必ずだ。
ぎっちょ |
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| 神なんかクソくらえだ | 2006,4,10 |
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神よ…もしあなたに慈悲の心があるのなら、なぜこれほどまでにワタシに苦難ばかり押し付けるのか…????? 不幸のずんどこに陥って、もう1ヶ月にもなる。付き合っていた彼女と別れちゃったのがケチのつきはじめで、仕事ではチョンボ&トラブル続き。まあそれは身から出たサビと言えなくもないが、さらにさらに得意先の駐車場の木杭に営業車のバンパー引っ掛けて半分脱落させちまったりと散々な目にあった挙句、もうかつて体験したことのない、そして2度とこんな思いしたくねぇという大トラブルに遭遇して、本稿の連続アップ記録がストップしたばかりか、筆の進み具合も停滞しがち…。そして、その大トラブルは今だ解決しないままでいる…。 そんなワタシの唯一の心のよりどころ…そう、もう少し、あと少しガマンすればヤツがいなくなる…それだけを楽しみに日々の苦労を乗り越えようとガンバッテきた。 ああ…それなのに…ワタシはもう何を信じて生きたらいいのかわからなくなったいよぅ… 急転、S木続投だと_| ̄|○
ぎっちょ
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| 美濃輪ヘブン | 2006,4,9 |
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5月5日に大阪ドームで行われる【PRIDE無差別GP開幕戦】の対戦カードが続々発表されている。日本人同士の戦いにして“柔道vsボクシング”という異種格闘技戦ともなった【吉田秀彦vs西島洋介】、GPのカギを握るとも言われる実力者対決【ジョシュ・バーネットvsエメリヤーエンコ・アレキサンダー】、そして、PRIDEで絶大な人気を誇る者同士の一騎打ち、【ミルコ・クロコップvs美濃輪育久】の3試合。中でも、会場のヒートUP確実なミルコvs美濃輪の一戦に注目してみよう。
ミルコ・クロコップといえば、言わずと知れたPRIDEのトップファイター。一撃必倒の左ハイキックを主武器に、武士の辻斬りよろしく対戦相手をマットに沈めてきた。その上、総合格闘技デビュー戦となった藤田和之に勝利したのを皮きりに、対日本人、及び対プロレスラーには敗北を喫したことがなく、日本人、プロレスラーにとってはまさに“天敵”とも呼べる存在。そのミルコに、自称“リアルプロレスラー”美濃輪が立ち向かうというのだから、これは見物である。
実は5年前、ミルコが藤田に勝利した時に真っ先に挑戦状を叩き付けたのが、当時パンクラスに所属していた美濃輪であった。体格差もあったが、なにぶん当時の美濃輪には知名度がなさすぎたため実現しなかったが、【武士道】シリーズで培った人気と実力で今回、ついに5年越しの夢であったミルコ戦に漕ぎ着けた。
これまで美濃輪は、ギルバート・アイブルやステファン・レコといった打撃系ストライカーに完勝している。そのため、同じくストライカーであるミルコにも勝機ありと思われるかもしれないが、前2戦の戦績はそのままミルコ相手には当てはまらないだろう。アイブルもレコもグラウンドへの対応がお粗末で、それこそ“寝かされたら何もできない”レベルであったが、ミルコは違う。藤田やコールマンらの高速タックルをことごとく切り、敗れたとはいえ王者ヒョードルのパウンドをほとんど受けなかったミルコのディフェンス技術を考えると、前の二人のようにミルコが簡単に美濃輪に極められるとは思えない。
そもそも、ナチュラルウェイト90キロ弱の美濃輪の無差別GP出場の是非については、否定的な意見が多かった。階級の壁を取り払うということは、まさに実力優先の“最強決定戦”の意味合いが強い。メンバーを主にミドル級とヘビー級の有力選手で固めれば、ウェルター級の美濃輪は「お呼びでない」存在といえる。しかし、美濃輪は数少ない“入場から会場を沸かせられる”貴重な選手。次回の準々決勝、特定選手を決勝トーナメントに勝ち上がらせるための“安全パイ”を決める試合なら意味がないが、ミルコに挑むことによって俄然美濃輪の存在感が増してきた。美濃輪の無差別参戦には異議ありでも、ミルコ戦となれば意義ありだ。
5月5日。美濃輪には果たして『ヘブン』が待っているのだろうか?
ぎっちょ |
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| ビバ!脱力系 | 2006,4,7 |
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もー近年にないドつぼである。精神的苦しみがこんなに続いたことは、生まれてから今だかつてなかったことだ。以前ココでお話した 【待受くーまん】に向かって話しかけることが多くなったところからしても、いかに追い詰められているかがおわかりいだだけようかというものだw くーまんとともに最近の“癒し”となっているのが、懐かしのアイドル大場久美子である。『なんてったってアイドルベスト・大場久美子』なるCDを毎日のように営業車で聴いているのだが、これがまた絶大なる癒し効果があるのだ。大場久美子の歌は、一言で言えば“脱力系”。決してうまくはない。どころか、はっきし言って“ドヘタ”の部類である。だが、ドヘタながら一生懸命歌っているのが、また愛おしく感じる。その力の入らなさ、音の外しっぷりが逆に心地よくて、曲に合わせて「キラキラあいのほしぃ〜♪」なんて軽くハミングしたりしながら運転しちゃったりしているのである。これはアブない。“危ない”ではなく、いろんな意味で“アブない”!! 大場久美子は、ワタシよかちょっとだけおねいさんである。ワタシには姉はいない。だから、思春期において大場久美子のポジションは“妹みたいにカワイイおねいさん”だった。芸能雑誌の王道『明星』で、広岡瞬と仲睦まじく対談している写真を見て激しくジェラシーの炎を燃やしたことや、初めて彼女のヌードを目の当たりにしたことなどが、CDを聴きながら懐かしく思い出される。 そういえば、大場久美子のアダ名は【クーミン】だった。よく似た韻の【くーまん】と【クーミン】の2大脱力キャラが、今のワタシの精神状態を支えている。ビバ!脱力系w ぎっちょ 注)文中の「おねいさん」表記はワザとです。正しくは「おねえさん」。わかってま。 |
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| 漫才ブーム | 2006,4,3 |
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かつて島田紳助と漫才コンビを組んでいた松本竜助さんが49歳の若さで亡くなった。あと数日で迎える50歳を機に、一日限りで【紳竜】のコンビを復活させる企画があり、揃いのツナギまで用意されたところでの悲報に、相方の紳助はもちろん『ひょうきん族』などで同じ釜の飯を食った“戦友”とも呼ぶべきお笑い芸人仲間たちも涙に暮れた。
関西育ちのワタシにとって『漫才』は幼少の頃から身近な存在で、小学生にして【Wヤング】に心酔し、その漫才をコピーしていたことは以前にも書いただろうか?そんなワタシに、さらに『漫才』を身近なものにさせたのが、1980年代初頭に吹き荒れた“漫才ブーム”であった。【紳竜】以外にも【B&B】【ザ・ぼんち】【のりお・よしお】【ツービート】といったあたりのネタは、一人でボケてツッこめるほど完璧にマスターする(ヘン?ですよねw)ほどで、録音した彼らの漫才をテープが擦り切れるまで聴いたものだった。ただ、【セント・ルイス】と【おぼん・こぼん】はなぜかイマイチ好きになれなかったなあ…。
今、ワタシの手元に、81年3月放送の「THE MANZAI」というテレビ番組を録音したテープが残っている。聴き返してみて今だに笑えるのは【ツービート】。テンポのよいたけしのしゃべりから繰り出される毒舌が心地好く笑いのツボをつく。ただ放送倫理がやたら煩くなった現代では、地上波でツービートの漫才を完全再現するのは難しいかもなぁ…。
【B&B】は、旧来の漫才になかった“スピード感”が持ち味。洋七のしゃべりの速さについていくのがやっとの洋八の“トロさ”の対比がその面白みの最大の要素であった。【ザ・ぼんち】と【のりお・よしお】は、ボケ(おさむ、のりお)のキャラがやや強烈すぎた感はあるが、漫才のネタとしては上質なものがある。特にぼんちの「射撃訓練」のネタは、テンポといいボケ・ツッコミのタイミングといい絶妙の間合いで、ワタシの好きなネタのひとつである。
さて、前フリが長くなってしまったが【紳竜】である。前出のコンビたちに比べて【紳竜】の漫才は、今一つ面白みに欠けているような気がする。良く言えば“荒削り”。紳助も竜助も若さにまかせたボケとツッコミで、間合いなどはお構いなし。その勢いが当時は斬新で面白かったのだが、今聴くと早送りしてもいいかと思えるもの。ただ、本人たちもその“捲土重来”の機会を伺い、御互いに芸人として芸を研鑽し成熟した姿を満天下に示すべく、50歳という節目に披露する機会を目論んでいたのだ。それを奪われた二人の無念を思うと、心が痛む。再結成に向けて新調されたツナギの存在がまた、悲しみを増幅させる…。
松本竜助さんのご冥福を心よりお祈りいたします。合掌
ぎっちょ |
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