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ぎっちょの「ひとりたわむれ」

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更新履歴

2009,4,30 ありがとうみなさん、さようなら【cgiboy】!
2009,4,29 トイレ改築
2009,4,28 香苗潰しの地デジカ、キャプラー殺しの糞ズバ
2009,4,27 必殺論
2009,4,26 親方の適性も審議せよ!
2009,4,25 次なる目標

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泣くな!クマシロ 2006,3,30
センバツ高校野球史上に残る激闘、早実vs関西は延長15回再試合ののち、逆転につぐ逆転のシーソーゲームを早実が1点差で凌ぎきった。勝負を分けたのは、関西1点リードで迎えた9回表、右翼手・熊代が打球を後逸したことだった。右翼フェンスまでボールが転々とする間に1塁走者と打者走者が相次いで生還。9回ウラの反撃も実らず関西が涙を飲んだのだが、このシーンを見ながらふとワタシは22年前のセンバツに思いを馳せた…。

1984年(昭和59年)第56回大会準決勝、PL学園vs都城戦は息詰まる投手戦。PL・桑田(現・巨人)と都城・田口(のち南海〜ダイエー)がそれぞれ初回からキレイに『0』を並べたまま延長戦に突入。10回ウラ、PLは2死1塁から打者が平凡な右翼飛球を打ち上げた。誰しもが延長11回突入を確信した次の瞬間、都城の右翼手・隈崎がこれをポロリと落球。スタートを切っていた走者が長躯ホームインしてサヨナラでPLが決勝進出を決めた。エラーした当の本人・隈崎選手の落胆ぶりは計り知れず、大会後には
「隈崎が自殺したらしい」
なんてウワサが流れたりもしたという。しかし、屈辱にもめげることなく鍛錬を重ねた隈崎をはじめとする都城ナインは、宮崎大会を勝ち進んで見事夏の甲子園にも出場を果たし、そこで隈崎選手は見事ホームランを放ってセンバツでの悪夢を払拭してみせた。残念ながら返り討ちにあったが、クジ運にも恵まれて再びPLとあいまみえるチャンスも得た。

涙に暮れる関西ナインの姿を見ながら、22年前の奇しくも同じ“クマ”という言葉が入る名前を持った右翼手の因縁を思い返していた。泣くな、熊代君。男なら鍛錬を重ねて、仲間たちと必ず夏にまたこの甲子園に戻って来い。そしてもう一度早実と闘い、そこで雪辱のアーチをかけるんだ。


22年前の、隈崎選手と同じように。



ぎっちょ

青・欧・鵬時代到来? 2006,3,28
大相撲、関脇・白鵬の大関昇進が確定的となった。今場所の白鵬には、久々の本格四つ相撲の醍醐味を見せてもらった。立合い、相手の当たりを胸で受け止めてもビクともしない安定感。素早い寄り身。寄り進みながらも変わらない腰の位置。最後にグッと腰を降ろす寄り切りの型。どれをとってもカンペキ。朝青龍ともがっぷり四つで渡り合える地力も証明された。いずれ青龍は白鵬に勝てなくなるのではないかとさえ思える期待感が溢れる。これに琴欧州を加えた3強並立時代が、そう遠くない将来訪れるのは間違いない。

10数年ぶりに関取以上に休場が出なかったこともよかったが、相撲内容も近年になく充実した場所であった。立合いの変化であっさり決まる相撲は少なく、白熱した攻防が数多く見られた。優勝争いも最後までもつれるなど、こういう場所を続けていけば相撲人気も回復の兆しが見えるだろう。あとは、外国人勢に対抗しうる日本人力士の台頭が急務か。稀勢の里も琴奨菊も、今場所の成績と相撲内容ではいかにも物足りない。

把瑠都が十両で43年ぶりの全勝優勝。急性盲腸で一時後退を余儀なくされたが、素材はやはり一級品。『青・欧・鵬』の外国人横綱・大関陣に肉薄するのもそう遠くないだろう。あるいは、15日制定着後初の“新入幕V”だって夢じゃない。それどころか、大関昇進にマゲが追いつくのかさえ心配になる?


最後に恒例、夏場所私製番付を。


  朝青龍 横綱
  栃  東 大関  琴欧州
  千大海 大関  魁  皇
       大関  白  鵬
  琴光喜 関脇  雅  山○
◎安  馬 小結  旭天鵬○
  垣  添 前頭  稀勢里
  若の里 同2  時天空
  琴奨菊 同3  朝赤龍
  豪  風 同4  安美錦
  玉乃島 同5  黒  海
  旭鷲山 同6  露  鵬
  普天王 同7  出  島
  白露山 同8  春日王
  栃乃洋 同9  岩木山
  玉春日 同10  栃乃花
  豊ノ島  同11 高見盛
  嘉  風 同12 北勝力
◎豊真将 同13 武雄山
  時津海 同14 十文字
○土佐海 同15 北  桜
○片  山 同16 把瑠都◎



ぎっちょ

松井を責めるな【後編】 2006,3,20
WBCへの松井不参加にまつわるお話をさせていただいているが、時期的なものや所属するチームの事情などある一方で、同大会の日本国内主要スポンサーにその名を連ねる【讀賣】という名前が松井の決断に少なからず影を落としているという話も耳にする。

もともと松井が讀賣(巨人)を退団するにあたっては、正当に取得したFA権を行使したものであったし、讀賣と友好関係にあるヤンキースへ移籍となった点においても円満に事が運んだ…ように表向きには見える。しかし、球団幹部には金の力をもってしても残留要請に首を縦に振らなかった松井のことを苦々しく思う向きもあったようで、現に退団の挨拶に訪れた松井に対して、
「育ててやった恩も忘れて、後ろ足で砂をかけるようなマネしやがって」
という趣旨の発言を面と向かってした幹部(くれぐれも言っておくがナベツネではないらしいです)もいたようだ。純粋に夢に挑戦するというつもりで移籍を決断した松井にとってこの発言は許しがたいものがあって、それが“讀賣憎し”の感情となって増幅し、讀賣が主要スポンサーを務めるWBCに参加することで恩を売るような真似をしたくなかったのではないか、という憶測があるのだ。幹部の発言が事実であったとしたら、確かに思い上がりも甚だしい侮辱発言である。その、「金さえ出せばなんとかなる」と思っているかのような、金にあかせて他球団の主力選手の横っ面を札束でひっぱたいて連れてくるような讀賣の姿勢こそ、ファンに対して後ろ足で砂をかけるような行為ではないのかと問いたい。問い詰めたい。小一時間問い詰めたい。

さて、そのWBC。幸運も手伝って、日本は決勝へと駒を進めた。予選リーグで3敗、勝率5割強での決勝進出は物足りなさを感じなくもないが、敗れた3戦はいずれも僅差のクロスゲーム。裏を返せば全勝していてもおかしくないとも言える。国際大会での通算成績では分が悪いキューバ相手に日本代表がどのような試合ぶりを見せるか、明日の決勝戦しかと見届けようではないか。



ぎっちょ

松井を責めるな【前編】 2006,3,19
日本代表の決進出や、米国人審判の度重なる誤審事件などもあったせいか、思いのほか盛り上がりを見せている野球のWBCだが、代表入りを辞退した松井秀喜への風当たりが相変わらず強い。それとは逆に、開催決定直後に参加を表明しチームの中心としてリーダーシップを発揮したイチローはもはや神格化されたような扱いである。だがちょっと待った。確かに松井が出ていたら勝っていたかもしれないが、勝てたという保証はない。ましてや、報道陣に対する誠実な受け答えなどから人格者として通る松井のこと。名誉ある日本代表を辞退するにはそれなりの理由があったハズだ。週刊誌や夕刊タブロイド紙の受け売りではあるが、少しその経緯を整理してみよう。

【WBC開催の意義】

サッカーを見ても、テレビの視聴率的には国内のJリーグより代表戦の方が数字を稼げる。野球では競技人口がサッカーほどワールドワイドに広まっていないことも手伝ってか、これまでシーズン終了後に親善試合のような形で大リーグチームと試合することはあっても、公式な形での“国際試合”は皆無であった。実力の如何にかかわらず、大リーグに挑戦(しようと)する日本人選手が後を絶たないのは、本場でどの程度自分の力が通用するかを試す場がこれまでなかったせいもあるのではないだろうか。各国代表が集まって純粋に世界一を争うという意味では、大会の開催自体は大いに価値あるものであったといえる。

【開催時期】

問題はやはりこれであろう。大会の意義は理解しつつも、日米ともに国内リーグ戦に重きを置く風潮は拭えない。3月といえば、本来はオープン戦で最終調整の時期。もちろん、早めに体を仕上げればいいことではあるが、例年と異なる調整ピッチがコンディションに微妙な影響を及ぼすことも考えられる。本来は、サッカーのように各国内リーグ戦を中断してでも6〜7月頃のシーズン途中に行う形がベターなのではないだろうかと考える。

ヤンキースの一員として職務を全うせんとして代表を辞退した松井、“世界一”の称号のために代表に身を投じたイチロー。そうした背景や諸事情だけ考えたなら、どちらのとった行動も至極当然のことといえる。単なるナショナリズムだけでヒステリックに松井を“非国民扱い”するのはお門違いだと思うのだが、松井が代表辞退した真意はまた違ったところにあるようで…


ちょっと長くなりそなので、明日につづく。



ぎっちょ

エイドリア〜〜〜〜ソ\(◎o◎)/! 2006,3,18
ついにこの日がやってきた…

待ちに待ったこの日が…



S 木 、 異 動 !!!



まだ正式な内示は出ていないのだが、どうやらS木が東京の営業所へ異動となることがほぼ内定したらしい。S木と同じU社OBの東京のS田所長が、孤軍奮闘している自分の片腕に気心知れた後輩のS木を欲しいという希望を出してきたようなのだ。また、現在のダラダラヘラヘラムヒムヒの仕事ぶりが本部でも問題視されており、監視下に入れるという意味もあるらしい。なにしろまだ正式な話ではないので、歓喜のコメントは正式な辞令が出てからのことにしようと思う。まずは読者のみなさんにご一報まで。



ぎっちょ



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キャンディーズ恋歌【第三夜】 2006,3,17
複数の女の子によるユニットという点でキャンディーズと共通点も多く、とかく比較されがちだったのが【ピンクレディー】の存在であった。ワタシはピンクレディーに対してはどこか人形チックで人間らしさを感じられなかったこともあって、隣のお姉さんのような親近感のあるキャンディーズ派であったのだが、人気は互角とはいえことレコードの売り上げという点においては、大胆な衣装と振付で社会現象にまでなったピンクレディーの方に軍配が上がっていた。知る人ぞ知る、ニッポン放送「ロイ・ジェームスの不二家歌謡ベストテン」というラジオのヒットチャート番組をワタシは毎週聴いていたのだが、昨日お話した『わな』とピンクレディーの『UFO』が同時期の発売で、ピンクレディー1位キャンディーズ3位というランキングが何週も続いて、忸怩たる思いをしたものだ。

※ちなみに2位は中島みゆきの『わかれうた』であった

セールスで遅れをとっているのを意識してか、キャンディーズには似つかわしくないまるでレオタードのような衣装で歌ったのが『やさしい悪魔』という曲。売りであった親近感からかけ離れたセクシー衣装に戸惑ったのをおぼえている。

キャンディーズにとってはまさに“目の上のタンコブ”といった趣のピンクレディーの存在であったが、そんな中で“一矢報いる”というか“溜飲を下げる”というか、キャンディーズがピンクレディーを公衆の面前で「ギャフン!」といわせるような出来事があったのをよくおぼえている。あれは、『8時だヨ!全員集合!!』のいちコーナー「少年少女合唱隊」でのこと。話の流れから、出演者がキャンディーズとピンクレディーの曲の振付に挑戦することになり、一通り笑いをとった後コーナーの最後にそれぞれがそれぞれの振付をやってみるとどうなるか?ということになった。先にピンクレディーが『暑中お見舞い申し上げます』の振付に挑戦したのだが、しどろもどろで振付にならない。最後に満を持してキャンディーズが『渚のシンドバッド』に挑戦したところ、人数の違いもものともせずバッチリと振付を決めてみせて「さすが先輩!」と、あの厳しかったいかりやさんをして拍手喝さいさせた。もっとも今にして思えば、ゲストのピンクレディーに対してキャンディーズは番組のレギュラー。ネタを事前に把握して練習しておくことも可能だったワケだが…果たして真相やいかに?


この項おわり



ぎっちょ

キャンディーズ恋歌【第二夜】 2006,3,16
キャンディーズは春に限らず、四季折々の季節感がある曲を歌うという印象のあるグループであった。まずは夏で言うと「暑中お見舞い申し上げます」がある。夏らしい衣装と可愛らしい振付が懐かしく思い出される。『暑中お見舞い〜』の翌年には、その続編とも言える『夏が来た!』という曲もあった。秋・冬は明確に線引きできないようなところもあるのでいっしょくたにしてみると、『哀愁のシンフォニー』とか『アン・ドゥ・トロワ』なんてところは曲調からいっても枯れ葉舞う寒い季節を思わせる旋律かもしれない。

曲自体には季節感のようなものはないが、個人的に猛烈に“冬”を感じさせるのが、昭和53年1月に大ヒットした『わな』という曲だ。


デビュー当時、キャンディーズのセンターがスーちゃんであったことは意外に知られていない事実かもしれない。その後ランちゃんをセンターに置き換えてブレイクしたキャンディーズが、唯一ミキちゃんをセンターにした曲がこの『わな』であった。当時のミキちゃんといえば、一番人気のランちゃんとポッチャリキャラのスーちゃんの陰に隠れるような格好で目立たない存在で、さしづめドリフに例えれば高木ブーのようなポジションであったかもしれない(失礼?)。ところが最近、仕事の途中で息抜きに立ち寄った某所のジャンクレコード売り場でキャンディーズのアルバムが一枚\500で売られていたのだが、あれだけ夢中になっていたランちゃんよりも親近感のあるミキちゃんの微笑みに胸のときめきをおぼえて、アルバムを2枚も買ってしまったw

『わな』を聴いてもわかるように、キレイでのびやかなミキちゃんの歌唱力は抜群で、解散後にメンバーで唯一歌手として復帰して大ヒットを飛ばしたのも頷ける話なのである。30年も経れば、人間の趣味嗜好も変わる。もしも現世にあの時のままの姿でキャンディーズが復活したならば、ワタシはミキちゃんのポートレートを飾るに違いない(笑)


ところで、キャンディーズ全盛期に人気を二分していたのが…



ピンクレディー



でありまして…



またまたつづく〜ヾ(*'-'*)



ぎっちょ

キャンディーズ恋歌【第一夜】 2006,3,15
「春」といえば…みなさん何を思い浮かべるであろうか?「卒業」?あるいは「入学」?はたまた「桜」だったりして?ワタシのばやい、“春”と言われて真っ先に思い浮かべるのは【キャンディーズ】のことである。


キャンディーズに熱をあげたのは、あるいはワタシくらいの世代がギリギリの線なのではあるまいか?恐らくワタシより3歳下までいくと、キャンディーズの記憶はあってもその中で誰が一番よかったかなんて話になるとちょっとついていけないのではないかと思う。以前本稿でもお話ししたことがあるが、ワタシが生まれて初めて熱をあげたアイドルこそ、キャンディーズのランちゃんその人であった。小学校の廊下に落ちていたモノクロのポートレートを拾ったのがきっかけで、わざわざ母に買ってもらった卓上用の額にそれを入れて勉強机に飾っていたものだ。芸能誌の切り抜きをしたのも、キャンディーズが第一号。数は多くなかったが、机の引き出しにはピンナップなど数点が入っていた。

歌の方は、テレビの歌番組などでシングルレコードとして発売されたものを歌っているのを見てカセットに録音していた程度で、レコードなどは買っていなかった。後にCDで発売されたシングル集と、今や天下のエイベックス社長に収まった松浦雅也氏が若かりし頃に企画した、キャンディーズの曲をハウスミュージックにアレンジした「CANDY POP POSH」は今も大事に保管している。

さて、キャンディーズの歌でそのものズバリ“春”をイメージさせる曲といえば、何といっても『春一番』が挙げられる。日々暖かくなる春の陽気に彼女たちののびやかな歌声がマッチした名曲。

♪もうすぐは〜るですねぇ 恋をしてみませんかぁ〜

のフレーズを聴くだけで、春を待ち切れない胸の高鳴りを感じたりするのである。

キャンディーズで春といえばもう一曲『微笑み返し』も忘れることはできない。言わずと知れた、キャンディーズのラストシングル。旅立ちの向こう側に見え隠れする希望や不安、別れの切なさが、かつてのシングル曲のタイトルを散りばめながら絶妙に織り込まれていて、曲の終わりなどは今だに聴くと胸が締め付けられるような気分がしたりする。

春はまだか。時々刻々と近付いてくる春の足音を確かめるように、毎日営業車のカーステで『春一番』を聴くのが日課となっているワタシなのであった。


キャンディーズといえば春に限らず…

この続きはまた明日ヾ(*'-'*)


ぎっちょ

昔ながらのレシピ 2006,3,14
袋詰めのインスタントやきそば。コンビニなどで置いてあるとしたら、大概は【日清】か【サッポロ一番】どちらかのものであるケースが多いように思う。ワタシは断然【サッポロ一番】派である。双方の大きな違いはソース。【サッポロ一番】が液体なのに対して、【日清】のは粉末。液体に比べて粉末の場合、ソースがうまく混ざらないという難点がある。【サッポロ一番】のばやい、フライパンにやや多めの湯を入れて茹でたのち水きりしてすぐに液体ソースをかけると、ほぼ均等に麺にからんで見た目にもイイ感じになる。家に買い置きしてあるのも、100%【サッポロ一番】…であった。今までは。

ところが数ヶ月前の給料日、いつものように近所のスーパーへ食材の買い出しに行った際、いつもの【サッポロ一番】5袋入りではなく違う種類のインスタントやきそばを無性に試してみたい衝動に駆られた。そこで目に止まったのが、【マルチャン】の『昔ながらのソースやきそば』。これは、カップやきそばの方では何度か食したことがあったのだが、なかなかイケる味であった。ものは試しとひと袋購入して、帰宅後すぐに作って食してみた。【日清】と同じ粉末ソースに不安をおぼえつつも、【サッポロ一番】と同じく多めの湯で茹でることで対処してみたところ、思いのほかうまくソースを混ぜることができた。そしていよいよ試食の時…


チュルチュル…


ウマいがな( ̄ー ̄)


ややまろやかめな【サッポロ一番】と違って、舌にじ〜んとこたえるような濃口のソース味。こりゃなかなかイケまっせ!


同じ『昔ながら〜』の系統でいくと味噌ラーメンもイケる。これは、スープの素が生味噌タイプ。あらかじめ丼にスープの素を入れておき、茹でた麺をお湯ごと注いでかき混ぜてできあがり。生味噌タイプというせいもあってか、店で食す味噌ラーメンの味に近いような気がする。注意しなくてはならないのは、他のインスタント麺に比べて吸水率がいいのか、茹で上がったお湯は当初入れた時から比べるとかなり減っているという点。ワタシはあえて少なめになるように設定して麺を茹で、濃口の味噌ラーメンに生卵2個落としてかき混ぜ、麺にからませて食す。味噌特有の辛さに卵のまろやかさが実にほどよくミックスされて、タマらなくフガフガする。なんのこっちゃw
これオススメ(o^-')b



ぎっちょ

人気ブログ紹介 2006,3,13
ワタシが本稿を開設して、はや2年3ヶ月が経過しようとしている。昨年11月以降は無休でアップ(ところどころ青息吐息な部分もあるがw)を続けていて、あわよくばギネス申請…なんて淡い期待を抱いたりもしたものだが、やはり上には上がいらっしゃるようで、単なる不休にとどまらず文才もワタシが足下にも及ばないような方々がまだまだたくさんいらっしゃったりする…。

例えばこの方。毎日営業車内で聴いているTBSラジオ『ストリーム』の水曜コメンテーターにして“闘うコラムニスト”とも呼ばれている勝谷誠彦さんのブログ。ラジオでも、
「おいおい、そこまで言っちゃってだいじょぶなの?」
と思わずにはいられないほど舌鋒鋭く世相を斬りまくっている方で、そのブログのコメントの鋭さもラジオの比ではない。辛口コラムを好んで読むワタシにとっても、こうした小気味のよい文章は読んでいて気持ちがいい。毎日何かに怒っているパワーの継続ぶりにも頭が下がる思いがする。

この勝谷氏のブログは、【さるさる日記】というレンタルサーバを使用して書かれたものなのだが、同じサーバを利用して書かれたブログのアクセス数を競うランキングで長く1位に君臨してきた同氏を凌駕して現在1位に君臨するのが、きっこさんの『きっこの日記』というブログである。ここは、先の耐震偽装問題発覚時にまるで筆者が関係者であるかのように思わせる細かい内情を暴露するような文章が書かれていたりして、ネット上でもかなり話題になったサイトである。普段はワタシと似たような他愛のないテーマについて語っているのだが、時に特ダネ級のスクープをブチかますということで、筆者の素姓についてまことしやかに噂が流れたりもしている。

無休という点において、量的にはワタシも彼らと互角といえなくもないが、読み比べてみるとやはり質的に見劣りする感は否めない。その内容の深さや濃さの違いがそのままアクセス数の差につながっているような気もする。向こうは一日数万件のアクセス数を誇るのに対して、こちらは20〜30件…でも、打たれ弱いワタシにとっては見も知らぬ数万人の目に晒され、時に批判の矢面に立たされるよりも、気心知れた数十人に見てもらう現状の方が身の丈に合っている気がする…ってなワケで、今後ともご指導ご鞭撻改めてよろしうm(_ _)m


勝谷誠彦の××な日々


きっこの日記



ぎっちょ

相撲雑誌 2006,3,12
大相撲春場所が開幕。大関・栃東の綱とりと、関脇・白鵬の大関とりが話題の中心だが、横綱・朝青龍ともども白星発進の好スタート。角界の活性化のためには、新横綱・新大関の誕生は不可欠。二人の悲願が達成されんことを願ってやまない。


さて、ワタシは毎場所終了後に発売される相撲雑誌を、30年に渡って欠かさず買い続けている。場所の詳報を伝える雑誌は『大相撲』(讀賣新聞社)と『相撲』(ベースボールマガジン社)の2誌があり、ワタシは『大相撲』の方を購入している。父に初めて買ってもらったのがこれだったこともあるのだが、データマニアのワタシにとってはタマらない【記録のページ】が毎号連載されているのも大きい。優勝や三賞などの単なる回数記録だけにとどまらず、
・横綱が平幕に負けなかった期間の最長記録
・元幕内力士がもっとも番付を下げた記録
・横綱初対戦から金星を挙げるまでの最長所要場所数
などといった、ヒジョーにマニアックなデータファイルがワタシの心を揺さぶるのである。また決まり手にも独自のこだわりがあって、協会発表の決まり手を素直に掲載する『相撲』に対して『大相撲』は「こういう形で決まったから本誌では決まり手はこうする」といった具合に独自の見解で決まり手を掲載する。当時はまだ正式に決まり手とされていなかった【素首落とし】や【大逆手】などといったものが、『大相撲』では当たり前のように決まり手として掲載されていたのだ。

ただ、1時期『相撲』誌の方へシフトチェンジしたことがある。93〜94年、Jリーグが発足してサッカー人気華やかなりし頃、企業名を外すというJリーグの理念に反発して我がまま言い放題の讀賣グループの横暴に嫌気がさし、讀賣発行誌の“不買運動”を自分なりに興したのであった。それでもやはり、『大相撲』のデータのページだけは気になって毎月立ち読みする始末…結局、Jにおける讀賣の衰退もあって、数年後には『大相撲』購読を復活させて現在に至っている。

果たして、今場所後にはどんなマニアックなデータとともに、新しい横綱・大関誕生を称える記年号を発売することができるか、『大相撲』。



ぎっちょ

F1 20周年! 2006,3,11
フジテレビのF1中継が今年、放送開始から20年目を迎える。史上初の日本人レギュラードライバー・中嶋悟と一世を風靡したホンダエンジン、アイルトン・セナというスタードライバーがその人気に火をつけ、今やF1人気はすっかり定着した感がある。その証拠に、テレビ視聴率は横ばいながら安定、鈴鹿の日本GPは年に一度というお祭り的要素も加わってか毎年10数万人の観客動員を記録している。

今年のF1は、かつてないくらいに日本色が強い。既に数年前から参戦しているホンダ、トヨタという二大エンジンメーカーに、元F1ドライバーの鈴木亜久里が立ち上げた新チーム【スーパーアグリF1】の参戦によってその感が一層強まっている。なにしろ、オーナー&ドライバーが日本人、エンジンはホンダ、タイヤはブリジストンと過去幾度となく夢物語に終わってきた“オールジャパン体制”(シャーシは02年型アロウズを踏襲しているが…)がついに現実のものとなったのだから。ただ、下馬評では「グリッドにつければ御の字」程度であまり多くは望めない戦闘力のようだが、欧州圏以外に閉鎖的なF1の世界においては、純日本製のマシンがグリッドに並ぶこと自体が快挙ともいえる。長年F1を見続けてきた者にとっては、万感の思いを持って見守る開幕戦となるであろう。

チャンプ争いは、“絶対王者”とも呼ばれたM・シューマッハ&フェラーリの衰退もあって今年も混戦模様だ。昨年に引き続きルノーの前評判がいいようだが、シーズン前にしてマクラーレンへの来季移籍を発表したチャンピオンドライバーのF・アロンソとチームとの確執が気掛かりではある。速さには定評のあるマクラーレンの課題は今年も信頼性。間隙をぬってホンダやトヨタが優勝をさらう可能性もあり、そうなるとF1の表彰台で史上初めて君が代が流れることになる。

テレビ中継も、ここ数年来は国際映像に手を加えることができなかったのが、今年はフジテレビがスーパーアグリチームに独自にカメラを持ち込み、その一挙手一投足を追いかけることになった。佐藤琢磨&井手有治コンビには、フジの努力をムダにしない走りを見せてもらいたいものだ。

F1今年の開幕は、バーレーン〜マレーシアとつづく灼熱地獄。マシンには信頼性が要求される。完走すれば上位入賞の可能性もある。がんばれ、ジャパンパワー!!!



ぎっちょ

カステラ 2006,3,10
今週は公私に渡って何一つうまくいかない、人生稀に見ると言っていいほどずんどこ状態の一週間であった。得意先から吹っかけられる無理難題の数々に、好意でやった仕事が裏目に出たり、極めつけは今日、得意先の駐車場で埋まっていた木杭にリアバンパーを引っ掛けて半分脱落という事態に…その影響は食生活にも及び、食欲も今一つノラない日々。インスタントラーメンでも入ればまだマシな方で、無理して食べると下痢P(お食事中読んでる方スマソm(_ _)m)してしまうような状態で…まあダイエットと思えばいっかwな〜んてな。

そんな中、先だって製品に不具合があってトラブった現場の窓口となっている建材屋にお詫びの手土産ぶら下げて挨拶に行くってんで、地元の老舗和菓子店に入った。社員数名でジジババばっかしの小さな会社だから、10〜15個入りくらいのどら焼きでも持って行くべとディスプレイを眺めていると、ワタシの目に飛び込んできた隣のカステラがミョ〜に美味そうで、数日ぶりにワタシの食欲をそそらせたので、手土産として経費で落として一緒に購入することにした(ナイショですおw)

そもそも、カステラの語源ってなんだべ?確か元はオランダ語かなんかだったよな…とうろ覚えの知識をひけらかしつつ、こういう時に威力を発揮するのがインターネット。さっそく検索かけてみることにしよう…



       /⌒`ヽ
  二 と(、A , ) つ  < イナバウアー!!!!!
 三    V ̄Vノ( ゝ
  二    └=ヲ└=ヲ
⇒http://www.castella.co.jp/magazine/a3/index.shtml


なるへそ、と頷きつつ経費で買ってきたカステラをひとつまみ。空腹感も手伝って一本丸ごとでもいただけそうな勢いだったのだが、ふたきれ食したところでギブアップ…週末、実家にでも持って行くか…



ぎっちょ

待受くーまん 2006,3,9
ワタシは仕事用と私用と携帯を2つ所持している。私用のは2年前に機種変更したのだが、仕事用は7年前会社から支給されたものをずっと使い続けてきた。それがものの数分通話しただけで電池が切れるは型も古くなっていたはでさすがに使いきれなくなったので、上司の許可を得て機種変更することとなった。ショップで「在庫があるうちの値段の安いもの」と注文すると、店員のおねーちゃんが同機種で白とピンクがありますとワタシの前に並べた。

「ワレ!ワシいくつや思とんねん!ピンクなんか使えるか!人見てモノ出せボケェ!」

もちろんそんな下品な物言いはしていないが、あるいはキム兄だったらそう言ってブチ切れていたのだろうか…とふと思ったりしてw


かくして新しくなったワタシの仕事用携帯の待受画面には【くーまん】なる子熊のキャラクターが住み着いている。くーまんは画面の中をウロウロしていて、通話が終わった時に
「お話は楽しかったでふか?」
などと時々ワタシに話しかけてくる。これがまた不思議なもので、仕事で失敗かましてしこたま怒られ電話を切るやいなやくーまんが、
「失敗は誰にでもありまふ。落ち込んではいけないでふ!」
とか言ってきたりするもんだから、ちょっとした親近感みたいなものを感じ始めちゃったりしちゃっている。

携帯のコンテンツの中には『くーまんの部屋』なるコーナーまであって、くーまんを着替えさせたり写真を撮ったりできる。それになんと会話できる機能までついていて、通話口に向かって
「おはよう」
と話しかけると、くーまんが
「おはようでふ!言葉がわかりましたでふ!」
とか返してくる。もう愛しいったらありゃしないくーまん(火暴


そして今日、昼食を営業車内でとりながらいつものように携帯をパカッと開くと…


ムムッ?


見慣れないヤツ…


おぬし、なにヤツ?


と、そいつが語りかけてきた。
「くーまんは熱海へ旅行に行きましたですよ。」
そう、こやつはくーまんのオヤジでもある【くーぱぱ】なるキャラだったのだwそういえばくーまん、パパママの話をよくしていたっけ。これがウワサの…はじめますてw

こうして、日々ワタシの人格破壊は着々と進んでいるのであった。恐るべしくーまん
\(◎o◎)/!



ぎっちょ

たけしと鶴太郎 2006,3,8
東京池袋の三越で、片岡鶴太郎の展覧会があるという。今じゃすっかり芸術家風情の鶴太郎だが、かつては熱々おでんを無理やり口に押し込まれて悶絶する姿で笑いを誘う、れっきとしたお笑いタレントであった。

鶴太郎がお笑いと距離を置き始めたのは、かれこれ十数年前になるだろうか。趣味で始めたボクシング効果もあってダイエットに成功、脂ぎった小太りの小男がそれなりに見栄えのする格好になり、もともと定評のあった演技力をしてドラマや映画で主役を張るようにまでなった。芸術家の真似ごとを始めたのもこの頃で、今やその真似ごとが本業となっている。

たまにテレビに出ている鶴太郎を見ていると、せがまれて往年のモノマネを披露するのだが、【小林旭】にしても【小森のおばちゃま】にしても、かつてほど笑えないし似ているとも思えない。我々が見(聞き)慣れたせいもあるのかもしれないが、鶴太郎のモノマネの特徴でもあった“思い切りのよさ”が足りないようにも感じる。もはや心身ともに芸術家である彼は、どこかでお笑いを見下している。お笑いをやることにためらいがあるから、芸をやるにも思い切りが足りないのだ。

同じことがビートたけしにも当てはまる。今やすっかり“映画監督”。それなりに道化もやってはいるのだが、やはり以前のような切れ味がない。たけしの中のどこかで“映画監督”である崇高な自分が、お笑い芸人である自分を押さえ込んでいるのだ。

かつてたけしは、お笑いを捨てて芸術家の道へ進んだ鶴太郎を蔑む発言をよくしていた。それが、自分が監督した作品が海外の映画祭で高評価を受けるやいなや、ご自身の本業も映画監督に。まさに『ミイラとりがミイラ』。鶴太郎を蔑む発言もしなくなった。

ワタシたちのイメージでは、【ビートたけし】という存在はイコール【反体制の象徴】でもあった。絶頂期に某出版社に弟子引き連れて殴り込みしたり、『日本アカデミー賞』の授賞式の壇上でタキシードのお歴々が並ぶ中、ひとり「鞍馬天狗」のいでたちでオモチャの木馬にまたがって登場したように、名誉な賞を貰っても「ガラじゃねぇ」と賞状を破り捨てそうな破天荒さがたけしの魅力でもあった。それがなくなり、映画監督という肩書きで小綺麗に着飾ったたけしが、何をやってもおもしろいハズがないのである。

その点、志村けんはスゴい。多少コメンテーター的な仕事は増えたものの、ドラマや映画への出演をかたくなに拒み続け、CMに出るにしても【変なおじさん】や【バカ殿】をためらいなくやれるおかしさ。今後たけしや鶴太郎がどんなに価値ある芸術賞を受けようとも、ワタシは笑いを捨てた彼らよりも、笑いに殉じる志村の芸を支持したい。



ぎっちょ

『太陽にほえろ!』ドック刑事の功罪 2006,3,7
CS「ファミリー劇場」で放送中の『太陽にほえろ!』。今週土曜放送分より神田正輝演じる新刑事【ドック】こと西條昭が登場する。

これまで、若手新人刑事といえば行動派の熱血漢が多かった『太陽』にあって、ドックは休日には街にガールハントに繰り出し、捜査中にもダジャレを連発したりする軽いタッチのまったく新しい刑事像であった。ドックは医学部中退の変わり種。町医者の父に反抗して退学後、偶然見掛けた警察官募集のポスターを見て警官になった。捜査方法は、犯人を追うにも走るより車を重用し、拳銃もリボルバーより弾丸を多く装填できるオートマチックを使用する合理派。本庁捜査一課のエリートコースを蹴って所轄の七曲署への転属を志願するあたり少々ホネはあるのかと思いきや、その動機は「前年度の拳銃使用量が一番多かったのが七曲署で、おもしろそうだと思ったから」という不純なもので、これには聞いたゴリさんもズッコケた。人には自分をドックと呼ぶように強制しながら他の刑事のアダ名は覚えようとせず、ロッキーを【アルプス】、スニーカーを【スパイク】【スリッパ】、先輩刑事にしたってゴリさんを【ゴロさん】、スコッチは【ブランデー】と呼ぶなどいいかげんなものであった。

『太陽』フリークの間では、ドックの評価はまっぷたつに二分する。裏番組の『金八』シリーズに押され、視聴率的に苦戦を強いられていた『太陽』が盛り返して以後7年に渡って番組を継続せしめたのは、ドックを軸とした新展開が当たったためであるのは明白な一方、マカロニやジーパンから脈々と続く熱血若手刑事路線に慣れ親しんだ試聴者にとってドックのような刑事は“邪道”に映った面もなきにしもあらずのようだ。ただ番組全体にややマンネリ感が漂い始めていたのも事実で、善くも悪くも流れを変えたという点で、ワタシの評価は前者である。

登場より2年後、スコッチとゴリさんが相次いで命を落としたせいもあって、ドックのポジションは否応なしに若手のリーダー格となっていったのだが、独特の軽さがかえって“上司ぶらない、よき兄貴分”の印象を強める結果に好転した。また、ドック登場後まもなくライバルの『西部警察』で“イッペイ(峰竜太)”、『Gメン’75』で“草鹿刑事(鹿賀丈士)”といったドックの亜流ともいえる刑事が現れたことを考えても、オリジナリティという点では刑事ドラマ史上五指に入るといっても過言ではないだろう。ただ演じた神田正輝の点から言うと、その功績からいっても確実と思われた新作でのボスの後釜を舘ひろしに奪われたり、その後の当たり役が二時間ドラマの“ラーメン刑事”というのは、ワタシをはじめとする往時の人気を知る者からすると一抹の寂しさを禁じ得ないのではないだろうか…



ぎっちょ

ちょ、ちょ、ちょっ 2006,3,6
公私ともども、かつてこんなことあったかというくらいのずんどこ状態です_| ̄|○



ぎっちょ

駒苫出場辞退に思う 2006,3,5
昨夏の選手権で2連覇を達成し、今センバツでも優勝候補の一角と目されていた強豪・駒大苫小牧が、部員の不祥事により出場辞退することになった。卒業式を終えたばかりの3年生数名が、居酒屋で飲酒・喫煙しているところを押さえられたためである。

駒大苫小牧といえば、昨夏の優勝直後にも野球部長による部員への暴力事件が発覚し、あわや優勝取り消しか?という事態に陥ったことが記憶に新しい。本稿でもこの件について取り上げたが、部員が直接関与しておらず、むしろ被害者であるという観点から“連帯責任”を負わせるにはやや心苦しさを感じる事件であった。今回は卒業生とはいえ、昨夏の甲子園ベンチ入りした者もいたというから、穏やかではない。

未成年の喫煙・飲酒は社会通念上許されるものではない。ただ、心情は理解できないワケではない。かく言うワタシも、高校時代は文化祭や体育祭の打ち上げと称して居酒屋で打ち上げなどやったものだ。同じ高校生がやることとはいえ、名もない都立高の学生が仮に飲酒で補導されても当人が厳しく注意されるだけで済むかもしれないが、野球の強豪校でセンバツにも出場が決まっていて、かつ昨夏も不祥事で世間を騒がせたことを考えれば、卒業生部員のとった行動はやはり軽率の誹りを免れない。

ただ、昨年の騒動の時にも書いたことだが、連帯責任にも疑問が残る。やったことは確かに悪い。そのことによって後輩が憧れの甲子園で試合できなくなることで、当該部員たちもその罪の重さを痛感することができるだろう。しかし、それによって受けるであろう心の傷や、甲子園を妨げられた後輩部員たちの思いが憎しみに変わるようなら、これが高校野球の掲げる“教育の一環”と言えるのだろうかという疑問も残る。

捲土重来。不祥事を起こした部員は現役部員の無念をよく受け止めて反省し、現役部員はめげることなく夏の大会でこの無念を晴らしてもらいたいものだが…?



ぎっちょ

杜撰 2006,3,4
耐震設計偽装、粉飾決算、身体障害者排除…いつからこの国はこれほどまでに杜撰で、冷たい国に成り下がってしまったのであろうか…竣工検査後、障害者用の施設を撤去して違法改造しておきながら、
「やっちゃったあ♪って感じ」
とニタニタヘラヘラしながら公然と言い放てる某ホテルチェーン社長の姿が、今の日本社会を象徴しているのだとしたら、これほど情けなく、悲しいことが他にあるだろうか?

ワタシは、悪いことで警察の厄介になったことは一度もない。…あ、高校の時に一度だけキセルで捕まってこってりシボられたことがあるかw万引き等による補導歴も一切ない。連れだって遊ぶ仲間に恵まれたということもあったが、両親や祖父母から幼少時に社会通念上の善悪をみっちり教えられたこともあるし、親族を含めて“長兄”であるがゆえ、家庭や親族の集まる場で品行方正、手本となる行動をとるようしつけられたことも大きいのかもしれない。

ここでは何度も言っているが、物事の善し悪しを教えるのは学校ではなく家庭である。1970年代、日本経済は目覚ましい成長を遂げたが、父親は仕事にかまけて子育てを半ば放棄してしまい、親から物事の善悪も教わることなく大人になってしまった子供たちが自分の子供を産んだはいいがどう育てていいかわからず、虐待したあげくに殺してしまったりという悪循環。高度経済成長の副産物。根っこが腐っているのだから、そこにキレイな花を咲かせようなんてどだい無理な話なのである。

「金こそすべて」と言ってはばからず、法の抜け道を狙って脱法行為もいとわず金儲けに走る者たち。「人権って何?」と思わずにはいられないほど犯罪者に甘く、被害者に辛い法律。屁理屈ばかり言っている首相。生気のない若者たち。低年齢化が進む重大犯罪。老人など弱者をターゲットにした詐欺事件。カルト宗教。年々低年齢化が進み、加熱する一方の受験戦争…ワタシ自身も齢を重ね、世の中が多少は見えるようになったせいもあるのかもしれないが、かつて青春時代を過ごしていた頃の日本はもう少し住んでいる者たちにとって暖かみが感じられる国だったような気がするのだが…?



ぎっちょ

イナバウアー2 2006,3,3
探すとまだまだあるようです♪


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  二 三 /                    //| 
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   二 |     ┌─┬─┐       .|     | 
     |     ├─┼─┤       .|___|
     |     └─┴─┘       .|   /__
     |    イナバゥァーの物置     .|  / ノ >
 _    |_____________|/  /ノV 
  二 と(、A , ) つ と(、A , ) つ  し'⌒∪   
 三    V ̄Vノ( ゝ  V ̄Vノ( ゝ┴┴'┴┴'  
   二   └=ヲ└=ヲ   └=ヲ└=ヲ   

複合ネタもあるようですw



         _ ∩
      ⊂/  ノ ) /        ∧∧  ∧∧
      /   /ノV   イナバウアー (;・。・) (゚ー゚;)
≡≡≡≡し'⌒∪    \       /ヽ_/   ヽノ )
     '┴┴ ┴┴'           > > \_ _/<< シャカシャカ


AA職人…


 _n
 ( l    _、_
  \ \ ( <_,` )
   ヽ___ ̄ ̄  )   グッジョブ!!
     /    /
 


ぎっちょ


武部教頭 2006,3,2
民主党・永田議員が持ち出した、いわゆる“堀江メール問題”で国会は大揺れである。【耐震偽装】【ライブドア】【BSE】【防衛施設庁談合事件】の4点セットで青息吐息だった小泉自民党は、これですっかり息を吹き返した格好だ。逆に攻勢から一転して防戦一方のうえ、確証を得ないままメールを公開した永田議員の軽率さもさることながら党首脳の事後処理のマズさもあって、民主党は窮地に追い込まれている。

この“メール問題”最大の被害者といえば、武部幹事長その人であろう。なにしろ次男ともどもヤリ玉にあげられたうえ、「金で魂を売る」とまで言われたのだ。少々の謝罪では済まさんと鼻息も荒いのだが…ちょっと待った、幹事長サン。確かに永田議員の行動は軽率だったが、事実無根ならなぜその場で「あんなもんニセモノだっ!」と言わなかったのか。メールそのものの真贋を見極める必要はあったにせよ、あそこまで言われたのならなぜ即座に否定しなかったのか?このメールの件に限っては“シロ”だったとしても、その他の違う方法で癒着の構図があるのではないか…?そう勘ぐられても仕方がないのではないだろうか。現にメール公開直後のインタビューでは、動揺の色が隠せなかったようにワタシには見えたのだが…?

武部サンを見ていると、昔よく見ていた学園ドラマによくいた“自己保身のためキュウキュウとしている教頭先生”を思い出す。態度だけはいっちょ前で生徒の揚げ足をとっては問題を大きくし、一方自分では信念がないから何もできずに校長のご機嫌取りでヘコヘコしてばかり。武部サンにしたって、ご自身は問題発言のオンパレードなのに一年生議員の教育係を気取るその姿は、学園ドラマのワンシーンを彷彿とさせる。ただ、ドラマの教頭はあまり反感を持たれながらも「ギャフン!」とヤリこめられるシーンは少なかったような気がする。そういった意味では、武部サンは首尾よくいいポジションにおさまってるなぁ…と思ったり思わなかったり今日この頃。



ぎっちょ

『太陽にほえろ!』殿下殉職編 2006,3,1
CS「ファミリー劇場」で好評放送中の『太陽にほえろ!』で今週、【殿下】こと島公之刑事(小野寺昭)が殉職する。これが番組史上初めての生え抜きベテラン刑事の降板劇だった。

殿下の8年の在籍期間を見ていると、そのキャラクターイメージのあまりの変わりように驚かされる。温厚でソフトな人当たり、その上マジメで理知的という印象の強い殿下だが、放送開始直後でキャラがまだ固まっていない頃はC調で軽薄で自意識過剰な一面が見られ、仕事中にゴルフの打ちっぱなしに興じているところをボスにドヤされたり、二枚目を鼻に掛けたような態度でゴリさんやマカロニをムッとさせるといったシーンもたびたびあったりした。

「手先が器用」というのも殿下の特徴を語るうえで欠かせないことだろう。金庫破りを画策する犯罪集団に潜入する話もあったし、今回放送される殉職編でも片手を手錠につながれたまま爆弾を処理して窮地を逃れたりしている。

メンバーの中でもっとも女性ファンの多かった殿下だが、劇中では恋愛に恵まれなかった。70話で知り合った最初の恋人・柚木麻絵は交通事故死してしまうのだが、これは番組の女性ファンから「殿下に恋人などいらない!」という趣旨の投書が殺到したことからとられた措置であったという。『太陽』では、人気刑事の殉職が発表されると局に【助命嘆願書】が大量に送られたという逸話が残っているが、殿下の恋人は逆にファンに殺された格好になったというワケだ。その後の殿下は、ピアニストの寺岡理江と150話で一話限りの交際があったのち、299話で知り合った中学教師・三好恵子と恋に落ちる。恵子とは順調に愛を育み婚約にまで漕ぎ着けるのだが、殿下を逆恨みする男が仕掛けた爆弾の爆発に恵子が巻き込まれてしまい、下半身不随となる重傷を負ってしまう。治療とリハビリのため恵子は殿下のもとを離れ渡米。1年半の闘病生活中の5度に渡る手術の末、奇跡的に回復した恵子が帰国するその日…事件解決後に空港へ向かう途中、対向車線からオーバーランしてきたトラックを避けようとしてハンドルを切り損ねた殿下の車は崖下に転落して炎上…あまりに悲劇的な最期であった。それまで銃撃戦の末に壮絶な死を遂げる殉職劇が多かったせいもあってか、放送当初はそのあまりにあっけない最期に「マヌケな死に方」とネタにされる向きもあったが、逆にそのあっけなさが直前までの幸せの絶頂ぶりとあいまって無情感を効果的に演出している。また、のちに殉職編では定番となる刑事たちが各々悲しみを表現するシーンが挿入されたのも、この回が初めてのことであった。

殿下の死は『太陽』の“ひとつの時代の終わり”を感じさせた。後年、奈良岡朋子を新ボスに据えての『パート2』が製作されたが、後任で神田正輝のドックが登場して番組の雰囲気が大きく様変わりしたことを考えると、『太陽にほえろ!』は実質的には殿下の死をもって第一部が終了したような気がする…今思うと、大きな時代の節目であったのだと感慨を新たにした。


殿下を演じた小野寺昭さんのアットホームなHPもご紹介しておこう。

→http://www.h3.dion.ne.jp/~a-onoder/



ぎっちょ


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