ぎっちょの「ひとりたわむれ」

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2009,4,30 ありがとうみなさん、さようなら【cgiboy】!
2009,4,29 トイレ改築
2009,4,28 香苗潰しの地デジカ、キャプラー殺しの糞ズバ
2009,4,27 必殺論
2009,4,26 親方の適性も審議せよ!
2009,4,25 次なる目標

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怪獣エスキング一斉爆撃 2005,11,30
ついに怪獣と化したS木の暴走がとまらない。先の飲み会で、店の女の子たちから日曜日に行われる競馬の予想を募ったのだが、なんとSっちゃんの予想が見事的中、それもかなりの高配当がついたという。嬉嬉としてレース結果について語るS木。相変わらず仏頂面のワタシの横で、「すっげぇ〜じゃん!」と表面上取り繕う大人の所長や『爺』。でもね…

「Sっちゃんの馬券、買ってないんですよぉ〜ムヒヒヒヒヒ」


は…ハア?(・・)


なんでも、馬券売り場に行くのにみんなの予想を書き綴った紙を持ってくのを忘れてしまったらしい。まったくアキれたおっさんだ。あるのは己の欲望のみ。究極の自己中心主義。配当金は10万近かったらしいから、自腹で払うにはちょっと…という金額ではある。しかし、ことS木に対しては厳しい態度で臨むと決めているワタシは早速Sっちゃんへ
「S木が配当金踏み倒そうとしてるから、積極的に請求しなせえ」
と連絡したのであった。

営業に携わっている方ならおわかりだと思うが、ウチでは得意先の信用度によって取引する金額を、A〜Fの6段階にランク分けして限度額を設定している。債券合計が限度額を超えた場合は本部へお伺いをたてるのだが、中には信用度がF以下でもやむなく取引せざるを得ない業者もいくつかある。その場合は【特別管理業者】ということで、金額にかかわらず本部へのお伺いが必要になる。S木の大の得意先であるS建材も【特別管理業者】のひとつである。

ワタシの得意先のY商会が限度額をわずかに超えるので、所長に
「どうします?」
と言ったところ、
「超えるってもわずかだから、本部に黙ってやっちゃお♪」
ということになった。それを横で聞いていたS木、
「いいなあ。S建材なんて毎回ですよ。ムヒヒヒヒヒヒ」
と言ってきた。だからどうしたの話なのでその場は無視してやったのだが、
「ところで、なんでS建材って毎回お伺いたてなきゃならないんですかね?」
ときた。
「はあ?そんなもん【特別管理】だからに決まってるだろがっ!」
と所長。ワタシもすかさず、
「2年もここにいて今まで知らなかったのかよ(`曲´#)」
と言ってやると、「えっ…えっ…?」とうろたえるS木w

だがその数分後…

所長が年内の出勤予定を確認していて、ワタシがいつまで出勤なのか聞いてきたので、自社は29日まで出勤だと伝えると背後からS木が、
「29なんて休んじゃえばいいんですよぉ。ムヒヒヒヒヒヒ」
ときた。なんたる立ち直りの速さ…こいつを撃退する術はやはりないのだろうか…_| ̄|○

勤務日程と合わせて、忘年会の話にもなった。
「こないだぎっちょさんがやったから、今度の幹事はSーさんだな」
と『爺』。するとS木が言うことにゃ
「いやいや、俺にはそういうセンスありませんから。ムヒヒヒヒヒ」
だと。センスって何よ?店にいつ何人行くって電話もできねってか?そういうのってセンスの問題か?
ぎ「そんなん小学生でもできるぞ。第一、あんたここ来て一回もそういうの(幹事)やったことねぇじゃねぇか。」
じ「そうそう、タマにはやらねぇと。なあ♪」
ワタシと『爺』の波状攻撃に、さしものエスキングもたじたじ。とりあえず幹事を押しつけたが、それでも多分何もやらずに結局所長あたりが段取りしちゃうんだろな…エスキングおそるべし…_| ̄|○



ぎっちょ隊長



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太陽にほえろ!カルト名作選 2005,11,29
第402話『島刑事よ安らかに』
(昭和55年4月11日放送)

この回の放送直前、この年の7月11日放送分で【殿下】こと島公之刑事(小野寺昭)が殉職して番組を去ることが発表された。第一回から出演しているベテラン刑事の殉職劇は『太陽』史上初めてであったし、女性ファンがもっとも多かったこともあって殿下の死は大きな反響を呼び、局には助命嘆願書が殺到したという。そんな“前フリ”があってのこの話である。

それにしても、なんとも思わせぶりなサブタイトルである。どう見ても「殿下殉職の巻」にしか思えない。前週放送された予告編でも、本編にはない頭から血を流した殿下が弾丸の入っていない拳銃をよろめきながら空撃ちするといった思わせぶりなシーンがい〜っぱい織り込まれているのだ。

物語は、人気のない廃工場に殿下がおびき出されるところから始まる。わけもわからないままライフルの襲撃を受ける殿下。しかし、敵は明らかに射程距離内にいながら敢えて的を外しているようなフシがある。なぜだ?

連絡もなしに消息を絶った殿下に不審を抱いた仲間たちが捜査を進めるうち、殿下と行動を共にしていた同僚がここ数日、立て続けに殿下に向けてチロリアンハットの男がハンディカメラを回しているのを見たことを思い出した。また、殿下を誘い出すために強奪されたタクシーの運転手が気を失う寸前に襲った男のジーンズに薔薇の刺繍があったのを見ていて、ハンディカメラから一味は映画関係者との疑いを強めた刑事たちは、チロリアンハットと薔薇のジーンズの男を追ううちにある小さな映画制作会社をつきとめる。そこでは、顔もわからぬある人物に大金を積まれ、殿下を主人公に実際に人を殺す殺人映画の制作を委託されていた。そのタイトルこそ

『島刑事よ安らかに』

であったのだ!


肩と足に被弾しながら廃屋に逃げ込んだ殿下であったが、そこで突如四方からスポットライトが照らされたかと思うと、
「TAKE A LAST!」
の声がかかった。
「ラスト…」
そう、いよいよ殿下銃殺のクライマックスシーンの撮影だ。あやうし殿下!とそこで殿下は、とっさの判断で場内備え付けのゴンドラに乗り込み二階からカメラを回していた男を撃退。予想外の展開に姿を現したライフル男を残った一発の弾丸で撃ち抜いた。映画会社で、ロケハンのために撮られたと思われる写真から現場をつきとめた仲間たちも間一髪駆け付けて、犯人たちは全員逮捕された。主演作は推理ものが多い殿下にとって珍しいアクション編であったのと同時に、犯人グループに映画制作を依頼した“黒幕”の正体は最後までわからずじまいという、ちょっとミステリアスな結末が印象に残る作品であった。


思わせぶりなタイトルは、この後にも『島刑事よさようなら』というものがある。殿下に助けられた少女がラストで「島さん、さようなら」と言うちょっとコケそうになるオチであった。正真正銘の殿下殉職編のタイトルは『島刑事よ永遠(とわ)に』。半身不随になっていた恋人が、大手術を経て全快し帰国するその日、空港へ彼女を迎えに行く途中でセンターラインをオーバーランしてきた暴走車を避けそこない、崖下に車ごと転落して爆死するという悲劇的な結末であった。

『島刑事よ安らかに』は、今週いっぱいCS【ファミリー劇場】にて放送中。



ぎっちょ

別れの土俵 2005,11,28
大相撲九州場所は、朝青龍の7連覇&年6場所完全制覇&史上最多年間勝利数、さらに琴欧州が初土俵から所要19場所、史上最短での大関昇進とまさに新記録ラッシュの場所となった。長く朝青龍の一党独裁状態が続いてきたが、対抗馬となりそうな琴欧州がナンバー2に上がってくることで、来年はより白熱した優勝争いが期待できそうだ。

そんな今場所を飾ったのは“別れ”の数々。まず、先代から部屋を引き継いでから31年間、数多くの関取を育てあげた佐渡ヶ嶽親方(元・横綱琴桜)が定年退職となった。親方は精力的なスカウト活動に定評があり、体の大きな少年がいるとの情報があれば、どんなに遠くても翌日には駆け付けて角界入りを勧めたという。弟子に対する愛情も人一倍で、相撲放送の解説席に座った時でも、部屋の力士の取り組みではマイクをオンにしたまま
「出ろ!」
「よぉ〜っし!」
という親方の声が聞こえたものだった。親方業の集大成として、琴欧州の大関昇進を見届けての、これ以上ない勇退の花道となった。

佐渡ヶ嶽の伝統を引き継ぐのは、娘婿でもある愛弟子の琴ノ若。最後まで現役に執着し、二枚鑑札での現役続行の道も探ったが、規則で禁止されているため断念。今場所は、土俵に上がる前から“最後の土俵”となることが決まっていた。現役への未練と、義父の跡を継がなければならないという事実の間で、琴ノ若の心情は揺れ動いたに違いない。温厚で人望も厚い新・佐渡ヶ嶽親方のこれからの活躍を願ってやまない。

もう一人、立行司・木村庄之助も定年退職で土俵を去った。唯一の心残りはと問われた庄之助、
「横綱同士の一番を裁くことができなかったこと」
と答えた。庄之助襲名後は朝青龍の一人横綱時代が続いていたので、横綱同士の対戦がなかったためだ。横綱昇進後、自分のすべての取り組みを庄之助に裁いてもらった朝青龍は尊敬と感謝の念をこめて、花道を引き上げてきた庄之助に花束を渡してねぎらった。角界には珍しい心温まる裏話である。


さて、最後は恒例当たったためしのない私製番付を。


平成18年初場所私製番付

  朝青龍 横綱
  千大海 大関 魁  皇
◎琴欧州 大関 栃  東
  琴光喜 関脇 白  鵬○
  旭天鵬 小結 雅  山○
  玉乃島 前頭 時天空
  黒  海 同2  露  鵬
  豪  風 同3  栃乃花
  白露山 同4  朝赤龍
  岩木山 同5  安  馬
  安美錦 同6  垣  添
  出  島 同7  普天王
  稀勢里 同8  琴奨菊
  豊 ノ 島 同9  北勝力
  春日錦 同10 高見盛
  十文字 同11 旭鷲山
○豊  桜 同12 若の里
○栃  栄 同13 春日王
○時津海 同14 土佐海
  駿  傑 同15 若兎馬
◎嘉  風 同16 北  桜○
  片  山 同17

◎=新  ○=再



ぎっちょ

ヒクソン、出てこいや! 2005,11,27
インターネット上で、大晦日の【PRIDE 男祭り】について気になるウワサが流れている。あの“400戦無敗”の男ヒクソン・グレイシー参戦についてである。

ヒクソンは、10年ほど前にUFCで活躍していた弟のホイスが「ボクより強い兄がいる」と発言したことから注目を浴びることとなり来日、バーリ・トゥード・ジャパンを連覇したヒクソンを招聘したのが【PRIDE】の興行であった。当時『最強』と謳われた高田延彦を二度に渡って腕十字で粉砕し、00年5月にはパンクラスのエース船木誠勝をチョークスリーパーで失神KOしている。この“ヒクソン最強幻想”に終止符を打つのは誰か?が格闘技界で焦点となり、桜庭和志小川直也といった名前が挙がったりもしたが、ヒクソン自身が息子の交通事故死などあってモチベーションが下がってしまい、船木戦以降実戦から遠ざかっているのが現状である。

今回なぜ“ヒクソン参戦”のウワサが出たのかというと、雑誌のインタビューでヒクソン本人が
「完全決着ルール(時間無制限、レフリーストップなし)であれば、ギャラにかかわらず試合をする用意がある」
という発言をしたのがきっかけである。そこへきて大晦日の【PRIDE】が、試合開始を当初の夕方5時から午後3時に繰り上げるという異例のアナウンスを出したことが、ウワサに拍車をかけた。これは、実現すれば間違いなくメインとなるヒクソンの“時間無制限マッチ”対策ではないかと見る向きがあるのだ。

では、もしヒクソンが出るとしたら相手は誰か?体格や過去の因縁を考えれば桜庭が最適かとも思われるが、桜庭はこれまた因縁のある田村潔司との一戦が有力視されている。田村の参戦が微妙なためまだ正式発表には至っていないが、その“保険”にヒクソンというのはまず考えられない。そこで、ネット上で飛び交っているその予想外な対戦相手の名前とは…


エメリヤーエンコ・ヒョードル


そう、PRIDEヘビー級王者のあの男である。前王者ノゲイラを二度破り、今年8月にはミルコも退けて向かうところ敵なしの感があるヒョードル。次の対戦候補としてセルゲイ・ハリトーノフマーク・ハントといった名前も出ていたが、ハリトーノフでは“祭り”のカードとしては華に欠け、ハントは【PRIDE】では実績不足は否めない。こと“祭り”のマッチメイクとしては、ネームバリューからしてもヒクソンはうってつけの存在ではある。細かいルールや30キロの体重差など考慮せねばならない点も多いが、実現すればこれとないドリームカード。今はただ、


ヒクソン、男なら出てこいや!


と声を大にして言いたい。



ぎっちょ

怪獣エスキング撃退作戦 2005,11,26
「隊長!東京に怪獣エスキングがあらわれました!悪臭と空気の読めなさで回りが鼻つまんでます!」
「なにっ!よし、全員出動だっ!」

♪ワンダバダバワンダバダバワンダバダバダ
  ワンダバダバワンダバダバワンダバダバダ…

「攻撃開始!」

ババババババババババン!

ドカ〜ン!ドカ〜ン!


・・・・・・


「ムヒヒヒヒヒヒヒヒ」

「隊長!エスキングには我々の攻撃が通用しません!」


今の心境を例えるとこんな感じか…_| ̄|○


昨日は月いちの営業所会議。その途中で、ワタシの得意先から至急の見積依頼が入った。H市発注の仕事で、どこかよそから問い合わせ入ってないかとのことだったので、営業所で出した見積を綴じておくファイルを調べてみたが、該当する物件は入っていなかった。
「所長、Y社からこんな問い合わせが入りました」
と先方から送られたFAXを見せると、
「あれ?これSーさんこないだどっかに見積出してなかったっけ?」
「…えっ?ああ…してますね」
「見積書は?」
「ああ…自分で持ってます」
「はあ?」
と、ここから『爺』がたたみかけるように
・見積書はファイルに綴じるようになっていること
・そうしないと、今回みたいに他の客先から同一物件の問い合わせがあっても、S木がいなければわからなくて困ること
を咄々と説いた。こういうことは今回が初めてではなく、以前から何度も言われていることである。それでも相変わらず我関せずといった態度のS木に対しワタシ、
「もう2年もここにいるんだから、いい加減におぼえてくれよ(`曲´#)」
と言ってやったのだが、その時はさすがにS木は少しムッとした様子であった。その後、所長が電話で急用に対応し、『爺』がトイレに立って、会議場にワタシとS木が二人きりになった時、顔も見たくなくてそっぽをむいているワタシの背後から
「ぎっちょさんとこ、ボーナスいつ?」
というS木の声。さっきあんだけコケにされて、なんでまだそんなに友好的なんだよヴァカ
(`曲´#)


会議終わりの飲み会では、S木が先だって「マズイ」と称した【銀のさら】の宅配寿司をあえてとってやった。テーブルに置く際、
「マズイと思ったら食わなくていいですから」
と皮肉を言ってやったのだが、それを知ってか知らずかむしゃぶりつくように寿司をほおばるS木。そればかりか、後から出勤してきた店の女の子に
「寿司あるからどんどん食べて」
だって。おめぇが言うなヴァカ(`曲´#)

飲み会では、日曜に行われる競馬の予想で盛り上がり、女の子たちの予想を預かって悦に入っていたS木。週明けは恐らくその自慢話をしてくるだろう。そしたら
「そのくらい仕事に身ィ入れろ。みんなアキれてんだよヴァカ(`曲´#)」
と言ってやる。ワタシはてってーてきに小言ジジィになってやる。この性悪怪獣を撃退するまで。



ぎっちょ隊長



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BoA株、売ります? 2005,11,25
昔から、ワタシがアイドルやロックバンドなどに目をつける基準というのは、いかに手垢がついていないかにつきる。世間的に「誰?それ」度が高ければ高いほど、ワタシは自分で自分の着眼点に

( ̄ー ̄)ニヤリ

とするのである。

近年でもっとも“先物買い”が成功したのがBoAちゅわんであった。日本デビュー間もない00年夏、某歌番組で偶然見掛けた当時まだ14歳の彼女を一目で見初め、「BoA?誰、それ」という周囲の声をものともせず父親の目線にも似た感情をもって応援を始めたのであった。

彼女を見初めたのは容姿もさることながら、やはりその歌唱力の確かさとズバ抜けたダンスのセンス。まだあどけない彼女が、踊っている最中に一瞬見せる「ドキッ」とするような妖艶な表情。ハードな歌もバラードもきっちり歌いこなす歌唱力。中でも『JUEL SONG』は買ってきたCDを聴きながら思わず涙が溢れてきたりもしたほどの出色の出来であった。日本語の上達が早いところから、マジメで勉強熱心な様子がうかがい知れるところもまた魅力であった。

ワタシの応援の仕方というと、CDやDVD、写真集や毎年のカレンダーといったグッズを収集したり、テレビの出演情報を追ってVTRに録画したりといったことである。かれこれ、カレンダーは未使用のまま4年で5本(昨年は2種類発売)購入。01年に、深夜の某音楽番組のレギュラーMCを務めた貴重な映像などといったものも数々ある。

しかし…ここにきてワタシの心境に少し変化が現れたようだ。23日に新曲『抱きしめる』が発売されたのだが、発売から2日が経過した今もCDを購入していない。しかもこれは、前作『make a secret』に続いて2曲連続。以前は発売日前日に大型量販店で購入していたほどのワタシの心境に何があったのか?今年は初のゴシップもあったが、ワタシももう芸能人と疑似恋愛するほどお子ちゃまじゃあないw容姿もよりオトナっぽく、キレイになったと思う。ではなじぇ?つまるところ楽曲という結論に行き着く。マンネリというか、かつて彼女の歌を聴いて感じた心の震えみたいなものを感じなくなってしまったのだ。彼女自身が惰性で歌ってしまっているような雰囲気もあるし、歌自体にも一世を風靡したTK(小室哲哉)が“断末魔”に見せた無理やり(不自然)な旋律の流れに似たものも感じる(もっともこれは、BoAの責任ではないが)。本来は喜ぶべき、彼女の新曲での超ミニスカ&パンチラ?振付にも、その迷走ぶりが垣間見えると言っていい?

先物買いで高利を得た【BoA株】。高値安定の今が売り時?そんな感じ。



ぎっちょ

偽装設計 2005,11,24
千葉県の一級建築士事務所が、耐震強度を偽って構造設計していた問題。現状では震度5強で倒壊する恐れのあるマンションなどが続々発覚し、周辺住民も巻き込んでの大騒動になっている。まあ震度5強の地震なんてそうそうあるもんじゃないとはいえ地震大国ニッポンでは何時それが襲ってくるかわからないだけに、マンション選びの重要ポイントはやはり耐震強度ということになるだろう。それがないがしろにされていたのだから、言語道断である。

ワタシの勤務先は、今の出向先で扱っている下水関係の製品のほかに建築用の基礎杭となるコンクリート杭も造っていて、それに伴って工事も一括で受注することもある。基礎杭としてはこのコンクリート杭の他に、地面に掘った穴に鉄筋を入れて生コンを打ち込んでしまう【現場造成杭】というものがある。今の会社に来るまで所属していたのが、その【現場造成杭】の施工を請け負う会社であった。簡単に説明すると、構造物を支えるだけの固さをもった地盤(支持層)まで大型のドリルで穴を掘る。大抵の場合、掘る際には側壁が崩れないように被膜性のある【ベントナイト】という材料などを混入した泥水を入れる。ドリルで攪拌することでベントナイトがついて側壁を保護し、かつ水圧で側壁を押さえ付けて崩壊を防ぐ役割も果たすのだ。所定の深さまで掘り上げたら、あらかじめ溶接して組み上げた鉄筋カゴを穴に入れて上から生コンを投入するのだが、そのまま入れたのでは泥水と混ざってコンクリートが分離してしまうので、生コン投入用のパイプを差し込む。水の入ったコップにストローを差す要領である。打ち始めの生コンは泥水と混ざり劣化するので、所定の基礎位置より高めに生コンを打つ。打ち上がりを確認する際、材木をつないだものを上から差し込んでみると、劣化している部分はほとんど手応えがなく、「サクッ」というか「ジャリッ」というかの感覚が出てきたらそこが純粋な生コンの部分。これが正規の位置まできてないと、基礎の大きさや鉄筋の量を増やすためコスト増大となってしまう。だから現場の先輩からは
「危ないと思ったら多めに生コンを打て。ハツる(削る)だけの方が安いから」
と教えられたものだ。

ワタシが先輩について初めて手掛けた現場が、東京メトロ南北線の志茂駅ビル。東京在籍時、仕事で赤羽の得意先に行くと、志茂駅まで足を延ばして地下に降りて柱に手をやり、
「これがワタシの打ち込んだ杭…」
と感慨に浸ったものだ。問題の一級建築士に、もう少し自分の手掛けた仕事に対して誇りや愛着があったなら…あるいはこのような問題は起こらなかったのではないかと思うと残念でならない。

今回の件は“氷山の一角”と見る向きもある。これ以上被害が広がらないことを、ただただ祈るのみである。



ぎっちょ

『Gメン』シリーズ再開 2005,11,23
CS【ファミリー劇場】で、しばらく中断していた『Gメン’75』の放送が再開された。津川警部補(夏木マリ)、田口刑事(千葉裕)、村井刑事(有希俊彦)の3名を新たに加えたメンバーで、昭和54年の本放送以来ほとんど再放送もされていなかった貴重な映像である。

まず目につくのは若返り。番組開始当初からのメンバーであった草野(倉田保昭)、山田(藤木悠)両ベテラン刑事が抜け、田口&村井という設定年齢20代前半の若手刑事二人が加入された。この「若手コンビ」の設定は、当時“二大勢力”と言われた『太陽にほえろ!』を意識してのものであったのは言うまでもない。これまでの『Gメン』はどちらかというと犯罪者の側から描かれたドラマを刑事の語りべで展開していく内容が多かったのだが、新シリーズでは若手のみならずベテランの立花警部補(若林豪)や津川警部補ですら自分の捜査に悩み苦しみ、仲間の励ましを受けて立ち直っていくという展開が多くなった。これは善し悪しは別にして、若手刑事の成長物語を軸としている『太陽』の設定そのまんまである。ただ、『太陽』は犯人を生かして逮捕するのに対し、『Gメン』は犯人やメインゲストキャラが殺されてのシュールな終わり方なのは相変わらずだが。

出演者を見ると、歌手としても実績のある夏木マリが初の“役付き女性Gメン”として登場しており、まとめ役としての存在感とともにオトナのオンナの妖艶さも醸し出している。田口刑事役の千葉裕はこれ以前に青春学園ドラマなどでも爽やかな青年役を演じていたし、『Gメン』にもたびたび客演したことがあった。入れ替えの激しい『Gメン』にあって、田口刑事は以降昭和56年9月までおよそ2年半の長きに亘って活躍。途中加入した若手刑事としては、中屋刑事(伊吹剛)の3年に次ぐ長期在籍記録である。村井刑事役の有希俊彦はモデル出身。長身に甘いマスクではあったが、いかんせん演技が素人丸出しだったせいか、登場編で上司(小林稔侍)を無残に殺害した犯人の前に敢然と飛び出すシーン以外は特に見せ場もなく、主演の回もないままわずか半年で姿を消してしまった。有希氏の近況やいかに?詳細きぼんぬw

また、この他にも田口の行きつけの喫茶店の店員姉妹がセミレギュラーとして活躍するなど、レギュラー周辺の登場人物の設定が細かくなったのも、本シリーズの特徴である。『Gメン’75』は【ファミリー劇場】にて毎週土曜夜7時より絶賛放送中。



ぎっちょ

そういうことシュルト反則だじょw 2005,11,22
今から3年前の2002年…

総合格闘技【PRIDE】で活躍していたセーム・シュルトがK1参戦。デビュー戦で武蔵に判定勝ち、王者アーネスト・ホーストとも互角に戦って引き分けと前評判通りの活躍を見せた。しかし…懐の深さとリーチの長さを生かして距離をとりながら、一発打撃を与えては組み付くという単調なファイトスタイルはあまりにも面白みに欠け、それは当時の最高責任者であった石井和義氏が全国中継のGP開幕戦(vsマイケル・マクドナルド)の放送中、相変わらず打っては組みのファイトスタイルのシュルトに対し
「これだからボク、シュルト選手キライなんですよぉ〜」
と公然と言い放ったことでも明らかであった。この試合でシュルトは勝利をおさめ、東京ドームでの決勝トーナメントでボブ・サップとの対戦が決まりながら、その間に強行出場した【PRIDE23】での兄ノゲイラ戦(三角締めで一本負け)で肩を負傷したとして本戦を棄権してしまうのだが、試合ではケガをした様子も見られず、また前出の石井氏の発言などもあって、棄権の真相については様々な憶測を呼んだものであった。

以降、シュルトはK1から姿を消した…

今年になって、シュルトは再びK1に戻ってきた。その復帰戦、GP出場をかけたパリ大会でのトーナメントで、シュルトはめざましい進化を見せる。空手の“突き”のごとく流れるように繰り出される左右のパンチ、ローにもハイにも蹴り分けるキック、そして組み付いてのヒザ蹴りは的確に相手の顔面をとらえて、気付いてみれば全試合KOでの堂々たる優勝。GP本戦に名乗りを挙げた。

9月の開幕戦でグラウベ・フェイトーザに何もさせずに危なげなく勝ち上がったシュルトは、3年前出場を果たせなかった決勝トーナメントで圧倒的な強さを見せる。初戦は判定ながら、実力者レイ・セフォーを“公開処刑”とも称すべき一方的内容で退け、準決勝では2連覇中だったレミー・ボンヤスキーに何もさせず圧勝。決勝ではリザーバーから勝ち上がったグラウベと再び対戦、今度は得意のヒザ蹴りで失神KOに葬った。初戦こそ判定ではあったが、あれは立ち続けたセフォーを褒めるべきで事実上全試合KOに等しく、近年稀に見る圧勝劇であった。

直前展望の稿でもお話ししたが、制空権の広いシュルトには相手の蹴りが届きにくい。飛び込んでのパンチも届かない。つまり、その存在が規格外すぎて、対策が見出だせないのが現状だ。とりあえず大晦日は、3年前幻に終わったボブ・サップ戦あたりを見てみたいところだが、果たしてシュルトを倒す術はあるのだろうか?とさえ思えてくる。



ぎっちょ

かもめはかもめ、ヴァカはヴァカ 2005,11,21
毎週月曜日、午前11時から所内でミーティングをします。そこで各自の担当物件の動向報告をするのですが…


1ヶ月前


所長「Sーさん○○建設の現場は?」
S木「ん〜まだです」
所長「モノ造ってないから、現場突っ突いて早めに製造依頼してくれる?」
S木「ええ…ああはい」
所長「××は金決まってるの?」
S木「ああ、決まってますね」
所長「決まってんなら決定書おこさないと」
S木「すんません。ムヒヒヒヒヒヒヒ」



2週間前


所長「Sーさん○○建設の現場は?」
S木「ん〜まだです」
所長「モノ造ってないから、現場突っ突いて早めに製造依頼してくれる?」
S木「ええ…ああはい」
所長「××は金決まってるの?」
S木「ああ、決まってますね」
所長「決まってんなら決定書おこさないと」
S木「すんません。ムヒヒヒヒヒヒヒ」



今日


所長「Sーさん○○建設の現場は?」
S木「ん〜まだです」
所長「モノ造ってないから、現場突っ突いて早めに製造依頼してくれる?」
S木「ええ…ああはい」
所長「××は金決まってるの?」
S木「ああ、決まってますね」
所長「決まってんなら決定書おこさないと」
S木「すんません。ムヒヒヒヒヒヒヒ」



信じられないかもしれませんが、加筆修正一切ナシでこげなことが毎週のように繰り返されているのであります。今日はワタシもさすがに腹に据えかねて
「S木さん、先週もンなこと言ってたね」
と言うとS木は嬉しそうに歯ァムキ出しにして「ムヒヒヒヒヒヒ」と笑うもんだから、
「書類書く時間ないワケねぇだろが(`曲´#)」
と言い放つと、S木は途端に「なんでお前にそんなこと言われなきゃならないんだ?」ってな表情になり、グッと身を乗り出してワタシの方へ顔を突き出し、
「どーもすんませんでした」
とふてぶてしく言い放ちました。そのあまりの憎々しさに、ワタシは裏拳でそのままヤツの顔をブン殴ってやりたい衝動を抑えるのに必死だったのであります。



今週金曜日は、月いち会議と飲み会。U社の地区担当部長の交代に伴う歓送迎会を催すため、行きつけのSっちゃんの店を早く開けてもらって貸し切りで宴を開く段取りをワタシと『爺』でしていました。ツマミと酒は向こうで用意してもらい、料理持ち込みもOKとのことだったので、安上がりに【銀のさら】の宅配寿司でも頼むべということになり、所長も交えてどれにするかとあれやこれや議論していると
「【銀のさら】ってマズいんですよね。ムヒヒヒヒヒヒヒ」
とS木。段取りにケチをつけられて「プッチ〜ン!」となったのはワタシ…ではなくて『爺』ですたw
「Sーさん、そんなに言うなら自分でうまい寿司屋に注文すればぁ?」
「え?いや別に…」
「マズいんだろ?だったらこんなんヤメだヤメ!」
とそそくさとお品書きを片付ける『爺』。そのあまりの勢いに呆然とするS木(火暴)


U社のSどーさあ〜ん、読んでますかぁ〜?コイツ、マヂなんとかしてくれぇ〜っ!というワケで、近々S木をシメます!!やると言ったらテッテー的にやりますっ!!!今のワタシならできる気がするw



ぎっちょ



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紅葉 2005,11,20
天気がよかったので、奥多摩まで紅葉を見に行ってまいりました。なじぇ奥多摩かといえば家から近いこともありますが、7年前に病気で死んだ友人と彼の愛車スカイラインGTで峠道を攻めた思い出の地だからでもあります。F−1のテーマ曲『TRUTH』を大音量でかけて、巧みにギアチェンジしながら、
「これだよ、これ♪」
と悦に入る友人の横顔が、今でも脳裏に蘇ってくることがあります。車種もドライブテクも彼には到底及びませんが、自分なりに安全運転で峠を攻めてまいりました。

奥多摩湖周辺の林は程よく紅葉が進み、目の保養にはうってつけの彩りでした。彼と奥多摩に来た時は真冬か真夏と両極端。腕を組み、手をつないで歩くカップルを尻目に男ふたり、「今度来る時は…」と来るたび切歯扼腕していたものでしたw

彼と奥多摩に来ていた頃は、ワタシもまだ20代。体力的にも充実していた頃で、ちょっとした山道など苦もなくホイホイ登れたものでしたが、試しにちょっとした高台に上ってみると(;´Д`)ハァハァゼエゼエ息が切れてしょうがありませんでした。そんなところにも、7年という時の流れを感じたものです。

周遊も早めに切り上げ、4時前に帰宅の途につく頃には、夕日が山々の斜面を照らす美しい夕景に恵まれました。帰りは下り坂が多く、行きよりもスピードが乗って“攻め甲斐”もあったのですが、ブレーキングやらハンドリングやら…

きりん、やはりキミにはかなわねぇやw



ぎっちょ

初ゴールの思い出 2005,11,19
今年に入って、母校野球部の甲子園予選快進撃に端を発した高校時代の思い出話に花咲かせたのをはじめ、先日は大学時代の学園祭に思いを馳せたりもした流れで今度は中学校の思い出をひとつ挙げるとするならば、所属していたバスケ部のことだろうか。

実は中学校入学当初のワタシは陸上部に所属し、長距離走の選手として日々鍛練に励んでいた。ところが、上級生部員との軋轢から顧問の先生が指導を放棄して事実上の休部状態。練習もままならず、秋以降はすっかり“帰宅部”の体をなしていた。

そんなダラダラ生活打破のため、二年生になる時ワタシは一念発起して校内で1、2を争う厳しさに定評のあるバスケ部へ移籍した。顧問のI先生の指導は、今なら体罰として訴えられそうなくらい厳しいものだった。もともと基礎もなんにもない中で一年のブランクは大きく、ワタシは勝敗の決した残り数分の出番しかない“三軍の補欠”に甘んじていた。出場機会の少なさもあって、公式戦での得点は『0』…翌年の正月、父兄とともに行った新年会で部員が一人ずつ今年の目標を掲げた際、ワタシは迷わず【初得点】を挙げたのであった。

その後も盲腸での入院などもあって、3年春になっても得点は依然『0』のまま迎えた現役選手として臨む最後の大会…ワタシの中学は都内でもなかなかの強豪チームで関東大会へ進出できるベスト4も狙えるとされていたので、1〜2回戦あたりは相手チームとの格差もあって楽勝の展開。となると…ワタシにも出番が♪
「おい」
I先生が手招きして選手交代。コートに入るや否やキャプテンのM君からパスが回ってきた。相手のディフェンスをかわして右サイドへドリブルで切り込み、フォワードへパス…といつもならなるのだが、ここでI先生の声が耳に飛び込んできた。

「うてぇ〜っ!」

その声にワタシはとっさにその位置からシュートを放つと、これ以上ないきれいな放物線を描いて、ボールがネットを揺らした。初ゴールだっ!
「やったあっ!」
小さくガッツポーズを作るワタシの背中をM君がポンとたたいて祝福。ベンチを見ると、I先生が
「よぉ〜っし!」
と言いながら、頭上で大きく拍手をしていた。

結局ワタシがあげた得点は、これ以外では相手のパスをカットして決めたランニングシュートが1本とフリースローの1ゴールで計5得点。チームも準々決勝で敗れて関東大会の夢は絶たれた。レギュラーでもないのになぜか無性に悔しくて、号泣したのを覚えている。

ウチの物置には、都下大会で3位に入った時にもらった銅メダルと一緒に、ゼッケン12のバスケ部時代のユニホームが今も大切に保管されている。



ぎっちょ

K1GP決勝直前展望 2005,11,18
いよいよK1GPが明日に迫ってきた。例年12月だったのが今年は11月中旬の開催。やはりこと格闘技の場合、肉体的ダメージを考慮するとインターバルは最低1ヶ月以上空けないとツラいものがある。つまるところ大晦日の興行を見越しての日程変更なワケだが、大晦日を偏重するということは肝心のGPを軽視することにもつながりはしないか?と考えるのは考えすぎだろうか?

では、トーナメント第1試合から。

レミー・ボンヤスキーvsチェ・ホンマン

体格差を考えれば、レミーがいかにしてホンマンの圧力をかわすことができるかに尽きるだろう。スタミナ切れを待って、ホンマンの首根っこにハイキックを叩き込む。KOで決まるならそんな感じだろうが、9割方判定決着か。とすれば手数でレミーの勝ちと予想してみる。


レイ・セフォーvsセーム・シュルト

手足の長いシュルトの制空権の広さは、K1においては“反則”にも等しい。セフォーのパンチはまず当たらないだろう。99%シュルト判定勝ちと見て間違いない。


ジェロム・レ・バンナvsピーター・アーツ

99年、ダウンの応酬の末バンナの左フック一発でアーツの体が崩れ落ちた衝撃のKOシーンが思い出されるが、ハイキックの出なくなった今のアーツじゃあ怖さも半減。アーツには、昨年のように自分で蹴った足をケガして自滅…なんて事は避けてもらいたいところだが…


武蔵vsルスラン・カラエフ

フットワークとスピードが持ち味の両者。ルスランは、持ち前のボクシングテクニックを駆使して早めに有効打を打ち込んでKOしたい。判定になった場合、武蔵に限っては1Rあたり1ポイントのハンデがあると言ってもいいからだ。まあ判定で武蔵って線が堅いだろな…
_| ̄|○


大会的に盛り上がる結末はやはり、武蔵よりもジェロムの初優勝だろう。メンツを見ても、その可能性は充分ある。全試合判定決着の末シュルト優勝!なんてドッチラケな結末だけは勘弁しちくり!



ぎっちょ

回転寿司 2005,11,17
いわゆる回るお寿司、みなさんはどう呼んでいるのだろうか?『回転寿司』と呼ぶのが一般的といえば一般的だろうか。この原稿を書いている携帯メールでも普通に変換されるし、読んで字のごとしだからわかりやすいっちゃあわかりやすい。同義語で『回り寿司』というのもありか?あんま聞かないけど。


数としてはかなり劣るが『流れ寿司』という表記もよく見掛ける。確かに、ベルトコンベアに乗っかって寿司が“流れて”くるワケだが、これはなんとなく『流しそうめん』の響きからか、水の上を皿に乗っかった寿司が流れてくるようなイメージがある。取り損ねて寿司が水中に「チャポン」となったり、皿に水が侵入して寿司が崩れたりといった危険性がないともいえないが、なんとなしに風情というか【粋】な感じがしませぬか?しない…ああそうでっか_| ̄|○


ワタシはあまり回転寿司の店には入ったことがない。ああいったスタイルはついつい食べ過ぎてしまうというのもあるし、人気のネタがある程度決まっているだけに、客人同士で目を光らせて狙いを定めているといったような殺伐としたフンイキがどうも性に合わないような気がするのだ。考え過ぎか?


社会人になりたての頃、一緒に営業に回っていた上司のO課長と昼食をどうしようということになった。ラーメンやそばなどはありきたりだし、なんか変わったもん食いたいですね、とワタシが言うと、しばし熟考ののちにO課長、


「そや!『クルクル寿司』行くか?『クルクル寿司』。」


(・・)・・・・・・・・・・


そういう言い方されると、コンベアの上で寿司を乗せた皿がクルクル回っているイメージがわいてくる。そう、遊園地の「コーヒーカップ」みたいな感じで。あるいは、コンベア自体が高速回転していたりとか…友人や同僚と食事の場所を決める際、何度か冗談半分で
『クルクル寿司』
と言ってみたこともあるのだが、大概の場合「はあ?」と聞き返されることが多く、「ああ、回転寿司ね」と即座に理解してもらえたことはほとんどない。


O課長は名古屋の出身で、のちに地元名古屋に異動となっている。案外、名古屋方面では標準語なのだろうか?『クルクル寿司』
おしえて、名古屋な人~ヽ('ー`)ノ~



ぎっちょ

F1マスターズ 2005,11,16
ナイジェル・マンセル


リカルド・パトレーゼ


アンドレア・デ・チェザリス


ディレック・ワーウィック


90年代にF1を見ていた方々には懐かしすぎる名前ではないかと思う。その彼らが、レースに復帰!…といってもこれはF1ではなく、今年初めて開催されたモータースポーツのマスターズ大会。この他にもエマーソン・フィッティパルディやエディ・チーバーといったオールドファンにはタマらないドライバーも名を連ねた計14台でレースが行われ、僅差でフィッティパルディを抑えきったマンセルが初代王者に輝いた。今年はエキシビション的要素が大きかったのだが、来年はあのアイルトン・セナと熾烈なタイトル争いを繰り広げたアラン・プロストらを加えて、全5戦くらいでシリーズ化する予定だという。

往時を知るファンにはタマらなく、若いファンには写真や映像でしか知らなかった名選手を生で見られることで人気のマスターズシリーズ。日本国内でもゴルフのシニアリーグをはじめ、プロ野球のシーズンオフを利用して行われている『マスターズリーグ』がある。現役時代と変わらぬスーパープレーに拍手喝采したり、逆に見る影もない珍プレーに爆笑したり、不甲斐ない打撃をした“ハリさん”こと張本勲さんに容赦なく「喝!」という声が上がったりwとファンの間にはすっかり定着した感もある。また、こういう場ではとかく隔絶されがちな、選手とファンの垣根を払った交流の場があるのも魅力だ。

プロストといえば現役時代は“プロフェッサー(教授)”と呼ばれた知将・戦略家で、情熱的に本能のまま車を操るセナやマンセルとは水と油の存在だった。そのマンセルと、現役さながらのバトルを見せてくれるのが今から楽しみだ。

気掛かりなのは、安全性は格段に向上しているとはいえレース中の事故と、これも参戦が噂されているゲルハルト・ベルガーの見る影もなく太った体がコックピットに収まるかどうか、だ(笑)まあ体に関しては、ワタシも人のこと言えたガラじゃないが(*^_^*)



ぎっちょ

12年目の決着戦 2005,11,15
以前から噂には上っていたが、大晦日に開催される『PRIDE男祭り』で待望の黄金カードがついに正式発表となった。

小川直也
    vs
     吉田秀彦

二人の因縁は、92年のバルセロナ五輪にまでさかのぼる。金メダル確実と見られていた小川は重量級決勝で敗れ銀メダルに終わり、大会前は伏兵的存在だった吉田が78キロ級で金メダル獲得。その2年後の94年、今度は『全日本柔道選手権』の無差別級決勝で二人が直接顔を合わせ、それまで5年間日本人相手に無敗を誇っていた小川が体格的に劣る吉田に僅差の判定で敗れた。その後、母校明大柔道部指導者の道を蹴ってプロレスラーに転身した小川と、柔道の指導者として歩み柔道の誇りを背負って総合格闘技で闘う吉田は、正反対の道を歩いてきたと言える。そして12年の時を経て今、ここに二人の歩む道が再び交わったのだ。

情に厚く親分肌で慕われる吉田と、唯我独尊自己中心な小川はもともと相容れる存在ではなかったと言われる。それに加えて過去の因縁もあって、カード発表の記者会見は一触即発の状態になったようだ。大晦日のリングは、凄惨極まる遺恨試合の様相を呈してきた。

大晦日格闘技興行でカード的にやや遅れをとっていた感のあったPRIDEであったが、今年も曙vsボビーというイロモノカードを用意してきたK1に対し、この1試合だけで一気に盛り返した格好だ。他にも桜庭和志vs田村潔司戦やヘビー&ミドル級のタイトルマッチも予定されているといい、すべて実現したならすんごいことになりそうな勢いだ。

PRIDEの魅力はその試合内容もさることながら、選手紹介を兼ねて試合前に会場に流される“煽りVTR”の秀逸さにもある。先のヒョードルvsミルコのタイトルマッチをはじめ、試合が始まる前から煽りVで涙してしまうことも多い。因縁渦巻く小川vs吉田戦。煽りVも相当作り込んだものになるだろう。信じられない話だろうが、今それを考えただけですでにワタシの涙腺は決壊しかかっている(笑)



ぎっちょ

右折 2005,11,14
ワタシが車の運転で一番キライなのが右折である。なかなか一発で曲がれないことが多いのがひとつ、曲がれない間に後続車が詰まって「チッ!」とか言われていそうなのがイヤなのがひとつである。従って、仕事で初めて行くところを地図で調べる際、道路沿いに訪問先がある場合には多少大回りしてでも左折で入れるルートを選ぶことが多く、埼玉県内の渋滞解消に微力ながら一役かっていると自負している(^-^)vな〜んて

思えば、免許取得の際も最大の難関は右折であった。石橋をたたいて壊すと揶揄される慎重すぎる性格ゆえかタイミングがなかなか計れず、第三段階を通過するのに3ヶ月(「おらぁ才能ねぇ」とグレて教習拒否していた1ヶ月半含む)を要した。そのあたりも、右折嫌いの理由のひとつとしてトラウマになっている面はあるのかもしれない。

もちろん、運転歴は20年近いのだから100%右折しないというワケではない。それでも、信号が変わりかけているところに突っ込んでくる無謀なバカドライバーのせいでヒヤッとすることも多い。まあ考えてみりゃあ左折にしたって歩行者や自転車を巻き込む可能性もあるワケだが、それでもより確実に、かつ安全に目的地に着くためにも、ワタシは極力“左折進入”を試みるのである。



ぎっちょ

深っちゃん三蔵 2005,11,13
来年1月放送開始予定のドラマ『西遊記』(フジ)は、これまで数多くの名作ラブストーリーを生み出した“月9”(ゲツク)枠としては異色のドラマだ。『西遊記』といえばかつて他局で堺正章主演で製作されたものが有名だが、今回は堺版から25年ぶりのリメイクとなる。

堺版の『西遊記』と比較しながらキャスティングを紹介してみよう。主人公の悟空役には香取慎吾。堺の“先代”と比べるとやや大柄な悟空となったが、確かに香取には“猿”的イメージがないことはないw大河ドラマ『新選組!』での好演もあってワタシの中では演技的評価も高く、期待の持てるキャスティングである。

悟浄(旧作は岸部四郎)には、ウッチャンナンチャンの内村光良。ドラマ出演やコントで演技も多数経験しているとはいえ、そこに自分に酔い痴れるナルシズムが滲み出ていてあまり好感が持てないタレントだ。女性関係にだらしないのも「×」。作品の質を落とさない程度に、ほどほどに頑張ってくれ。

八戒には『電車男』の伊藤淳史。彼を見るとどうしても「あの“ちびノリダー”が…」という感慨に浸ってしまう。旧作パート1の西田敏行、2の左とん平と比べるといささか“肉感”に乏しい気はするが、鼻の穴のふくらみ方は確かに八戒っぽいか(^◇^;)

そしてそして…伝説の美女・夏目雅子が演じた三蔵法師は、深津絵里が演じることになった。演技力も確かだし、個人的好感度もトップクラスの女優さんなのだが…スポーツ紙などでスチール写真を見る限り、小柄でボーイッシュな深っちゃんはどうしても

一休さんに見えてしまう_| ̄|○

あまり旧作のイメージを引きずるのもどうかと思うのだが、夏目雅子の三蔵にはどこか“神秘的”ムードがあった。どちらかといえば“親近感”に溢れる深っちゃんがどのような新しい【三蔵像】を作りだすか注目したい。


そういえば『西遊記』の類いで特筆されるのが、ドリフの人形劇『飛べ!孫悟空』ではないだろうか。CSで放送中の『大爆笑』がそろそろ完結に近付いていることもあるし、久しぶりに「♪ニンニキニキニキ」の旋律を聞いてみたいとは思いませぬか?ピンクレディーのセクシーダンスを見たいとは思いませぬかえ?

求、放送嘆願を『ファミリー劇場』に送る同士!



ぎっちょ

モラル低下 2005,11,12
日本人のモラルやらマナーやらが低下していることについて嘆くのは、何も今に始まったことではない。ワタシは通勤に電車を利用しているせいか、もっとも気になるの駅・電車でのマナーである。駅のホームや電車内の床の上にへたるようにして座り込む女子高生、ガムをクチャクチャ音をたてながら噛んでいるボーヤ、電車内で大声を出しての携帯電話…ワタシが利用している路線ではそれほどでもないが、エリアによってはもはや“無法地帯”と化しているところもあるようだ。しかし注意したらどんな目にあわされるかわからないし、なにしろ本人たちに“罪の意識”がないのだから手に負えない。こういう場合、ワタシは当人たちよりもその親どもを軽蔑するのである。

電車内と合わせて目につくのは、喫煙マナー。歩きタバコやポイ捨ての類いである。駅構内での終日禁煙や歩きタバコの禁止区域が増えたせいか、その数は以前よりは減った感がしなくもないが、そうでないところでは相変わらずの光景である。はっきり言ってタバコのポイ捨てなんてのはウンコしてケツも拭かずに立ち去るにも等しい行為だとは思わんかね?え?喫煙者の皆様方。

そんな折、いつもの通勤時に駅の階段下に僧侶と思しきいでたちの殿方が立ってタバコを吹かしていた。手には、吸っているタバコの入った箱と…

小型吸い殻入れd(^-^)

さすが僧侶、エチケットをわきまえていらっしゃる。と、ここでふと考えた。喫煙者の地位向上の一環策。

例えば…

タバコの箱に使い捨て小型吸い殻入れを標準装備

例えば…

喫煙者総出しての吸い殻拾い行脚

社会的影響も大きいキムタクにドラマで吸い殻入れを持たせるなんてのもいいかもw

受動喫煙の問題など、人体への害毒について取り沙汰されることが多いタバコだが、忌み嫌われるのは決してそれだけが理由ではないということを、喫煙者の皆様方はもう少し真剣に考えるべきではないか。

「近頃肩身が狭くてねぇ…」

などと嘆く前に。



ぎっちょ

爆笑人違い 2005,11,11
ウソのようなホントの話…らしい。

ワタシは、タレントでも一般人でも自分の才能や容姿に必要以上に酔い痴れるような“自己陶酔者”の類いが苦手である。芸能人で例を挙げれば、自分の出演している番組を逐一録画しては自分のギャグで大笑いするという明石家さんまとか、御互いで御互いの容姿のカッコよさを褒め合っているというウワサのあるキムタク&中田ヒデのコンビとか…


その、中田ヒデにまつわる“笑激”のウワサ話を入手したので一席…


激戦を終えて、母国日本へ一時帰国してきたヒデ。空港で、グラサンをかけた上に帽子を目深にかぶって人目を気にしながらも、


「フッ…オレっていけてる?」


と思ってたとかなかったとか。しかし明らかに一般人にはないオーラが出ているだけに、ひっそり…というワケにもいかない。その姿を見掛けた一般客の一部が、ザワザワと騒ぎ始めた。

「ねぇねぇ、見て見てあの人…」

フッ…気付かれたか…ま、しょーがない。声をかけてきたらサインくらいしてやるか…

と実際にヒデが考えていたかどうかは別にして、ヒソヒソ話していた一般客の話のつづき…



「ねぇねぇ、あの人『フォ〜!』の人じゃない?」

( 火 暴 )

ヒデ本人にその声が届いていたかどうかは知らないが、聞こえていたならその場で卒倒していたのではないだろうか?いや、普段海外で生活しているヒデがその存在を知っていたかどうか知る由もないが、当代きっての人気者とはいえあろうことかキワモノ芸人の極地ともいえるレイザーラモンHGに間違われてしまったというのだ!あのカッコイイヒデがwこれが笑わずにいられようか。ワタシはこの真偽のほどが定かでないウワサ話を耳にして以来、その光景を思い浮かべては笑いをこらえるのに必死な毎日を送っている(^◇^;)



ぎっちょ

チャンネルロック・TブーS 2005,11,10
ゲンかつぎをよくする。正確に言うと、ゲンに拘る。朝の目覚まし音、通勤経路、毎朝飲む缶コーヒー、営業車内で聴くラジオ…ゲンというよりは“慣れ”とも言えるかもしれないが、余程のことがない限りこれらのスタイルを変えることはない。余程のことというのは、余程のことであるw

ここんとこ、どうも仕事がしっくりいかない。原因はS木…ではなく、なんと所長だ。所長は以前から、はしごをかけて屋根の上に上らせておいて、上りきったところでサッとはしごを外すような行為をタマにする。ワタシが要領が悪くて、所長の指示する真意が伝わっていない面もなきにしもあらずだが、ワタシの報告を深読みして対応し、後でそれが問題となった時に自分が深読みした部分を「ぎっちょさんが報告したから」と言い張ったりするのだ。もはや言った言わないになれば、不条理な話でも部下のワタシが引かざるを得ない部分もある。忸怩たる思いで事務所を飛び出すことも少なくない今日この頃。

そんなこんなで、ちょっとしたゲン直しを。まず、少し伸ばし気味だった髪に久々にバリカンを入れた。およそ4〜5ヶ月ぶりくらいになるのではないかと思われるクリクリ頭。それと、営業車内で聴くラジオの放送局も変えた。今まではバラエティ色の強い文化放送を聴いていたのだが、今週からTBSにした。聴き慣れない分まだ違和感も大きいが、ラジオの王道とも言うべき番組構成は好感が持てる。そういえばワタシが放送業界(アナウンサー)を志すきっかけとなったのは、幼少の頃聴いていたTBSラジオ【生島ヒロシの夜はともだちセカンド】だったっけ。お気に入りの女子アナもTBS系列のヒトが多いのは、そうした思い入れも一因としてあるのかもしれない?

そうこうしていたら、番組のお天気コーナーにJNNニュースバードのお天気アナ元井美貴サンが登場してきた。知らない道を一人歩きしているところに、偶然知り合いに出会ったような錯覚をおぼえたw聞けば、ニュースバードのキャスターも時折ニュースコーナーに登場したりすることがあるらしい。そんな、パンピーには理解不能なささやかな楽しみを見出だしつつ、仕事運は相も変わらぬ低空飛行である…_| ̄|○

ぎっちょ

学園祭【後編】 2005,11,9
昨日に続いて、大学時代の学園祭の思い出話。ハア〜ベンベン\(`o'")

1ヶ月の苦労を噛み締めつつ、ついに【DJカフェ】が開幕。なにせ一発勝負の生本番ゆえに、台詞の間違いや出るハズのない音が出るなどというハプニングは日常茶飯事。失敗に落胆して涙する者あれば、またある者は会心の出来栄えに笑みを浮かべるという悲喜こもごもの人間ドラマが連日展開されるのだ。

ワタシが初めてこの大舞台に採用された企画は、二年生の時に作った『アニマル・クーデター』というショートドラマ。その年の夏休み期間中、深夜に再放送された『ウルトラQ』に触発されて書いたSFもので、人間に実験用や食用として扱われてきた動物たちがある日突然知能を持ち、人間たちに復讐を開始するという話であった。著名人が映画を作る時に【監督・脚本・主演】なんてことがよくあるが、自分の書いた脚本を自分で演技するってぇのは、かなりこっぱずかしい事である。この『アニマル〜』では、スタッフが足りなかったためにやむなく自分で主演もしたが、これ以降自分の脚本を“セルフ演技”することはかたくなに拒み続けたのであった。

毎年の定番では、洋・邦楽の年間ベストテンを紹介するチャート番組があった。ワタシは自身最後の学園祭で邦楽版を担当したのだが、曲やDJでスマートさが自然に出せる洋盤に対し、邦盤の日本語DJはどうしても『ロッテ歌のアルバム』的古臭さを拭いきれない雰囲気があった。ならば、とワタシは徹底的に構成に凝ってみた。機材を操る技術部の後輩にはかなり無理難題を押しつけてしまったが、おかげで当時の“邦楽紹介番組”のイメージを打ち破る作品を作り上げることができたと自負している。ランキングなど、今改めて聴き直すと「1位は○より×の方が」みたいなツッこみどころも満載なのだが(火暴)

全日程が終了すると、校内にある池に部員が次々ダイビングする儀式がある。時期的にかなり水温も低く冷たいのだが、気分が高揚しているせいかあまりそれは感じなかった。“実験台”としていの一番に池に放り込まれる者や、あらかじめ頭にシャンプーを塗っておいて飛び込んだ瞬間洗髪をはじめるといった具合にネタに走る者。ワタシはといえば、踏み台を作って助走をつけて当時通学に使っていた自転車ごとダイブするという荒技を見せた。この時、池の底に落ちていたガラス片で背中をザックリ切り、全治一週間のケガを負うというバカなことも、今となっては懐かしい思い出である。

時は流れ、校舎も新しく生まれ変わってしまった今となっては、ワタシが飛び込んだ池もなくなってしまっている。それでも、学生会館入口横にある“鉄の扉”でおなじみの部室と、卒業から20年近く経った今も脈々と受け継がれる“放研魂”はそのまま、後輩たちは今日もここで活動している。がんばれ!後輩たち(o^-')b




ぎっちょ

学園祭【前編】 2005,11,8
ここ数日、朝夕の冷え込みとは裏腹に日中は9月下旬〜10月上旬並というポカポカ陽気が続いている。今の時期にふと思い出すことといえば、大学時代の学園祭のことだ。ワタシの所属していた放送研究会の出し物は、【DJカフェ】と題して教室を喫茶室に見立ててそこにブースを作り、部員達の製作した番組をお茶しながら聞いて(見て)いただくという趣旨のものだった。

学園祭の準備には夏休みから入る。夏の合宿中に部員各自で企画を持ち寄り、夜を徹した議論の末厳選された番組を四日間の日程の中にふり分けてタイムテーブルを作成するとともにスタッフの構成も同時に行う。

10月は、連日放課後に番組のリハーサルを兼ねた審査会を行う。上級生を中心に、番組作りに一家言持つ面々が集まった【番組企画会議】(通称“バンキ”)によって厳しい審査がなされ、これを通過しないとOAを許されない。けっこう言いたいこと言われるので、下級生の頃などは“バンキ”と聞くと『蛮鬼』という文字が浮かんだりもしたw学生が片手間にやってるようなもんだから、事前に綿密な打ち合わせや練習をしてくる者は皆無と言ってよく、一発で“バンキ”を通過する番組などほとんどないに等しい。大抵の場合は3〜4度の“追試”が行われるワケだが、授業そっちのけで連日番組製作に没頭していたワタシは、比較的“バンキ”早期通過率はよかったような記憶がある(^-^)v

学園祭自体は5日間行われるのだが、ウチの部の初日は会場設営にあてられた。放送機材を置くブースはいっぱしの大工仕事のようで、完成は夜遅くに及んだものだ。この日から機材の盗難防止の意味も含めて、学校に許可をとった上で男子部員2名で教室に泊まり番をする。大体上級生と下級生のコンビで、カップ麺すすりながら
「おめぇ、○○ちゃんどーよ?」
「ええ、学園祭終わったら思い切って映画に誘おうと思ってるんっすよぉ〜」
な〜んて会話が深夜まで繰り広げられることもしばしばなのだ。鳴呼、青春(o^-')b

書いてるうちにいろいろ思い出して紙面が足りなくなってきたので、明日につづく。

明日は、思い出の番組と“宴の後”のことについて…~ヽ('ー`)ノ~



ぎっちょ

さよなら!我が青春のマリリン 2005,11,7
歌手・本田美奈子さんが、急性骨髄性白血病のため亡くなった。38歳の早すぎる死。抗がん剤の副作用で髪は抜け落ち、もともと細身ではあった体重も30キロ台にまで落ち込む壮絶な闘病生活だったという。

彼女のデビューは85年(昭和60年)。当時から群を抜いていた歌唱力の高さと、どこかリスなどの小動物を思わせるキュートな顔立ちで、デビュー直後から気になる存在ではあった。デビュー以来そこそこのヒット曲に恵まれた彼女であったが、中でも3曲目の『TEMPTATION』は数ある彼女の曲の中でも私的ベストソングとなった。

彼女の初の大ヒット曲となったのが『1986年のマリリン』。ヘソ出しミニスカートの大胆な衣装に加え激しく腰を振るこれまた大胆な振付けが話題となり、悩殺された殿方も多いのではないだろうか?ワタシはデビュー直後の“美少女路線”の彼女が好きだったので、あまりに唐突な路線変更に少々面食らったものだった。

彼女のアイドルとしての全盛期は87年頃までであっただろうか。テレビドラマの主題歌として大ヒットを記録した『ONEWAY GENERATION』あたりを境にセールス的には苦戦を強いられ、その後は女性だけのロックバンド【WILD CATS】を結成したり、演歌歌手に転身を計ったりと試行錯誤が続いた。そんな彼女が持ち前の美声で活路を見出だしたのが、92年のミュージカル『ミス・サイゴン』。以後、ミュージカル女優として頭角をあらわした彼女は『王様と私』『レ・ミゼラブル』等に出演。今年も『レ〜』と『クラウディア』の2本のミュージカルへの出演に意欲を燃やしていた矢先の今年1月、病魔は容赦なく彼女を襲ったのであった。

突然の訃報が伝えられた昨日以降、ネットを通じて生前の彼女の映像や音声を多数目や耳にすることができた。懐かしいアイドル時代の映像もいくつか見ることができたのだが、あんなにセクシーに感じた『マリリン』がなんだかもの悲しく聞こえてしまって、涙が溢れてくるのを抑えることができなかった。

誰であれ人の死は悲しいものだが、自分と同世代の者が志半ばで逝くことほど辛いことはない。本田美奈子。キミは健気に病魔と戦い抜いた。苦しかっただろう。辛かっただろう。そして何より、無念で無念でならないだろう…今は、すべてを忘れてキミが安らかに眠れることを祈るばかりだ。


ありがとう、本田美奈子。

さようなら、我が青春のマリリン。


合 掌



ぎっちょ

空中元彌チョップ(火暴 2005,11,6
近年、プロレスが求心力を失いつつあるのは、【K−1】【PRIDE】といった格闘技の台頭によるところが大きい。漫然とあった“プロレス最強幻想”が、“幻想”ではなくまさに最強を目の当たりにできる格闘技によって薄れ、その格闘技に参戦したプロレスラーがことごとく惨敗を喫したことで、それが如実に表出した格好だ。

日本とは反対に、米国のプロレス団体【WWE】が根強い人気があるのは、興行の裏側にある“事前打ち合わせ”を敢えて公表し、観客もそれを承知の上で楽しむという構図が出来上がっているからでもある。誰が強い?ということよりも、
「誰と誰がどうして戦わねばならないのか?」
を綿密なストーリー設定のもと毎週のレギュラー放送で展開し、月いちの特番でそれがピークに達するという繰り返し。これを受け入れられるのは、スポーツを純粋なイベントとして楽しめる米国人の国民性もあるのだが、こと“真剣勝負”にこだわる日本人には、これまでこうした興行体制は不向きと思われていた。しかし、ここ数年で急速に普及したCS放送などで米国の“エンターテインメント”を目にする機会も多くなり、それがまた密かなブームを巻き起こすことになって、日本でもこうした『エンターテインメント・プロレス』を旗揚げしようという動きが活発になった。【大阪プロレス】などマイナー団体でこうしたスタイルを確立したところもあるが、メジャー団体では皆無。K−1がボブ・サップ人気にあやかって旗揚げした【レッスル1】も、そのファイトスタイルのショぼさや、K−1王者アーネスト・ホーストにプロレスをやらせたことで純粋なK−1ファンからも総スカンを食ってしまい、長続きはしなかった。

K−1とは逆に、PRIDEを主催するDSEが旗揚げした【ハッスル】シリーズは着々とその地位を確立しつつある。小川直也と故・橋本真也の合体から始まったこのシリーズ、当初は純プロレス路線を走っていたのが、高田延彦扮する『高田総統』登場以来、総統率いる“モンスター軍”と小川&橋本を中心とした“ハッスル軍”との抗争劇を中心に、綿密に練られた台本(?)で日本では実現不可能と思われていた『エンターテインメント・プロレス』をいともカンタンに実現してしまった。

最近の【ハッスル】は、意外な人材の登用により“第2段階”に入った。グラビアアイドル「インリン・オブ・ジョイトイ」が高田総統の片腕“インリン様”として登場し試合までさせてしまう意外性はついに、狂言師・和泉元彌やお笑い芸人HG(レイザーラモン)までリングに担ぎ出してしまった。特に、数年前まで連日ワイドショーをにぎわせていた和泉元彌と母親セッチーの参戦は、主婦を含めた一般視聴者層にも興味をそそらせるものであった。試合内容もさることながら、試合開始まで元彌が姿を見せず、「ドタキャン?」と思わせておいて空中からヘリの音とともに元彌が飛来するというワイドショーネタを絡めた演出にも度肝を抜かれた。

【ハッスル】では、今後も意外な人材の登用を匂わせている。さしあたってウワサにのぼっているのは、プロゴルファー・片山晋吾。昨年はグリーン上での“ハッスルポーズ”で話題となり、実際に小川らとともにリング上で「ハッスルハッスル!」とやった経緯もある。どのようなシチュエーションのもと、片山がリングに姿を現すのか?また他にも世間を「アッ!」といわせるような仰天選手の参戦はあるのか?今、【ハッスル】から目が離せない。



ぎっちょ

苗字 2005,11,5
勤務先の近所に【小屋】という苗字の家がある。家族構成までは知る由もないが、もし小学生くらいの子どもがいたら、学校で【牛小屋】とか【豚小屋】とか言われていじめられてやしないかと人ごとながらいらぬ心配をしてみたりするw

自分の意思の届かないところでついた苗字や名前とはいえ、そのせいでイヤな思いをすることもある。ワタシが幼少時代を過ごした京都で、もっともヒドい仕打ちを受けていたのが【馬場】クンであった。関西在住の方ならご理解いただけると思うのだが、あちらで“ババ”といえば『ウ○コ』のことを指す。従って苗字が『ババ』だというだけで、もう触るのも憚られるくらいの汚い存在になってしまうのである。同様に【御手洗(ミタライ)】クンも、トイレに連れていかれて
「ほれ、おまえの家や。【御手洗】って表札出てるやんけ」
ってなことになってしまうのだ。くわばらくわばら。

同姓同名の芸能人や有名人に因んでアダ名がつくことも多い。名前が『ケンジ』だからというだけでアダ名が【ジュリー】になったりする羨ましいケースはごく稀で、苗字のせいで『高見山』と呼ばれるガリガリにやせた【高見】クンなんてのが関の山なのである。また、当時絶大な人気を博していた『ドリフ』にならって、【加藤】クンが『カトちゃん』と呼ばれるのはまだ愛嬌があったが、【高木】クンは決まって『ブー』と呼ばれる。全国津津浦浦の高木サンは、一生に一度は必ず『ブー』呼ばわりの洗礼を受けていると見てまず間違いない。

高校時代の同級生・青木憲二くん(仮名)は、かなり大きい頭と“かた焼きそば”のような髪をネタにしてよくからかわれていて、ワタシも彼をモチーフにしたダメダメなヒーローもの漫画『ケンタンマン』を描いて茶化したりしていた(火暴)彼はその苗字と名前から『アオケン』、さらにそこから派生して『アホケン』とも呼ばれたりしていた。後年、同窓会で彼と再会した際、彼は
「どんなにからかわれても苦にならなかったけど、『アホケン』だけはこたえたなあ」
としみじみ語っていた。ごめんねケンタンマンw

まったくの余談だが例の【小屋】家の向かい側は【大屋】さんちである。ウソのようなホントの話。単なる偶然?それとも、何か両家の主従関係について古来から伝わる因縁があるのか?詳細を待て!いつになるかわからんがw



ぎっちょ

えび、いか…今度はコアラ? 2005,11,4
約10年ぶりに、映画館で映画を見る機会に恵まれた。山崎まさよし主演の『八月のクリスマス』という作品で、韓国映画の原作を日本版にリメイクしたものだ。韓国映画といえば、毎日聞いているラジオ番組の木曜コメンテーターである映画評論家のおすぎ氏が

「韓国の映画とかドラマって間が長すぎて展開がなかなか進まないから、じれったくって見ちゃいらんないわよォ〜!」

と大変憤っておられたのだが、『八月〜』はどうだったかというと…残念ながら「やっぱこんなもんか?」の出来であった。死を宣告された青年(山崎)の日常が淡々と語られるだけで、かなーり退屈な展開。前出のおすぎ氏のコメントと合わせて、ワタシの中での韓国映画のイメージがガチガチに固まった、という感じだ。せっかく日本でリメイクするなら、もう少し話のメリハリやテンポなど、日本流のアレンジが欲しかった気がする。


映画を見終わって、近日公開予定の映画のチラシを物色していると、こんなものが目に飛び込んできた。


『コアラ課長』


以前本稿でご紹介した『えびボクサー』というカルトムービーがあったのだが、敬愛するみうらじゅん師匠が絶賛していたこともあって、そのDVDを購入してしまったことがあった。

2004年1月12日掲載分参照

『えび』は洋画だったのだが、その話題性に便乗したのかその後国内で『いかレスラー』なる作品が公開された。新日本プロレスの西村修主演で、イカに変身したレスラーがリングで戦うという荒唐無稽なストーリーで話題となった(ぎっちょ未見)。その『いかレスラー』を撮った監督が再び挑む意欲作が『コアラ課長』である。文字通り、コアラの課長が猟奇殺人事件に立ち向かうストーリーだというが、『いか』もそうであったが少々悪フザケがすぎるような気がして、気分的にはあまりノレない企画ではある。2006年お正月映画として、シネセゾン渋谷でレイトショー公開されるらしいので、興味ある方はどーぞ。



ぎっちょ

相撲文字 2005,11,3
小学校三〜五年にかけて、書道教室に通っていた。字がうまくなりたいとかそういうのではなくて、その動機は一風変わったものであった。


相撲文字が書きたい


大関・貴ノ花(故・二子山親方)の初優勝に感銘を受けたのをきっかけに、父に買ってきてもらった相撲雑誌。迫力ある取組写真と合わせて目を引いたのが、星取り表に相撲文字で書かれた力士名であった。寄席文字などと並ぶ日本古来から伝わる独特の文字体。それぞれの違いについてはよく見比べていただくとして、各文字に共通しているのが字体が上から押しツブされたような印象を受けることではないだろうか。これは、客席が隙間なく埋まることを祈念してのものだという。ただ、寄席や歌舞伎がやや角張った印象を受けるのに対し、相撲文字は丸みを帯びた柔らかさを感じる。ワタシが相撲文字に惹かれたのは、案外そういうところもあるのかもしれない。

場所ごとに発表される番付表では、上下に押しツブされたような星取り表とは違ってややタテ長の字体になっているように見える。これは昔、大判の板きれに書いた番付を屋外に掲示していた名残で、下から見上げるとちょうどいい字体となるよう工夫されたものだという。板番付は、今も両国の国技館に行けば見ることができる。

実力がすべての相撲界。給与などの待遇面はもとより、番付の字体も十両以上の関取衆から比べると幕下以下の力士のシコ名が書かれた字体は極端に細くなる。三段目、序二段と下がるにつれて字は細く小さくなり、最下段の序の口までいくとそれこそ虫メガネを使わないと見えないところから、角界の隠語で序の口力士を称して『虫メガネ』と呼んだりもする。ワタシは20歳くらいの頃に一度、この虫メガネに挑戦したことがある。

おっと、序の口力士と相撲を取ったという意味ではないのであしからず(笑)

ある日突然、千代の富士や朝潮、若嶋津、北天佑、大乃国といった当時の上位力士のシコ名を虫メガネサイズで書いてみたくなったのだ。極細の筆ペンを使い、なかなか緊張感と根気の要る作業であったと記憶している。いわば、【写経】の域に近いかも?今改めて見直すと、我ながらなかなかの力作である(^-^)v

さて、間もなく1年納めの九州場所。その番付が発表された。前人未到の7連覇&年6場所完全制覇に挑む朝青龍、所要場所史上最速での大関昇進と初優勝を目指す琴欧州稀勢の里安馬といった有望株も、上位との対戦圏内に上がってきた。新勢力の台頭もあって、朝青龍の“一党独裁”時代もそう長くは続かないと思われるだけに、ここで朝青龍に大記録を達成してもらいたい気持ち半分、若い力が新時代の扉をこじあけるところを見たい気持ち半分…九州場所は13日初日。


参考資料『看板文字の話』



ぎっちょ

スーパーアグリ発進! 2005,11,2
F1でシート喪失の危機にあった佐藤琢磨が、噂どおりホンダエンジンを搭載する新チームのシートに収まることが濃厚となった。その新チームの指揮をとるのが、鈴木亜久里。モータースポーツの最高峰・F1で日本人として表彰台に上がった二人がタッグを組む格好になる。

亜久里が表彰台をゲットしたのは90年の日本GP。タイトルを争うセナとプロストがスタート直後に接触してコースアウト、上位を走るドライバーが次々リタイヤする“幸運”を茶化す向きもあったが、非力なマシンで粘り強く走り抜いた亜久里の表彰台は、もっと讃えられてしかるべきだと思う。琢磨は、自身も絶好調だった昨年のアメリカGPで表彰台をゲット。フェラーリの強さばかりが目立ったシーズンだっただけに、ミハエル&バリチェロのフェラーリ勢2台に続く3位は実質優勝にも等しいものであったと言っても過言ではない。

今までもFN(フォーミュラニッポン)やインディカーで独自のチーム運営をしてきた亜久里だが、F1には95年以来の復帰となる。思えば、亜久里のF1ラストイヤーは散々なものだった。リジェ無限ホンダと正規ドライバー契約をしながら、シーズン開幕直前にチームが別のドライバーと契約して亜久里はリザーバー扱いに降格。スポットでわずか数戦しか走れなかった無念を晴らす意気込みで望んだ母国日本GP予選で大クラッシュを起こし、背骨を折る大ケガを負ってしまう。応援するファンのため、そして何より自分のためにギリギリまで攻めた亜久里の走りには、亜久里ファンならずとも感動したものだが、後年亜久里自身がトークショーで司会からそのことに触れられた際、

「あー、あれ、よそ見だったんだよー(・∀・)」

とやって、一同をズッこけさせたりもした…

※トークに同席していた土屋圭市は、「あれ見て感動して泣いちゃった人だっていたんだから、冗談でもそんなこと言っちゃダメだよ〜!」と言って怒っていたw

そんな、明るい前向きな姿勢が亜久里最大の魅力でもある。参戦が正式に認められるか否かはもう少し先のことになりそうだが、会見での亜久里の表情はとても生き生きとして見えた。ファンのため、琢磨のため、日本のため、そして何より、不完全燃焼なまま中断していた自分のF1キャリアの集大成として、

がんばれ亜久里!\(`o'")

と心からのエールを送りたい。



ぎっちょ

まいど(・ω・)ノ 2005,11,1
ご愛読ありがとうございますm(_ _)m

こうやってほぼ毎日書き続けていて励みになるのは、読者のみなさんからの反応です。「一言メッセージ」や掲示板に書き込んでいただいたメッセージには都度返信するよう心掛けていますが、その他にもメールや電話、他サイトのチャットなどでご感想やご意見などいただく機会もあって…今日はそんな【未公開問答集】をお送りしようかと…
\(`o'")ハア〜ベンベン!



1.冷凍ピラフは油ひきませんよm9(`・ω・´) シャキーン

言われて外袋を確認したら…「油をひかずに」とはっきりくっきり書いてありました。念のため、買い物に行った際に他のいろいろな冷凍ピラフの類いを調べたのですが「少量の油をひく」との表示はどこにも見当たりませんでした…どっかで見たことあったような気がしたのですが…気のせいですか?ですね。



2.そばつゆがなかったら‥⇒醤油とみりんを1:1にするとそばつゆになりやすよ〜(^o^)/

なにぶん男の一人暮らし、カロリー計算などまったく無視の食生活。料理についての知識も浅はかゆえいろいろツッコミどころも多いかと思います。しかし、この件の他にも以前【無洗米のおいしい炊き方】などご指南いただいたり、みなさんのアドバイスは何かと重宝しております。ただ本件に関しましては、生憎ウチにはみりんが置いてない…
_| ̄|○
今度買っておきます…



3.てめーそばつゆなかっただけで休載するワケねーだろーが。何があった?

と、夜かかってきた電話をとるやいなや電話口で叫んだD・Oさん(名古屋在住、新米パパ)。ご心配おかけしますた。まあそれなりにやってます。育児大変でせうがガンバッ!
ヽ(*^‐^)人(^-^*)ノ



4.どうしてS木さんはクビにならないの?

まあはっきり言いまして、S木をクビにしちゃうと、代わりにこちらによこす余剰人員がいないということのようです。でも今の働きぶりならS木なんかいなくても、ワタシを含めた他の3名で十分やりくりできそうな気もするのですが…

S木は、言葉の真意がどうあれ自分がかまってもらえることが嬉しくてしょうがないようです。その証拠に過日全営業所員を集めて行われた研修会で、S木が営業本部長に指名されていかに自分が仕事してないかを全営業所員注視のもと白状させられたのですが、本部長が意図的に仕向けたことというのは誰の目にも明白で、ワタシならその場で中座したくなるくらい恥ずかしいことだと思うのですが、S木にとってはそれより何よりとにかく自分が指名されたことが嬉しかったようで会議後の懇親会でも(・∀・)ニタニタヘラヘラし通し。これを“厚顔無恥”と言わずして何と言いませう。顔を見るのもイヤで無視してるのに、S木はワタシにかまってもらいたいのか執拗にコンタクトを試みてきます。もうそのたびにミルコばりの左ハイをたたき込んでやりたい衝動にかられます。まあその節はこちらでご報告させていただきますので(^-^)v


またいろいろご意見ください。
今後ともよろしくお願いします('◇')ゞ



ぎっちょ


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