ぎっちょの「ひとりたわむれ」

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2009,4,29 トイレ改築
2009,4,28 香苗潰しの地デジカ、キャプラー殺しの糞ズバ
2009,4,27 必殺論
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静かなる夏休み 2005,7,31
ワタシ、マンションに一人暮らしをしております。当然といえば当然のことながら、一人で住んでいるのはワタシぐらいのもので、ほとんどが所帯持ちです。ワタシの部屋は1階のエントランスを入って一戸目なので、階下や隣に気を使うことが少なくて済みます。ただ、ステレオのボリュームを上げすぎて隣から苦情を言われたことが二度ほどあります。それなりのマンションですので、壁の防音設備は整っているのですが、5.1CHの脅威か?ウーハーの低音から発生する振動が壁を伝って響いたようなんですな。最近は、特に深夜は音量は絞るように心がけてます。当たり前かw

上階は、小さい子供が複数いる家族です。ワタシよりひと月ちょい遅れての入居でしたので、その際に
「子供が小さいので少々音がうるさいかもしれませんが…」
と丁寧にご挨拶しに来てくれました。確かに、毎日ドタバタと足音が賑やかでしたが、まあわざわざ来てくれたんだし、少々のことは気にしないようにするか、と寛容な心で大目に見てきたんです、ワタシも。



あれから4年半…



上階からは相も変わらずドタバタと子供が走り回っているらしい足音が。つい先日なんか、深夜の1時過ぎになにやら「トントントン…」とトンカチで釘を打つような物音が。さすがに温厚なワタシも頭にきて、文句を言おうと寝間着から外出着に着替えて上階へ…行こうとしたのですが、着替えている間になんか怒りも冷めちゃって、「ま、いっか…」って感じに…。隣なら、怒りにまかせて部屋を出て「ピンポン」とやれるのでしょうが、こと上階となると部屋を出て階段を上がって…いるうちになんだかどうでもよくなっちゃうんですな。まあしょうがないか、みたいな。

お盆と年末の長期休みになると、上階のバカガキどもも帰省してるのか足音もせず静かなもんです。そうして平穏な日々を送るうちに、日頃のドタバタに対する怒りも忘れて…忘れた頃にガキどもが帰ってきて、またドタバタするも怒りが冷め切っていてなんだか怒るに怒れず…そんなこんなを繰り返して4年半…呑気、ですよね、やっぱw



ぎっちょ

ゼニのとれる試合 2005,7,30
久しく日本人スター選手不在であったK−1だが、ここ2年続けてGPで武蔵が準優勝、今年こそは日本人王者誕生か?と期待が持たれている。が、その反面、判定決着が多い武蔵の試合ぶりには“華”がなく、面白みに欠けるきらいがある。外国人選手に比べて体力的に劣る日本人選手としては、真っ向打ち合っても体力負けするだけ。武蔵のように徹底したヒット&アウェー戦法で効果的にポイントを重ね、判定に持ち込むのが、【勝つ】ことだけを考えるなら得策であるのは確かである。しかし、こうした戦いぶりはことK−1を“娯楽スポーツ”として考えた場合は、やはりマイナスでしかない。たとえ武蔵が勝っても手放しに喜べないのは、こうした要因によるところが大きい。

打撃系格闘技K−1の最大の魅力は、やはり壮絶な殴り合いにある。かつては、マイク・ベルナルド、サム・グレコ、ジェロム・レ・バンナといったハードパンチャーの実力者がいて、それぞれとの直接対決では今でも語り草となっている好勝負がいくつも展開された。グレコが去り、ベルナルドが衰え、バンナもケガで往時の輝きを失い、その他のパンチ系の実力者でもシリル・アビディは伸び悩み、マーク・ハントやステファン・レコがその運営ぶりにイヤ気がさしてK−1を離れたのを見ても、その斜陽ぶりは明らかである。今、パンチ重視の試合で魅せてくれる選手といえばレイ・セフォーがいるが、最近はややパフォーマンスに頼る傾向があって試合内容はイマイチなものが続いている。

今日行われたハワイ大会。曙の相変わらずのダメダメぶりはともかくとしてwトーナメントで優勝したゲーリー・グッドリッジは、めっきり少なくなった“ゼニのとれる”K−1戦士である。ここまで通算13試合で11試合が勝っても負けても1R決着。まさに、やるかやられるかのスリリングな展開。今日も期待に違わず全試合をKO勝ちで飾った。PRIDEを主戦場にしていた頃から打撃重視の試合ぶりで人気があったが、この1年くらいで立ち技の技術が飛躍的に進歩したように思える。今年のGPは台風の目になるかもしれない。

もう一人、この日の会場をもっとも沸かせたのが日本の藤本祐介だった。出場選手中最軽量ながら、大型選手と逃げずに真っ向打ち合い、2試合連続でパンチ一発でのKO勝利を収めた。決勝のグッドリッジ戦も壮絶な打ち合いとなって、都合4度ダウンを喫したが、その度に立ち上がって満場の拍手喝采を受けた。ワタシも見ていて、久々に胸が熱くなる試合だった。

とはいえ、勝ってナンボの世界で実績を上げるには、批判を覚悟の上で打ち合わずひたすら逃げるような試合をしなければならない。かといって、打ち合えば体力負けは目に見えている…格闘技ってムズカシイ。



ぎっちょ

母校、散る 2005,7,29
28日、神宮球場で高校野球の西東京大会準決勝が行われた。ここまで快進撃を続けてきた我が母校・都立小平高校であったが、シード校でもある明大中野八王子高校に5―8で敗れ、甲子園の夢はここで潰えた。二回に先制された母校だったが、その裏すぐ逆転!一瞬「おっ?」と思わせたものの、六回に逆転されると緊張の糸が切れたように失点を重ね、八回に2点返して反撃を見せるも一歩届かなかった。

日曜の試合観戦後、書店で「甲子園出場校予想」をしている雑誌をいくつか見てみたのたが、当然のことながらノーシードのうえにこれまで2勝して四回戦に進んだのが最高成績である母校の活躍を予想しているものは皆無だった。それだけに今回の大活躍、それもシード校を向こうに回しての堂々の試合ぶりは大いに溜飲を下げるものとなった。

予想外の好成績ゆえ、試合に敗れても選手たちはサバサバしているのではと思ったら、グラウンドに座り込んで泣きじゃくる者が多いのには少々驚いた。選手たちは“ソノ気”になっていたのだ。その意気やよし。後輩たちよ、思う存分泣くがいい。キミたちにはその資格がある。キミたちのおかげでワタシは青春を取り戻し、束の間の夢を見ることができた。普段外出することが少なく、夏でも色白なワタシが、ほんのり小麦色に日焼けできた。20年ぶりに恩師にも再会できた。それもこれも、みんなキミたちのおかげだ。本当にありがとう。

とはいえ、相手投手は10四球を出す乱調で、付け入るスキがなかったワケではない。うまくやれば勝てたかもしれない…いや、過ぎたことはもう言うまい。二人の主戦投手と四番打者は2年生。自然、来年への期待も高まるが、逆にマークがキツくなるのも事実。それを乗り越えることができるか?就任一年足らずでチームをここまで鍛えあげた監督の手腕にも大いに期待したい。

ともあれ、長年の夢であった“母校の甲子園出場”がホンのかすかにではあるが見えたのは事実。死ぬまでに一度でいいから、甲子園のアルプスで母校へ声援を送りたい…例えその時が100歳でも、ワタシは応援に駆け付けるぞよ!

最後に、でっかい声出して校歌いくぞゴルァッ!


♪清き武蔵野 けやきは高く
  そろうこずえに 光る風 光る雲
  英気はあふれ 力は満ちて
  若人われら 今ここに
  小平高校 愛する母校
(http://www.kodaira-h.metro.tokyo.jp/)


ありがとーっ!(ToT)



ぎっちょ


※文中、試合状況等について詳細な表記がありますが、【東京MXTV】で中継されたものを録画して帰宅後に見たもので、仕事をサボって球場へ行ったのではないということを、どうか信じてください…w

老犬介護 2005,7,28
昨日の夕方、知人との待ち合わせに利用したディスカウントショップの家電売り場でテレビを見ていた。普段はあまり見ることのないNHKの生活情報番組だったのだが、この日のテーマは『老犬介護』であった。食文化や医療技術の発達により、人間同様ペット社会でも高齢化が進んでいるという。平均寿命も、ホンの10年前は10歳前後だったのが今や12〜13歳。一緒に暮らす時間が長くなれば、それだけ情愛が深くなるのも必然。そんな中、いかようにして年老いたペットと向き合うべきなのだろうか…。

まず取り上げられたのが、12歳のラブラドールレトリバー。一年ほど前から自力で立つことができなくなり、寝たきりの状態が続いているという。子供たちは独立し、50代後半の夫婦二人暮らしの家庭で、犬の介護はもっぱら奥さんの仕事。胴輪を犬の体に巻き付け、引っ張り上げるようにして補助しながら外に連れ出して排泄する。作業は一日5回前後だが、犬の体重が20キロ以上もあるものだから腰への負担も計り知れず、奥さんも腰痛の治療のために通院しているという。床擦れ防止のために定期的に寝返りをうたせるのだが、それでも犬の前足には小さな褥瘡(ジョクソウ。床擦れによってできる傷)があり、それが痛いのかクンクンと弱々しく鳴く。かつて、家族ともども山や海に出かけるのが大好きで、雪山でそりに乗って遊んだという話を当時の写真と合わせて紹介された日にゃあ、胸がつまってその場で泣いてしまいそうになった。

もう一匹は15歳になる柴犬。散歩する足も軽やかで一見元気そうに見えるのだが、実は重度の認知障害(痴呆)があり、飼い主が立ち止まるとその回りをグルグルと回り続ける。家でもそれは同じで、テーブルの脚の回りや部屋の壁にそって回りながらひたすら歩き続ける。夜になると、理由もなく夜鳴きをする。こちらも飼い主は二人暮らしの老夫婦。犬がぶつかっても痛くないように、犬の頭の高さにある出っ張りにクッションとなるものを巻き付け、夜は夫婦が交代で添い寝して介護しているという。

解説員の獣医師の話によれば、治療が不可能であるこれらの症状に対しては、これまで犬と楽しく暮らせたことを感謝し、すべてを受け入れて献身的に介護する以外に手立てはないとのことであった。口で言うのは簡単だ。今、ワタシの実家では猫を2匹飼っているが、以前は犬もいた。中型のミックス犬で、14年生きた。晩年やはり自力で立てなくなった際には担ぎ上げて庭に連れ出して排泄させたりしていたが、体重も10キロ前後あったから担ぐのもひと苦労だった。家にいる時間が長い分、その負担はほとんど母に覆い被さった。しかし、母をはじめ家族の愛情に応えるかのように、犬は家の中では決して粗相をせず、最初で最後の粗相をしたのは息を引き取る寸前のことだった。

対処に困って保健所で殺処分される老犬も少なくない中、ワタシんちや前記の2件は家族の愛情を一身に受けたという点においては至極幸せな“犬生”であったと言えるかもしれない。それにしても、ただでさえ今後は人間社会で老人が増え続けるというのに、ペットもまた同様とはなんとまあややこしい話…_| ̄|○



ぎっちょ

“奥目の八っちゃん”逝く 2005,7,27
吉本新喜劇の舞台や俳優として活躍した岡八朗さんが亡くなった。“奥目の八っちゃん”の異名があり、数々のギャグでお茶の間を賑わせる人気者であった。

幼少時を関西で過ごしたワタシにとって、祖父のヒザの上で見た【松竹】【吉本】の二大新喜劇の影響もあってか、“笑い”は常に身近なところにあった。藤山寛美を中心とした【松竹】の方は、寛美のキャラのおもしろさはあっても、根幹にある“人情泣き笑いの世界”を理解するには、当時のワタシはいささか年が若すぎたきらいがある。その反面【吉本】の方は、ボディアクションや言い回しによってダイレクトに訴えかけるわかりやすいギャグがほとんどで、中でも岡さんの『どっからでもかかってこんかい』や『くっさ〜!』といったギャグは、小学生だったワタシのクラスでも頻繁に飛び交っていたほどだった。

長く【吉本】の主戦力として活躍した岡さんだったが、ワタシが関西から離れたことや、新喜劇そのものの世代交代もあってか次第にその姿をお見掛けする機会が少なくなっていき、確か高校の時だったであろうか『花王名人劇場』という番組で見た、盟友・花紀京との漫才コンビ結成のお披露目中継を最後に、ワタシの前から岡さんの姿がプッツリと消えた。その後、90年代初頭に巻き起こった“吉本新喜劇一発ギャグブーム”の折にも、間寛平や池乃めだか、チャーリー浜といったところが頻繁にテレビに出てくるのに対し、岡さんが一向に表舞台に姿を見せないのが個人的に気にはなっていた。聞けばその間、家族の不幸や自身もガンやアルコール依存症との戦いがあったり、波乱万丈の暮らしを送っていたようだ。

数々の苦難を乗り越えた岡さんの姿を久々にお見掛けする機会に恵まれたのが、1999年に放送された『古畑任三郎』(第3シリーズ)であった。“村おこし詐欺”の被害にあった村の村長(故・松村達雄さん)が首謀者の銀行員を殺害し、それを岡さん演じる長老をはじめとする村民たちが一丸となってかばうという物語であったが、苦しい闘病生活などあったせいか、ただでさえ奥目なのがより一層奥目に見えるほど痩せ細った岡さんの姿は、ドラマのラストで出演者のテロップが流れる中『岡八朗』の文字を確認できるまで、それが岡さん本人である確証が持てないほどの変わりようであった。結局、ワタシが岡さんの姿をテレビでお見掛けしたのは、それが最後となってしまった。

亡くなる直前まで体調不良をおして舞台に立ち続けた【舞台役者・岡八朗】は死しても、その姿はVTRなどで永遠に残る。岡さんにはこれからも、ふと懐かしくなった折には我々に笑いを届けてほしい。

天国からの“通信教育”で。



ぎっちょ

空耳 2005,7,26
『恋のマイアヒ』という曲が話題になっているようだ。ダンサブルなアップテンポの曲調に、日本語のように聞こえる歌詞、テレビのバラエティ番組で使用されたこともあって人気が急騰。5000枚限定版で発売されたシングルは、ネットオークションで1万円前後の値がついているほどだ。

洋楽の歌詞が日本語に聞こえることを初めてネタにしたのは、約30年ほど前の深夜番組【笑福亭鶴光のオールナイトニッポン】の一コーナー『この歌はこんな風に聞こえる』ではなかったかと思う。下ネタ満載の“鶴光ワールド”全開のコーナーで、口に出すのもはばかられるような卑猥な言葉を、ビートルズやらマイケル・ジャクソンやら数々の一流アーティストが歌い叫んでいた。コーナーの終わりには、その日の作品をメドレーで再度紹介していたのだが、数か月に一度の総集編ではそのほとんどが〔お○んこ〕ネタで埋め尽くされるという事態もしょっちゅうだった。

現在【タモリ倶楽部】の一コーナーとして放送されている『空耳アワー』も、流れは『この歌は〜』を汲んでいるが、ほとんど下ネタ一辺倒だった『この歌は〜』と違い“意味不明の言い回しのおかしさ”や再現ドラマ風の映像のおもしろさなども取り入れられている分、一般受けもしやすいようで、長期に渡って人気コーナーであり続けている。

日本語の歌詞でも、聞き様によっては違った意味にとれるというものもある。例えば、中島みゆきの『悪女』という歌にこんな一節がある。

♪あなたを隠す あの子のもとへ
  あなたを早く渡してしまうまで

これを聞くたびワタシの頭の中では、“あなた”を担いだ中島みゆきがシマウマに乗って駆けてくるシーンが浮かんでくる。また、営業車で聴くラジオCMで、ローソクでおなじみ『カメヤマ』の「花景色」という商品名を連呼するものがあるのだが、聴けば聴くほど「鼻毛式」に聞こえてしまうのはワタシだけではないハズだ。空耳って楽しい(火暴)



ぎっちょ

気がつけば朝青龍 2005,7,25
大相撲名古屋場所は、横綱朝青龍が史上4人目(年6場所制定着以降)の5連覇を達成して幕を閉じた。ここ何場所か千秋楽を待たずに優勝が決まるケースが続いていただけに、少なくとも星争いの面では盛り上がりを見せた格好にはなった。

朝青龍の強さを“円熟の境地”と見る向きもあるようだが、ワタシはそうは思わない。今場所負けた二番はいずれも頭を下げすぎたことが敗因だし、負けた黒海戦や勝つには勝ったが露鵬の引きにバッタリ前に落ちるような場面を見せている。朝青龍の強さというのは劣勢をも瞬時に形勢逆転できる類い稀なスピードにある。体重増でそのスピードが鈍ると同時に攻めのバランスも崩れているのではないだろうか。前にも書いたが、秋場所前の計量で朝青龍の体重が150キロを超えているようだと、6連覇は黄信号である。

長足の進歩を見せたのが琴欧州。春場所の新三役では大敗したものの、帰り三役の今場所は千秋楽まで優勝争いに絡む大活躍。まだこれといった型を持っていないが、懐の深さを生かした攻めを覚えると朝青龍のいい好敵手になれそうだ。

普天王の健闘も光った。初の上位挑戦にもかかわらず2大関を倒して10勝、技能賞を獲得した。もともと素質には定評があったが、ヒジの故障などあって伸び悩んでいた。その故障が癒えて、持ち前の差し身のよさに攻めの鋭さが加わった。外国人勢に対抗できる国産力士として期待したい。

途中休場の白鵬は関脇を陥落する。ケガの回復具合が気になるところではあるが、休む前の相撲は決して悪くなかった。この2〜3場所苦戦していただけに、今回の休場を逆に休養に変えて出直しをはかってもらいたいものだ。焦ることはない。

今場所の三賞選考も不可解なものだった。千秋楽まで優勝した横綱と並走した琴欧州には、無条件でふたつ(殊勲、敢闘)やってもおかしくなかったし、2枚目で11勝した若の里に何もやらないのも不思議だ。それぐらい勝って当たり前の力士ではあるが、もらえば励みにもなる賞である。相応の地位で相応の成績を挙げた者には、出し惜しみせず賞は与えるべきだと思うのだが…?

最後に恒例、秋場所私製番付を。

  朝青龍 横綱
  魁  皇 大関 栃  東
        大関 千代大海
◎琴欧州 関脇 若の里○
◎普天王 小結 琴光喜
  白  鵬 前頭 雅  山
  黒  海 同2  垣  添
  岩木山 同3  出  島
  旭天鵬 同4  安美錦
  高見盛 同5  旭鷲山
  琴奨菊 同6  海  鵬
  時天空 同7  北勝力
  豪  風 同8  玉飛鳥
  土佐海 同9  玉乃島
  露  鵬 同10 朝赤龍
  白露山 同11 安  馬
  豊  桜 同12 琴 ノ 若
○時津海 同13 栃  栄
  石  出 同14 十文字
  隆乃若 同15 栃乃洋
○若兎馬 同16 稀勢里
○春日王 同17 霜  鳥○


◎=新   ○=再



ぎっちょ

嗚呼青春 PART2 2005,7,24
母校・都立小平の快進撃にいてもたってもいられなくなったワタシは、試合の行われる神宮球場へ一人ではせ参じることを決意していたのだが、先週からの約束で今日は父と再びゴルフの早朝打ちっぱなしに行くことになっていたため、朝6時に起床して実家へと向かった。軽く1時間ほど打ってから出かければ、ちょうど試合開始時刻あたりになるのではないかという目算もあったからなのだが、実家に着くなり父が
「今日小平試合やんけ」
と言ってきた。新聞の朝刊を見たらしい。さらに、小平の前に同じ地域の都立保谷も出てくると知って父、
「そっち行こ、そっちのがおもろそうや」
ということでゴルフ打ちっぱなしは中止、父子ふたりでの高校野球観戦と相成ったのであった。


小雨もパラつく曇天の神宮球場に到着すると、ちょうど第1試合開始のサイレンが鳴ったところだった。保谷の相手は、全国制覇の経験もある名門・日大三。もう体格から打球のスピードから、何から何まで格の違いをみせつけられた格好で、鋭い打球を右へ左へ快音とともに打ち分ける日大三打線に対し、保谷の打球は満足に前にも飛ばない。6回に伊藤君のホームランで一矢報いるのがやっとで、結局1−8(8回コールド)で敗れ去った。

さあ、そして我が小平高校の出番がやってきた。昨日もお話ししたが、個人的には9年越しのリベンジ戦。懐かしい顔が来てはいないかと周りをキョロキョロしていたら、以前当稿でご紹介(今年の2月21日付参照)した恩師・高村守夫先生のお姿を発見!
「先生、ご無沙汰しております。」
と挨拶に行くと、ややキョトンとしてワタシを見つめる高村先生。
「昭和57年入学の20期生で、一年のとき先生が受け持ちでした。ぎっちょです」
「ああっ!いや、言われて思い出したよ」
無理もない。先生と最後に会った20年前とは、体形も頭髪も見る影もなく変わり果てたワタシの姿では…wそれとは逆に先生は、髪が白くなったのと顔にややシミが増えたのを除けば、シャキっとのびた背筋からなにからほとんど当時のままだった。
少し思い出話に花を咲かせつつ、近況を報告した。まだ独身であることは…あえてナイショにしておいたw先生はもう退官され、今は悠悠自適の生活を送っているという。
「今日は勝つといいね!」
昔と変わらぬ声のトーンで、力強く先生はワタシに言った。

予定通り11時半に試合は開始された。ワタシは、自分の隣の席に誰も座らないように持ってきたジャケットを敷いた。志半ばの30歳でこの世を去った無二の親友“きりん”のために、ここだけはどうしても譲れなかったのだ。
「おうっ、気合入れて応援すっぞ!」
「ほおっ、相手強そうじゃん。大丈夫かよ…」
不安そうに呟く、“きりん”の声が聞こえた気がした。


立ち上がりから再三ピンチに陥るも粘り強く0点でしのぐ母校だったが5回、ついに先制点を許してしまう。しかし、同じ相手になすすべなくコールドで敗れた9年前とは比べ物にならないくらいたくましい、堂々とした試合ぶりにワタシは何かただならぬ予感を感じていた。
ワタシの予感は的中。その裏すぐ同点に追いつくと、6回には相手のエラーにも乗じて一気に3点をあげて試合をひっくりかえす!エース・宮地君も尻上りに調子を上げ、見事4−1で勝利して準決勝進出!!歓喜のスタンドで、ワタシも一緒になって雄たけびをあげていた。

みんなで肩を組み、ブラバンの伴奏に合わせて歌い踊る在校生を見て、ちょっぴりうらやましく思うと同時に、かつてワタシもあんな時代があったのだという郷愁に浸りつつ、帰り際に再び高村先生のもとへ行き、ガッチリ握手を交わした。
「先生、勝ちましたあっ!」
「うん、よかったよかった!!」
「明後日(準決勝)も来られるんですか?」
「うん、そのつもりだよ」
「ワタシは仕事で来られないんで、ワタシの分も応援してやってください」
「ああ、キミもがんばって」
「はいっ!!」

いやあ…青春したあ…球技大会や合唱祭にクラス一丸となって突き進んだ、あの頃の気持ちが甦った。なにより、先生の元気な姿が拝めたのが一番よかった。

泣き虫のワタシだが、不思議と涙は出なかった。チームの戦いぶりに、決してフロックではないたくましさを感じたからだ。ここまできたら一発勝負、なにが起こるかわからない。母校の優勝だって夢とは思えなくなっている。涙は、母校が優勝するその瞬間までとっておこうではないか。試合前からパラついていた雨が、帰り際少しだけ強く多く降った。“きりん”から贈られた祝福のスコールか…?なんだかそんな気がした。


試合詳報はこちら ↓
http://gittyo.hp.infoseek.co.jp/050724.html



ぎっちょ

嗚呼青春 PART1 2005,7,23
夏の甲子園へ向けた地区予選がたけなわで、代表校も何校か決まった。みなさんの母校はまだ勝ち残っているだろうか?ワタシの母校・都立小平高校はなんと、初めて西東京大会ベスト8まで進出、明日ベスト4をかけて八王子高校と神宮球場で対戦する。

ワタシが小平高校に在籍していたのは、もう20年以上も前のことである。校則の縛りも少ない自由な校風で、制服はあったが紺のブレザーに赤いネクタイという基本線を崩さなければチェックのシャツを着ている者がいても特に何も言われないほどだった。

部活は特に何が強いとかはなかったのだが、ワタシが入学する前年にサッカー部が都大会決勝まで進んだ試合がテレビ中継され、全国大会(日テレでやってる正月の大会)まであと一歩ということがあった。ワタシが所属した軟式テニス部は比較的強豪の部類であったが、ワタシたちの代ですっかり“同好会”のノリと化し、のちに硬式に吸収合併されたと聞く。

ワタシは特に野球少年ではなかったが見るのは好きで、特に高校野球は小学生の頃からよく見ていて、代表校の校歌をカセットテープに毎年収集するなどして熱中していた。自分が高校生になるにあたって、甲子園に行けないまでもスタンドで声を枯らして母校を応援…というのには漠然と憧れを持っていた。ところが…当時の小平高校は野球部は軟式。我が母校が甲子園へ…という夢は、入学した時点で戦わずして絶たれたのであった。

軟式野球部が硬式になったのは、ワタシが卒業してからかなり経ってからだった。気になって予選の結果は毎年見ていたのだが、初参戦からしばらくは初戦敗退が続き、勝っても1回勝てばいいほう、ということが去年まで続いていた。

初めて母校の試合を球場で観戦したのは96年のことだった。たまたま初戦が日曜日だったこともあり、友人を誘って府中市民球場へ駆けつけた。声援空しく、結果は1-11で6回コールド負けだった。その時の相手が、奇しくも明日の対戦相手と同じ八王子高校。ワタシ的には、明日は9年越しのリベンジ戦となる。

明日、ワタシは神宮へはせ参じ、母校に声援を送ろうと思っている。試合結果は、明日の当稿にて。



ぎっちょ

バカにつける薬 2005,7,22
S木が夏カゼをひきやがった。鼻をグジュグジュいわせて「ぐるじ〜」と言っている。電話の相手やワタシら同僚に
「全然治んなくてさぁ、困っちゃった。ムヒヒヒヒヒヒヒ」
と言ってまわっている。そりゃカゼひいてるにもかかわらず毎日スロットにうつつを抜かしているんじゃ治るもんも治らんわな。最悪、カゼはうつってもバカだけはうつらないようにしなくてはw


そのS木がまたやりやがった。今回も納入するのはワタシの自社の製品で、内径が3000mmもある特大のもの。今月はじめに25日頃から出荷が始まると聞いていたのだが、その出荷予定日を間近に控えた今日の時点で出荷の手配をした形跡がない…
「S木さん、3000mmは延期?」
と聞くと、
「27日からって聞いてるけど、相手の返事待ち」
ときた。普通こういう場合、向こうからの連絡がなきゃこっちから確認するのがスジじゃねぇのかよ、オイ。
「S木さんよぉ、3000mmってのは出荷前に仕上げするのも大変だし、車も大きいの用意しなきゃいけねぇから、今日の今日で来週の水曜日じゃ納入できないかもしんねぇぞ」
「…えっ?」
S木は、こっちから話しかけると必ずこうやって「…えっ?」と聞き返してくる。一回で理解しろよ!と考えると、それがまたムカツク<<o(>_<)o>>

ホントは事前に納期を工場へ連絡していたので、出荷はいつでもオッケーという状態だったのだが、ワタシの脅しの効果もあってか、慌てて出荷手配をしたS木なのであった。


それにしても、この男の“木偶の坊(デクノボウ)”さたるやすさまじいものがある。まさに、武田信玄も真っ青の“動かざること山のごとし”ぶりだ。恐らく頭の中のコマンドは【あそぶ】【たべる】【ねる】の3つしかないのではないかと思える仕事ぶり。こんな男がクビにもならず、のうのうとしていられるなんてどうなのよ、そこんとこ。

自分の中では完全にS木を“抹殺”し、そんなワタシの気持ちをようやくわかってくれたのか、最近はS木から話しかけてくることもすっかりなくなった。しかし狭い事務所ゆえ、公衆の面前では大人の態度を見せているが実はワタシ以上にS木を嫌う『爺』のイヤミを、さも冗談のように笑い飛ばすS木の声がイヤでも耳に入る。示し合わせて一緒に外出すると、『爺』がこう話しかけてくる。
「アイツ、バカだなあ…ホンットバカだ。ああ。」
カゲでこんなことを言われているのを知ってか知らずか、今日もS木は行く。
駅前のパチンコ屋へ…

強力なカゼ薬で、カゼもろとも消えてなくなってしまえS木。



ぎっちょ



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K1MAX観戦記 2005,7,21
K1のミドル級トーナメント【WORLD MAX】 が行われ、連覇を狙ったブアカーオ・ポー・プラムックを破って、シュートボクシンクのアンディ・サワーが初優勝した。日本期待の魔裟斗は初戦を完勝で突破しながら、不運な骨折で準決勝を棄権してしまった。コンディションのよさが試合にも表れていただけに、ファンにとっても魔裟斗自身にとっても悔やまれる結果となってしまった。

昨年、決勝の判定であれだけ物議を醸したにもかかわらず、今年もまた不可解な判定があった。準々決勝のサワーvs小比類巻戦、3Rはサワーが手数でも内容でも完全に小比類巻を圧倒しているのは誰の目にも明らかなのに、満点でドローの裁定をつけているバカジャッジがいた。準決勝のブアカーオvsクラウス戦でも同様のジャッジがあったが、勝敗に影響が出るものではなかったのが幸いではあった。どこをどう見たら、あれがドローになるのか。当該ジャッジは公の場で、自身が下したジャッジについて万人が納得するような説明をするべきだ。

試合内容は、魔裟斗の途中棄権や大半が判定決着(7試合中6試合)だったこともあってか、盛り上がりは今一つ。ただ、試合自体はミドル級ならではのスピード感溢れる攻防が随所に見られた。判定が多かったのは実力伯仲の裏返し、と見るのが妥当な気がする。



一昨年あたりから険悪なムードの【PRIDE】と【K1】の二大格闘技イベント。“本隊”の熟成度は【PRIDE】にかなり分があるが、こと中・軽量級部門に関しては【K1】に一日の長があるように思える。打撃部門で魔裟斗、総合部門で須藤元気や山本“KID”郁徳といった『軸』ができたK1に対し、PRIDEの【武士道】部門は“火の玉ボーイ”五味隆典や特異なパフォーマンスの美濃輪育久など好キャラもいるにはいるが、K1に比べてやや“華”に欠ける面がなきにしもあらず、である。長南亮、桜井“マッハ”速人、高瀬大樹など通好みの選手は多い分、逆に通に偏りすぎて万人受けする試合が生まれにくい状況があるのだとしたら、なんとも勿体ない話ではある。



【P】と【K】の絶縁以来、【HERO’S】でK1戦士のオープンフィンガーグローブ姿は見ることができても、PRIDE戦士のボクシンググローブ姿は離脱(移籍)でもしない限り見ることは不可能となった。PRIDE戦士の中でも、打撃に長けたヴァンダレイ・シウバやセルゲイ・ハリトーノフ、比較的打撃も上手いエメリヤーエンコ・ヒョードルやアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラといったところが、K1ルールでK1戦士と対戦する…そんな姿は、もはや『夢のまた夢』なのだろうか…_| ̄|○



ぎっちょ

バカCD 2005,7,20
仕事の途中でフラリと立ち寄ったCDショップで、ちょっと魅きつけられるものに出会った。

【お笑いソングブック: ナンセンス歌謡の日々】

古今東西の様々な“おバカソング”が収録されているCDである。昨年、伊集院光の監修で同趣のものが発売されているが、そっちはややマイナー嗜好であまり知っている曲が入っていなかった。今回のそれは知っている曲が大半で、すでに持っている曲も数曲あったが、その中でも前から聴いてみたかった曲が何曲か収録されていたのがうれしかった(o^-')b

一番の掘り出し物だったのが『アホの坂田』。関西出身者には馴染み深い【コメディNO.1】の坂田師匠だが、東京のバラエティにもちょくちょく顔を出しておられるので知らない方は少ないのではないかと思われる。その坂田師匠の登場の際、テーマ曲として決まって流れるのがこの曲である。

♪アホッ!アホッ!アホッのさっかたっ!
  アホッ!アホッ!アホッのさっかたっ!
  ア〜ホ〜のさ〜か〜た〜…

と、イントロからいきなり続く「アホの坂田」の連発に度肝を抜かれる。坂田師匠がちゃんと歌を歌っていることにも驚いたが、相方の前田五郎氏も台詞で“出演”していて、往年の【コメワン】のネタをご披露しているのも、ワタシのような関西出身者からするとたまらない演出である。

伝説のバラエティ番組【みごろ!食べごろ!笑いごろ!】からは2曲が収録。『電線音頭』はこのテの曲の中では割とメジャーの部類に入るかもしれないが、フルコーラス聴いたのは今回が初めてであった。放送当時活躍していたアイドルたちの名前が随所に出てくるあたりに“時代”を感じる。もう一曲は『しらけ鳥音頭』。それも、小松政夫御大のナレーション入りである。『電線〜』には当然、【ベンジャミン伊東】こと伊東四朗氏が音頭を取っているし、もうそれこそ
「ズンズンズンズンズンズンズンズンこっまっつっのおやぶんさん」
から
「ニンドスハッカッカ〜まぁ〜ヒジリキホッキョッキョ〜ガァ〜チャマンにまぁ〜けぇ〜るぅ〜なぁ〜まぁ〜けぇ〜るぅ〜なぁ〜まぁ〜けぇ〜るぅ〜なぁ〜ガッチャ〜マン!」
といった往年のギャグがスラスラ出てくる方、お友達になりませうヾ(*'-'*)

我が心の師・みうらじゅん氏も、田口トモロウ氏とのユニット【ブロンソンズ】として本CDに参加している。この『マンダム 〜 男の世界』は、米国の俳優チャールズ・ブロンソン氏(故人)を敬愛するみうら氏が、ブロンソン氏が亡くなった際に作ったトリビュートソング。オリジナル曲は某男性化粧品のCMソングで、一大ブームとなった。誰かにむかって「アゴになんかついてるよ」とやって、その人がアゴをさわった次の瞬間
「う〜ん、マンダム」
とやったことは、誰しも一度はあるハズだ。曲も男っぽく勇壮な曲で、オリジナルを聴きたくなって現在捜索中であるw

その他の収録曲は下記URLからご参照いただきたい。

http://www.hmv.co.jp/product/detail.asp?sku=1078381


ちなみにワタシ、3、6、9、11、13はレコードやCDなどですでに所有している。『嘆きのボイン』は、今度一回カラオケで歌ってみようかと思っているd(^-^)



ぎっちょ

『太陽にほえろ!』隠れ名作選 第二回 2005,7,19
第385話「死」

犯罪の若年化が進む現代にこそ今一度見てみたいと思っていたのが、この作品であった。

予備校生・清が誘拐され、犯人が身代金を要求する事件が発生。清の交遊関係から、桑山という男が容疑者として浮かんだ。目撃者は慶子という8歳の少女で、血まみれの清を桑山らしき男が車に押し込むところを見たという証言から、桑山が待ち伏せて清を車ではねて連れ去った計画的犯行の可能性が浮上、現場に残された大量の血痕からは最悪の事態も予想された。やがて間もなく清が遺体で発見され、清が死んだのを知りながら身代金を要求した偽装誘拐であった線が濃厚となる。


ひょんなことから、慶子が現場を目撃したことを知った桑山は、慶子の口を封じようとする。要請を受け、一係から殿下が派遣されガードについた。捜査が進む中、清の死因が頭骸骨陥没による脳の損傷で、かなり高いところから落ちたと思われることや、桑山の利用したレンタカーからは人をはねたような痕跡がなかったことから、ビル建設中である現場から何らかの理由で落下した清を、たまたま通り掛かった桑山が発見、清の父が医者であることを知っていた桑山が、そこで偽装誘拐を思い付いたのではないか?という新たな疑惑が浮上した。

そんな折、桑山の策略で殿下が少し目を離したスキに慶子の姿が見えなくなってしまった。近隣からの通報で、例のビル工事現場に逃げ込む慶子を桑山が追いかけて入ったことを知り急行する殿下だったが、なんと桑山は建設中のビルから落下して死亡してしまう。慶子は桑山の手を逃れて帰宅していたのだが、ここで殿下にはある疑念が浮かぶ。

「清もそうだった。同じビルからの落下…現場には二度とも慶子が…」

まさか!?

殿下は意を決して慶子を問い詰めるが、慶子はそれを無視して無邪気に遊ぶばかり。殿下はそんな慶子を監察医務院に連れて行き、遺体安置所で悲しみに暮れる遺族の姿を見せるという荒療治によって命の大切さと残された者たちの悲しみを慶子に語りかける。すると、慶子は清と桑山を建設現場から突き落としたことを涙ながらに話し始めた…
「だって…こわかったんだもの…」
追いかけられた桑山はまだしも、清の場合は受験勉強の疲れから覚せい剤を使用しているところを見てしまったことをキツい口調で口止めされたのが怖かったから…ただそれだけの理由で慶子は二人の男を殺害してしまったのである。

慶子の両親は、慶子に対して厳しい取り調べを行う殿下を厳しく叱責する。しかし殿下は、慶子宅を訪ねた際に見た、死んだ熱帯魚を無造作にゴミ箱に捨てていた母親の行動を例に上げ、教育に熱心なあまり生きていく上で大切な“命の重さ・尊さ”について慶子にちゃんと教えていたのかと逆に問い詰めると、言葉を無くした慶子の両親はただただ泣きじゃくるばかりだった。


物語のラスト、保護監察のため施設に入ることになる慶子がそれを理解してくれたことを報告する殿下の肩をボスがポンとたたいて終わるのだが、この一連のシーンではまったくBGMが流れてこない。『太陽』では珍しいこと(恐らくこの回だけだったのでは?)だが、それがかえって衝撃的な【8歳の少女の犯した連続殺人事件】を敢えて取り上げたこの作品の“重さ”を表現するのに効果的な演出になっているように思える。

※このお話は、今週いっぱいCS『ファミリー劇場』でリピート放送されています



ぎっちょ

梅雨明け 2005,7,18
5月の黄金週間以来、久々の連休でしたがみなさんいかがお過ごしだったでしょうか?かく言うワタシ、土日が休みの時に一歩も外に出ないことも珍しくないこの男が、この3連休中は3日とも外出し、適度に体を動かしたというのだから自分でもオドロキであります。

昨日のことは昨日の当コラムでお話しいたしましたが、一昨日の16日は学生時代からの友人・ABSくんのところへ遠征いたしまして、猛暑の中テニスやらボウリングやらビリヤードやらに興じました。高校時代テニス部に所属したワタシですが、プレイするのは昨年4月(相手は同じABSくん)以来ということもあって、アキレス腱切断や心臓マヒなどといった事態にビクビクしながらのプレイとなりましたwが、適度に水分と休憩をとりながらプレイしたので、なんとか生きてプレイを終えることができました(火暴)
MYラケットを持っておりませんので、やはりテニスをやっていた母から『クリス・エバート』モデルの年代モノを拝借いたしました。思ったより体も動き、気持ちよくプレイできたのですが、何が一番よかったって隣のコートにキュートなテニスルックでキメたカワイコちゃんが、オバチャンに混じってプレイしておりました。同じ休憩所で一服している時にワタシがトイレに立ったスキにABSくんがいろいろお話ししちゃったようで、なんでも図工の先生で生徒の作品の添削などしていたとか。プロの試合でもスコートの下にはスパッツをはくことが多いこのご時世に、スラリとのびた筋肉質の美しいおみ足にチラリのぞくアンスコはかなり刺激的でありました。ワタシは彼女を【アンスコティーチャー】略して【アンティちゃん】と名付け、コートを後にする際にABSくんとともに「アンティちゃん、ありがとうございました」と彼女に向かって手を合わせて帰ったのでありましたwww


今日は朝から実家の父に呼び出され、ゴルフの打ちっぱなしに行ってまいりました。2月に行った際の大不振からしばらくご無沙汰しておりまして、今回はあまり気乗りしなかったのですが、ほかならぬ父の誘い。久方ぶりにゴルフバッグを引っ張り出し、いざ練習場へ。連休最終日とあって、早朝にもかかわらずけっこうな人手でした。まあとりあえず9番あたりで軽く打ってみるかとクラブを握り打席に立ちました。誰が見てるワケでもないのに、なんなんだ?この優勝がかかったような緊張感はw

ええい…

チャ〜…シュ〜…メェ〜ンッ!!

と軽くスイングすると、「スパッ!」という、心地よい音とともに美しい軌道で舞い上がる打球…


「い…いけるがな( ̄ー ̄)ニヤリッ」

その後も比較的いい打球が多く、すっかり自信を取り戻したワタシ。来週も、日曜に父と早朝練習に行くことになりましたとさw


いやあ、ワタシがこんなに体を動かすなんて珍しいこともあったもんだ。大雨でも降るんじゃないか?と思ったらもう梅雨明けとか。ますます暑くなります。体調には充分注意して、明日からまたガムバリませうm(_ _)m



ぎっちょ

あなたはだあれ? 2005,7,17
今日は、とある資格試験の日でありました。結果は…まあ予習もなにも参考書すら開くこともなく行ったのですから推して知るべし。マークシートなんで、まぐれ当たりしている可能性はなきにしもあらず、ですが(*^_^*)

その帰り道、自社の後輩から“捜索願”された【バックストリートボーイズ】の輸入盤CDを探しに新宿へ行ったのですが、比較的輸入盤を多く取り揃えている店があった場所がまったく別の店舗になってしまっておりまして、結局そのままスゴスゴと帰るハメになってしまったのですた…


と、ここまではまあよくある話。
面白いのはここからですよお客さん!
\(`o'") ハア〜ベンベン♪


自宅まで一本で帰れる西武線に乗るため西武新宿駅へ行ったワタシ。と、駅入口に立っていた年の頃50後半から60前半くらいの男性が、にこやかにワタシに手を振るではありませんか。容姿は「墓のない人生は“はかない人生”と言いますやろ?」の決めゼリフでおなじみ墓石屋【川波忠兵衛】にウリふたつなのですが、【川忠】を知っているのは20年以上前に関西に住んでいた方に限られるというほどのローカルキャラなので(笑)万人にわかりやすいところで言えば、某予備校の“金ピカ先生”こと佐藤忠志さんといった感じの容貌でした。
はて、誰だ?と怪訝そうに見つめるワタシにおかまいなく忠兵衛は
「いよっ!元気?」
とワタシに話しかけてきます。本当にワタシが忘れているのだとしたら大変失礼なことなので、ワタシも必死に記憶を辿るのですが、にっちもさっちもどうにもブルドッグ♪思い当たるフシがありません。そんなワタシに構わず忠兵衛はさらに
「ナベちゃん元気?ナベちゃん」
と続けてきました。ナベちゃん…?辞めた前の会社には二人ほど『ワタナベさん』がいて確かにナベちゃんと呼ばれていましたが…
「は…はあ…ナベ…ちゃん?」
「こないだ日本電気の若いの連れて飲みに行ったらしいじゃん?」
に…日本電気?ますますわからん。確かに勤務先のPCはNEC製ですが、かの大企業とそれ以上の接点はワタシにはない…
「あのー、人違いでは…?」
意を決してワタシは忠兵衛に言いました。しげしげと見つめる忠兵衛が「ゴメン!人違いだった。いやあ〜それにしてもよく似てるねぇ〜」と言うと思ったワタシの予想は見事に覆されます。
「人違いじゃねぇよぉっ!」
その後も忠兵衛は、「今日はデートか?」などとワタシを冷やかしながら“ナベちゃん”について語り続けました。
「すんません、急いでいるんでこれで…」
ワタシが話を打ち切ってその場を離れる時も、忠兵衛はにこやかに「おうっ」と手を振ってくれたのです。

あれだけの至近距離で見分けがつかないのですから、忠兵衛の知るNECの彼は相当ワタシに似ているのでしょう。世の中には自分とそっくりな人間が三人いるとよく言います。高校時代、柔道部にワタシそっくりな男がいて、テニス部のワタシがテニスルックを着ているにもかかわらず、柔道部の下級生がよく「押忍!」と挨拶してきたもんでしたが、ホントにそんなに似ているのだとすれば、その“NECの彼”にも一度お目にかかってみたいもんですな。



ぎっちょ

妄想小説 第8話 2005,7,16
「いやあ、これはこれは…随分お待たせしたんじゃないですか?」
自分らもかなり早く着いたのに、それに輪を掛けて早くからここにいたさち絵たちを気遣って、淳の父・公夫がこう切り出した。
「いえいえ、あまり電車に乗り慣れていないものですから余裕をみて出たんですが…余裕を見過ぎたようですな。ハハハハハ」
少し恰幅のよい体型の、さち絵の父・重雄が豪快に笑いながら言った。うつむきかげんで言葉も出ない淳とさち絵を尻目に、二人の紹介もそこそこに親同士の会話ばかりがはずんでいた。
「おお、それはそうとご紹介するのを忘れておりました。えー息子の、淳でございます」
「…ども…はじめまして…」
厳密に言うと、さち絵と会うのは初めてとは言えないかもしれないのだが。
「あ…ああ…娘の、さち絵です」
「こんにちは」
いつもテレビ画面を通して見ているあの笑顔が、そこにあった。
「えー…娘はCBMという事務所に所属しておりまして、アナウンサーなど…」
「お父さん!」
さち絵は、やはり自分がテレビに出る仕事をしているというのは隠しておきたかったようだ。
「あ…こりゃスマン…緊張して、つい口が…」
「ほお、アナウンサーですか。テレビなんかにも、お出になられてるんですか?」
「え…ええ、まあ…」
その場に気まずい空気が流れ始めた。さち絵は、できることなら隠しておきたかったことを父親にバラされて明らかに動揺しているし、アナウンサーに偏見を持つ淳の母・勝子はさち絵がテレビに出ていると知って、あからさまに表情が険しくなっている。何とかしなければ、と思った淳はとっさに、
「JJCの朝の番組ですよね。」
と言ったところ、
「あ…ご覧になってるんですか?」
とさち絵。
「ええ、いつも拝見してます。」
「なんだ。じゃあ無理に隠し立てするほどのことじゃなかったな。え?さち絵。ハハハハハハ」
一瞬気まずい空気を流した張本人である重雄が、豪快に笑い飛ばした。
「ええ、いつもテレビで見てるせいか、初めて会ったとは思えない親近感があるんですよ。」
淳が軽口をたたくと、照れくさそうにうつむきながらもさち絵が「クスッ」と笑った。

和やかな雰囲気の中、会食も進み、両家ともそれなりに会話も弾んだ。
「それじゃあ、そろそろ…どうかな、さち絵。二人でお話ししてみては?」
重雄がこう切り出した。さち絵はコクリと頷いた。
「淳、お前はどうなんだ?」
公雄の問い掛けに、淳は右手でOKサインを作ってみせた。
「バカッ!『こちらこそよろしくお願いします』って丁寧に頭を下げんかっ!」
公雄はそう言って、淳の頭を軽く叩いた。
「ウフフフフ…」
そのやり取りがよほど面白かったのか、さち絵が笑いをこらえるのに必死になっていた。
「ほれ、さち絵も笑ってないで早く支度を。」
重雄が促すと、さち絵は
「…はい…」
と小さく頷いて、かたわらに置いてあった自分の荷物を手にした。
「じ…じゃあ行きましょうか…」
内心、心臓が飛び出しそうなくらいドキドキしているのを精一杯隠して、淳はさち絵をエスコートした。さち絵は淳の少し後方から続いて部屋を出た。


つづく



ぎっちょ


※この物語はフィクションであり、登場人物や放送局名などはすべて架空のもので、実在するものとは一切関係ありません

6% 2005,7,15
6%…何の話かって、これがまたプロ野球・巨人戦(対中日・13日、TBS)だってんだからオドロキだ。一方的内容(12-2で中日の勝ち)であったことを差し引いても、ホンの数年前までは考えもしなかった数字。当然のことながら、NHKを含めた全放送局、あのテレ東まで下回るワースト記録である。国勢選挙などで各局が特番を組む中、唯一『行列のできるラーメン店ベスト30』なんて番組を平気で放送できる“視聴率無視”の局にも、巨人戦は凌駕されているのである。

原因を突き詰めれば、それはいろいろあるだろう。スター選手の不在やサッカーなどの台頭による嗜好の多様化、読売の傲慢に嫌気がさしたファンのプロ野球離れなど…それでも一番の原因はやはり、前にも少しお話ししたことがあると思うが【CS放送の普及】。これが一番大きいのではないかと思われる。

かつて我々アンチ巨人やパ・リーグ球団のファンたちは、ご贔屓の試合結果や途中経過を知るためには嫌でも巨人戦を見ざるをえない状況だった。それがここ10年ほどの間に普及したCS放送によって、『スカパー』やケーブルTVなどと契約すれば巨人以外のチームの試合がほぼ全試合、プレイボールからゲームのである。考えてみると、かつての巨人戦の平均視聴率を25%と仮定して、単純に6(一日に行われる最大試合数)で割るとおよそ4%。全国放送の利点を考えて、巨人ファン数が他のチームの1.5〜2倍いるとすれば、6〜8%というのはあながち的外れな数字じゃないと言える。要するに、今までの数字が異常だったのだ。まさに“絵に描いた餅”“砂上の楼閣”だったのだ、巨人人気なんてものは。

地上波のプロ野球中継離れを加速させる原因となっているのは、その中継スタイルにも一因があるように思える。例えば、ことさら大袈裟にがなりたてる実況アナ。特に、日テレの船越の実況は最悪。
「うったぁ〜〜〜〜〜っ!」
見りゃわかるっつうの。この船越という男、いつぞやのサッカー国際試合で「ゴール!」を過剰に連呼して顰蹙を買った“前科”があるのにまったく懲りていない。他人に何と言われようと、それが自分のポリシーってか。端迷惑なポリシーなど百害あって一利なしだ。船越に感化されているのか、日テレのアナ軍団はおしなべて“絶叫型”が多い。かつての【浅見・小川】体制の頃の渋い実況が懐かしい。

中継スタイルが最悪なのがテレ朝。なにしろ週末の広島球場しか中継権を持っていないものだから、1回の中継でこれでもかというくらいの数の、自局のお抱え解説者が登場する。それも、ダミ声が聞き苦しい東尾や説教がましい大下など、あまり茶の間ウケしない布陣。さらにさらに、投手・打者と両軍ベンチを4分割して一画面で見せる、アニメチックな子供騙しの手法も噴飯ものだ。スタッフは『ドカベン』の見過ぎ。リプレイのあと、監督の表情をいちいちアップで抜くのもウザイ。堀内監督がベンチで一喜一憂するのを見て、何がおもしろいと言うのか。完全中継をはじめとする根本的な見直しをしない限り、地上波のプロ野球中継は落日の一途である。



ぎっちょ

形見 2005,7,14
仕事のついでで、実家の母に自宅でプリントした写真を渡しに行った。この間の日曜に地元のホールで行われた、母の“ソロコンサート”を撮影したものだ。もっとも、ソロコンサートというのは冗談で、母が通うコーラス学校の発表会なのだが、実際舞台では一人で歌ったりしたのだから、まあ本人からすればソロコンサートと言えなくもないかw

その際、「ほれ」と一通の封筒を渡された。なんでも京都の母の実家から、昨年4月に亡くなった母方の祖母の遺品が大量に送られてきて、その中にワタシが社会人になって初めてのお正月に祖母に郵送した【お年玉】の空き袋と手紙が見つかったのだという。消印は平成3年1月となっていたから、もう14年も前のことになる。
「ボクが今までおばあちゃんからもらったくらいのお年玉を、ボクがおばあちゃんにあげられる日まで長生きしてね」
なんて年の割に子供っぽい文面にいささか赤面しながらも、お年玉袋に祖母の字で『貯金しました』と書き込んであるのを見て、祖母の律義さにちょっと目頭が熱くなった。

祖母は比較的最近まで元気で、80過ぎまで京都からこちらにしばしば遊びに来るほどだった。車でお寺巡りに連れて行ったり、近くのちゃんこ料理屋にちゃんこ鍋つつきに行ったり。もうなんか100歳過ぎてもこんな感じなのかしら?と思えるほど、祖母はパワフルだった。

ある時、遊びに来ていた祖母が突然
「“歌声喫茶”に行きたい」
と言い出した。それが【カラオケボックス】のことを指すのだと理解するのに、それほど時間はかからなかった。ワタシと母、そして当時まだ独身だった妹と、祖母をカラオケボックスに連れて行った。祖母、母、妹を横に並べると、目許から鼻筋が明らかに身内とわかるくらいそっくりだと、いつものネタで大笑いしながら、【ミスチル】やら【ユーミン】やらを歌うワタシと妹。恐らく聞いてもさっぱりわからん歌ばかりだったろうに、祖母は楽しげにそれを聞いていた。祖母自身も、母のフォローを受けつつ童謡を何曲か歌ってくれた。店を出る時、祖母は
「あ〜楽しかった」
と満面の笑みで言ってくれた。



結局、祖母がこちらへ遊びに来たのはそれが最後となってしまった…



その後の祖母は体調を崩したり、少し痴呆の症状も出たりして、晩年は施設で過ごした。そこのみんなとお花見をして、おいしいものをいっぱい食べた後、トイレに行った際に動脈瘤が破裂してあっけなく逝ってしまったのだと後で聞いた。それでも満腹のまま苦しまずに逝けたというのは、ある意味幸せな最期だったのかもしれないのかな、と自分なりにふと考えた。

結局、お年玉は祖母にもらった額には到底及ばないままだった。それでも最後に行った“歌声喫茶”の想い出は、お年玉数年分に相当する楽しさを祖母に与えることができたのではないか、と勝手に解釈しているのだが、実のところはどうだったのだろうか…?


今一度、お年玉袋に書かれた『貯金しました』という祖母の直筆を見て、胸が締め付けられるような切ない気持ちになってしまった。ワタシの耳の奥で、“歌声喫茶”で祖母がか細い声で口ずさむ『ふるさと』のメロディが聞こえてくる。



ぎっちょ

はじめての経験 2005,7,13
意外に思われるかもしれませんが、ワタシはあまり自分から進んでお酒を飲まないということもあって、一人でお店に飲みに行くなんてことは今の今まで一度もしたことがありませんでした。そんなワタシがこのたび、生まれて初めての【ひとりでおつかい】ならぬ【ひとりで一杯飲み屋】を敢行することになったのです。それも2日連続で。

話はまず、昨日(12日)にさかのぼります。営業所の会議と合わせて、各メーカーの営業担当者が集まっての情報交換会が開かれ、終了後には慰労を兼ねての飲み会が開催されました。一次会が終わり、皆馴染みの店へと三三五五流れていったのですが、ワタシはちょっと気分が悪くなったフリをして一人別方向へ…そう、去る6月22日に“S木抜きのボウリング大会”に御招待した、元『D』のママ・M代さんが今月から新しく開いた『S』という店へ行ったのです。当日撮った写真を渡すのが主目的でしたが、招待状をいただきながら丸二週間も顔を出さないのは失礼かとも思ったからでした。

カラ〜ン♪

店のドアをそっと開けると、ブルーがかったオシャレな照明と、『D』より若干狭くなったフロア、そして奥からM代さんが
「あら〜久しぶり〜」
と出迎えてくれました。店には『D』時代からの固定客と思われる団体さんらでけっこうな賑わい。
「遅くなりまして…新装開店おめでとうございます」
と律義なワタシw
「ちゃんと飾ってるわよぉ」
とママが指差した方向を見ると、先のボウリングの時にプレゼントした招き猫がちゃんと飾ってありました。ママ以外にボウリングに参加したSっちゃんもIちゃんもこの日は出勤。軽く想い出話に花を咲かせつつ、店にいたのはおよそ一時間半ほどだったでしょうか。フロアレディも随時募集中でまだ人手不足のため、ママの妹でもあるSっちゃんは開店以来毎日のご出勤だとか。家族のためとはいえ、昼夜休みなく働くSっちゃん、身体壊さないようにね
ヽ('ー'#)/



翌日の今日は、東京で自社の営業会議だったので、夜は自宅でまったりするつもりだったのですが、早朝に元『D』のフロアレディで今は別の店に勤めている『爺』お気に入りのコ・Aちゃんからメールが入りました。何でも、今日お店で“浴衣祭り”をやるにあたって各自人集めをしなくてはならず、『爺』と二人で来てくれないか、という内容でした。ところが『爺』は身内に不幸があって今日までお休み。ワタシも東京から店のある勤務地まで戻るのはけっこうツラいものがあります…しかし、Aちゃんはウチの妹と同い年ということもあって、悩み相談など受けたこともある間柄。『爺』が行けないとなると、ワタシも行かないというのは気が引けまして、ちょっと遅くなるよという条件付きながらワタシだけ行く旨を伝えると、Aちゃん大層喜んでくれたのであります。

会議が少々長引き、店に着いたのは9時過ぎになってしまいました。今日は総動員とのことで、ママ&チーママ親子をはじめ10名のフロアレディが右へ左への大忙し。恒例のビンゴ大会などで盛り上がり、11時に宴は終了。Aちゃんはたえずピッタリ横に寄り添い、『D』の思い出話や娘さんの話、ワタシはS木とやりあってしまったことなどお互いの身の上話を語り合いました。ちょっと値段が高めなのと、駅からやや遠いこともあって、今後あまり利用することはないかも(Aちゃんもその辺は心得ていました)しれませんが、それでも
「『爺』と二人の時にまた来てね」
と言ったAちゃんは、さらにこう続けました。
「あ、S−さんはいらないから。私もあの人苦手w」


飲んで11時、ということは帰ったら12時半…んでまた6時起き…っていうのが面倒くさくて、最近は飲み会っつうと事務所にお泊りしています。昨日〜今日は、初の2連泊。なんでも“初ものづくし”ってのはいいことだ?



ぎっちょ

鳴呼!悲しみの『爆勝宣言』 2005,7,12
プロレスラー・橋本真也が死んだ。脳内出血で、あっけなく死んでしまった。長年蓄積したダメージがあったのだろうか。そのあまりの突然さに加えて、年齢的にもワタシとほぼ同世代ということもあって、衝撃も大きい。

かくいうワタシは、プロレス自体はあまり見ない方である。格闘技とプロレスは似て非なるもので、格闘技が純粋に選手の技や強さを“見せる”ものとすれば、プロレスはいかに観客の心に通じるものを“魅せる”かという競技である。だからこそ、プロレスラーは自分の技を磨くと同時に、相手の攻撃(技)を受けても大丈夫なように身体を鍛え、受け身を極める。

格闘技かプロレスかを分ける分岐点は、その“予定調和的展開”を受け入れられるか否か、というところにあると言っていい。受け入れられなかったワタシは今や、格闘技派である。だから橋本個人に特に思い入れがあるワケではない。だが、橋本は入場に抜群の色気を醸し出す選手だった。試合自体には興味なくても、引退をかけた一連の小川直也との抗争劇や、2000年大晦日に行われた第1回の「猪木祭」でのゲーリー・グッドリッジ戦など、『爆勝宣言』で入場する橋本の凛々しい姿にはゾクゾクくるものがあった。

プロレスはそうでもないが、格闘技系の選手は比較的コロコロ入場曲を変更する。選手のキャラを色づけするのに入場曲は重要なファクターであり、曲が流れるとその曲をテーマに使用している選手が入場してくる様が思い起こされたり、果てはあたかも自分がその選手になり切れてしまえるくらいに浸透したら一人前である。そして、強い選手ほど入場曲を固定している。PRIDEのヒョードル、ミルコ、ノゲイラ、シウバといったトップファイターがいい例で、シウバの入場曲【SANDSTORM】なんかはもうホントに“臨戦態勢!”ってな気分にになれるから不思議である。

ワタシは以前、橋本のテーマ『爆勝宣言』を聞きたいばっかりに、新日本プロレスのオフィシャルCDを購入した。アントニオ猪木の『イノキボンバイエ』、長州力の『パワーホール』などもそれなりに魂揺さぶられるものがあるが、『爆勝宣言』のカッコよさはダントツであった。しばらく書庫の奥深くしまってあったそのCDを久方ぶりに引っ張り出し、繰り返し『爆勝宣言』を聴いていた。そういえばアイルトン・セナが事故死した翌日も、TV中継で彼の勝利のテーマとして流れていた『FACES』を繰り返し繰り返し聴いた。あの時と同じ、もの悲しいという感情が湧き上がってきた。あれだけワクワクドキドキさせられた曲が、どことなく寂しく、もの悲しげに聞こえたのだ。

橋本には“男気”があった。小川に敗れ、ファンの嘆願によって復帰して間もなく、メジャー団体の新日本を退団して新団体【ZERO−ONE】を興した。自分との“電流爆破マッチ”実現を迫りながら、ガンのため志半ばで散った冬木弘道の遺骨を抱いて、自ら高圧電流が流れる有刺鉄線に飛びこんだこともあった。2003年大晦日の「PRIDE男祭り」に小川とともに乱入し、新しい形のプロレスを標榜して主戦場としていた「ハッスル」シリーズの行方を見届けないまま旅立った橋本の無念たるや、いかほどのものだろう…。

橋本の“男気”は、小川が引き継ぐのだろうか。仕事の都合で見ることはできないが、明日開催される「ハッスル」で小川が『爆勝宣言』で入場してきたりしたら、ちょっと涙腺が緩んでしまうかもしれない。



ぎっちょ

名優・沖雅也回顧 外伝「別離」 2005,7,11
スコッチは都合二回『太陽』を降板している。最初は転勤という形で、問題行動の多いスコッチを“厄介払い”よろしく追い出そうとする署長が、スコッチの山田署転属を持ち掛けてきた頃、少年がリンチを受けたヤクザを射殺する事件が発生。城北署少年課より七曲署に派遣された、少年をよく知る女刑事・敏子の顔を見てスコッチは驚く。敏子はかつてのスコッチの婚約者で、スコッチの目の前で先輩の倉田刑事が射殺された一件をきっかけに婚約を解消したいきさつがあった。根は優しい少年をとことん信じようとする敏子に対し、追い詰められて何をするかわからない少年を「ただの獣」に例えるスコッチ。そのあまりの変わりように、敏子は愕然とするのであった。
少年の女友達を通じて、少年との接触に成功した敏子は説得を試みたが、ふと聞こえたパトカーのサイレンに逆上した少年は敏子を撃ち、女友達を拉致して逃走してしまう。ボスの命令で病院に付き添うスコッチに、
「本当に悪い人間はいないと教えてくれたのは、あなたよ。お願い、彼を信じてあげて…」
そう言いながら敏子は息を引き取った。敏子の手を握り締め、スコッチは涙にくれた。
病院を飛び出したスコッチはボスに拳銃を預けて、立て籠もる少年の前に立ちふさがる。腕と足に被弾しながら、少年に向かって前進をやめないスコッチ。
「彼女は最後の最後までお前を信じていた。だから俺もお前を信じる!」
血まみれになりながら説得するスコッチの姿を見て少年もついに降伏した。

数日後、荷物をまとめて七曲署を後にするスコッチの姿に、ボスとの会話がかぶる。
「山田署の方はどうする?イヤなら行かなくったっていいんだぞ」
「いえ、行きます」
「…そうか…」
「どこへ行こうと、刑事の仕事に変わりありません」
「わかった。元気でやれ」
「…はい!」
ボスとの会話を思い出してか、スコッチの口許が少しほころんでいた。


1982年1月、かつて胸に受けた銃弾の古傷が悪化、余命いくばくもないと診断されたスコッチだったが、死を覚悟のうえ病院を抜け出して自分に恨みを持つ男の標的となり見事男を逮捕して、男の持っていた改造拳銃の出所を聞き出そうとするが、頑として口を割らない男にスコッチは“ロシアンルーレット”を試みる。一発…二発…男のこめかみに突き付けた拳銃が空撃ちされる音だけが響く。
「刑事がこんなことしていいのかっ!」
「刑事はもうすぐ廃業だ」
スコッチの執念に気圧されした男は観念して、密造拳銃の出所を白状した。ホッとひと息ついたスコッチがその場を立ち去ろうと歩き始めた直後…
「ウッ!」
と蹲った次の瞬間、大量に吐血するスコッチ!病院に搬送されたが、もう手遅れだった。死の直前、ゴリさんがスコッチに、彼が大事にしていた小さな蕾をつけたサボテンの鉢植えを差し出すシーンが涙を誘う。
「スコッチ…もうすぐ花が咲くぞ…もうすぐだよ!」
蕾に触れようと伸ばした腕が力なく下に落ちて、名刑事スコッチは静かに息を引き取ったのだった…


『太陽』の最終回。取調室で、犯人の行方を知る看護婦にボス・石原裕次郎が『命の尊さ』をアドリブで語りかける“伝説の7分間”の中に、こんな台詞がある。

「ボクの部下に背の高い、ちょっとキザな【スコッチ】ってヤツがいてね…そいつには持病があって、ここ一番!って時に吐血してね…口の回り真っ赤にして死んでいった…」

この約一年後に石原氏はこの世を去るのだが、氏が自らの死を予感した刹那、志半ばに若くして自ら命を絶った沖=スコッチのことが瞬間的に頭をよぎっての台詞だったのではないかと考えると、大変興味深い台詞ではある。

出演期間は短かったが、この他にもスコッチの主演作品には語り継がれるべき傑作が多い。またいずれ、彼が「よっ!」と呼び掛けてきたら、彼の想い出について語ってみようかと思う。


我々の記憶の中で【スコッチ刑事】は、そして【沖雅也】は永遠に光り輝く。






ぎっちょ


【添付画像】
上段=『さらばスコッチ!』
下段=『スコッチよ静かに眠れ』

名優・沖雅也回顧 外伝「円熟」 2005,7,10
400回記念作品から『太陽』に復帰を果たしたスコッチは、クールな一匹狼的キャラに加えて若手の良き兄貴分としても活躍した。ロッキーには、彼の“拳銃恐怖症”克服のために自ら身体を張って「誰でも拳銃は怖い」ということを身を持って諭した。一本気で純なスニーカーとは衝突も多かったが、その冷徹さの裏側にある暖かさをスニーカーが次第に理解して打ち解けていった。ラガーとは、彼の登場編のみの共演だったが、ラストで「高校でラグビーをやっていた」という新人・竹本刑事に
「なんだ、お前ラガーか」
とやって、そのニックネームの名付け親にもなっている。

ドックを演じた神田正輝とは『俺天』以来の共演とあって、息の合ったところを見せた。特に、ドックとのからみでは初期スコッチからは思いもよらないコミカルシーンも随所にあった。ドックの登場編、銀行強盗を後方から車でドックが、前方からスコッチが挟み撃ちで路地に追い詰めたシーン。カッコよく車を降りようとするドックだったが、路地が狭すぎてドアが開かない。車のボンネットの上で逃げ惑う犯人に容赦なく銃口を向けるスコッチ。
「あぶないって!オレがいるじゃないよ!」
ドックも犯人同様車内で逃げ惑う。スコッチが犯人の銃を撃ち落として無事逮捕したが、ドックは怒りが納まらない。
「ひとつ間違えたらボクが死ぬところだったじゃないですかっ!」
と食ってかかるドックに、スコッチが一言。
「俺が死ぬよりマシだ。」
犯人を連行するスコッチの後ろ姿を見送りながら、ドックが呟く。
「ハードボイルドだな…確か“ブランデー”とか言ったな…」

※スコッチ以外にも、ドックはロッキーを“アルプス”、スニーカーを“スパイク”または“スリッパ”、ゴリさんは“ゴロさん”、ラガーを“らっきょ"と呼んで茶化しているが、逆にゴリさんやスコッチからは“ヤブ”と呼ばれて逆襲を受けている。

スコッチ主演の『拳銃を追え!』にもこんなシーンがある。拳銃密売の容疑者を喫茶店で張り込むスコッチを見掛けたドックが、冷やかしに店に入る。
「手伝え」
というスコッチに非番だからと断るドックだったが、入り口ですれ違った音大生の美女が知り合いだから、事件が解決したら紹介するとそそのかされて一瞬で寝返るドック。そして、ドックの協力もあって事件を解決したスコッチに、ニヤけ顔のドックがにじり寄る。
「たあ〜きさんっ♪」
「ん?」
「またあ、トボけっちゃって…音大生!音大生!!」
「ああ…は…ハハハ…ボス?」
ドックに負けず劣らずのニヤけ顔で今度はスコッチがボスににじり寄る。
「ボスのお知り合いにいますよねぇ、音大生」
「ん、なんだ?」
すべてを察してムッとするドック。
「いや、誰かいるでしょ?」
「そんなもん俺が知ってるワケねぇだろ!」
とボスに冷たくあしらわれて、画面に向かって今にも泣き出しそうなスコッチが顔をしわクチャにして、
「ゴメ〜ン(泣)」
とやる姿がストップモーションに…『太陽』ではお馴染みのコミカルなエンディングシーンだが、スコッチがこうしてきちんと“コント”を演じるのは極めて珍しいという意味で印象深いシーンだ。


明日はホントに最後のスコッチネタ。その死を…



ぎっちょ


【添付画像】
『拳銃を追え!』より抜粋。右下が「ゴメ〜ン(泣)」のシーン。

名優・沖雅也回顧 外伝「黎明」 2005,7,9
先日、夭折した俳優・沖雅也について語ったところ、思わぬ反響をいただいた。こと【スコッチ】としての彼への思い入れが大きい方がいかに多いかを再認識した次第で。もう少し他のスコッチ作品のレビューを、なんてリクエストもいっちょ前にいただいてしまったもので、調子に乗って今日は前回書ききれなかった【スコッチ名場面】を紙面の許す限り再録してみようかと…
\(`o'")はあ〜ベンベン♪

実はスコッチとして登場する前に一度、沖が別キャラで『太陽』にゲスト出演した回がある。まだ番組初期、マカロニ時代の第10話「ハマっ子刑事の心意気」がそれで、横浜・港北署の若手刑事久保(沖)が合同捜査にやってきたゴリさんとぶつかり合いながら心を通わせていって事件を解決するストーリー。スコッチとは正反対の明るい熱血刑事を、沖が熱演している。

{余談}のちに【トシさん】としてレギュラー入りする地井武男も、第19話「ライフルが叫ぶとき」に客演しているが、諸事情あってこの回は現在CS放送も含めて放送不可になっており、以前発売されたDVD―BOXでも未収録となっていた…

スコッチ登場間もない第221話「刑事失格!?」では、スコッチが拳銃強盗事件の容疑者・沼田(演ずるは若き日の長塚京三)を車で追跡中、逃亡を計った沼田に発砲して負傷させたことで査問委員会にかけられる。スコッチは、沼田が車のサイドボックスから拳銃を取り出そうとしたから撃ったのだと主張するが、サイドボックスには拳銃が入っておらず、現場に居合わせたボンも発砲の瞬間を見ていなかった上、その後沼田を張り込んでいる最中に同じ拳銃を使った殺人事件が発生したため、スコッチは窮地に陥る。ところがこの殺人事件は、ひょんなことから沼田が拳銃を持っていることを知って沼田の車から拳銃を持ち出したアパートの隣人の仕業で、それに気付いた沼田は隣人を消そうとする。沼田をボンとともに張り込んでいたスコッチは二人の密会現場をつかむが、本来は謹慎中のため拳銃を携帯していない…スコッチは、傍らのボンに言った。
「拳銃貸せ」
「何言ってるんですか滝さん、あなた謹慎中なんですよっ!」
「いいから貸せ。沼田は恐らく拳銃を持っている」
「ダメです!もし撃って、今度もヤツが拳銃を持っていなかったらどうするんですか!あんただけじゃない…ボスも辞職です!」
「そんなことを言ってる場合かっ!」
ボンのホルスターから無理やり拳銃を抜こうとするスコッチ。押し問答の末、強引にボンの拳銃を奪ったスコッチが、沼田に向けて銃を構えたその瞬間!
「沼田ぁ〜っ!」
という叫び声とともに、ボンがスコッチの前に飛び出した!
「ボンどけっ!」
スコッチの制止をものともせず、沼田に突進するボン。沼田が懐から拳銃を抜くのとほぼ同時に、ボンが沼田に体当り!空中高くはじけ飛ぶ沼田の拳銃。格闘の末、沼田に手錠を打ったボンが安堵の表情で呟く。
「撃たせなかったぁ…今度は撃たせませんでしたぁ。コイツにも、滝さんにもっ!」
と、その横からスッと拳銃を差し出すスコッチ。
「バカだお前は。」
ボンのホルスターへ拳銃をしまい、はにかんだようなかすかな笑顔を浮かべて、スコッチはその場を立ち去った…



まったく興味ない方には「なんのこっちゃ?」の話が続いて恐縮だが、明日ももう“スコッチ”レビューをw



ぎっちょ



【添付画像】
上段=「ハマっ子刑事の心意気」、下段=「刑事失格!?」

妄想小説 第7話 2005,7,8
思いがけず、テレビ越しに憧れるだけだったさち絵との見合い話が舞い込んだ淳は、これ以上ないくらい丁寧に釣り書きをしたため、一番写りのよい写真を厳選して先方へ送付した。もちろん、写真を見ただけで断られる可能性もあったが、なぜか不思議と淳は色良い返事が返ってくるという確信にも似た予感がしていた。テレビ局関係者はちょっと…と最初は乗り気でなかった勝子も、
「まあ、アンタがいいんなら…」
と淳の熱意に押し切られるような形で、渋々ながら認めてくれた。

数日後…勝子から淳の携帯にメールが入った。

「せんぽうさんあってくれるとのことしきゅうつごうのいいひをおしえてくださいはは」

句読点と変換が使いこなせない母からのメールのおかしさと、ついに本物のさち絵と対面できる嬉しさとがあいまって、思わず淳の口許がほころんだ。見合いは一週間後の日曜日、都内のフレンチレストランで双方の両親も立ち会いのもと行われる運びとなった。淳は、なけなしの金をはたいて新しいスーツを買ってその日に備えた。

迎えた見合い当日。淳は、ほとんど一睡もできないまま朝を迎えた。夢にまで見たさち絵との対面。あれやこれやと会話のシミュレーションをしているうちに、気持ちが高ぶって眠れなくなってしまったのだ。居間に行くと、その早起きした淳よりも早く両親が起きていた。
「いやあ、緊張するわ。こんな本格的なお見合いなんて初めてですもの」
淳以上に、母の勝子が興奮している。
「まあダメもとだ。気楽にいきなさい。」
インターネットの将棋サイトで見ず知らずの誰かと対局しながら、父・公夫はのんびりとした口調で言った。

それにしても、いざ実際に会ってからさち絵とどんな話をすればいいのだろう。
「いつも見てます!」
とでも言うべきか?いや、釣り書きに本職を秘匿していたということは、できることなら隠したいという意図があるのではないだろうか。でも、週一度とはいえ民放の朝の地上波放送に出ているということは、淳くらいの世代で会社勤めをしていれば、さち絵のことを知っていても不思議ではない。かと言って、あえて他局の話なんかしたら気を悪くするのではないか…見合い会場のレストランへ向かうタクシーの車中で思い巡らすあまり、普段無口な淳がより一層無口になった。

レストランには、待ち合わせの時間より30分も早く着いた。
「早すぎたわね」
と言う勝子に、
「こういう席で女性側を待たせるワケにはいかん」
と、生粋の営業マンである公夫が説いた。根がのんびり屋の淳は泰然自若。それに、これまでも大概女性とのデートではよくてギリギリ、10〜30分は遅れてくるのは当たり前と相場は決まっていたから、待たされるのには慣れていた。

店に入り、公夫が店員に名前を告げると
「いらっしゃいませ。先方様はもうお見えになっていらっしゃいますよ。どうぞ」
と、三人は奥の個室へと案内された。部屋に入ると、向かって正面に両親に挟まれる格好でさち絵が立っていた。

両親ともども、さち絵は深々と一礼して顔を上げた。テレビでいつも見ている、爽やかなあの笑顔がそこにあった。



つづく



ぎっちょ



※この物語はフィクションであり、登場人物や放送局名などはすべて架空のもので、実在するものとは一切関係ありません

人身御供 2005,7,7
今日は、『爺』とともに出向先の重要会議に出席してきた。『爺』が所用で中座するため、ワタシが代理で“人身御供”のような形で会議に残される格好になる。本来なら代行は所長が行くべきところなのだろうが多忙で時間がとれず、所長をフォローすべきムヒムヒバカはクソの役にも立たないので、ワタシに白羽の矢が立ったというワケだ。

普段、通勤にも営業車を利用している『爺』はあまり電車に乗ることがないため、今日の機会に『Suica(スイカ)』を購入しようということになった。『爺』にとっては初めての『Suica』を自販機で購入し、料金チャージも万端、いざ改札を通ろうとした時、
「あれぇっ?」
と『爺』。改札口で、『Suica』を機械に通そうとしている!
「『爺』、『Suica』は改札通らないから、ココにポンと触れないと。」
ワタシに言われるまま、買ったばかりの『Suica』をタッチパネルにポン、と触れると、改札口の扉が勢いよく開いた。
「おおっ!」
歓喜の声を上げる『爺』。それでもまだ半信半疑らしく、
「これ、財布に入れたまんまでも通れるんですよ」
「うそ?からかってんじゃなかんべぇ?触っても開かなかったらどうするん?」
財布は他にもカードがいっぱい入っているから不安だと、名刺入れに『Suica』を入れる『爺』。目的地に到着し、恐る恐る名刺入れをタッチパネルに触れると、勢いよく開く改札扉。
「おおおおおおおっ!」
歓喜の声をあげる『爺』。カワイイ、カワイすぎるぜ『爺』!


キュートな『爺』と対照的に、相変わらずの役立たずぶりなのが、ご存じS木改め
『バ   カ』。
「バカ」の間が抜けているので『バカマヌケ』と読むべしw

出先での打ち合わせが長引き、昼前に一度事務所に戻る予定にしていたワタシが弁当を買って戻ると、いるのは所長とM子ちゃんだけ。
「あれ?S木さんは?」
「弁当買いに行ったよ」
ほお…ヤツが自ら弁当買いに出向くとは珍しいこともあるもんだ。と考えているうちに
「ただいま〜」
とノーテンキな声でヤツが戻ってきた。
「買ってきました〜」
所長には助六寿司、自分は大きな“ふかしパン”を2個も買ってきやがった。さらに袋からはシューマイが出てきた。パンにシューマイという時点で違和感満点の取り合わせだが、袋からはさらにギョーザが出てきた。普通、ギョーザとシューマイいっぺんに買うか?「?」マークが頭上にいくつも並ぶワタシをよそに、さらに袋からはコールスローサラダ3パックに生春巻のサラダ巻き、牛肉スライスのパックまで登場した。特にコールスローなんて、所長とバカの二人分を買いに行ったハズなのに、なぜか3パックもある…?
「これ、M子ちゃん用?」
「いいえ、私は頼んでないんで…」
「エエッ!じゃあこれ、二人分で買ってきたってか?」
とワタシが驚いていると
「いやあ店先で見てたら、とりあえず全部食いたくなっちゃってさあ、ムヒヒヒヒヒヒヒ」
食い意地ばかり張った「食欲バカ」が…(-"-;)

結局、『バ   カ』はふかしパン1個食ったところで「腹いっぱいだぁ〜」とギブアップ。
「ぎっちょさんも食べていいよ」
「いらねぇよ。こんなん購入者責任だ。あんたが全部食え」
冷たくワタシが言うと、自らの不定見が招いた事態とはいえ、誰が見ても一人では食いきれないであろうことは明白な食材の数々が並ぶテーブルを見て途方に暮れるバカ。横でクスクス笑うM子ちゃん。もう一生バカやってろっつうの┐('〜`;)┌



ぎっちょ



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深っちゃんドラマ 2005,7,6
今月から始まる新ドラマのラインナップが出揃った。その中に、我がお気に入り女優の一人“深っちゃん”こと深津絵里の主演ドラマがある。人気若手俳優・妻夫木聡との共演で、年下の男性とのロマンスを描くものらしい。個人的な意見を言わせてもらうと、今回のような恋愛ドラマにおいては深っちゃんの魅力は半減する。いや、小柄でいつも一生懸命頑張る深っちゃんのキャラはカワイイと思う。しかし…恋愛ドラマのヒロインをというのは、な〜んか違和感を感じてしまうのだ。深っちゃんの真骨頂といえば“お仕事系ドラマ”にこそあるとワタシは考える。『踊る大捜査線』の【恩田すみれ】、『きらきらひかる』の【天野ひかる】、『彼女たちの時代』の【羽村深美】、『カバチタレ!』の【栄田千春】…ワタシが好きな深っちゃんは、仕事を通して悩み、苦しみ、笑い、恋をしている。

深っちゃんをめぐって恋の鞘当てが繰り広げられるという展開に、なぜ違和感を感じるのだろうか…?例えば“大根女優”矢田亜希子の場合、演技の拙さはさておいて、彼女を中心に様々な恋模様が展開する設定がなんとなくサマになる。日常生活で、まず体験することはないであろう展開の恋愛ドラマを疑似体験するにあたって、矢田亜希子の美しさというのは現実離れしていて、所詮ドラマの中のことと割り切って楽しめるのだ。ところが深っちゃんはなまじ親近感と演技力がありすぎるためか、ドラマとして楽しむには少し生々しすぎるきらいがある。現実として二人がもし身近な存在としていると仮定して、矢田亜希子に男が群がるシーンは想像できても、深っちゃんにはそれを思い浮かべることはできない。ぶっちゃけて言えば、恋愛ドラマのヒロインとしての“華”が矢田亜希子にはあるが深っちゃんにはないのだ。

深っちゃんの演技で秀逸なのはやはり、「日頃気張って仕事している女性がふとしたすきに見せる弱さ」の部分。だからこそ、深っちゃんは恋愛ドラマに出るべきではない、と考える。先にストーリーありきでブッキングされたのなら致し方ないが、深っちゃんをキャスティングした上でこのドラマを企画したのだとしたら、ワタシはこのドラマのプロデューサーの才覚を疑う。今回のドラマ、ワタシは多分見ない。

ところで、4〜6月期で唯一視聴したドラマ『タイガー&ドラゴン』は、期待した以上に楽しむことができた。毎回繰り広げられる泣き笑いや、高座とそのネタの“再現ドラマ”が交互に出てくる目まぐるしいテンポは見る人によってはついていけなかったかもしれないが、決してドタバタにはならずに楽しんで見られた。ラス前から最終回前半まで続いた突然のシリアスモードも、ドラマ全体にメリハリをつけるものだった。小虎(長瀬智也)も無事師匠(西田敏行)のもとに戻ってきたことだし、単発でもいいからまたいつか続編が見られる日を楽しみに待ちたい。



ぎっちょ

帰ってきたシゲヲ 2005,7,5
昨年3月に脳梗塞で倒れて以来初めて、長嶋茂雄が公の場に姿を現した。スポーツ紙はおろか、一般紙までが貴重な紙面を割いて「奇跡の生還」やら「おかえりミスター」などと大騒ぎである。

ちょっと待った…お祝いムードに水をさすようで恐縮だが…


そんなに見たいか…?カタワのシゲヲを…


ワタシは、現役時代のシゲヲは晩年を少しかすめた程度で、辛うじて引退試合をリアルで記憶している程度なので、どちらかといえば近年の「トンチンカン采配の迷監督」の印象が強い。また采配のみならず、文法無視のハチャメチャな言葉遣いでも有名で、それを“愛嬌”と言ってしまえばそれまでだが、「初めての還暦」に代表される年齢に反比例する稚拙な発言の数々は【長嶋茂雄】だからこそ許されていた面はあったにせよ、文化人を気取った訳知りのしたり顔でそういった意味不明発言を繰り返したり、球場(実況)の空気を読まず本能の赴くままのべつ幕無し喋り続ける彼の解説を、苦々しく聴いていたのは果たしてワタシだけであろうか?

シゲヲが現役時代、巨人軍の屋台骨を背負って一時代を築いた功績は認める。しかし、シゲヲのその功績に伴う「御威光」に頼りすぎたことが、今日の日本プロ野球の衰退を招いた一因であるとは言えまいか?成績も大したことないのに、いっちょ前に【名監督】いや【大監督】並の待遇だ。確かに、監督としての通算勝利数は歴代11位(1034勝)だが、一番戦力と資金が充実したチームで15年も采配をふるえば黙っててもそれくらいは勝って当たり前ではないか。

采配だって、野村克也ほどの“理論”もなければ、星野仙一のような“情熱”もない、行き当たりばったり采配。それでも、それがズバリ的中すれば『カンピューター』とやらで監督の手柄、失敗すれば「あそこで一本出てればなあ…」と結果論で選手の責任。これじゃあ実際プレーしている選手が面白かろうハズがない。ヤンキースの松井だって「長嶋さんの指導があったから」みたいな言われ方をしたら腹立たしく思って当然である。今の松井があるのは、シゲヲの指導が根幹にあるにせよ、自らが努力したことが大きいからではないか。復活した往年の『背番号3』をいつご披露するかで一喜一憂していた2000年のキャンプなどは、ワタシから言わせれば【愚の骨頂】である。

今回の復帰劇は、『長嶋で搾れるだけ搾り取りたい』巨人軍(読売)と『あくまで目立ちたい』シゲヲの利害が一致してのものであったことは想像に難くない。現に、平均視聴率は微増とはいえプラスに転じたという。だが、かつて巨人戦が高視聴率を誇っていたのは、他球団のファンもご贔屓チームの結果を逐一知るためには巨人戦を“見ざるを得なかった”からに他ならない。CSが普及し、ご贔屓チームの試合を終了まで見られる時代なのだから、どんなに緊迫した場面でも9時20分になったら問答無用で中継を打ち切られる地上波放送なんて、誰が好き好んで見るものか。今がそういう時代であることには目もくれず、まだ読売が【巨人】【長嶋】のブランドで稼げると思っているとしたら…心ある巨人&長嶋ファンは、客寄せパンダのような扱いのシゲヲを見て本心から喜べるのだろうか?




ぎっちょ

名優・沖雅也回顧 2005,7,4
『太陽にほえろ!』初登場時、すでに売れっ子俳優だった沖はあまり長く出演期間がとれず、わずか半年で“転勤”という形で七曲署を去っていった。その後、二度の客演を経た昭和55年3月、放送400回の記念作品でスコッチは番組に華麗なる復活を遂げるのである。

当時、裏番組『金八先生』の出現で視聴率的に苦戦を強いられていた『太陽』の切り札として再登場したスコッチは、沖縄へ逃げた強盗殺人犯人を追って久々に一係に合流して捜査する。そのクライマックスで、スコッチとスニーカーが抜群の連携プレーで久米島の海岸に犯人を追い詰めたシーン。自らも沖縄出身で、同郷の共犯者を証拠湮滅のため無残に殺した犯人に憤りを感じていたスニーカーは、これでもかと犯人を殴り付ける。スコッチはそれを止めるわけでもなく、タバコをふかしながらしゃがみ込んで、ただ眺めるだけ。やがて「フッ」とかすかに笑ったかと思うとスコッチは立上がり、海岸をゆっくり歩き始める。犯人に手錠を打ったスニーカーが振り返ると、海岸線の遥か向こうを悠然と歩くスコッチの後ろ姿。そしてスコッチは、歩きながらくわえていたタバコを空中高く投げ捨てた…

この、タバコを投げ捨てるシーンがあまりにカッコよくて、当時中学生だったワタシは短くなった鉛筆をタバコに見立てて、学校でそのシーンを再現しては悦に入る変わった少年であったw

役の上でスコッチが一目置く存在だったのが殿下であった。それはスコッチ登場間もない頃、捜査における殿下の“甘さ”を嘲りながらも、犯人逮捕にかける執念は同じだと身を持って知らされる「殿下とスコッチ」の回がきっかけであった。スコッチ再登場の3ケ月後、殿下は交通事故であえなく命を落とすのだが、そのわずかな共演期間中にも、実際に人を殺すところを撮影する“殺人映画”の主人公に選ばれた殿下が窮地に陥る「島刑事よ安らかに」では、スコッチはメンバーの誰よりも犯人への怒りを露わにし、ラストで殿下が無事救出された時は崩れ落ちそうになる殿下を抱き抱えて支えたりしている。また殿下殉職編「島刑事よ永遠に」では、殿下の死を知らされた一係メンバーがそれぞれ個々に悲しみを表現するシーンがあるのだが、いつものように咥えタバコのスコッチの両目からスッと涙が流れ落ちた後、悔しそうに咥えていたタバコを地面に叩き付けるという沖の演技には鬼気迫るものがあり、殿下の呆気ない死の空しさを表現するのに効果的なシーンとなっている。

その後登場したドックらを率いて若手のリーダー格として存在感を示したスコッチであったが、沖自身の体調不良もあって再登場後わずか2年足らずで“病死”という形で降板、それから1年半後には沖本人が自ら命を絶つ結果となってしまった。沖の死後、所属事務所社長にして養父のH氏の怪しげな言動等も手伝ってか、ミステリアスな沖の私生活について様々な憶測が流れた。しかし、仮に流れたゴシップがすべて事実であったとしても、沖の演じた【スコッチ】や【キャプテン】の輝きが失せるものではない。存命なら53歳。月9で、妻夫木聡の父親を演じていたかもしれない沖雅也の姿を想像すると、返す返すその早すぎる死が無念でならない。



※文中敬称略でお送りしました('◇')ゞ



ぎっちょ


【添付画像解説】
 慍兇燭舛賄兄箸澄』LD―BOX特典の、麻生キャプテンの名刺
◆愨斥曚砲曚┐蹇』第399話「廃墟の決闘」ラストでスコッチとスニーカーが初めて対峙するシーン
F云綢400話「スコッチ・イン・沖縄」の1シーン

名優・沖雅也回顧 2005,7,3
『太陽にほえろ!』に沖雅也の【スコッチ刑事】が初登場したのは、昭和51年9月のこと。殉職したテキサス刑事の後任として七曲署にやってきたスコッチは、ちょうど一年前に自らが発砲をためらったばかりに眼前で先輩刑事が射殺されたことがトラウマとなり、何ごとも自分本位な一匹狼となっていた。その信条は
「撃たれる前に撃つ」
自分の身を守るためには相手よりも一瞬でも早く拳銃を抜かなければならないからと、極端に銃身の短い拳銃を携帯していた。テキサス在籍時、あれほどアットホームだった一係が、スコッチ着任を機に気まずい空間と化した。当然、そのやり方はメンバーの反発を買い、特にゴリさんとは衝突することが多く、登場第一話「スコッチ刑事登場」の回で早くも二人はヤリ合っている。

ゴリさん「お前のやり方で気に食わんのはな、容疑者や証人を見る目にひとかけらの暖かみもないことだ!」
スコッチ「暖かみ?そんなものがいるんですか刑事に。(略)俺の前任のテキサスとかいう刑事…凶悪犯を一人も殺さずに逮捕するために殉職したそうですね…暖かい刑事になるってことはそういうことだ。テキサス刑事を殺したのは誰でもない…あんた方ですよっ!」
ゴリさんの脳裏に死んだテキサスの顔が浮かぶ…次の瞬間、ゴリさんの鉄拳がスコッチの顔面にお見舞いされた!

その後も一向に仲間に溶け込もうとしなかったスコッチが、初めて本来の“明るい好青年”の姿を垣間見せたのが「疑惑」という回。スコッチの眼前で殺された倉田刑事に汚職疑惑が持ち上がり、それを追っていたルポライターを殺害した容疑者として倉田の妻が連行された。取調中、留守宅は倉田の幼い息子一人となってしまうため、子守を兼ねてスコッチが泊まり込みをしていた。父が死んだのはスコッチにも一因がある…子供心にそう察しているせいか、少年のスコッチへの接し方は冷たいものだった。居心地が悪くなったスコッチがボンに交代を要請して帰ろうとすると、後ろからスーツの裾を引っ張る者がいた。倉田の息子だった。

「代わりのおにいちゃんがもうすぐ来るからな」
「…帰っちゃやだ…」
「いや…だって、おじちゃんのこと嫌いなんだろ?」
「お父さんが死んでから、おじちゃん遊んでくれなくなったじゃないか!」

そう、少年はスコッチに以前と同じ“一緒に遊んでくれる優しいおじちゃん”でいてほしかっただけだった。壁を作っていたのはスコッチの方だったのだ。

「どうして遊んでくれなくなっちゃったんだよぉっ!」
「…お前…それで怒ってたのか…」
氷のように冷たかったスコッチの表情が、みるみるうちに優しい表情に変わり、「よーしっ!」という掛け声とともに、スコッチは少年を高く抱え上げた。画面を通して初めて、スコッチ本来の優しさ、暖かさが描かれたことで印象深いシーンだ。


明日は、後期のスコッチ作品について。



ぎっちょ

名優・沖雅也回顧 2005,7,2
先日、2ちゃんねるの「懐かし芸能人」板を何気なくのぞいている時、懐かしい名前を見掛けて思わずクリックした。

【沖雅也】

奇しくも1983年のその日と同じ6月28日、東京新宿京王プラザホテル最上階から当時31歳の彼が身を投げてから、もう22年の月日が流れたことになる。彼の正に命日に彼の話題にたどりつくとは、
「よっ、たまには思い出してくれよ」
と言われたようで、なんだか不思議な気がした。

彼を初めて見たのは、祖父の膝の上で見ていたNHKの『連想ゲーム』であったと記憶している。爽やかな好青年然とした彼が、のちにクールでキザな【スコッチ刑事】を演じたのを目の当たりにした時には、少なからず違和感を感じたものだ。

沖雅也という役者は、背がスラリと高く二枚目だが目がどこか寂しそうな印象があった。そのせいか陰のある役どころが多く、前出のスコッチや『必殺』シリーズで演じた【棺桶の錠】や【市松】、『姿三四郎』の【檜垣源之助】など、どれもクールで陰を引きずるキャラクターだった。

新境地を開いたのは『大追跡』という刑事ドラマであった。沖の演じた【矢吹刑事】は、スーツでキメた銃の達人というところまではスコッチと設定が被るのだが、顔はスコッチそのままでユーモラスな台詞やコントチックな仕草を次々繰り出すそのキャラは一年後の『俺たちは天使だ!』における【麻生雅人】の基礎ともいえ、結果的に『俺天』を沖の代表作へと昇華させるのである。他の作品と比べても、『俺天』での沖はワタシが見たどの作品よりものびのびと演技して、アクションや表情も生き生きしているように見える。(ちなみに沖の葬儀で遺影として使用されたのは、『俺天』時代の写真であったという。)『俺天』はパート2の企画もあったそうだが、出演者同士の都合がつかず夢に終わった。せめて単発のスペシャルでも作れなかったかと考えると、返す返す残念でならない。

ワタシの中での沖雅也といえば、なんといっても『太陽にほえろ!』の【スコッチ刑事】にとどめをさす。76年9月の登場間もない頃はクールな一匹狼的なキャラだったのが、メンバーと触れ合ううちに徐々に心を開いていき、80年3月に再登場してからは若手刑事の良き兄貴分という位置付けで番組を締めていた。その主演作品も、登場編や殉職編はもとより傑作が多く、性格が正反対の殿下との軋轢から理解し合うまでのいきさつを描いた「殿下とスコッチ」、誤射の汚名を着せられながらも信念を持って行動して犯人を逮捕する「刑事失格!?」、尊敬する先輩刑事の汚職を追及する「疑惑」、篠ひろ子と共演した推理ミステリー「すれ違った女」、自分を恨む誘拐犯人たちに単身立ち向かう「スコッチ誘拐」など、挙げ始めるとキリがない。明日は、【スコッチ】としての沖雅也の思い出を語ってみたいと思う。



ぎっちょ

マイブームは『ホウレンソウ』 2005,7,1
我が家(といっても一人暮らしですがw)では、『ホウレンソウ』がちょっとしたブームです。『ホウレンソウ』といっても、サラリーマンの基本である「報告・連絡・相談」のそれぞれ頭文字をとった造語ではありません。ポパイの大好物で、それを食べると百人力になるという、あの『ホウレンソウ』です。なぜ今、この時期に『ホウレンソウ』かというと、話は今から三週間前にさかのぼります…

週末に実家へ遊びに行くと、いつもサイフがひもじいワタシを気遣って、母が農協で宅配している牛乳やら野菜やらを「お持たせ」してくれます。それを見越して、毎回少し多めに注文しているものだから、2〜3週も間をあけて実家に行くと、冷蔵庫のチルド室が野菜であふれ返ったりしているワケです。特に梅雨から夏にかけては、実家へ行く一番の目的であるネコが昼間プイと出て行ったきり夜まで帰ってこないこともしばしばなので楽しみがなく、どうしても足が遠のきがちになります。

その日も、間一週あけたせいか、やれ米だやれ牛乳だと次々食材を持たされ、最後に出てきたのがホウレンソウ。
「いるか?」
いるかもくじらも、恥ずかしながらワタシ、ホウレンソウは調理されたものしか見たことがなく、どのように調理するかもよく知らない。
「う〜ん…」
と躊躇するワタシに母、
「ちょっと洗って茹でて、しぼって切るだけ。凍らせて保存もOKよ」
な〜んだ、カンタンじゃないかぁ〜…と、【ツーカーS】CMの小林桂樹のようにつぶやいたワタシは、とりあえず2束いただいて帰ったのでした。

その翌日、持ち帰ったホウレンソウの束を見てしばし熟考。こんな大きなフサフサしたものが、茹でるだけでいつも食卓で見ているみたいなコンパクトサイズになるのか?半信半疑ながら、ぐつぐつお湯を煮立てた鍋の中へ「えいやっ!」と投入すると、みるみる内に小さくしぼんでいくホウレンソウ。おおっ、こりゃおもろい!と、しばし見入ってしまったワタシd(^-^)言われた通り、水切りして包丁で大ざっぱに4等分して切ると、いつも食卓で見ていたあのホウレンソウの姿になりました。ちょっとカンドーをおぼえたワタシは、それをそのままバター炒めにしようとフライパンにバターをひいてホウレンソウを軽く炒め、あとは醤油を少々…入れたのですが、
「ちょっと足んねぇ?」
ように見えたので醤油を足そうと…
ドボドボ…


ゲ、ゲゲッ。入れすぎたw


ま、いっか。もともと、油そば食うのも醤油多めで、最後残った真っ黒なスープ飲み干すくらいだから、とできあがったばかりのホウレンソウバター炒めをひと口…


しょ…しょっぺぇ _| ̄|○


まあ本来なら、醤油なんてもんはきちんと分量計って入れるべきなんでしょうが、そこはホレ、独り身の男の料理っつうことでひとつ(^-^)v

その後、ベーコン加えたりカツオブシかけたりと貧困なバリエーションながら、週に2〜3度はホウレンソウをいただく“ヘルシー生活”。今度はパスタソースにでも挑戦してみようかしらん?



神田川ぎっちょ


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