ぎっちょの「ひとりたわむれ」

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更新履歴

2009,4,30 ありがとうみなさん、さようなら【cgiboy】!
2009,4,29 トイレ改築
2009,4,28 香苗潰しの地デジカ、キャプラー殺しの糞ズバ
2009,4,27 必殺論
2009,4,26 親方の適性も審議せよ!
2009,4,25 次なる目標

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ぎっちょの「流行通信」 2005,6,30
朝の通勤電車内。窓際に立つワタシの前に、今風の格好をした二十歳そこそこの青年が乗り込んできた。電車内ではワタシ、当稿の執筆のため携帯メールを必死こいて打ち込んでいるため、目線はどちらかというと床のほうに向いている。ちょうどその時、ワタシの目線と携帯の画面とをつなぐ延長線上に、乗り込んできた青年の股間のあたりが位置していたのだが、その青年の“社会の窓”が見事に全開していた。

「開いてるよ」

とそっと注意してやろうと思ってふと考えた。

「もしかしたら、これもイマドキのファッションなのだろうか…?」

最近は、着ているものをだらしなく着崩すスタイルが主流のようだ。女は、下着がのぞいてもおかまいなしのローライズなど。男は、臀部の中央あたりまでズボンをズリ下げてトランクスを半分以上露出させたりしている。ワタシが彼らくらいの年の頃は、ジーパンの裾を少し長めに切ってもらい、ちょっとでも足を長く見せようと必死に腰の上までたくし上げたりしていたのを思うと雲泥の差がある。

若者の感性は、時として爆発的な流行を生む。それは、ワタシと同世代で言えば【タケノコ族】であったり【銀蠅ルック】であったり。当時の大人は眉をひそめたものだが、我々からすればカッコイイ憧れの存在であった。個々の好き嫌いは別にしても、そのファッションが好きだという者の感性は理解できないものではなかった。だが、“見せるための下着”とはいえ好き好んで下着を露出する今の傾向は、年齢的なものは別にしてもやはり理解することはできない。今、ワタシが仮に彼らくらいの年齢だったとしても、恐らくそのような着こなしはしないであろう。下着出して街を歩くなんて、ほとんど罰ゲームも同じではないか?

普段着を自由気ままに着こなせるのは若者の特権である。しかしそこに年々、古来から日本人が持つ『恥の文化』が欠如していくのは、なんとも嘆かわしいものがある。甘やかしや学力優先教育の中で生まれた、親や教師の前でさえおとなしくしていれば陰でなにをしてもいいという風潮の中で、生きていくうえで大切な何かを教わらないまま生きていかなければならない今の若者は、ある意味で“犠牲者”と言えるのかもしれない…


冒頭の青年、15分ほど乗った電車を降りる段になってようやく自分の股間の部分がエライことになっているのに気付いたらしく、そっと窓側に体勢を向き直し、誰にも気付かれないように「キュッ」とファスナーを上げた。なんだ、ファッションじゃなかったんだ。なら早く教えてやればよかった。ゴメンよ、青年w



ぎっちょ

妄想小説 第六話 2005,6,29
淳たちによる“一斉爆撃”が功を奏したのか、以後掲示板にさち絵への批判が掲載されることはなかった。心の傷からか、しばらく会心の笑顔が消えていたさち絵の表情にも、このところ少しずつ明るさが戻ってきているかのように見えた。

あの一件の後、さち絵から淳にメールが送られてくることは一度もないままだった。掲示板の投稿は匿名だし、淳がメッセージを送った一人であることはさち絵にはわかる由もないのだが、心のどこかで
「掲示板のメッセージ、れふてぃさんも書いてくれたのかな?ありがと♪」
なんてメールが送られてきやしないかと密かに期待していた淳は、少しがっかりしていた。

その後数日が経ったある日、淳に母・勝子が一枚のスナップ写真を見せてきた。
「また見合いかよ。もういいって。断っといてくれよ」
「もう!そんなこと言わずにさぁ…とりあえず見るだけ見ておくれよぉ。ここに写真と釣り書き置いとくよぉ」
部屋の入口横にある本棚に、写真と釣り書きが入った封筒を置いて、勝子は出ていった。
「ったく…余計なお節介を…」
乗り気はしないながらも見るだけならタダだからと、淳は封筒を手にした。釣り書きを取り出すと、和紙の便箋に今時珍しく毛筆(筆ペン?)で字がしたためられているらしく、紙の裏側に墨汁が滲んだようなあとが点在していた。封筒の中に入っていたスナップ写真を取り出して相手の顔を見てみると、なかなかの美人…
「…むむっ?」
どこかで見覚えのある顔だった。仕事でもプライベートでもない…でも何度も会ったことのある顔…。
「こ…こ…これはぁっ!?」
淳は我が目を疑った。何度も見直したが、この顔は間違いなくあの娘の…。淳は、恐る恐る釣り書きを開いてみた。達筆な文字で書かれた相手の名前とは…?


『磯崎さち絵』


ゴクリと唾を飲み込む淳。


『昭和52年12月14日生まれ 27歳』


生年月日も、公式ホームページに掲載されている通りだった。もしや双子…?いや、いくら双子でも、同じ顔や生年月日は有り得ても同じ名前は有り得ない。やはりこれは、紛れもなくさち絵本人なのだ。淳は釣り書きを手にしたまま、居間にいる勝子のところへ駆け寄った。
「こっ…これ、どういうことよ?どういうルートで来た話?」
「ど、どうしたんだい血相変えて。いやね、アンタの中学ン時の同級生の光信君。あの子のお父さんって昔はテレビ局のディレクターしてて、退職してからは放送の専門学校の先生やってたでしょ?そん時の教え子なんだって。今はどっかの放送局に勤めてるらしいけど、どうなのかねぇ。ああいう業界の人っていうのは、どうもチャラチャラしたイメージがあって、あたしゃあんまり気乗りしないんだけど…」
どうやら勝子は、さち絵がアナウンサーで淳のお気に入りであることには気付いていないようだった。饒舌にまくしたてる勝子の口を遮り、淳が一言。
「会いたい。」
「ほえっ?」
「会いたい…会いたい…明日にでも会いたい!」
普段無口な淳のあまりのその勢いに、勝子は口を開けたままポカンとしていた。


つづく



ぎっちょ



※この物語はフィクションであり、登場人物や放送局名などはすべて架空のもので、実在するものとは一切関係ありません

『スライドショー』復活! 2005,6,28
今年9月、我が心の師・みうらじゅん氏の“ライフワーク”とも言える『ザ☆スライドショー』の第9弾が中野サンプラザにて行われる。古今東西、日本全国津々浦々から、みうら氏がかき集めた【バカネタ】の数々をスライドで公開してみんなで物笑いのタネにするという企画だ。昨年東京ドームで開催されてワタシもはせ参じた、各都道府県のマスコット・通称“ゆるキャラ”たちが場内を練り歩く物産展『郷土LOVE 2004』などの単発のイベントでも、いちコーナーとしてスライドショーを行っているが、単独での開催としては実に4年ぶりの復活となる。過去8回の『スライドショー』のうち、7回目はなんと“聖地”日本武道館、01年の8回目はハワイにまで遠征して行われている。

ネタにされるのは“奇祭”と呼ばれるヘンな祭りだったり、ふと見掛けたヘンな看板や標識だったり…他にも「こんなモノとっとくなよ!」とツッコミのひとつも入れたくなる新聞の折り込みチラシなど、妙ちくりんでオカシイものがこれでもかというくらい次々と登場する。また、いろいろな言葉を“みうら流”に解釈してイラストにしたものを解説する【オレの○○シリーズ】、みうら氏自身が銅像と戯れる【愛の銅像劇場】といった名物コーナーや、前出の“ゆるキャラ”も毎回のように新キャラが発掘されたりしている。

『スライドショー』のおもしろさは写真はもとより、みうら氏と共にMCを務める“盟友”いとうせいこう氏との掛け合いのおもしろさにもある。もう上演中は二人だけで楽しんでいるフシがあり、いとう氏のツッコミをある程度想定しながらネタを選んでいるみうら氏が“想定外”のツッコミが返ってきた時には
「くっそぉ〜そうきたかぁ…」
と本気で悔しがるほど。まあその“お遊び感”がまたたまらないのだがw普段冷静にツッコミを入れるいとう氏が舞台で悶絶して喋れなくなった、仕出し弁当屋「瑠璃仙」(DVD「6」に収録)のネタは、我らスライドショーマニアの間では“伝説”の爆笑ネタとなっている。

当日会場に来た観客には、口が小さくなっていて使い物にならない栓抜き【抜けま栓】や、みうら・いとう両氏の等身大写真がプリントされ、間に人ひとり寝転べるくらいの空白がある【添い寝シーツ】といった『いやげもの』(いやなみやげもの)が渡される。今年の『いやげもの』は一体何か?にも注目したい。チケットは、応募フォームで登録した中から抽選で選ばれた者のみ購入できるシステムとなっている。もちろんワタシも登録したが、今日(28日)現在当選の知らせはまだ届かない…_| ̄|○



ぎっちょ

ミルコ、到達! 2005,6,27
26日、さいたまスーパーアリーナで行われた【PRIDE GP 2005 2nd ROUND】はベスト4が出揃い、うち3名がブラジル勢、日本人は全滅となった。
ほのかな希望を抱いて見つめた中村和裕だったが、やはりシウバの敵ではなかった。KO覚悟の打ち合いを期待したのだが、ややパンチの距離を空けすぎたせいかほとんどが空砲。やはり、日本人がシウバを倒すというのは夢物語なのか…。
桜庭和志も無残に散った。動きはここ数年なかったと言っていいくらいよかったが、アローナとのパワー差は歴然。血ダルマにされたうえ、顔が原形をとどめないほどに変形させられての惨敗だった。
ショーグンとホジェリオは実力者同士の白熱戦、1回戦につづいてフロントチョークで相手からタップを奪ったアリスターの成長にも目を見張るものがあった。決勝は8月26日。準決勝の組み合わせ予想は…

【ヴァンダレイ・シウバvsヒカルド・アローナ】
【アリスター・オーフレイムvsマウリシオ・ショーグン】

と予想してみる。


ミルコ・クロコップが王者・ヒョードルの同門であるマゴメドフを一蹴、念願のタイトル挑戦を決めた。K1時代からタイトルには無縁だったミルコ。99年にはK1GP決勝まで進みながらアーネスト・ホーストにKO負け、03年にPRIDEに転向後、一度タイトル戦が内定しながらヒョードルのケガにより相手がアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラに差し替えられ、試合にも敗れてPRIDE初の挫折を味わった。昨年行われたヘビー級トーナメントでも一回戦で伏兵ランデルマンに不覚をとって、GP決勝でのヒョードル戦は幻に。そこから、失地回復とばかりにミルコは試合を重ねた。ヒョードルの弟・アレキサンダーを撃破、さらにランデルマンにリベンジを果たし、初代GP王者コールマンをも粉砕。ようやく念願適ってタイトル戦…を戦うハズが、またまたヒョードルのケガによって順延。6月は回避して、8月のタイトル戦に専念する選択肢もあったが、ミルコは敢えて危険な賭に出て試合をした。そして勝った。ヒョードルの眼前で、ヒョードルの同門を蹴散らし、ヒョードル自らベルトをリングに運ばせた。
もうこれだけでドラマは完璧である。勝敗は二の次、ミルコが勝とうが負けようが、結果はどっちに転んでもいい。下手な演劇よりもよく出来た“台本のない演出”である。

8月26日、リング上で対峙する両者の姿を思い浮かべるだけで、ワタシの涙腺はすでに決壊しかかっている(火暴)



ターザンぎっちょ

第2回ボウリング大会の顛末 2005,6,25
22日(水)は今月2度目の休載となったのですが、理由はボウリング大会&飲み会で遅い帰宅となったため。その開催に至るまでの顛末とは…?

今年3月、事務員のRちゃん退職に伴い、新事務員のM子ちゃんの歓迎会も兼ねてボウリング大会を開きました。あれから3ヶ月、所内でなんとなく「そろそろまたやりませんか?」という雰囲気になりつつありましたんで、今月中の開催に向けて動き出したのですが、前回飛び入り参加してくれた『D』(5月末で閉店)のSっちゃんにお願いして『D』チームで2〜3名募れないかと相談したところ「OK」との返事、開催日もプレイ代が半額になる「ボウリングの日」あたりに合わせてやろうというところまで着々と進んでいたのでありました。
そんなある日のアフター5、事務所で雑談しているとS木が
「ぎっちょさん、ボウリング大会いつやるの?いつ?いつ?」
としつこく聞いてきました。それなりに進めているところでしたが、
「前回ワタシが賞品からなにから全部手配したんだから、今回はS木さん幹事やってよ」
と言ってやりましたところ、
「そんなもん、ボウリングっていやあぎっちょさんの仕事でしょ。ムヒヒヒヒヒヒ」
ときました。

「(`曲´#)おめぇは仕事も遊びもなにもかも人任せじゃねぇかコノヤローッ!」

今に始まったことではありませんが、何をするにも決して自分から動こうとせず、その言い草もイスにふんぞり返ってコーヒー片手にってな感じで言い放ったものだったんで、「手伝いますよ」の一言でもあればまだ「しょ〜がねえなあ…」となったかもしれないのですが、「おうおう、いつやるんだいよう、待ちくたびれたいよう」と言わんばかりの厚かましい態度にワタシも「カッチ〜ン!」ときたワケです。別におめぇのために企画してるんじゃねぇ、と…そんなこんなでS木を外すべく、この日から隠密行動が始まったのでした。

結局メンバーはワタシと『爺』、東京時代の後輩Aくんと、Sっちゃん側からは『D』のママにしてSっちゃんの実のおねいさんM代さんにSっちゃんの後輩Iちゃんと、数もキリよく3−3になりました。3ゲーム楽しんだあと、近くの居酒屋で表彰式を兼ねて打ち上げ会。1時間程度で切り上げるつもりが、気が付くともう11時すぎ。遅くまでみなさん、お疲れさまでございました。そうそう、新しいお店も7月から始めるとのこと。またS木抜きで遊びに行きますんでよろしくw

さて、そのS木はというと、金曜日に自分の担当物件の価格交渉に行く際、所長から「値引きは一切するな」と言われて出て行って、戻ってくるなり
「2%引いてきました」
とのことで、所長から「値引きするなって言っただろがっ!」と怒られてましたwでも、怒られて10分もしないうちに
「これ(ジャラジャラ)なんで。ムヒヒヒヒヒヒ」
と足早に去って行きました。とさ_| ̄|○



ぎっちょ



『実録!G・S戦記』に戻る


サカサカサッカー 2005,6,24
度々ここでお話ししているが、ワタシはサッカーは代表戦も含めてほとんど見ない。競技としてのおもしろさをあまり感じないからで、先のW杯進出を決めた北朝鮮戦の時も、裏で『中日−楽天』戦を見ていたほどである。そんなワタシでも、今開催中のコンフェデ杯で強豪ブラジルと引き分けた試合に関しては、素直に大健闘と認めたい。

問題は、これからである。

この試合でゴールを決めたのは、中村と大黒。中でも大黒は、W杯予選でブレイクした成長株で、闘志ムキ出しのキャラクターもいい。これから、CMをはじめとするテレビへの露出も増えていくだろう…

日本のマスコミの悪いところは、ことサッカー選手に関して必要以上に持ち上げすぎるということである。すっかり舞い上がった選手が我を忘れてスーパースターを気取り、コンディション調整を失敗して堕落していくのを、今までどのくらい見てきただろう。持ち上げるだけ持ち上げられた揚げ句、不振になると誰からも見向きもされることなくひっそりと引退した前園の例は極端にしても、要は大黒が自分を見失うことなくプレーに専念できる環境を作り出せるかにかかっているのである。マスコミは、大黒を必要以上に持ち上げないことだ。

ラジオで、にわかサッカーファンのパーソナリティが声高に大久保の代表復帰を訴えていたが、その実力はさておいても代表合宿中にキャバクラ遊びに興じるようでは、やはり代表失格と言うべきだろう。体調管理の難しさに加えて、トラブルに巻き込まれる可能性もあり、こと風俗店ならさらにその危険は増す。戦力ダウンを承知のうえで、そういった自覚のなさを戒めるために敢えて大久保を代表から外したジーコの英断は賛同できるし、評価したい。

案の定、新聞の論調は大方『日本、ブラジル相手に大健闘!』ムードである。しかし、これで決勝トーナメント進出を逃したのも事実。ブラジルに健闘したことよりも、善戦したからこそあえて、グループリーグで敗退したことをもっと大きく取り上げるべきなのではないか?これに勝っていれば決勝Tだったのだと。相手の油断があったにせよ、強豪ブラジルと互角に渡り合えるまでに成長した我が国の代表チームが、勝てたかもしれない相手に勝てなかったため千載一遇のチャンスを逃したのである。ワタシには、そっちの方が歯がゆくてならない。

マスコミが販促目的で提灯記事しか書けないうちは、いつまでたっても日本は世界に太刀打ちできないぞ。



セルジオぎっちょ

キミたち歩きなさい! 2005,6,23
朝の通勤時、職場の最寄り駅を降りるとロータリーがあるのだが、この数日ここが高校生の群れでごった返していて、その大半がタクシー待ちで道路いっぱいに列をなしているものだから、歩きにくいことこの上ない。近くの運動公園で何かの大会が行われている風なのだが、
「ぽまいら、ちょっと待て」
と言いたい気持ちを押さえるのに必死である。運動公園までは徒歩せいぜい15〜20分程度の距離である。

歩けよ。

運動公園が徒歩で一時間もかかるところにあるならまだ致し方ないが、たかが15分ほどの距離をわざわざタクシー使うな。ぽまいらいくつだ?40近いこのオヤヂでも、駅を降りたらエスカレーターを使わずに階段を上り(余力があれば、の話だがw)、東京に勤務していた頃は客先まで徒歩30分汗まみれになって歩いて交通費をチョロまかしたりしたものだ。体力が有り余るほどあるぽまいらが、そんなにラクしてどうする?歩け。歩けよ。15分くらい。

これは想像だが、ラクなことに加えて金銭的な打算もあるのだろう。うまくいけばワンメーター、せいぜいかかっても1000円もしないタクシー代、4人で乗ればたった200円そこそこ。確かに、歩く“苦労”を考えれば安いものだし、不況に苦しむタクシー業界は多少なりとも救われるかもしれない。そういう時代なのだと言われてしまえばそれまでなのだが、ワタシが同じくらいの頃は漠然と「高校生がタクシーなんて乗っちゃダメ」という倫理感があったし、そんな若さでラクすることを覚えたら将来ロクな大人にならんぞ。タクシー利用を、随行の教師も容認しているのだろうか?安全に、迅速にという意味で、これも“ゆとり教育”の一環なのだろうか?だとしたら、ゆとりという言葉の意味を取り違えてはいないだろうか?

古い考えと言われるかもしれないが、昔の人は「若い頃の苦労は金出してでも買え」と言ったものだ。苦労することによって人間が形成されていくという意味もあるが、苦労知らずで育つと大人になって困難にぶつかった時に対処できない“打たれ弱さ”にもつながるという意味もある。すぐキレる少年が多いのは、困難に対処する能力に劣り、どうしていいかわからなくなって発作的に行動してしまうという部分が大きいのではないだろうか?

一部徒歩で運動公園へ向かう集団もあったが、タクシー待ちをしているのは全体の7割以上はいたように見えた。これでいいのか?ゆとり教育。




ぎっちょ

セクシーの傾向 2005,6,21
今週発売の『週刊ポスト』に、かつて女性シンガーとして中堅どころで活躍していた【知念里奈】の大胆ショットが載っていた。知念といえば、かつて安室奈美恵を頂点に隆盛を誇った『エイベックス』系のシンガーで、そういえば同じ『エイベックス』系でレコ大新人賞も獲った【八反亜未果】も知念に先立ちセクシーショットを公開したりしていた。彼女たちの心境に、一体どんな変化があったのだろうか?

知念も八反も言い方は悪いが、安室の尻馬に乗って売れた感は否めない。その証拠に、二人ともこれという曲が思い浮かばないし、シンガーとして生き残れなかったのもそのあたりが遠因となっているのは想像に難くない。知念は最近までドラマに挑戦するなと“新境地”を模索していたようだが、こういった形での心機一転は少々予想外ではあった。

最近のヌードやセクシーショットの市場では、意外性が特に求められているという。これまでは、売れなくなったアイドルや女優が『最後の切り札』的にそういったショットを公開するというパターンが一般的であった。今は逆に、『そんなカッコしなさそう』なほど、衝撃とともに興奮が増すという構図のようだ。第一に狙われているのが【スポーツ選手】。昨年末にセクシーショットを公開したバルセロナ五輪水泳金メダリストの【岩崎恭子】、それと比較するとセクシー度はやや落ちるが、スーパー高校生【安藤美姫】を筆頭としたフィギュアスケート選手5人衆や、ゴルフの【横峯さくら】の写真集が発売されたりもしている。

それに続くターゲットが『アナウンサー・キャスター』系。これまでは写真付エッセイ集くらいが関の山だったのが、CSの競馬番組で人気となった【柳沼淳子】や、気象予報士の【山田玲奈】といったところが、ビキニなんぞ着て惜しげもなくその肢体をさらけ出してくれている。我々アナヲタはかつて、テーブルの下からおみ足でも見えようものなら狂喜乱舞していたものだが、こうしてどんどん大胆な傾向になるのは嬉しくもある反面、やはりアナ・キャスターたるものスーツでビシッとキメていてほしいという思いもあってフクザツな心境ではある。

また、最近の傾向のひとつに『肩書きの重要性』というのもあげられる。ただカワイイとかキレイというだけにとどまらず、
「某一流百貨店のデパガ」
「一流銀行現役OL」
「一流企業社長秘書」
といった従来からあるものに加えて最近目立つのが、
「某有名番組(ドラマ、映画)に出演していたあのコ」
というキャッチである。「恋から」をはじめとするバラエティ番組はもとより、
「キムタク主演ドラマで共演」
「○○映画祭入賞の映画に出演」
といったものも多い。もっとも後者の場合、“出演”といってもホンのチョイ役、というケースが圧倒的に多いようだがw

それにしても、我々サラリーマン同様グラビアアイドルにも肩書きが必要な時代とは、世も末というか何というか…┐('〜`;)┌



ぎっちょ

ミシュランの選択 2005,6,20
F1第9戦アメリカGPは、トヨタのヤルノ・トゥルーリがチーム初(自身3度目)となるポールポジションを獲得。純日本製マシンで挑戦し続けて4年、トヨタ60戦目の初ポール。加えて佐藤琢磨も入賞圏内の8位スタートと、期待に胸ふくらませるF1ファンも多かったのではないだろうか。

しかし…結果は最悪のものが待っていた。

フォーメーションラップを終えて戻ってきたミシュランユーザーの車が、次々とピットに戻ってくる。結局、フェラーリ他2チーム計6台がグリッドについただけで、14台が0周リタイヤという異常事態となってしまった。
事の発端は、初日に発生したラルフ・シューマッハ(トヨタ)の大クラッシュ。タイヤのバーストによりバランスを崩したのが原因で、ミシュランが設定した内圧に問題があったのではないかとの説があり、早急に調査を開始したミシュランだったが、レース当日になっても確たる原因究明には至らず。今年のレギュレーションでは、破損以外のタイヤ交換は認められず、交換するとペナルティ(グリッド降格)の対象となる。それでも、原因がわからないままクラッシュしたラルフ車と同じタイヤの設定で他の車を走らせるワケにはいかない。ミシュランは、ペナルティを承知のうえで新たに取り寄せたタイヤでの出走を申請したが、主催者がこれを却下したためレースを棄権するという行動に出たというのが事の概略のようだ。

予選・決勝通じてタイヤは1セットのみ、エンジンも1スペックを2レース使用と、今年のF1はさながら“耐久レース”の趣である。このためか、昨年まで燃料の搭載量やタイヤ交換のタイミングを計り、絶妙のピット作戦で勝利を重ねてきたフェラーリが苦戦、混戦を演出する結果になってはいるが、今回のラルフ以前にも、タイヤのブリスター(異常摩耗)からマシンがバイブレーションを起こしたためにサスペンションにダメージを受け、トップ快走中のファイナルラップにそれが壊れてあわや!の場面となったキミ・ライコネン(ヨーロッパGP)のようなケースもあった。コスト削減が主目的であったハズの今年の新レギュレーションであったが、そのためにドライバーの危険が増すのでは本末転倒である。こと今回に限っては、主催者にもっと柔軟な対応ができなかったものかと悔やまれてならない。

レースは結局、フェラーリの2台が1―2位独占、ここ数年低迷していたジョーダンチームのモンテイロが初の表彰台に上がったが、味気無いレースになってしまった感は否めない。ジョーダンといえば、今年限りでチームを売却して元チームドライバーのエディ・アーバインをオーナーに迎えた新チームを発足させるようだが、かつてはアーバインをはじめシューマッハやバリチェロをデビューさせるなど有望新人発掘に類い稀なる手腕を発揮し、99年にはフレンツェンがタイトル目前まで迫ったこともあったり、またライトグリーンや重厚なゴールドといった独特のカラーリングにも定評があったチームだ。栄枯盛衰、盛者必衰はF1界の常とはいえ、また一人【エディ・ジョーダン】という名物オーナーがサーキットを去るとしたら何とも寂しいことではないか。



ぎっちょ

妄想小説 第五話 2005,6,19
淳は、自分が番組中に『敬礼』のポーズをとるよう仕向けたせいでさち絵が批判の矢面に立たされたことで、自らの軽率な行動を悔いていた。言わばこれは、淳とさち絵の二人だけの秘密。テレビでそうするよう仕向けた自分は安穏としているのに、淳の身勝手な要望に応えたばかりにさち絵一人が批判されている今の状況は、淳にとって重く心苦しいことであった。淳がさち絵にそうさせたと公表しても妄言と片付けられるのがオチだし、そう言ったところでさち絵が救われるワケではないことは容易に想像できた。一体どうすればいい?どうすれば…?

淳が途方に暮れていると、『どーよ』からこの日2通目のメールが届いた。

「掲示板、見ましたか?ヒドいね。何お堅いこと言ってんだって感じ。ニュース番組とは言っても、あのフランクな雰囲気が番組の魅力だし、取り上げたニュースの内容によってはふさわしくないケースもあるかもしれないけど、少なくともさっちゃんが敬礼した回は違和感なく受け入れられたし。大丈夫。さっちゃんの明るさがあれば、この非難も乗り越えられる!そう信じましょう」


仲間の暖かい励ましに淳は少し救われた気持ちになったが、それでも落ち込んでいるに違いないさち絵の心情を考えると、やっぱりやり切れない思いが脳裏を支配していた。

そうこうしていると、今度は『わん』からメールが届いた。

「れふてぃさん、祭りやりますよ、祭り。あそこの掲示板に、みんなでさち絵ちゃんへの応援メッセージを送るの。すでに同志も続々集まってるC。今すぐ一斉爆撃です。よろしく!」

なるほど。目には目を、ということか。公式サイトの掲示板にさち絵本人からの書き込みがあったということは、彼女もそこをマメにチェックしているということになる。批判する者ばかりではないということがわかれば、さち絵の気持ちも少しは晴れるかもしれない。淳は、自分が今度の騒動となった発端を作ってしまった当事者だけにメールで直接励ますのは気が引けたが、これで少しでもさち絵が救われるならと、祭りへの参加を快諾した。

公式サイトの掲示板は、管理者宛に送られたメールの中から“検閲”されて厳選されたもののみが掲載される仕組みになっている。いちキャスターへの大量の応援メッセージがすべて採用されるかは微妙であったが、何はともあれ淳は思い付くまま応援メッセージをしたためて送信した。

翌日、公式掲示板を覗いてみると、上から下までびっしりと並んだ、さち絵への応援メッセージ。前日までここを賑わせていた批判のコメントはおろか、さち絵本人の謝罪文すら後方に流してしまうほどの凄まじさで、淳は見ていて壮快感をおぼえるとともに胸が熱くなるのをおぼえた。



つづく



ぎっちょ



※この物語はフィクションであり、登場人物や放送局名などはすべて架空のもので、実在するものとは一切関係ありません

6・26【PRIDE】直前展望 2005,6,18
今回のメインは、『PRIDE GP』の2回戦。4月に行われた1回戦を勝ち抜いた8名によるツブし合いだ。中村和裕vsヴァンダレイ・シウバは、師匠でもある吉田のリベンジへの思いを中村が託された格好だが、中村は体格ではシウバに負けていないだけに、あわよくば…?の期待は大いにある。中村も簡単には「参った」しないだろうし、不用意にシウバに関節を取られたりしないよう注意すれば好勝負になることは間違いない。柔術黒帯のシウバの寝技を侮ってはいけない。もう一人の日本人・桜庭和志は、南米の寝技王ヒカルド・アローナと対戦。実はこれ、ワタシは前から見てみたいと思っていたカード。ちょっと通好みの寝技の攻防戦が見られるのではないかと今からドキドキ♪している。

ボブチャンチンとアリスターは、典型的なストライカー対決。ただ、かつてK1でホーストに痛め付けられたように、ボブチャンチンの泣き所はアリスターとのリーチの差であろう。ボブチャンチンはアリスターの懐に飛び込み、顔面に得意のロシアンフックを打ち込めるか?どちらにしても、壮絶KO劇が見られることは間違いない。それと対照的なのがホジェリオとショーグンの一戦。寝技に持っていきたいホジェリオ、休まず殴り続けるショーグン。PRIDE無敗同士の一戦は、どっちに転ぶかまったく読めない。

ワンマッチの方も魅力的なカードが並んだ。当初ヒョードルとのタイトル戦が予定されていたミルコ・クロコップは、ケガのためとはいえまたしても“敵前逃亡”した王者に怒り心頭。主催者からは8月延期が濃厚なタイトル戦に向け、今回は休養するよう言われたミルコだが、
「この怒りは闘うことでしか治めることはできない!」
とはシビれる〜!しかも相手はヒョードルと同門で、そのヒョードルも当日はセコンドにつくという。この試合は、どう転んでも凄惨な闘いになる!その他ヘビー級ではノゲイラ兄vsナツラ、ハリトーノフvsヒーゾといずれ劣らぬ好カードが並ぶ。

GPとは別に、ミドル級のワンマッチで田村潔司vs瀧本誠戦が決定した。ケガのためGPを断念した田村。大晦日、初参戦で勝利しながら「総合をナメてました」と涙した瀧本。双方捲土重来を期した一戦である以上に、田村にとっては03年のミドル級GPで敗れた吉田=柔道へのリベンジの意味が濃い。瀧本も向こうっ気は相当強いので、総合の原点ともいえる“ガキのケンカ”のような試合を期待している。

最後に軽く勝敗予想でも。

【中村vsシウバ】
史上最大級のアップセット!クロスで中村の右がシウバのアゴにヒット。中村、衝撃の失神KO劇!

【サクvsアローナ】
「寝技の攻防を期待」と書いておきながらこんなこと言うのもアレだが、実のところはサクが打撃勝負にもっていきそうな気が…ローのダメージ点でサク判定勝ち。

【ボブvsアリスター】
こちらも期待に反してグラウンド勝負になったりして…希望はボブチャンチンが1R、パンチ一発でKOって展開。

【ホジェリオvsショーグン】
ホジェリオはボクシングもうまい。カウンターが入って、ショーグンがグラついたところをバックに回ってチョークでオトすってのはどーだ?

【ホドリゴvsナツラ】
【ハリトーノフvsヒーゾ】
そこそこ実績のある相手とはいえ、PRIDEトップファイターの二人が順当に勝つのでは?

【田村vs瀧本】
う〜ん…一番グダグダになりそなカードがこれかなぁ…どっちが勝つにしても判定。実績で田村、かな?

【ミルコvsマゴメドフ】
ミルコの左ハイで首が吹っ飛ぶとか、脳天へのヒザ蹴りで頭骸骨陥没とか、テレビ中継できない結末?ミルコのここ一番での弱さは気になるところだが…ミルコ、もうこれ以上ジラさないでくれっ!今度こそヒョードルを逃がすなっ!!!



ぎっちょ

PHONE CALL 2005,6,17
夕方。定時(5時半)を過ぎてM子ちゃんが帰宅し、事務所に残ったのは所長と『爺』とワタシの3名。かの“ムヒムヒバカリーマン”は出先から戻ってきていませんでした。

5時40分、一本の電話。ナンバーディスプレイを見ると、S木からでした。うげっ!話したくねぇ〜…とはいえ、所長や『爺』に電話をとらせるワケにも…と妙に上下関係には気を使うワタシは、意を決して受話器をとりました(んな大袈裟なことかw)

「はい、○○組合です」
「………」
何を一生懸命考えているのか知りませんが、S木からの電話は送話も受話も初めに必ずこんな間があきます。それがまた、なんかム・カ・ツ・ク(苦笑)

「…あぎっちょさん?S木ですーどもーーー」

だあ〜かあ〜らあ〜っ!確かに出たのはワタシだけどさあ、自分が名乗る前に相手の名前呼んで確認するなんて失礼だとは思わんとですかぁ?所内への電話はまだしも、コイツは客先や同業他社に電話する時もこんな調子…それに加えて、語尾をだらしなくのばすその話し方。入社間もない若手ならいざ知らず、勤続25年も勤め上げてその程度かよ、と思うと人ごとながら泣けてくる…|||(-_-;)||||||

「まだS建材なんで〜戻らないかもしれないんで〜カギかけて帰ってください。よろしくぅ〜…」

『かもしれない』とはよく言ったもんです…S建材といえば、S木とは麻雀つながり。この時間にS建材ってことはこれからひと勝負…というのは素人にも目に浮かぶこと。ましてや、かつて車で30分のS建材へ行くのに3時に事務所を出る際、
「今日これ(ジャラジャラ)なんで、戻りませんから。ムヒヒヒヒヒヒ」
なんて平気で言えたヤツが、定時過ぎて律義に戻ってくるワケなかろうがっ!とツッコミのひとつも入れたくなります。

S木がココに来て成長したことと言えば、

・朝、一番に来た時はFAXを確認するようになったこと
・出前の器は水洗いして返すようになったこと

あら〜よくできまちたねぇ〜って小学生でもそれくらいのことできるぞw

最近ワタシのつれない態度に、鈍いS木もさすがに“異変”を感じているようで、S木の方からワタシに話しかけてくることがなくなりました。ワタシと二人の時はかなり気まずいらしく、所長や『爺』が帰ってくると喜々として二人に話しかけています。とはいえ、唯一の話し相手であるM子ちゃんにいっぱい仕事を言いつけてS木と喋るヒマをなくしてやったり、所長や『爺』とあえて仕事の話をしてS木を話の輪の外にしたり。ギャンブルなんかの話はこれ以上ないくらいの勢いで食いついてくるクセに、仕事関係の話はヌボ〜ッとタバコをくゆらせるばかりなのを知ってて、そうなるように仕向けるワタシって、やっぱり…

イ・ケ・ズ

なのかしらん(^ヘ^)v



ぎっちょ



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落合流・選手掌握術 2005,6,16
中日の野口が2試合連続0封の好投で復活の2連勝!99年中日優勝時のMVP、ノーヒットノーラン(96年)に最優秀防御率(01年)という輝かしい球歴を考えればこのくらいの投球で驚く投手ではないのだが、ここ数年…特に昨年、野口が受けた屈辱を思うと感慨深いものがある。

昨年8月の広島戦。メッタ打ちを食らった野口は、わずか1回ももたずに降板を命じられ、ナイターにもかかわらず広島からそのまま名古屋へ“強制送還”。以後一度も一軍から声がかかることなくシーズン終了、オフにはトレードの噂が乱れ飛んだ。結局トレードは実らなかったが、半ば“戦力外”のような扱いを受けた野口が心中穏やかでなかったのは察するに余りある。故障も重なって今季も出遅れ、初登板となった先月のソフトバンク戦でも投手相手に四球を出すなど不甲斐ないピッチングで3回降板、即二軍落ち…もう野口は終わった。そう思ったファンも多かったのではないだろうか。

しかし、神は野口を見捨てなかった。ドミンゴの離脱、山井や朝倉が不振から再調整となり先発投手のコマ不足が深刻となり、野口に“ラストチャンス”が回ってきた格好になった。野口はそこできっちりと結果を出した。そこに、不遇をかこった男のラストチャンスに懸ける意地を見た気がした。もちろんこれで終わりではなく、これからも好投を続けなければならないのは言うまでもないが。


落合監督はよく、こうして一見不条理な扱いをして選手に奮起を促すという手法をとる。例えば、谷繁捕手の場合。一昨年までの谷繁の背番号は「7」。落合監督は就任直後にそれを「27」に半ば強制的に変更させた上に、【正捕手】の座を剥奪する旨の発言をした。プロ球団に入団以降、横浜在籍時も「1」からのちに「8」とひとケタの背番号をつけていた谷繁は、当初それを不服としていたようだ。思い入れもさることながら、背番号は【格】が上がるにつれて小さくなっていくのが通例。それを「大きくしろ」と言われたのだから、谷繁が不満を持つのも無理はない話であった。しかし、その反骨心がプラスに出て谷繁のリードは冴えまくり、打撃でも貴重な一打を数多く打った。今では投手の調子をアイコンタクトでやりとりするほど、落合監督は谷繁に全幅の信頼を置いている。谷繁の負けん気をうまく引き出したという意味で、落合監督の名采配のひとつと言っていいだろう。

それにしても、一度は消えた野口のパ・リーグ球団へのトレード、交流戦での好投を機に再燃したりはしないだろうか?



ぎっちょ

K1“グダグダ”GP 2005,6,15
12月のワールドGP進出をかけた【ジャパンGP】は、人気者ボブ・サップの優勝で幕を閉じた。主催者側からすれば納得の結果なのかもしれないが、内容的にはグダグダであった。

日テレの撤退により、今年から“本家”フジテレビでの中継となった『日本最強決定戦』。安易に目先のK1人気に飛び付いて失敗、撤退を余儀なくされた日テレの目論みの甘さは嘲笑に値するが、昨日の試合を見ていれば日テレの『ジャパンシリーズ』が失敗に終わったのも頷ける。まずは顔触れ。サップを除くと、“超新星”ともてはやされる堀啓(ほり・ひらく)ですらジャパンGP参戦は3年目。ノブ・ハヤシがケガにより欠場となり新顔の森口竜の参戦とはなったものの、なんとも代わりばえのしない新鮮味に欠けるメンバーだといえよう。元レスリング日本王者の肩書きがあるとはいえ、打撃はズブの素人である中尾芳広なんて引っ張り出すあたり、人材難ここに極まれりの感は否めない。

そんなこんなで、今大会はあたかも“ボブ・サップを勝たせる”ためのGPになったと言っても過言ではないのだが、そのサップからしてスタミナ切れで青息吐息のお粗末。ワンマッチならまだしも、サップは明らかにトーナメントには不向き。はっきり言って、登場した当初の輝きは見る影もない。

準優勝の富平辰文と、3年連続ベスト4の堀啓はまずまず及第点の出来。特に、準決勝1R中盤にコンビネーションでサップをあわやというところまで追い詰めた堀の成長ぶりは目を見張るものがあった。「打たれ弱さ」に「スタミナ」と課題はあるが、上下に散らすコンビネーションの妙には唸らされるものがあるだけに、鍛えればもっともっと強くなれるハズだ。

反対に、首が寒くなったのが中迫剛だろう。エース・武蔵にはない、倒せるハイキックと右ストレートを持ちながら結果を出せないでいる。“崖っぷち”のはずの中迫だが、『プリンス』と持てはやされて優遇されてきた甘えがあるのか、その試合ぶりに危機感が感じられないのも残念だ。

チェ・ホンマンは本当に強いのか?にはまだいささか疑問符のつくところだが、先の韓国大会に比べると接近戦からの打撃に進歩が見られた。顔に打撃をもらう心配がないだけに、ハワードをKOした首相撲からのヒザ蹴りに磨きをかければ面白い存在になるかも。

その他はこれといって見所はなく、全体的には低調な大会だった…のかな?

さて、格闘技界次のビッグイベントは、26日(日)にさいたまスーパーアリーナで行われる【PRIDE GP2005 2nd ROUND】。ミドル級GPの2回戦に加えて、ヘビー級ワンマッチでミルコ、ノゲイラ兄、ハリトーノフと強豪が参戦。特に、またしても王者・ヒョードルに“逃げられた”ミルコの怒りは相当のようである。リング上で死人が出ないよう祈りたいw



ぎっちょ

習慣 2005,6,14
ワタシの趣味のひとつに【スポーツ観戦】があります。こと最近は、地上波よりもCSでの生中継を好んで見ます。ノーカットのうえにCMも入らないから、というのが大きな理由です。中日戦、『PRIDE』や『K1』などの格闘技、そしてF1。特にF1は、地上波がやや初心者向きのテイストで演出されているのに対し、CSはF1中継開始初期からの黄金コンビ、今宮純&川井一仁両氏によるマニアック解説が魅力で、森脇基泰氏、熊倉重春氏らスタジオ解説者との掛け合いは、古くからのF1ファンにとってはタマらないものがあります。

F1は、以前は全戦ビデオ録画して保存していたのですが、一人暮らしを始めるにあたって印象的なレースのみよりぬいて編集し、1本あたり3レース入りの“オリジナルF1ビデオ”を作りました。それぞれ特定のドライバーや【初優勝編】、【悲運のリタイヤ編】といった具合にテーマ毎にランダムにセレクトしているので、同じ年のレースが3本入っているのもあれば、年代がバラバラのものもあったり、我ながらなかなか絶妙の配分にこれが完成した暁には「ニヤリ( ̄ー ̄)」としたもんですw

今週開催されたのはカナダGP。時差の関係でスタートは日本時間の日曜深夜2時。もちろん生観戦はできるワケもなく、録画して翌日観戦と相成るのですが、この時間だと印刷の関係上翌朝のスポーツ紙に結果が載ってるのを見てしまって
「アチャー…_| ̄|○」
という事もないのである意味安心でもあります。月いちの自社会議を終え、帰宅してまずF1を見るべくHDDの電源を入れ、プレイリストから『F1カナダGP』をチョイスして、いざ再生…


流れる映像は『JNNニュースバード』…?????


早送りしてみても…延々と流れる『JNNニュースバード』…?????


そう、ワタシはCS(CATV)のタイマーをセットする際、『フジテレビ721』を選んだつもりで『ニュースバード』にセットしてしまっていたのでした。習慣ってぇのは恐ろしいもんですねw

CSの優れているところは、こういう場合でも【リピート放送】があるという点。F1はレースがあったその週の木曜に再放送があるのですが、生で「この先どーなるのっ?」とドキドキワクワクしながら見るのに比べ、やはり結果がわかって見るのは何とも味気無い…え?スポーツ紙などの情報を木曜まで遮断すればいい?ムリムリ。ウチが宅配で取っているのは、モータースポーツ情報満載の『東京中日スポーツ』。今朝の一面小見出しには、ご丁寧にも

【ライコネンV!】

って書いてありましたからぁ〜っ!ざんねぇ〜んっ!!!



ぎっちょ

っぽい女・ひけらかす女 2005,6,13
先週発売の『週刊文春』で、昨年に引き続き「女が嫌いな女」ランキングが発表された。昨年度分については小稿(2004年4月9日分)を御参照いただくとして、今年もブッちぎりの“強さ”を見せたのが【さとう珠緒】。もはやそのキャラクターも“定着”といった趣か?ただ昨年も書いたが、彼女の場合それが地であれ演技であれ『自分を低く見せて相手を立てる』謙譲の精神?が見てとれるから、あまり不快感は感じない。女性から見れば「男性に媚びへつらう」ととらえられがちなその態度も、ワタシからすれば「奥ゆかしい」となるのだから、世の中って不思議?

明らかに「バカっぽく見せて」いるのだが、それも作りすぎると鼻に付くという典型が【小倉優子】。いわゆる“不思議系”で、ちょっと鼻にかかったしゃべり方や異星からやってきたという自己設定は、そういうのがタマらん人にはタマらんのだろうが、ワタシからすれば冷静に「んなワケねぇだろっ!」と後ろから頭を小突きたくなる。そのあたりは女性からもお見通しのようで、今年も9位(昨年8位)と“高値安定”。

“バカひけらかし系”で、今年めでたく?初のランクインを果たしたのが【あびる優】。そのキャラ設定に加えて、例の「窃盗カミングアウト」の一件が大きく響いたようである。コイツ、窃盗以前からもクイズ番組等で頭の悪さをひけらかし、それもほとんどが常識問題でとても笑って見られるレベルのものではなかった。本人的には、そういう自分が“奔放で明るい元気キャラ”と思っていたフシがあるが、勘違いも甚だしい。まあ足はキレイだし、そこそこナイスバディだから「ヌードで出直し!」くらいやってくれたら少しは見直したのだがw

昨年の珠緒は、2位にほぼダブルスコアをつける“圧勝”だったが、今年それにわずか50票差まで肉薄したのが【細木数子】。その占いの“当たらなさ”や偉そうな態度、うさんくささへの批判が集中した格好だ。いや、ワタシも占いはあながち信じないワケではない。血液型や星座など「なるほど、そんなこともあるかも」と思わせることも多い。細木もおとなしく占いだけやってりゃよかったのに、タレントの未来を予言したりするのを売りにしだしたりするから、視聴率的にはよりセンセーショナルな話題を提供しなくてはならない。そのために現実からかけ離れた“予言”をせざるを得ず、よって当たる確率が小さくなるという悪循環。それをありがたがって鵜呑みにする輩もどうかと思うが。細木関連の番組、ワタシは一度も見たことがない。だって、ちっともおもしろそうじゃないんだもんw

ランキングの詳細は本誌を読んでいただくとして、その他ワタシが目に付いたことといえば、【青木さやか】が10位にランクインしてるのに、【友近】がランク外なこと。女性お笑い芸人としての評価は同列の二人だが、【友近】にあって【青木さやか】にないのが“芸”。ワタシは青木では笑えない。以上。



ぎっちょ@S木のせいで“毒モード”w

妄想小説 第四話 2005,6,12
敬礼の一件以来、淳はさち絵としばしばメールのやりとりをするようになった。淳はさち絵のその日の表情などの、さち絵は淳がアップした画像の感想を述べ合う他愛のない内容ではあったが、淳にとってはまさに夢のような出来事であった。ネット仲間にも、さち絵と“文通”を始めたことを報告したのだが、一様に羨ましいという意見が寄せられる中、
「どっかに誘い出してヤッちゃえ」
なんて物騒な意見も中にはあった。ただ不思議なことに、淳はこれをきっかけにさち絵に会おうなんて気持ちは毛頭なかった。現在の状況自体が奇跡とも言えるもので、それだけで十分もうけものと思えるというのがひとつ。もうひとつは、“キャプラー”としての自分への【引け目】。こうして顔の見えないネット上だからこそ…そう、『れふてぃ』であればこそさち絵は話を合わせてくれているのであって、淳自身に好意を持っているワケではないのだ。そのあたりは、淳も分別をつけているつもりだった。

さち絵はその後、翌週もその翌週も『敬礼』のポーズで番組を締めくくっていた。さち絵自身がこのポーズを気に入ったようだし、特に嫌味も感じなかったから、見ていて
「今日も頑張ろう!」
という気にさせてくれる爽やかなものだと思われた。ところが…

ある日、いつものように淳が帰宅してパソコンを開くと、ネットで知り合った友人の一人『どーよ』からメールが届いていた。
「れふてぃさん、大変です!公式サイトの掲示板を至急見るべしっ!」
はて、何事かと淳がそこをのぞいてみると、その一番上にあったのは…さち絵からの書き込みだった。

「今回は、私の軽率な行動で多くの試聴者の皆様に不快な思いをさせてしまい、大変申し訳ありませんでした。以後このような行動は厳に慎み、ニュースを伝えるものとして気を引き締めていきたいと思っております。今後とも、何卒よろしくお願いいたします。

磯崎さち絵」

はて、何をさち絵は謝っているのかと掲示板を下にスクロールしてみると、さち絵の『敬礼』ポーズがニュース番組にはふさわしくないとして、激しく叱責する内容の試聴者からの投書がいくつか掲載されていた。さち絵は、それらの投書に対して謝罪のコメントを寄せていたのだ。

淳は少し責任を感じた。何しろ、メールの送り主がさち絵本人か確かめるためだけに、公共の電波を使ってさち絵にお遊びのようなことをさせてしまい、そのせいでさち絵が責められて公の場で謝罪する羽目になってしまったのだ。淳は、激しく自らの行いを後悔していた。



つづく



ぎっちょ


※この物語はフィクションであり、登場人物や放送局名などはすべて架空のもので、実在するものとは一切関係ありません

鳴呼ひねくれ者 2005,6,11
サッカー日本代表が、来年ドイツで開催されるワールドカップ(W杯)進出をキメた。重圧をはねのけた選手たちには、心よりお疲れ様、おめでとうと声をかけてやりたい。

と、賛辞はこのくらいにして…w

何をかくそうワタシ、その日はサッカーではなく【中日―楽天】戦を見ていた。いや、やっぱ面白いと思えないのだ、サッカーって。まあとりあえずスポーツニュースさえ見れば、いいとこだけチョイスして見られるからそれでいいじゃないか、と。非国民と罵られるかもしれないが、勝って歓喜する姿よりも早期敗退して暴動寸前…みたいな展開の方を期待してしまうのだ。このひねくれ者!w

しかし、イニングの合間に少しだけサッカーにチャンネルを合わせてみたのだが、どちらかというと“じっくりプレーを見たい派”で、野球にしろサッカーにしろ、のべつまくなし騒ぎたてる応援スタイルというのを好まないワタシだが、声援もなく歓声もあがらないスタジアムの雰囲気は、やはり異様に思えた。実況マイクから洩れ聞こえてくるのは、特設スタジアムの大型ビジョンで観戦していた観客の歓声かと思われるが、普段忌み嫌う応援団の重要性を昨日ばかりは再認識させられた。このひねくれ者!w

野球の応援団の何がキライって、ハッピ着てグラウンドに背を向けて通路で踊ってるヤツ。おめぇ何しに来てんだ、と。自分が騒ぎたいだけじゃねぇかよ、と。応援団を自称しながら、そこにはチームへの愛着なんてこれっぽっちもないというのがチョームカツク。

応援だけでいけば、千葉ロッテのそれはサイコーだね。統率がとれていて、「どうせミーハ―の集まりでしょ?」と穿った見方をしてしまうジャイアンツの応援団と違い、言い方は悪いが“マイナーチームならでは”の雰囲気があって、全員一丸でマリーンズの勝利を願っているのがヒタヒタと感じられる。「地鳴りのように押し寄せる」という表現がピッタリくる声援は、ただただラッパに合わせてがなりたてるものよりも数倍選手の力になり、今年のマリーンズ快進撃の一翼を担っていることは間違いない。

ドラキチのワタシだが、今年はむしろマリーンズに肩入れしている。頑張れ千葉ロッテマリーンズ!このぉひねくれ者ぉっ!!!www



ぎっちょ

語学力 2005,6,10
先日のとある新聞に、現在の大学生の語学レベルは中学生並であるという記事が載っていた。要因は様々であろうが、テレビやインターネットなどのメディアの普及が進み、本を読まなくなったというのも大きな要因のひとつではないかと思われる。

今朝の通勤電車。ワタシの斜め前方に立っていた女子高生のカバンをふと見ると、持ち手の部分に赤いリボンが結んであり、なにやら漢字が並んでいた。よく見てみると…

『愛死天流(ハートマーク)』

と書いてあった。ワタシが高校生の頃にも、横浜銀蠅の影響もあって『夜露死苦』に代表される漢字の羅列が流行ったこともあったっけと思いつつ、よく見るとこの4文字、「あいしてる」と読ませるのは容易に理解できたが、なぜ【し】に【死】という字をあてるのかがワタシには理解できなかった。彼女のリボンに書かれたものを漢文調に解釈すると、

「愛は死をもって天に流れる」

となる。好意的に読めば“死んでも純愛を貫く”みたいにとれなくもないが、やはり【死】という文字をこの言葉にあてるのはふさわしくない気がする。ワタシがもし「あいしてる」に漢字をあてるなら、【し】の部分には【至】を、【る】には【留】の字を入れる。「愛は天まで至って(永久に)留まる」とか、「至高の愛は天に留まる」とか、それらしい意味になるではないか。心に留めておくだけとか、ノートなどに書き記すだけとかで人目につかないならまだいいのだが、こうした公の目に付くところで臆面もなく【死】という字をファッション感覚で使えるというのは、「イマドキ」という言葉で片付けてしまうにはどうだろうかと思うのだが。

彼女はなぜ【死】という文字を選んだのか?選ぶもなにも【し】と読める漢字が【死】しか思い付かなかったとして、彼女の学力不足を嘲笑するのはたやすい。しかしそこで「もっといい字はないかしら」と他の漢字を調べることもロクにせず、古来から日本民族が忌み嫌ってきた【死】という字を躊躇なくチョイスできる感性というのは、もっと問題にすべきではないのか?恐らく一度はこれを目にしているであろう彼女の学校の先生や親、友人たちは、
「この字はよくない」
と注意したりしないのだろうか?

彼女の赤いリボンに“ネット集団自殺”に代表される、現代の【死の軽視】の象徴を見たと言ったら大袈裟だろうか?



ぎっちょ

兄弟ゲンカ 2005,6,9
先に亡くなった、敬愛する貴ノ花(二子山親方)にまつわる“お家騒動”が日々ヒートUPしている。醜い遺産争いや、兄弟・母子の確執と、女性週刊誌が一年くらいは黙って食っていけそうな格好のネタのオンパレード。草葉の陰で、亡くなった親方はどのような思いでこの騒動を眺めているのだろうか…

ことセンセーショナルに取り上げられるのが、若・貴兄弟の確執である。いわゆる“貴・洗脳騒動”から発覚したこの確執は、一時和解したように思われたがその後も燻り続けていたようで、父の死をもって改めて表面化した形だ。大騒動となった【貴・りえ】破局が、実は兄である若の差し金であったとか、若夫人が貴に若との離婚を相談してきたとか…当然、若の側も反論を仕掛けてくるであろうが、そうなるともう文字通りの『泥沼』化である。

ワタシには、3歳年下の妹がいる。今でこそ「気持ち悪い」と言われるくらい仲のいい兄妹だが、かつてはしょっちゅうケンカしていた。妹はけっこう口が達者で、ワタシが言い負かされて引き下がるという展開が多く、ワタシにはかなり鬱屈した思いが積み重なっていた。最後にケンカしたのは、ワタシが浪人している時。家族で夕食をとった後、居間でワタシがテレビを見ているのに横でピアノを弾く妹。
「うるさいからやめろ」
とワタシが言うと、妹も虫の居所が悪かったのかムキになってさらにピアノを弾きまくった。カァ〜ッと頭に血が上ったワタシ。
「やめろっつってんだよぉ〜っ!」
あれほどこっぴどく妹を殴りつけたのは、後にも先にもあの時だけだったように思う。それから半年以上、同じ屋根の下に暮らしていながら、ワタシと妹は一言も会話を交わすことはなかった。別にそれでいて不自由はなかったし、このまま永久に口をきかないままでも差し支えないように思えた。恐らく、妹も同じ思いだったのではないだろうか。
大学に合格が決まった後のある日、家に高校時代からの友人が集まってファミコンやらなにやらに興じているところに、部屋の前を妹が通り掛かった。
「よぉっ!」
妹とも仲のよかった一人の友人が声を掛けた。妹を話の輪の中に入れていろいろ話すうちに、ワタシも妹と二言三言会話を交わした。そうこうするうちに、今までの“絶交状態”がなんだかバカバカしく思えてきた。これを機に、関係修復。以降、ワタシと妹は些細な口ゲンカひとつしていない。

財産が絡んだりしている分、若・貴とワタシの兄妹のケースを同列に語るには少々無理があるかもしれない。無論それは承知の上でワタシが言いたいのは、
「やるなら徹底的にやれ!」
ということ。我々以上に人目があり、自分を殺しながら接していた兄弟二人が、これだけ本音でぶつかり合うのは恐らく生まれて初めてなのではないだろうか?そして、そのぶつかり合いの中から、二人にとってプラスになる新しい何かがきっと生まれてくる。わかり合える日がくる。兄弟とは…血の繋がりとはそういうものだと、ワタシは信じたい。



ぎっちょ

ぎっちょの“さげちん”伝説 2005,6,8
自分の器量で、相手の男の命運を左右しちゃう女性のことを【あげ(さげ)まん】なんて呼んだりしますが、こと仕事面においてのワタシの“さげちん”ぶりたるや特筆すべきものがあります。

話は、今から15年ほど前にさかのぼります。当時は最初に勤めたYC社にいたワタシ。上司の転勤によって担当となるやいなや主要取引先のM建設が突然倒産したのが“伝説”の始まりでした。その後、なんやかやあってYC社を退社したワタシはTG社へ“移籍”。このTG社、ワタシの入社当初は株式を店頭公開(現ジャスダック)したばかりで日の出の勢い。数年後には二部上場と鼻息も荒かったのですが、ワタシの入社と相前後して海外進出の頓挫や大規模赤字工事の連発、さらに自社で建設した産業廃棄物処理場の認可がおりずに使い物にならなくなるなど事業の失敗の連続で、急速に業績が悪化。店頭公開当初3000円以上の値をつけていた株価も数百円台にまで下落。危険を感じたワタシは、わずか3年の在籍でTG社を退社してしまったのです。

※その後、リストラ等でしのいできたTG社でしたが、先月ついに倒産いたしました…

今いるNK社に入社してからも、他の営業マンに比べてワタシの担当する業者が倒産するケースが多いような気がします。不幸にも不良債権が発生してしまったのは01年のB基礎工業(約300万)のみですが、他にも年が明けて年始挨拶に行ったら建物差押えの張り紙が貼られていたM建設や、現場担当者に追加工事金を“持ち逃げ”されて自腹で損失補填する羽目になったF工務店、今の勤務先に出向する直前に安値のため工事受注を丁重にお断りしたひと月後にツブれたS建設工業、元々与信に不安があってこっちは取引する気ないのに見積依頼だけはしょっちゅうくれたK建設も昨年倒産しました。また、ツブれてはいませんがK建設の窓口商社でもあったK産業も現在取引停止になっていたりします。普通自分の担当業者が倒産するなんて3〜4年に1件あるかないかぐらいの確率ではないかと思うのですが、これらの倒産事例はすべて01年以降に発生したもの。ましてや、短期間とはいえ自分が所属した会社の倒産の報を聞くに至って、その自分の“さげちん”ぶりにもう
(((((((( ;゚Д゚)))))))ガクガクブルブルガタガタブルガタガクガクガクガクガクなのであります。

今の出向先に来てからは、幸いにも自分の担当業者がツブれる事態には遭遇しておりません。まあ自社にいる頃よりも仕事に対して気を入れている分、神様もそのあたりを認めて「よきにはからって」くれているのかしらん、な〜んて考えたりして。

それにしても、ワタシが社会人になりたての頃は工事に使用する重機が足りないくらい忙しくて、着工の一週間前から空いてる機械を現場に入れて、【仮おさえ料】として一日数万円を業者が払ったりもしていました。そんな良き時代よ今一度!…と願うのは『ないものねだりの子守歌』なのでせうか(>_<)



ぎっちょ

妄想小説 第三話 2005,6,7
意を決してさち絵にメールを返信した淳であったが、その後三日間さち絵からの返事はなかった。やっぱり手の込んだイタズラだったのか…まあ仮に本人だったとしても、そうそうマメにメールのやりとりができるように事が運ぶなんて甘い考えはなかったが、やはりニセモノにからかわれただけなのではないかという思いが複雑に交錯して、淳は少し不安になってきた。

さち絵の担当日、水曜になった。番組は早朝4時から始まる。淳の起床は6時なのだが、この日だけは胸騒ぎがして5時過ぎに目が覚めてしまった。この番組はニュースだけにとどまらず、キャスター自ら体を張ったレポートがあったり、天気予報担当者との和気あいあいな掛け合いなどが好評だった。比較的フランクな雰囲気があるだけに、番組の最後に敬礼して終わっても違和感は感じないと思われるのだが、果たしてどうだろうか…。

いつものように番組は進行し、いよいよ最後の天気予報のコーナーになった。なんでもこの日は、過去10年のうち8日で雨が降ったという【雨の特異日】で、ご他聞にもれず今日も雨になりそうであるという内容のことを語る予報士の言葉に「うん、うん」と頷くさち絵。期待と不安が入り混じりながら、画面を食い入るように凝視する淳…。

と、次の瞬間であった。
「では、今日も一日元気にお過ごしくださいっ!」
と言いながら、画面に向かってさち絵が敬礼のポーズをとったのである。淳は我が目を疑い、夢でも見たのではとさえ思った。とりあえず、画像をアップするために録画しておいたものを再生してみると、エンディングで確かにさち絵が敬礼のポーズをとっていた。それでも夢か…うつつか…もしかしたら、さち絵が淳のメッセージ通りに敬礼したのはただの偶然ではないのか…この期に及んで、まだ淳はこの状況を現実として受け入れることができずにいた。

その日一日、淳はほとんど上の空で、書類の記入間違いを再三繰り返して上司にこっぴどく怒られてしまった。かなりヘコんで帰宅した淳だったが、いつものように帰宅して早々開いたパソコンに届いていた3通の新着メールのうちの一通を見て腰を抜かしそうになった。

さち絵からの、二度目の送信メールが届いていたのである。


「こんにちは。お仕事お疲れ様です。今朝、見ていただけました?
言われた通り『敬礼!』しちゃいましたぁ〜(^-^)v
重いニュースがあったり、速報が入ったりしないか、けっこうドキドキの一時間でしたよ。でも、ディレクターからも特におとがめなかったし。むしろ、『あれ、決めのポーズにしちゃえば?』な〜んて言われちゃったりして♪
それでは、これからもどうぞよろしくお願いします。

さち絵」


淳は、ようやくこれを現実の出来事として受け止めることができた。テレビの前の一ファンとして、日々その画像をアップしているキャプ職人の“モデル”が実は作品のファンであるという事実…信じられないことだが、これらがすべて現実のこととして今、目の前で展開していることなのである。


その夜、淳はいつものようにさち絵の画像をサイトにアップした。もちろん、とびきりの笑顔で敬礼のポーズをキメている姿を。



つづく



ぎっちょ


※この物語はフィクションであり、登場人物や放送局名などはすべて架空のもので、実在するものとは一切関係ありません

帰ってきた女Gメン 2005,6,6
『Gメン’75』のDVD―BOX第三弾が発売となり、これがまた前作発売時に当コラムでワタシが希望した通り【女性Gメン活躍編】を集めたものになった。特に、退任した速水刑事(森マリア)と津川警部補(夏木マリ)が客演する“帰ってきた女刑事シリーズ”4本が完全収録されているのには狂喜乱舞してしまったw

『Gメン』歴代の女刑事は計7名。初代の響圭子刑事(藤田美保子)と、番組後半に登場して最終回まで勤めあげた賀川陽子刑事(范文雀)は、まっすぐに捜査に取り組む姿に迫力があった反面、それゆえにどこか取っ付きにくい雰囲気を醸し出していた。夏木マリの津川蛍子警部補と江波杏子の津村冴子警部補は、役職とその佇まいがもうすでに手の届かない存在であった。吹雪杏子刑事(中島はるみ)とマリコ寺岡刑事(セーラ)は比較的ワタシと年齢が近かったが、それゆえに刑事としてはどこか“軽さ”があって頼りなかった。そんな中ワタシが一番胸をときめかせたのが、前出の二代目女Gメン・速水涼子刑事である。

速水刑事の魅力は、なによりもその美貌にある。美的感覚は人それぞれとはいえ、歴代女Gメンの顔写真を並べてその美しさを競ったら、大半の人が速水刑事を選ぶのではないかと言ったら言い過ぎだろうか?かつて【ゴールデンハーフ】のメンバーとしてもならした、演じる森マリア女史はまさに容姿端麗という言葉がピッタリだった。髪形もロングもショートもあって他の女刑事に比べるとバリエーションに富んでいたが、個人的には登場した当初と退任間際のボリュームたっぷりのセミロングの髪形が“ツボ”である。
得てして容姿が美しすぎると性格は冷たいように思われがちだが、速水刑事は子どもや動物(警察犬)と触れ合う話が多く、それゆえに親近感もあった。どことなく“近所のキレイなお姉さん”然としたイメージ、それが速水刑事最大の魅力でもあった。現在、その森マリア女史はどのようなお姿になられているのか…見たいような見たくないようなw

収録作品は、それぞれの在籍期間に応じた配分となっている。番組後期は、スペシャルや新メンバーの登場編ではオープニングなしでいきなり本編が始まっていたため、そういった回を中心に収録していた前2作のBOXでは見ることができなかったオープニングタイトルが今回のBOXですべて見られるようになったというのも、マニア的にはうれしい限りだ。

今回の映像特典は、各女性刑事ごとに活躍場面を再編集して、圭子役の藤田美保子女史のナレーションによって“回顧録”が綴られている。歴代の女性Gメンが在籍時にどのような活躍をして、現在どのような任務についているかというところまで言及しているのだが、ちなみに速水刑事は警察を退職し、警察犬の指導員をするかたわらボランティアに勤しむ日々を送っているとのこと。彼女らしい“その後”を送っているようでホッとしたw

最後に、本BOXの収録エピソードの一覧を。(カッコ内はその回の主演)

第23話「車椅子の女刑事」(圭子)
第36話「女刑事を襲った男」(圭子)
第92話「女の留置場」(圭子)
第106話「女刑事殺人第一課」(涼子)
第129話「警察犬と女刑事」(涼子)
第154話「女刑事 初めての体験」(涼子)
第163話「首のない女の人形」(涼子)
第231話「危機一髪!車椅子の女刑事」(蛍子)
第261話「初夏の夜 女の部屋に忍ぶコソ泥」(杏子)
第263話「痴漢のアリバイ」(杏子)
第272話「東京―神戸電話殺人」(杏子)
第279話「FBIから来た女刑事」(涼子客演)
第280話「パリから来た車椅子の女刑事」(蛍子客演)
第288話「唇を奪われた女刑事」(涼子客演)
第289話「裸の女囚たち」(蛍子客演)
第344話「真夜中の眼」(冴子)

※収録時間の都合上、陽子とマリコの主演作は今回は未収録となってしまった。残念!!



ぎっちょ

さようなら!名伯楽・二子山親方 2005,6,5
引退後の貴ノ花は【藤島部屋】を興し、後進の指導にあたった。一番弟子の山中は順調に出世し、のちに【安芸乃島】となって長く幕内で活躍した。その後も、自身の息子でもある若花田(若乃花)貴花田(貴乃花)兄弟をはじめ、貴闘力、貴ノ浪と次々に関取を誕生させ、若・貴兄弟は史上初の兄弟横綱にまで昇りつめた。
藤島部屋の厳しいけいこは定評があり、ほとんど休む間もなく相撲を取り続けるものだった。弟子に対しては「立ち合いから逃げない」ことと「最後まであきらめない」ということを徹底的に叩き込んだ。安芸乃島や貴乃花は投げの打ち合いになっても絶対に手をつかないからしょっちゅう顔に擦り傷をつくっていたし、若乃花や貴ノ浪、貴闘力の土俵際の粘りは対戦相手泣かせだった。

順風満帆だった藤島部屋の歯車が微妙に狂い出したのが、平成5年3月の旧・二子山部屋との合併統合であった。先代二子山は、娘婿に迎えた二代目横綱若乃花(現・間垣親方)に逃げられたり、弟弟子の荒磯(元・大豪)に先立たれたりと後継者作りにことごとく失敗し、定年を迎えるにあたって致し方なく弟の藤島に部屋の合併をもちかけた。【藤島】の名に愛着があるうえに、ただでさえ6名の幕内力士を抱えるところに、二子山部屋からさらに4人もの幕内を加えた“大所帯”になると、どうしても弟子の指導に目が行き届かなくなる弊害がある。とはいえ、兄のたっての頼みを無下に断るワケにもいかない。結局、意に反して部屋継承を受け入れざるをえなかった藤島の心中は、いかほどのものであっただろうか?

案の定、新・二子山部屋から新たに誕生した関取はゼロ。主力力士は次々に土俵を去り、プライベートでも若・貴兄弟の不仲騒動、年寄株譲渡にまつわる脱税疑惑、夫人との離婚問題…現役時代の華やかさを知る我々にとっては、あまりに寂しい二子山親方の晩年であった。

貴ノ花は「仕切り」が抜群にカッコいい力士だった。蹲踞から土俵に両手をつくと、肩口から二の腕のあたりと両足ふくらはぎの筋肉が盛り上がり、まるで彫刻を見るがごとき姿だった。制限時間いっぱいになると、仕切りの体勢から両肘を膝の上に置いて、グッと相手をひとにらみする闘志満々の貴ノ花の仕切り姿。二子山親方死去を報じるスポーツ紙の中で、『日刊スポーツ』一紙が懐かしいその勇姿を一面に掲載していて、キヨスクでそれを見掛けた時には思わずホロリときてしまった。

数々の思い出の名勝負をありがとう、炎の大関・貴ノ花関。

お疲れ様でした、二子山親方。

現役時代も、親方になってからも、気の休まる日などほとんどなかったのではないでしょうか。今はイヤなことは全部忘れて、どうぞゆっくりと休んでください。


合掌



ぎっちょ

開戦…その後 2005,6,4
ついに勃発してしまった【G―S戦争】。2日付でお話しした“その後”の動きはというと…

この件を受けて、昼前に遅れて出社してきた所長と『爺』がS木を聴取したのですが、信じられないことにS木は自分の担当であるこの件を
『所長に任せたつもりでいた』
らしく、また先方から製品の切断位置図を受け取っていたのに自分の懐であたためている始末。
「アンタの担当だろ?自分で処理しなくてどーすんだがね?」
『爺』に加えて、日頃温厚な所長にまでその対応の拙さを叱責されて、さしものS木も今度ばかりは「マズい」と思ったのか、昼過ぎにワタシが帰社すると「すんませんでした」と珍しく謝ってきました。ただ、それに加えた一言が余計で…

「これからもいろいろ至らないところがあったら、遠慮なく言ってくださいよぉ〜ムヒヒヒヒヒヒヒ」

(`曲´#)アンタは至らないところばっかしですからぁ〜っ!ざんねぇ〜んっ!!

しかしここまでやられたら、ワタシならしばらく立ち直れないくらいヘコむと思うのですが、この後ものの一時間もしないうちに
「明日の魚料理はなにが出てくるんですかねぇ。ムヒヒヒヒヒヒ」
と、金〜土曜にかけて営業所員で行く一泊旅行へS木の心は飛んでいるようでした…
_| ̄|○

『爺』から
「もうやめとけ」
と諭され、格好はどうあれS木から謝ってきたこともあって、今回はひとまず刀を鞘におさめることにしました。何はともあれワタシは、所長と『爺』のためにも所員旅行を大過なく楽しく終わらせるという方向に気持ちを切り換えるという“大人の対応”をとることにしたのでした。

旅行は、茨城の阿字ヶ浦へ行ってまいりました。活きのいい魚料理に舌鼓を打ちながら、シラフでいるとまたいつブチ切れするかわからなかったのでw飲めない日本酒などをこれまた普段は飲まない所長と“差しつ差されつ”しながらしこたま飲みまして、もうベロベロに酔っ払いました(火暴)夕食が終わり、みんなに冷たい緑茶缶を振る舞ったところで気分が悪くなり布団に横になったところで記憶が途切れているところを見ると、どうやら8時過ぎには夢ン中となったようです。目が覚めると4時でしたから、約8時間爆睡していたことになります。

起床後、『爺』にそそのかされてビールで“迎え酒”して再びダウンしてしまったワタシwその回復を待って宿を出た我々一行は、那珂湊の魚市場から笠間の工芸美術館を巡り(美術館ではS木のみ「興味ない」からと車内でフテ寝。協調性ゼロw)、所長の意向で栃木の佐野でラーメン食って、家に帰り着いたのは夕方も6時を回ったところでした。

道中、仲直りできたと思ったのかS木がしつこく“風俗遊び”の誘いをかけてきました。そういう下衆なところがまたヤツのキライなところでありまして…S木よぉ、今日のところは勘弁してやらぁ。でもよぉ、完全におめぇを許したワケじゃねぇかんな。今後もおんなじような態度でいるなら、今度こそ容赦しねぇぞ。わかったな!


…いや、あの旅行でのはしゃぎっぷりを見てると、全然こたえてねぇ…とは『爺』の弁
(火暴)



ぎっちょ



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ついに大噴火! 2005,6,2
【本日は予定を変更してお送りいたします。『貴ノ花回顧』最終編は日を改めてお話しさせていただきます】

長く緊張が続いていた、ワタシとS木の関係…今日ついに【開戦】となってしまいました…。

4月21日付の当コラムでもお話ししたのですが、内径1650mmの大きい製品を切るの切らないのという話の流れの中で、その時所長からS木にこういう指示がありました。

「NK社では切れないからUH社で切る。ただ、NK社から運ぶと運賃がかかるから、まずUH社に在庫があるか聞いて、切断費も確認しておくように。」
S木は、
「ハイハイ」
と生返事をしておりました。ワタシの方でも、自社の上司Eさんに事情を説明して
「もし運ぶとなったら運賃どうしますか?」
と聞いたら
「モメてもナンだから内部で処理するよ」
とのありがたきお言葉。S木にも、仮にNK社がUH社まで運んでも運賃なしでいいことを伝えると、S木はこう見栄を切ったのです。
「いや、運賃はもらって当然なんだから、それはもらう方向で元請けに交渉しますよ。」

ところが…ところがです…

再来週から製品の納入が始まるとS木から報告を受けたのですが、その際に
「切断の件はどうなったんですか?」
と聞くと
「…えっ?」
との反応…

そう、S木は件の話の流れを頭の中から全消去していたのです。あれからひと月あまり…S木は在庫の確認はおろか、肝心の切断費の確認も運賃の交渉も一切していなかったのです。それでも、非を認めて「スンマセン」とでもいえばまだ可愛げもあるのですが、
「そんな指示受けてない」
と言い張るもんだから、ワタシもついに堪忍袋の緒を緩めたワケです。

「(`曲´#)ざけんじゃねぇぞゴルァッ!」

それに対してS木の放った一言がまたふるってて、
「ぎっちょさん、怒ってる?」
「(`曲´#)怒るもなにも、ひと月半も前の話だぞっ!」
「だから聞いてないって言ってんじゃんか!」

もはや“禅問答”です。あきらめたワタシは、プイと部屋を飛び出してしまいました。


少し前に、記憶喪失の『ピアノマン』の話題がありましたが、さしずめS木は『レジャーマン』とでも言うべきでしょうか。仕事の話はなーんにも記憶がないのに、パチンコや競馬などのギャンブルや旅行など【レジャー】の話になると一生懸命。もう立板に水のごとし、なのです。もうね、そういうの大嫌い。従ってS木も大っ嫌い。でもこれで、少し気分がスッキリしました。

今朝、S木とヤリ合った時『爺』はいましたが所長は不在でした。その後この顛末はどうなったか…そのあたりはまた別の機会にお話しすることにしましょう。妄想小説よか面白いことになってきた(火暴)



ぎっちょ



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思い出の貴ノ花 2005,6,1
昨日お話しした清国戦や北の富士戦のみならず、貴ノ花には語り継がれる名勝負が多い。

ワタシが大相撲を見始めるきっかけとなった一番にして、貴ノ花の土俵人生最大のハイライトと言えるのが、昭和50年春場所の北の湖との優勝決定戦であろう。千秋楽まで貴ノ花1敗、北の湖2敗での直接対決。貴ノ花は正面土俵下にまで投げ飛ばされてしまう。やはりダメなのか…場内を包む絶望感。このまま北の湖が逆転優勝したら暴動になるのではないかという雰囲気の中、優勝決定戦も時間一杯。立ち合いが合わず4度もの仕切り直しを経てぶつかり合う両者。本割りとほとんど同じ体勢だ。一瞬もろ差しを試みる貴ノ花、許さない北の湖。と、次の瞬間北の湖が少し強引な上手投げを打ったがこれが裏目。貴ノ花が懐に飛び込んで食いつき西土俵に寄り立てると、北の湖はそのまま土俵を割った!
「貴ノ花優勝なるっ!」
実況アナの声もかき消す大歓声と、吹き荒れる座布団の嵐。その光景は永遠に忘れることはない。

昭和55年秋場所の高見山戦。土俵際で小手投げにきた高見山に下手投げを打ち返す貴ノ花。高見山の右手がやや早く落ちたように見え、行司軍配も貴ノ花に上がったが物言いがついた。その判定は…?
「貴ノ花のマゲが先についており、高見山の勝ちといたします!」
ビデオを見返すと、確かに貴ノ花のマゲが先に土俵についていた。取り組みを終えて戻った支度部屋で担当記者から
「マゲがなかったら勝ってたのに」
と言われた貴ノ花は、笑いながらこう返したという。

「マゲがなかったら力士じゃないよ」

貴ノ花の勝負への執念と、力士としてのプライドが象徴された一番であった。

ほとんど立ち合いに変化しなかった貴ノ花だったが、昭和52年初場所の北の湖戦では立ち合いから大きく変化、予測していなかった北の湖は土俵際まで吹っ飛び、あえなく押し出されてしまったという一番もあった。ワタシが記憶する限り、貴ノ花が立ち合いから変化したのは後にも先にもこの一番のみである。

貴ノ花には“因縁”もつきまとった。昭和46年夏場所、大横綱・大鵬に引導を渡したのが貴ノ花。その貴ノ花は、次代のスター・千代の富士の出現を見届けて引退。そして、大横綱に成長した千代の富士を“介錯”したのが、貴ノ花の実の息子・貴花田であった。めぐりめぐる因縁のドラマが、千代の富士の息子さんがサッカーに走って途絶えてしまったのがなんとも惜しまれる。

その真摯な土俵態度は、昭和56年初場所で引退後に藤島部屋を興してからも変わることはなかった。

つづく



ぎっちょ


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